理系・文系を重ねて見る光景は
老大家の時代 倉本聰 筒井康隆
テレ朝『やすらぎの郷』がすごい。
もちろん、倉本聰がシニア世代に贈る大人のための帯 ドラマということもすごいし、石坂浩二を取り巻く大女優たちがハンパではない。
八千草薫、有馬稲子、浅丘ルリ子、加賀まりこ、野際陽子、五月みどり、山本圭、ミッキー・カーチス、藤竜也などの大女優や大ベテラン、中堅あたりが風吹ジュン、草刈民代、常盤貴子、名高達男、唯一の若手が松岡茉優で、松岡茉優は奇跡のような幸運に巡り合えたと言うべきでしょう。今どき、トップスターでもこれだけのメンツにはなかなか会えない。
しかも、こんなことを言ってはなんだけど、いま会っておかなければ、もう会えないかもしれない。
そして、物語がけっこうエグイというか、もう好き勝手にとまではいかなくても、まあ、自由に書いているのだろうなあ。
みんなあてがきに違いないけど、もう多少のことも許し、許されてしまうんだろうなあ。松岡茉優もあてがきなのかな?
しかし、八千草薫さんはやっぱり天使のような人だ。
僕はもうちょっと覚えてはいないけれど、古い時代劇映画で八千草薫さんのお姫様を見たことがあるけど、そりゃあもう、図抜けて可愛らしかったのだ。他にもお姫様を演じた女優は様々にいるけど、僕はやっぱり八千草薫さんです。
それにしても倉本聰、自由に楽しげに書いている!?老大家たる自分を楽しんでる!?

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かつて、筒井康隆が藤枝静男の「田神有楽」を評して、老大家となって、こんなふうに勝手気ままに自由に書きたいものだと言っていたけど、その筒井康隆もずいぶん物議を醸す勝手気ままなこと書いてしまった。
でもまあ、昔から画像(雑誌 面白半分より)にある通り、こんな過激なことを自ら(身内ですね)も含めやっていた人なのだ。

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これからのネットの時代、高齢化社会、果てしてどうなってしまうのか。ねえ、八千草薫さん。
今や作家王国岐阜(池井戸潤、米澤穂信、冲方丁、奥田英朗、朝井リョウ、中山七里など) の誇る老大家 瀧井孝作は原稿を取り来た編集者に「釣りに行かんで書いたのだが」と、まるで「釣り」が本業であるかごとくに抜け抜けと言っていたという。
時代もあるけれど、これくらい長閑というわけにはいかないのか。

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学校図書館にも必ずある「幸福な王子」
中日新聞の日曜版に「学校図書館」の特集があって、それによれば図書標準(学級数に応じて定められた蔵書冊数)というのがあり、国から図書整備費として約470億円(2017年度)の地方財政措置が講じられているという。
もっとも自治体へは使途を問わない地方交付税として交付され、実際の予算配分は市町村に任され、図書の整備状況には大きな格差が生まれ、達成率のトップは岐阜県の98.1%、2位山梨県95.4%、3位佐賀県91.9%、東京は20位で72.5%、愛知県は25位で68.4%、下位には大阪府45位で36.4%、奈良県46位で36.1%、最下位の47位は北海道の35.2%。
財政の豊かさとも教育熱心とも地域性とも読み取れるような読み取れないような不思議なランキングではある。
でも、まあわが岐阜県が実直に図書整備に努力しているというのは確かなのだろう。

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昨日のNHK朝ドラ「ひよっこ」で乙女寮の読書家の女の子が図書室であ行から全部読んでいたと言っていたけど、以前にもNHKで上戸彩主演「十年先も君に恋して」という出来のいいSFドラマがありヒロインは編集者だったけど、やはり学生時代のエピソードとして学校の図書室の本をアイウエオ順で全部読んだと話していた。
セレクションして好きな本を読むのもいいけど、たしかに小中学校くらいのときはなんでも読んでおいたほうがいいような気もする。
こんなエピソードが繰り返し出てくるのは意外におすすめ読書法として密かに?伝承されているのかもしれないなあ。
岐阜に有名作家の多い所以はこの読書法を実践し、県もそれに応えるべく図書整備を充実させている結果かもしれない。
ところで、この「10年先も君に恋して」では「幸福な王子」(オスカー・ワイルド)のエピソードも登場するのだが、やはりNHKにはドラマ「火の魚」(室生犀星 原作 原田芳雄 尾野真千子主演)という傑作があって、こちらもヒロインは編集者で、さらに不思議な偶然なのか「幸福な王子」のエピソードが印象的に上手く使われていた。
編集者になるほど本好きにとって「幸福な王子」って特別なのだろうか。
まあ、「相棒」でも使われていたから、ミステリー的な暗喩としても魅力的な物語なのだろうなあ。

さて、岐阜県の図書館では学校史や記念誌の一部が相次いで切り取られた器物損壊される事件があり、被害の多くは大正から平成初めまでの児童生徒の集合写真が掲載されたページに集中していたという。(現在、他県にも広がっている)
きっと幸福な王子が見ているよ、泣いているよ。
画像は岐阜市立中央図書館のぎふメディアコスモス。「知の拠点」の役割を担うらしいけど、オシャレすぎてまだ行っていない。
たとえ、みすぼらしく朽ち果てようとも蔵書の一冊一冊が人々の心に耀きをもたらす場所こそ、知の、美の拠点。

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蜘蛛は2500万トン 足元の小宇宙
【3月15日 AFP】全世界に生息するクモが食べている昆虫の量は、毎年4億〜8億トンに及んでいるとの研究結果が14日、発表された。これは人間が1年間に消費する肉と魚の総量に匹敵するという。 この種の分析としては世界初の今回の研究で、研究チームは過去の65件の研究のデータを使用し、地球上に合計2500万トンのクモが生息していると推定した。
研究チームは次に、クモが生きるために必要な食物の量はどのくらいかを考慮して、クモが捕食する昆虫などの無脊椎動物の年間総量を推算した。 科学誌サイエンス・オブ・ネイチャー(Science of Nature)に掲載された研究論文には「世界のクモ群集が捕食する獲物の量が年間4億〜8億トンに達することを、今回の推計は示唆している」と記されている。 この結果は、特に大半のクモの生息地である森林や草原で、クモが害虫や保菌生物を食い止めるのにどれほど大きな役割を担っているかを示している。

人間による肉と魚の年間消費量は約4億トン、クジラは年間2億8000万〜5億トン、海鳥は年間約7000万トンの餌を食べているというから人間も、いや、やはりクジラはすごいというか、まあ、海鳥も含めてよくわからん比較でもある。
しかし、地球上のクモが2500万トンですよ。蜘蛛にも大小はあるけれど、基本5グラム、大きくても10グラムにも満たないように思うから、もう何兆、何十兆匹もいるのだね。
総じてよく見かける昆虫ってこんな数のレベルでいるのだろうか。また、その捕食量が4億〜8億トンって。
捕食されるさらに小さな生物はもっと膨大で、地球のダイナミズムってすごいな。
地球の生態系はとても人間の知識では計り知れるものではないような気がします。

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先日はNHKで「足元の小宇宙~絵本作家と見つける生命のドラマ~」というのやっていて、雑草の素敵で凄まじい世界が見事に描かれていたけど、振り返りさえもされない雑草もきちんとした役割があって地球の生態系の礎となって支えているのだ。
しかし、まさに宇宙でも稀な、あるいは唯一の奇跡のような生命の横溢した地球であるなあ。
地球は宇宙をさまよう種子なる惑星なのだろうか。
ちょっと半村良「妖星伝」を思い出してしまった。
火山国日本の長寿
日本の食文化は和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたほどに世界的にも有名で、寿司、天ぷら、ラーメンとさまざまにあるなかで、やはり忘れてはいけないのがうまみをもたらす「だし」の存在。
でもこれだけ評価されても「鰹節」などは簡単に輸出などはできないらしい。EUや中国では発がんのリスクがあるとされ、規制値が設定されている(日本はない)。
以前にも中国の検疫当局が日本産醤油から1キロ当たり3.15ミリグラムのヒ素が検出され、中国の基準値の6倍以上だったというニュースがあり、「え、なんで?」と思ったけど、輸出元の盛田によれば「原料の鰹節に有機ヒ素が含まれるが、体内で分解されるために健康に影響はない」との見解だった。
さらに以前には英国食品規格庁も日本産ひじきについても無機ヒ素が多く含まれ危険という報告をしていて、無機ヒ素はがんの発生リスクが高まるということらしい。

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WHOが1988年に定めた無機ヒ素のPTWI(暫定的耐容週間摂取量)の基準があり、まあ、毎日食べても基準を超すことはまずないし、むしろヒジキは食物繊維を豊富に含み、必須ミネラルも含んでいるから健康食でもある。
だいたいヒ素は自然界に存在し、他の海藻中にも含まれていて毒性の低い有機ヒ素として存在しているとされている。
日本は元来火山国だから、海にも土中にもヒ素なり水銀なりが含まれ、他国・他海域より多いのは必然ですね。
マグロなども食物連鎖の最高位にいて、日本近海で回遊するならこれらの含有量も多いのかもしれない。
ヒジキや海藻、マグロの食物連鎖の最高位は人間で、とりわけ日本人ということになるのだけど、古代からの食生活で現在世界最高の長寿国のひとつであるのも間違いなく、もし固有の耐性・免疫性がそのなかで培われたのなら、必ずしも全地球的によいとは限らなくても、また逆に世界の基準・意見に過剰に怖れることもないのかもしれない。
極寒、灼熱などの厳しい環境、あるいはなお火山ガスのある三宅島などそれぞれの暮らし、ふさわしい生活慣習、食生活があるのだろう。
やはり、地産地消が環境にも健康的にも精神的にもいちばんいいのかもしれない。
少し前の「ブラタモリ」は奄美大島だったけど、薩摩藩の圧政にも耐えて島内の産物のみの工夫で生き延びたのだという。
蘇鉄が有毒であるにもかかわらず、毒抜きを徹底し、食糧にも変え、土止め、さらには大島紬などの役にも立っていたとは。
子供たちは蘇鉄の実で運動会の玉入れをやるらしいし。すごいよ、奄美大島島民。

画像は映画「土佐の一本釣り」から。カツオがでかい。
まあ、漁法も一気にさらうようなものでなく、一本釣りなど生態系にあまり影響が出ないものがいいのだけど。

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貧乏もまた楽し、貧乏は発想・工夫の神様
明石家さんまのコンプレッくすっ杯。
『ブサ顔』、『子供にナメられる』、『田舎』、『貧乏』、『変声』、『結婚 できない女』といった“コンプレックス”を自虐的に面白おかしく競っていたけど、やはり貧乏は最強なのか。
貧乏レジェンド風間トオルも審査員でいて、たいていのエピソードにも驚かず、ひょうひょうとしていたのはさすがにレジェンドだけど、突き抜けた感なのか、貧乏感どころか品位すら漂わせます。
しかし、鉛筆の後ろについてる茶色の消しゴムのけし屑が鮭フレークとかはリアルな実話だからこそなんだろうなあ。
僕は思いつかなかった。
また紙は山羊も食べるし、食べるなら教科書は写真の少ない国語の教科書が自然でいいと言ってけど、これはやはり稲垣足穂が生活に窮していたとき黄ばんだ破れ障子見て、「あの障子紙、焦がしたら焼き海苔の味にならんだろうか?」といった話が文学の香りも高くいいよなあ。貧乏でも何かしら味わいがある!?海苔ではないけど、糊ならついているし。
でも、これはならんのですね、これは。前に実家の破れ障子紙で試してみたから間違いありません。
いや、貧乏こそが発想・工夫の神様であり、好奇心を揺さぶります。

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まあ、この稲垣足穂先生、発想がすごすぎて、人間の本質を口から肛門という空洞に見立てた(その周りに骨、肉、血管が取り巻いて皮で覆われたのが人間、つまり人間の中心は空洞なのだ)という「A感覚とV感覚」などの怪作も書いていたりして、いや美少女も美少年も形無しなのだが、これも貧乏史観の果てにあるのだろうか。
あるいは山田風太郎の言うように「性の快楽と死 の苦痛はみな平等である。しからば、なぜそれ以上の平等を求める必要があるのだろうか」というような突き抜けた真理を見る眼差しなのか。
ちなみに僕の祖父は若い時の苦労が身に沁みた人らしくなかなかの吝嗇ぶりで、母によれば嫁に来た頃は(戦後間もなく)風呂を沸かすのにも祖父の許可が必要で、「人間、垢で死なず」と言っていたらしいです。うむむ、手ごわい。
まあ、沸かすにしても画像の手前の井戸から何十回も汲み、手桶でけっこう離れた風呂場まで運ばなければならず、母も大変だったらしい。実家を整理した折にはそんな祖父が若かりし頃書いた短歌も見つかっている。

紅幕を張れるが如き桃園に遊ふ乙女の影ぞゆかしき

あの祖父がこんな歌も詠みましたか。