理系・文系を重ねて見る光景は
村上龍・村上春樹・金子勝・五木寛之…少数派の原則
新聞などを見ると、これからの高齢化時代、偏屈・暴走老人にならないためにも人と触れ合ったり、趣味を持つなど呼びかけたりするけど、これがなかなか難しい。
とりわけ、男の人が難しいらしく、まあ、僕などもともとがオタクで、今さら趣味以外で出るのも億劫だものなあ。
こういう生きにくい、迷いやすい時代になると人生論ような本が生まれ、金言・箴言が聞こえてくるのだけど、最近は逆説的な本も増えてきた。村上龍は「無趣味のすすめ」というのを書いていたし、五木寛之の「孤独のすすめ」などはベストセラーになっている。ライトノベルでも「僕は友だちが少ない」というのもあるからね。
もともと人見知りで、さらにひねくれ屋だった僕はつい斜に構えてしまう癖もあって、友だちも少ないのだが、かっこつけて少数派を気取り、孤高の名のもとに友だちの少なさを正当化したりした!?

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まあ、村上龍によれば「少数派という原則」というのがあって、多数派への誘惑を断固として拒絶すること、それがヴェンチャーの原則である…などと聞けば、ヴェンチャーでもないのにそうなのだよとつぶやいたり。
もうひとりの村上、ノーベル文学賞に最も近いといわれる作家 村上春樹は、イスラエルのエルサレム賞を受賞したおり、政治情勢もあって受賞を辞退すべきの声が多いなかで、あえてこの賞を受けた。
そして堂々と強大な体制を壁に、もろくて壊れやすい人間を卵にたとえ、自分は常に卵の側に立つとスピーチした。
弱者・少数派に立つこそが自らの文学の基盤ということなのだろう。
優しい文学者は政治にもひるまない気骨の人でもあるのだ。
少数派の原則でもう一人思い起こすのが、慶應義塾大学の金子勝 経済学部教授ですね。
以前はTV番組でもよく見たのだが、最近はあまり見なくなった。
宿敵 竹中平蔵と対決していたときなどは立て板に水の竹中平蔵にずいぶん分が悪かったのだが、かつてインタビューで「オレは98人がAと言ったら、絶対Bと言い張る二人のうちの一人なんですよ。旧ソ連体制だったら、オレは今頃、市場原理主義者」と言っていた人なのだ。まあ、よくわかるけど、これでは分が悪い。
でも、たとえ分が悪くても「だからどうなんだ」と声を上げる人がいないと、世界はフラット化し、多様な世界は守られないのだよ、たぶん。おおっ、また正当化しているぞ。
画像は「陽当たり良好」より伊藤さやか。ね、少数派でしょう!?というか、マニアック!?
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テーマ:現代小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
この記事へのコメント
ニュースに騙されるなと言う番組で金子さんがMCしてたのをまた見たいです。
2017/10/23(月) 01:54:35 | URL | carmenc #-[ 編集]
少数派の原則
最近、あまりお見かけしませんね。
僕は分の悪いほうというだけでシンパシーを感じてしまいます。


2017/10/23(月) 06:15:58 | URL | クプクプ #-[ 編集]
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