理系・文系を重ねて見る光景は
春日狂想 西部邁さんの自死の思想
21日午前6時40分ごろ、東京都大田区の多摩川河川敷で、通行人から「男性が川に飛び込んだようだ」と110番通報があった。駆けつけた警視庁田園調布署が男性を救助し、病院に搬送したもののまもなく死亡が確認された。死亡したのは評論家の西部邁(すすむ)さん(78)で目撃情報などから自殺とみられ、同署で当時の状況を調べている。(産経新聞)

以下は以前のブログより再録です。
作家 芥川龍之介の遺書4通の実物が発見され、日本近代文学館でその複製が公開されている。
死を直前にしても丁寧に乱れなく書かれ、推敲の跡も残っているらしい。
子ども宛の遺書は「一 人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず…」とあり、死は生まれ生きた人間にとって、とりわけ文学者などにとっては最大のテーマだったりします。
昨日の日経新聞のプロムナードに秋山駿が「言葉を可愛がるとは」として、中原中也の「春日狂想」があげられています。

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愛するものが死んだ時には
自殺しなけあなりません

愛するものが死んだ時には
それより他に 方法がない

で始まる中原中也の「春日狂想」は文学者のなかでも特別の感性、創作であるかもしれないけど、やはり死に対する戦ひの言葉のような気もします。
さらに秋山氏は「妻と僕」(西部邁著)を読んで、ようやくこの中也の言葉が解けたといいます。
重症のガンに侵された西部氏夫人は余命幾ばくもないと書き記され、二人で歩んだ半世紀近い人生を西部さんは淡々と振り返りながら、西部氏はこの本で「僕には自死の思想を手放す気は少しもありません」というのだ。
また評論家 江藤淳も妻の献身的介護ののち、自らも極度の疲労で病気となり、また軽い脳梗塞も発症した。
脳梗塞以降も何の問題もなく、原稿も変わらぬものだったけど、「脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は形骸に過ぎず…」と遺書を残し自殺してしまった。

馬車も通れば 電車も通る
まことに人生 花嫁御寮

まぶしく 美(は)しく はた俯いて
話をさせたら でもうんざりか?

それでも心をポーッとさせる
まことに 人生 花嫁御寮

ではみなさん
喜び過ぎず悲しみ過ぎず
テムポ正しく 握手をしましよう

つまり 我等に欠けてるものは
実直なんぞと 心得よして

ハイ ではみなさん
ハイ ハイ ご一緒に――
テムポ正しく 握手をしましよう

中原中也「春日狂想」より一部抜粋

人も世界も何も変わらないように続いていくのだが…。
耐えられない時も、耐え難い人もいる。
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テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

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