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理系・文系を重ねて見る光景は
災害弱者という言葉、名もない星が輝く世界
また巨大台風が接近中で心配が尽きないけど、もう異常気象も普通、日常のようになりました。
今年の豪雨での災害はすでに甚大なものとなって先の豪雨の死者・行方不明者は200人を超えるものとなったけど、いわゆる災害弱者、とりわけ老人の比率が高く、対策が望まれるとニュースもあった。
もちろん自然災害がなければ失われなかった命ではあるけれど、自然災害も病気や老化などと同様に、ある程度には対応できるけど、根本的にはいつか必ず訪れるもので避けられないものではある。
そういう自然の摂理でみれば、老化によって弱者となっている高齢者が少なくともその地を襲った災害に運、不運はあっても公平に訪れるのであり、だとすれば、やはりそういう比率になるのは当然だともいえるし、また山間部のなどの過疎地ではもともと老人の比率も高いのだろう。もっと前提の数値も明らかにしてくれないとよくわからない。
これがむしろ、全世代同じであればおかしな比率で、いや、もちろん、高齢者などの弱者を放っておけと言ってるのではなく、当たり前のことに妙に公平の論理などを持ち出して焦点を当てすぎると少しいびつになってしまうのではないかと。
まあ、僕自身がそろそろそういう世代になろうかという年齢だし、障害者ですからね。
もう、若いころのようには走れない。何かカバーするものがあっても根本的には遅れるのであり、それはふつうなのだ。

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朝ドラ「半分、青い」の仙吉じいちゃんの言葉が染みる。
「人間ちゅうのは、大人になんかならへんぞ。ずっと子供のままや。競争したら勝ちたいし、人には好かれたいし、お金は、欲しい」
「五平餅焼いて、おいしいって食べてくれる人がいて、これでよかったんやと思った。それだけのことや」
何かを成し遂げた人も、あるいは成し遂げなかった人もいつか死は訪れる。
和子さんが「楽しみにして逝くのも何かいいやないかね」と言っていたけど、これも死に向き合う自然な感覚というか。
標語に「お年寄りを大切にしよう」というのがあるけれど、日ごろ、こういう世界が、気持ちがあれば人はそのように動くし、人は幸せなのだろう。そしてお年寄りたちも報いるように元気で活躍する人も増えるのだろう。
数字は指標ではあるけど気持ちを置き去りにしているところがあるのではないかなあ。
数値や指標ばかりに目がいっていると、中央省庁や自治体の障害者雇用の大幅な水増しのように実態とかけ離れて本質が失われるということにもなりかねない。
見せかけの掛け声ではなく、日々を大切に生きて「これでよかったんやと思った。それだけのことや」と思える普通の暮らしをゆっくり見つめたほうがいいんじゃないだろうか。
画像は「スペースカウボーイ」。まあ、ヒーローにはなれなくても名もない星が輝けるようになりますように。
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