理系・文系を重ねて見る光景は
NHK受信料は「合憲」 最高裁のお墨付き
NHKの受信料制度が憲法が保障する「契約の自由」に反するかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は6日、制度を「合憲」とする初判断を示した。国民が公平に財源を負担してNHKを支える制度の合理性を司法が認めた形となる。今後の公共放送のあり方を巡る議論や、約900万世帯に上る未契約者からの受信料徴収にも影響を与えそうだ。放送法64条は、テレビなどの放送受信設備を設置した世帯や事業所は「NHKと受信契約をしなければいけない」と規定する。この規定を巡り、男性側は「罰則はなく、努力義務に過ぎない。契約を強制する規定だとすれば憲法に違反する」と主張。NHK側は「放送法が定める『豊かで良い放送』をするために受信料制度は不可欠で、合理性や必要性がある」などと反論していた(朝日新聞デジタル)

まあ、少し疑念も残るけど、ともかく最高裁がお墨付きを与えたのだから、まさに特定の利益や視聴率に左右されず、公平公正・不偏不党の役割を果たしてもらいたいものです。
予算や人事で国会の制約を受けざるを得ないNHKは政治報道などに疑問や批判があるけれど、逆手に取れば理不尽な批判には堂々と立ち向かえ、また視聴率などというよくわからない怪物にも左右されないという金科玉条、受信料(国民が支える)を得たのだからね。

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まあ、公平公正・不偏不党というのも時々に変わったり、それぞれに違ったりして簡単ではないし、受信料(国民が支える)ということはその責任も重いけど、まさに多種多様であらねばならないのだろう。
大げさに言えば人が地球という自然のシステムに乗っかっているように、まあ、いろいろあっても良しとするための公平な負担というか。太陽の光は降り注ぎ、雨をもたらすように。ちがうか。
でも、なんというか利用するから負担する、利用しないからしないとかの議論は合理的でもあるようだけど、人はたとえば配送料無料なんて、どうみても経済的合理性に合わないことにはやすやすと受け入れたりするからなあ。
一見、ありがたいけど、こっちのほうがよほど怪しく、受信料のほうがまだよほど合理的なような気がするし、そもそも利用しようがしまいが代価を払うようなものは自然の中にも社会のなかにもおそらくいっぱいあるのだろう。
いわば「地球・自然・社会のなかにある」の代価みたいな。
受信料(国民が支える)ということはそういうイメージなものを目指すのであり、それは知るべきこと、学ぶこと、楽しむこと、感動をもたらすことも、あるいは聞きたくもないこと、見たくもないことも、知りたくないことも、おぞましいことさえあっていいのかもしれない。
まあ、「自然」と違ってそう何でも受け入れられないだろうけれど。受け入れたくなければ見なければいいのだ。
見ないから支払わないのではなく、支払ってなお選択して見ない…というのもいいのではないのかなあ。
だんだん、妄想も病膏肓に入ってきた!?かもしれないけど、「NHKスペシャル 人体」、あるいは「精霊の守り人」なんて大河ファンタジーを作れるのはNHKぐらいだからね。いよいよ最終章ですよ。
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