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理系・文系を重ねて見る光景は
実家の解体2
僕の実家は商家だったのだが、実家にあったのが画像左の稲羽町商工観光案内図(現・各務原市)。むろん、実家も載っている。
南に大きく流れているのが木曽川で中央直角に折れているのが新境川。
昔は水運が利用できるで河川沿いが大いに賑わったのだ。
同様にあった資料によれば明治中頃には笠松、川島、犬山まで商圏が広がり、仕入れも陶器は常滑、雑貨は名古屋、生糸は信州、ほか生果物、薪、炭、米、麦、鯨油、石油、味噌、溜などまで扱ったという。
その後、商圏は徐々に北の街道沿いに移っていき商勢は衰えていく。
主だった古い資料類は実家の解体前に年長の従兄弟がまとめてレポートしてくれたけど、寛文年間くらいまで遡れるらしい。
また、周辺には作家の小島信夫、医学博士の小島三郎博士の名前も出てきたりする。

inabakannkou.jpg tirasi1.jpg

画像右は当時のチラシの一部だけど、時代は不明(昭和初期?)。
また、このあたり機屋(はたや)も多く、美智子皇后のご成婚にはこの地の織物が献上されたとも(母からの伝聞)。
画像下はこの案内図の左隅にあった路線バス表。けっこうな本数が走っている。
今は寂れてふれあいバスになってしまった。

rosennbasu.jpg

歴史的資料というわけではなく田舎の商家の日常が窺われるものだったけど、それも実家の解体とともに多くは散逸、失われた。
好奇心旺盛でマニアックな系譜ではあったかもしれない。
幸い、僕の様々な雑品や収集物はまずまず回収したはずだけど、全体像というか役割の不明確なものまでは手が回らなかったので、今から思うと、むしろそういうもののほうが意味深かったような気もする。
せめて記憶が鮮明なうちにそれらをすこし吐き出そうとしているところもあるのかもしれないなあ、このブログ。
いや、まったくの私的備忘録でした。
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コメント
この記事へのコメント
知り合いが。。。
こんばんは。
しばらく連絡していない知り合いが各務原にいます(いるはず)。「各務原」と見て、オ〜ッとなりました!
記憶のつまった場所の片付けはなかなか複雑です。。。
2017/11/01(水) 11:52:02 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
実家の解体2
こんにちは。
そうですか、知人がいらっしゃるのですね。各務原はそこそこ町で山や川もあり、岐阜や名古屋に行くのも便利なところで、市名が難読・多読でも有名?です。各務原、各務ヶ原、ひらがな表記ではかかみはら、かがみはら、かかみがはら、かがみがはらという具合。

2017/11/01(水) 12:14:57 | URL | クプクプ #-[ 編集]
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