理系・文系を重ねて見る光景は
風に吹かれて、最後はきっとうまくいく
夏休み明けに増える子どもの自殺を防ごうと、不登校支援などに取り組む団体が居場所を開放したり、子どもや保護者からの相談を受け付けたりしている。25日には5団体が合同で緊急メッセージを発表。「つらい時、支えてくれる味方はここにいる」と呼びかける。
「学校へ行きたくないあなたへ 味方はココにいます」と題した緊急メッセージを発表したのは、全国不登校新聞社など五つのNPO法人。「つらければ学校を休んで」と呼びかけ、相談先や学校以外の居場所の情報を提供している。(朝日新聞デジタル)

もう、夏休みも終わってずいぶんと経つけど、やはりこういう事件は起きますね。
ちょうどドラマでも居場所のない子供たちに親子丼を食べさせてくれる「さくらの親子丼」というのが始まり、まあ、ちょっと話が粗雑ではあるけれど、こういう場所、こういう時間で救われるということはあるのだろう。
やっと学年が変わったり、小学校から中学校、中学から高校へとようやく辛い環境から離れ、新しい環境でと希望を持っても、また繰り返される虐めの絶望感、そうでなくてもなにかしら漠とした不安に憑りつかれる「時」があるのが青春。
なにか電話のひとつもあれば、何気ない言葉のひとつでもあれば、とにかく「その時」を越える何かしらがあれば踏みとどまるというか、とりあえず先送りされたり、そのまま忘れてしまうこともあるけれど、魅入られたようにすーっと行っちゃうときがあるのだ。
先送りでは解決にならないけど、なお、解決への道はつなげます。
大阪大学の金水敏文学部長の言うように解決しなくても「これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である」とも言えるし、そんなに難しく考えなくても「その時」なにかしらあればその問題から自由でいられるのだ。
少しだけでもいいので、とにかく立ち止まって。解決しなくても死の誘惑をやり過ごせるこもしれない。
なにか電話のひとつ、何気ない言葉のひとつ、ふっと頬をなでる風でもいいかもしれない。そして、もちろん親子丼でも。

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17歳の遺書(神田理沙)」などを見ると、こんな強い子でも死に魅入られるのだからね。
やり過ごせば、解決するかもしれないし、解決なんかしなくても風に吹かれて、最後はきっとうまくいくかもしれないのだから。

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こちらは映画化もされた「二十歳の原点」。立命館大生 高野悦子が自殺し、後に遺稿をもとに「二十歳の原点」が出版された。
彼女は「一人であること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」といって人生を閉じてしまった。
青春の悩みは永遠に変わらず、さまざまに形を変えてやってくる。
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