理系・文系を重ねて見る光景は
文学部は何の役に立つのか?
今さらの話ですが、今年3月、大阪大学の金水敏文学部長が卒業セレモニーで述べた式辞がツイッターで話題になった。
「文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます…」というもので、世間からの「文学部って何の役に立つの?」という声に対する考えを語ったもの。
「税金を投入する国立大学では、イノベーションにつながる理系に重点を置き、文系は私学に任せるべき」といった意見が出たことかららしいけど、私学ならなお競争も激しく、文学部(哲学・史学・文学・芸術学等)などは余計生き残りが厳しいのではないか。
まあ、いずれにしても 医学部、工学部、法学部、経済学部などのように分かりやすく役に立つものではありませんからね。
国が求めるものは常に指数的になるから、就職率や経済活動、生活の利便性、社会の維持・管理などに貢献するものとなりがちなのだ。そこで冒頭の式辞。
「しかし、文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」
「今のこのおめでたい席ではふさわしくない話題かもしれませんが、人生には様々な苦難が必ずやってきます」
「恋人にふられたとき、仕事に行き詰まったとき、親と意見が合わなかったとき、配偶者と不和になったとき、自分の子供が言うことを聞かなかったとき、親しい人々と死別したとき、長く単調な老後を迎えたとき、自らの死に直面したとき、等々です」
「その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます。しかも簡単な答えは与えてくれません。ただ、これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう」
「人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない。その考える手がかりを与えてくれるのが、文学部で学ぶさまざまな学問であったというわけです」(withnewsより、一部編集)

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昔はずいぶん「役に立つ人間になれ」と言われたものだけど、まあ、どう役に立つのまでは問われなかった。
「そんなことで食っていけるのか」とは言われたけど、裏を返せば、「食っていける」のであればよかったのだ。
貧しく昼も夜も働きながら、それでも町には生活には雑多なものがまじりあい、貧乏人も高等遊民も詩を詠んだりしたのだ。
強引にいってしまえば、文系の気概に溢れていた…ような気がするなあ。
「これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう」
とは見事な回答だけど、たとえ文系を学んでいてもそんなにうまく対象化し、客観的でいられるかは難しいような気もするけど、まあ、社会って指数だけでは測れず、指数の間(人生の岐路)を優しく人知れず埋めていくことはでき、少しの猶予、時間を繋いでくれるものではあるかもしれない。どうでしょう!?
もっとも今や文系だけではなく理系も基礎科学などは難しくなってきているという。
理系だって「すぐに役に立つ」ということばかりではなく、「どう役に立つ」のか、よくわからなくても研究するのが基礎科学だからね。
そういえば今年も日本人学者が受賞したイグノーベル賞だけど、やっぱりこういう情熱もなくては。
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コメント
この記事へのコメント
映画 "Brazil"
こんばんは。
「究極の自由」、なんとも素敵にまとめてくれましたね。大学から文系学部が消滅したら、ますます阿部的|麻生的人間が増えますね。。。
1985年製作の映画、"Brazil"を思い出したました!
2017/09/20(水) 14:24:16 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
究極の自由
こんにちは。
文系の人間でもなかなか人生の岐路を迎えて「究極の自由」とはいきませんが、まあ、こういう思考を持ち得ることが文系の良さ・強さかもしれません。
邦題『未来世紀ブラジル』のことだと思いますが、評判も聞きますが見ていないんですよ。

2017/09/20(水) 17:12:04 | URL | クプクプ #-[ 編集]
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