理系・文系を重ねて見る光景は
九州北部の記録的大雨
梅雨末期は集中豪雨に見舞われることは日本の常とはいえ、ここ最近の豪雨は半端ではない。
福岡・大分に出された大雨特別警報は数十年に一度の大雨が目途らしいけど、もう数百年レベルというか、未曽有の豪雨になりつつあって、さらにここ最近でいえばそういうものが毎年のようにやってきて、ちょっと感覚が掴みづらくなってきている!?
地震や噴火にしろ、そして大雨や強風にしろ何が起きるかわからない未曽有の時代なのかもしれない。
まだ大雨は続いており該当の地域、また今後大雨の見込まれる地域の方は十分な注意が必要です。
幸いこちらではまだ大雨とはなっていないけど、僕の実家も木曽川、境川堤防のすぐ際だったから、子供の頃には決壊はなかったものの越水ぎりぎりは子供の頃に見たことがあり(子供は見に行ってしまうんだよなあ、でも行ってはいけません)、木曽川・境川が一体となって流れるさまは今でも忘れることはできない。
土間からはぼこぼこと水が湧いた。決壊寸前だったのだ。
以下は再掲になります。

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地震、火山と同様に海に囲まれた日本は台風、豪雨などによる河川についても災害は避けられない。
火山帯、地震帯のうえに日本列島は成り立ち、そのゆえに急峻な河川がある。
明治時代に河川工事のために来日したオランダ人技師デレーケは、世界でも特異の“勾配がきつく、流れの速い”日本の川を見て「これは川ではない、滝だ」と驚愕したというほどなのだ。
大陸が古くゆったり流れるヨーロッパの川は堤防もあまりないらしいですからね。
天変地異と常に隣り合わせ、災害とともに生きてきた日本。
その先人たちの知恵と工夫が田んぼや里山であり、長きにわたる治山治水がある。
東日本大震災はそれこそ日本では1000年単位の取り組みの必要性を改めて思い起こさせてくれるものだったけど、それは河川など自然、町づくりすべてに渡ります。
でも、それゆえ、日本が世界で稀な美しく多様な自然・資源にも恵まれているということにもなります。
禍福はあざなえる縄の如し。
それでも先人たちは諦めることなくこの荒々しくも恵みももたらす美しい自然とともに生きる工夫をたゆまず努力してきた。
いま、僕たちは先人たちの知恵を努力をきちんと今も引き継いでいるだろうか。
原発なども世界で最も厳しい基準などといっても世界でも稀なほどにあらゆる巨大な自然災害に常に向き合わざるを得ない日本であれば当然であり、要はその地に適合するかどうかなのだ。つまりは適合しないのだ。
災害、あるいは文化にグローバルスタンダードはなく、日本が永遠に向き合わねばならないのは「自然」なのだろう。
かたや多くの大陸などの国々は 自然災害よりも大陸上を図面で引いただけの国境で分かたれ、他民族との争い、その共存のほうがはるかに生きるための戦いだったのかもしれず、イスラエル、パレスチナなどは及びもつかないほどに。
日本は自然との戦い・共存により比重が高く、だからこそ、また人にも優しくなれるのかもしれない!?
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