理系・文系を重ねて見る光景は
キトラ天文図の現場100回
もう七夕も終わってしまったけれど、部屋の整理をしているとこんな星座表が出てきた。
最近はゆっくり空を見上げることも少なくなったけど、やっぱり、宇宙はロマンに満ちているなあ。
夜の空にはまだ無限の星があり、有限の星が輝いている。
ロマンを誘うといえば、奈良県明日香村の国特別史跡・キトラ古墳(7世紀末~8世紀初頭)の石室天井に描かれていた天文図もそうですね。
以前に文化庁などは星の位置関係を調べた結果、紀元前1世紀半ばと、紀元後4世紀に中国で観測された星が共に描かれている可能性があると発表していて、キトラ天文図の星の配置は独特で、原図に該当する星図は見当たらないという。
星の位置は年々変化しており、発表した中村元教授は天文図に描かれた20個以上の星宿(せいしゅく)(星座)の位置から年代を推測し、その結果、紀元前1世紀半ばごろの観測と判断した。紀元前の星の位置を記録したとされる古代中国の「石氏星経(せきしせいきょう)」とも整合したという。

驚くべき古代のロマン。
僕は哲学や宗教などの一部はもしかしたら古代のほうがレベルが高かったのではないかと思っていたのだけど、天文学もそうだったのかもしれないなあ。
今より圧倒的に夜は長く暗く、親しむものであって、星はそれこそ美しく降るように見えたに違いなく、誰もがロマンや科学、興味の対象だったのだろう。すそ野が広ければ学術的な知見も高いに違いない。
キトラ天文図の作成には惑星研究、あるいはそのための観測機械など現代にも匹敵するような知識、科学技術基盤を要するはずで、一人の天才ではなく発見・発明を生むべく社会全体の関心・成熟があると思う。

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昔の天文学者ってピタゴラス、ケプラーのように哲学や数学はむろん、音楽、あるいは日本の安倍晴明の陰陽道、「天地明察」で知られる渋川春海の囲碁、日本全国を測量し、精密な日本地図を完成させた伊能忠敬など、幅広い教養の上に立ち、現代の科学に及ばぬ部分もカバーし、凌駕するところもあったのではないだろうか。
なぜ石室天井に天文図を描いたのか。死者の帰る場所なのか。死者が見るのか、生者も見るのか。
案外、星座盤のように天文図を背景にこんな星座表を回していたりしてね。
そして石室では宇宙から届く雑音の省かれた天上の音楽が聞こえたりして。
一度、石室に一人入って、一日中寝転んでいたいものだなあとも思うけど、やっぱりちょっと怖いか。
刑事の現場100回じゃないけど、そういう研究のあり方もありはしないだろうか。
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