理系・文系を重ねて見る光景は
科学的真理と宗教的真理
バチカンで宇宙物理学、天文学者らの国際会議が5月9日、開催されたが、ローマ法王フランシスコは12日、同会議に参加した35人の学者たちを招いた。フランシスコ法王は「真理を探究することに拘ってほしい。真理の前に不安を抱く必要性はない。科学者は真理の発見を謙虚に受け入れなければならない」と強調し、科学者を鼓舞した。バチカン放送が12日、報じた。(アゴラ)

コペルニクスがローマ・カトリック教会の天動説を否定し、地動説を主張して以来、科学的真理と宗教的真理は「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」で描かれるように密かに激しく対立したかと思えば、そうでもなかったのか。
といっても地動説を支持したガリレオは宗教裁判で有罪となって、あの有名な「それでも地球は回っている」とつぶやいたけど、ローマ法王がその誤りを認めたのは、月に人類が降りてから20数年後の1983年だったというからね。
こんな明確な科学的真理さえ、宗教的真理を根源的に揺るがすものであると長く認めなかった。
一方、科学や数学の分野でもハイゼンベルクの不確定性原理や数学者ゲーデルの不完全性定理は物理学的なもの、数学的なものであっても不確実性を見出すもので、僕などは科学が神学・哲学に近づくような気がするのはやはり不確定性原理や不完全性定理を文学的文脈で読むからかなあ。
いずれにしてもローマ法王が言うように、「自然科学と神学の間の方法論的違いは大切だ。この相違こそが短絡的な結論から科学と信仰の両面を守ることになる」となるのだろうか。

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20世紀を代表する数学・論理学者ゲーデルの不完全性定理とは「自然数論を含む理論Tが矛盾ならば、Tの無矛盾性を表す命題は、その体系で証明できない」というもので、分かりにくいけど、この定理を人間の理性一般における限界、人間の心はどんな機械でも越えられないことの証明と言われればなるほどと思うような気もしたけど、でもこの定理を現実の人間や機械に適用するのは実は無意味らしい。
一方、最新の認知理論は演劇・音楽・アニメなどのアートは特別の人の神秘的な作業、いわば心の表象としての作業とも思われるものが、表現の成立過程を探る試みのなかで、どのアートも微細な技術が中心にあるという。
たとえば指揮者の腕の動きを3次元解析すると、指揮者が違ってもチャイコフスキーなら楕円形、ブラームスなら三日月型に腕の動きが収斂し、演劇なら演出家が0.3秒単位でセリフの間を調整するという。
この新しい認知理論「アフォーダンス」と呼ばれ、「網膜から得た信号を脳で再構成して像を結ぶと言う従来の心理学ではなく、包囲する光そのものに周囲の環境の情報が実在するとする(日経新聞 生態心理学者 佐々木正人インタビュー)。

なんてのを読んでいると、ますます、科学・技術と哲学、心理学、あるいは宗教、混在してくるようだなあ。
たしかに演劇・音楽・アニメなどのアートは(バレエやフィギュアスケートなども典型的ですね)心の表象であり、突き詰められた技術であり、時に並行し、時に加速し、時に合一する。そして、そのきらめく光に撃ち抜かれるのだ。
などと、またよくわからぬ文学的文脈で読んでしまうのは、僕の視点がマンガや小説、映画でばかりで作られてしまったからかなあ。
「人間の身体が表現することでできる最も美しいもの、それがバレエです~」(山岸涼子)
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テーマ:数学 - ジャンル:学問・文化・芸術

コメント
この記事へのコメント
主観的科学と客観的科学
こんばんは。
法王フランシスの言葉、「自然科学と神学の間の方法論的違いは大切だ。この相違こそが短絡的な結論から科学と信仰の両面を守ることになる」 、私はその通りになると思います。
インドのヴェーダの中に残された約5,000年前のリシ (Seer)たちの言葉とノーベル物理学賞受賞の学者たち出席の中、彼らの研究成果を比較研究する会議などでの話を聞いていると、究極的に「意識」で掴む宇宙の真理と機器を使い掴む真理の間に違いは無いので。
リシたちの体験は、現代でも熟練した瞑想者によって再現可能です。問題は、まだ誰でも再現できるところにないことですが、この問題は、客観的科学でも出てくるので、もっともっとヒトの意識を理解しないといけませんね。
2017/07/03(月) 15:45:10 | URL | yokoblueplanet #-[ 編集]
科学的真理と宗教的真理
こんにちは。

> 法王フランシスの言葉、「自然科学と神学の間の方法論的違いは大切だ。この相違こそが短絡的な結論から科学と信仰の両面を守ることになる」 、私はその通りになると思います。

僕は多分に映画的・マンガ的などの文系的発想からの興味で実際の研究成果も知らず、その検証もできませんが気になってしまうところではあります。
ちょっと最近は実利的な科学研究に予算なども偏りがちで、もっと基礎研究や、あるいは一見おバカな研究あたりにも陽があたるといいなあと思います。
2017/07/03(月) 18:37:01 | URL | クプクプ #-[ 編集]
初めまして
Jackendoffという言語・認知科学者は、「音楽は楽譜でもないし,音ですらない」と言っています。「音によって引き起こされる心的表象が音楽だ」とのことです。

僕は認知系の言語学をやっていますが、言語はとんでもなく緻密で精巧な表象物です。

また読みに来ます。
2017/07/03(月) 21:35:47 | URL | のほすけ #-[ 編集]
はじめして
はじめまして。
僕は興味のまま、よくわからないまま書いて、やはりよくわからないまま終ってしまうんですけどね。

> Jackendoffという言語・認知科学者は、「音楽は楽譜でもないし,音ですらない」と言っています。「音によって引き起こされる心的表象が音楽だ」とのことです。

うむむ、禅問答のような。分かるようでやっぱりよくわからないけど、わからないことにはわくわくしちゃうんだよなあ。
2017/07/03(月) 22:37:40 | URL | クプクプ #-[ 編集]
>僕は興味のまま、よくわからないまま書いて、やはりよくわからないまま終ってしまうんですけどね。

いやいや、筆力をお持ちですよ。楽しんで読めます。Jackendoffについては、認知表象主義だと考えれば当たり前のことを言っていると思います。そこまでのジャンプが凄いんですけど。
2017/07/04(火) 03:19:26 | URL | のほすけ #-[ 編集]
ありがとうございます
ありがとうございます。
僕はほんとうに広く浅く興味のまま、よくわからないまま書いているだけなのですが、ほんとうに広く深くという方も多く、ビビってしまうこともしばしばです。
でもまあ、こんなのもありだって。自然も文化も人も多様であっていいのだと。
2017/07/04(火) 08:25:20 | URL | クプクプ #-[ 編集]
>最近は実利的な科学研究に予算なども偏りがちで、もっと基礎研究や、あるいは一見おバカな研究あたりにも陽があたるといいなあと

僕も思います.言語学で予算を要求するときは、「語学学習者の役に立つ」という「完全無欠の嘘」を請求事情の一つに付け加えます。語学習得の「役に立ってたまるか!」と思いながら。言ってしまえば,「役に立つ」理論なんてちっとも面白くないし、そんなところで勝負していないのです。
"John loves Mary"
の構造だけで10年も20年も議論を繰り返しているのが言語学者です。

また読みに来ます。
2017/07/05(水) 15:16:45 | URL | のほすけ #-[ 編集]
>ハイゼンベルクの不確定性原理や数学者ゲーデルの不完全性定理は物理学的なもの、数学的なもの

ゲーデル定理については、

「系の内側では真偽が問えない命題が少なくとも一つある」という解釈ではいけないのですかね?僕は元々物理がやりたくて受験勉強を初めて、英語をやっているうちに、言語が決定的に面白い,と思って外語学部に入ったマヌケです。でも大学の同期たちは「商社に入りたい」とか、「英語の先生になりたい」だったので認知科学者の先生に教わるまでは不遇でした。チョムスキーがいなかったら僕は院にも進んでいなかったと思います。また来ます。
2017/07/05(水) 15:25:52 | URL | のほすけ #-[ 編集]
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