理系・文系を重ねて見る光景は
木皿泉 パンセ
木皿泉 パンセ。
テレ東、木皿泉、パフュームのなかなか思いもかけない組み合わせですが、やはりちょっと不思議で、優しい物語。
変わりない、閉ざされた日常に訪れるささやかな変化、違和感に、ともどいながらも優しく新たな時間が流れ出す。

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「われわれの本性は、運動のうちにある完全な静止は死である」(パンセ)

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NHK BSプレミアムの「嘘なんてひとつもないの」も不思議なドラマだったけど、まずは部屋を出ること、動くことなのだ。
アニメ「トップをねらえ」のタカヤノリコは人類を救う偉業もって、「ヲカエリナサイ」と迎えられたけど、またひきこもりからのささやかな戦いの旅から帰った力丸も「おかえりなさい」と暖かく迎えられた。
大宇宙だろうと小宇宙だろうと帰れる場所があり、温かく迎えてくれる人・場所があるということは希望だ。
「わたしがどんなときも人のために願えるひとでありますように」
「野ブタ。をプロデュース」も「セクシーボイスアンドロボ」「Q10」も、いつの時も変わらないテーマだ。

ちなみに「パンセ」にはこういうのも書かれている。
正しいものに従うのは、正しいことであり、最も強いものに従うのは、必然のことである。力のない正義は無力であり、正義のない力は圧制的である。
力のない正義は反対される。なぜなら、悪いやつがいつもいるからである。正義のない力は非難される。したがって、正義と力をいっしょにおかなければならない。そのためには正しいものが強いか、強いものが正しくなければならない。
このようにして人は、正しいものを強くできなかったので、強いものを正しいとしたのである。
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テーマ:テレビドラマ - ジャンル:テレビ・ラジオ