理系・文系を重ねて見る光景は
青春のいにしへの香り においの記憶
古代の日本人は「香り」に鈍感という説もあったらしい。
山紫水明の国土はいたるところに美しい川が流れ、爽やかな風が吹き抜ける…。
ほのかに香る花の香を歌にもにあれほど詠んてきたのにね。
自然の香りを尊ぶような環境が逆に鈍感という誤解を招いたのかもしれない。
ヨーロッパにおける香水の発展は匂い消しから始まったらしいからね。
あの栄華を極めたベルサイユ宮殿も実はオシッコ臭かったという。
自然な香りでなくてもたとえば「秋の日の図書館の ノートとインクのにおい」(学生時代 ペギー葉山)というもいい。
古本も時を重ねたような独特の匂いがあったり、新築の家の木の香りや畳の匂いもいいなあ。
ああ、青春のいにしえのにほひよ。

img76431100.jpg

それが今はどうでしょう。
暮らしがときめく30cmのハピネスな香りですよ。
汗もいい香りになってしまうというからなあ。
もう、野球部の女子マネジャーがエースのユニフォームを洗う時にちょっと匂いを嗅いで、「くさっ」っていう定番のシーンもなくなってしまうのか。
自然のありのままの、ふつうの生活とともにあった匂いが忘れ去られてしまいそうです。
「スニッファー嗅覚捜査官」にとっては厳しい時代なのか、それともやりやすい時代なのだろうか。
スポンサーサイト
1990年のまんがと放射能
実は前回のブログに挙げた記事は1990年の「COMIC BOX」というマンガ専門誌のまんがと放射能」という特集記事から。
この特集のまんがと原子力産業、利用される正義の味方鉄腕アトムのイメージ、宮崎駿と核などとなかなかに挑戦的な反権力的・反原発的なマンガ誌だった。
いちおう、バランスもとってあってマンガ家の鈴木義司インタビュー『日本の原発は絶対安全だ」というのも掲載されているけど。

gennpatu1.jpg

ややアウトサイダーなマンガ誌ながら、けっこう堂々たる過激な!?論陣です。
けっこう雑誌も多様で面白い時代でもあったなあ。
なぜ、マンガ誌が原発という気もしたけど、先日の福島から自主避難した小学生のいじめ問題をみると、やはりマンガ誌あたりでもきちんとした特集を組んでいたほうがいいのかもしれない。「COMIC BOX」自体は子供向きではありませんでしたけどね。
子供たちも読むとなれば、より表現・公平さなど難しいことも増えてくるだろうけれど。

gennpatu3.jpg

1990年のマイナーなサブカルマンガ誌だけど、復刻して改めて時代を検証してみるのもいいかもしれない。

gennpatu4.jpg

公開情報だけど、なかなか書きにくいなか徹底した調査報道ぶりで、ジャーナリズムを標榜する大手マスコミより、よほど肝が据わっている。

テーマ:ニュース・社会 - ジャンル:ニュース

地震や噴火のたびに揺らぐ日本の原発
一昨日の地震が強く思い起こさせたのは東日本大震災の津波や原発リスク。
幸い、大事には至らなかったけど、地震や噴火が起きるたびに原発近辺地域住民だけでなく日本中が不安を覚えるし、実のところ推進する政府も政治家も電力会社もびくっとするだろう。
地震大国日本では地震のたびに永遠に続くその精神的ストレスだけでもさっさと原発をあきらめたほうが健全、安心な国家像が描けると思うけど、それでもやめようとしないのはむしろ、そのたびに安全のためのコスト、予算が獲得できる打ち出の小づちのように考える人々がいるのかもしれない。

gennpatu2.jpg

もう、30年以上前のことだけど、「もうまったくタナボタ式の町づくりができる。そういうことでわたしはみなさんに原発をおすすめしたい。50年、100年経って片輪が生まれてくるやらそれはわかりませんよ、けれども今の段階ではおやりになったほうがよいのではないだろうか」と言っていた市長もいたのだ。
まさか、今やそんなふうに考える人がいるとは思えないけど、大きな危機ものど元過ぎれば、「これくらいはいいじゃないか、適合性審査も合格しているし」「原発の運転期間が40年を越えたけど事故もなかったし延長しよう(原子炉等規制法は原発の運転期間を原則40年に制限している)」と放っておくと今とさして変わらぬことになってしまったりするから、地震や噴火はそのたびに安全のためのコストが跳ね上がって、好都合という連中もいるかもしれない。
とすれば地震や噴火は日本列島に原発が林立する限り、永遠のゆすりのネタみたいなものではないか。
しかも目先の安全、電力の必要性など一応の合理性もあり、未来を託しながらも今の日々も生きる僕たちの迷い、スキを突いてきたりするのだ。
僕は科学の未来を信じる者だから原発の可能性を否定するものではないけど、しかし、日本列島にある限り、あるいは地球が活動期に入った可能性が高いのなら、ここはさっさと日本が率先して再生エネルギーにしてしまったほうがいいと思うんだけどなあ。
科学的にも経済的な合理性にも適っている。
地震や噴火などは日本にとっては自然にあってともに住まう覚悟だけど、地震や噴火などがもたらす原発リスクまではとても付き合えない。
もう、原子力政策の維持とか、タナボタ式の町づくり、手っ取り早く予算が獲得できるとか言っているような論外、悠長な時期でもないのかもしれないのだ。
日本は地震や噴火、台風・津波など災害大国だけど、それは一方で地熱など再生エネルギーに恵まれ、エネルギーの自給は経済的にも国防上にも有効であり、また荒々しい自然は美しい四季、景色ももたらしてくれます。
過酷な自然とともに生きる日本の宿命でもあり、美しい自然に住まう誇りでもある。

テーマ:ニュース・社会 - ジャンル:ニュース

予断、自然は希望に沿うわけではない
予断というのは怖ろしい。
つい先日の米大統領選で次期大統領にトランプ氏が選ばれたばかりだけど、日本の安部首相は大統領選直前にヒラリー・クリントン前国務長官と会談した。様々に意図があったとしてもやはり次期大統領との思いも強かったのに違いない。
直前まで情勢は僅差であったのにもかかわらず、メディアをはじめ多くがクリントン氏の勝利を信じたのは予断と言うしかない。
まあ、人というのはこれだけ明確な事実を知らされていても、都合の良いほうに、希望に沿うほうを信じてしまうのだね。
地震などの自然災害はその発生確率など、もっと当てにならないのにそれを前提に安全とし、原発の再稼働を認めているのは都合の良いほうに、希望に沿うほうを信じてしまおうという典型。
科学的な装いを見せながら、実はなんの根拠もない判断だというのは、まさに原子力規制委員会の田中委員長が新規制基準への適合性審査は安全を審査するものでも、避難計画を審査するものでもなく、すなわち適合性審査に合格しても安全とは申上げられないと言っているのに、原子力規制委員会が安全(適合性審査に合格)と判断したので原発を再稼動させる…ってこと。

papermoon_t20130219002.jpg

再稼働を前提に誰も責任を問われることがないために科学的な装いで飾ったような言説。
科学は証明が全てなのに対し、社会のよしあしは証明できるものでもなく民主的な合意などでなされていくのだけど、惑わすような言説に科学を装うのはなあ。
本来の科学の信頼を損なうものになってしまうぞ。
そして、また東日本大震災の記憶を呼び起こすような地震が起きた。

テーマ:ニュース・社会 - ジャンル:ニュース

アンティキティラ島の沈没船
1901年、ギリシャにあるアンティキティラ島で、沈没船からある機械が回収された。
この機械、よくわからないまま数十年放置されていたのだが、調べ始めてみると謎だらけ。
2006年にようやく判明した事実は紀元前150年から100年の機械で、古代ギリシャの天文学と数学に基づいて製作された天体の動きを調べるための四則計算機だった。
その時代(日本でいえば弥生時代)のものとは思えないほど高い精度の機械で、その精巧さはまさに「世界最古のコンピュータ」。
そして今回、新たにアンティキティラ島の機械が見つかった同じ沈没船から、2000年前のものと思われる人骨が発見され、さらにこの人骨からはDNAが抽出できるかもしれないという。
水深50メートルで作業していた考古学者が、0.5メートルの深さの砂面に埋まっていた人骨の一部を発見。さらに掘り進めていくと、顎と歯がついたままの極めて状態のいい頭蓋骨、脚、肋骨、腕の骨が見つかったというのだ。
2000年だからねえ、すごい。

royal1410.jpg

アンティキティラ島の沈没船は考古学者にとってはまさに宝の山であり、雑誌ムーファンにとってはオーパーツの宝庫!?
この船の貨物などがまだ海の底に埋もれているのではないかと、映画「冒険者たち」のように、あるいはインディ・ジョーンズのように考古学者が、研究と冒険と宝探し(財宝ではなく偉大な発見)を続けている。
レティシアという美しい魂も海に沈んでいる。ふっと、レティシアのテーマを口ずさんでみる。
ノーベル物理学賞は「トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見 」
スウェーデン王立科学アカデミーは4日、2016年のノーベル物理学賞を米国の科学者3氏に贈ると発表した。先進的な数学の手法である「トポロジー」の概念を使い、低温で物質の抵抗がゼロになる超電導や、特異な磁気特性を示す磁性薄膜などの振る舞いを、理論的に説明したことが評価された。サウレス名誉教授とコスタリッツ教授は1970年代にトポロジーの概念を使い、物質の超電導が低温で起こり、高温では消滅することを理論的に説明した。また、80年代に入ると、ホールデン教授もトポロジーの概念で微小な磁石の振る舞いを理論的に説明した。 (毎日新聞)

日本人受賞者じゃないのであまり話題にもならなかったけど、まあ、説明を読んでもさっぱりわからない。
なにしろ、トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見だからね。
でもトポロジーと聞けば、我が位相微塵斬りを語らなければならぬ。
眠狂四郎の円月殺法やカムイ外伝の変移抜刀霞斬りなどの必殺技に憧れ、ついに生み出したわが剣法は見えざるモノを斬るという位相微塵斬りなのだ。
kamui20omote.jpg
なにぶん、数学が大の苦手という僕が編み出した秘剣なので、長嶋茂雄さんのような「ガーッときたらバーッといってダーッって打て」みたいに常人では理解できない、理論の裏付けのないものではあるけど(ちなみに長嶋さんはバットを持たずにバッターボックスに立ったことがあり、僕は見えざるバットで打とうとしたのではないかと密かに考えている)、これらノーベル賞の研究は我が秘剣のいずれ理論的裏付けになるものかもしれない!?
見えざるものでなくてもトポロジー的な見えざる側面とか。
まあ、この秘剣のいいところは見えざるものを斬るので、証明できないところがよかったのですが。
証明出来たら秘剣じゃなくなっちゃうものね。
座頭市は見えざる者が見えるもの斬った。
同じ物理的次元のなかにあっても身体的ハンデが鋭敏な感覚を磨き、物理的次元のずれを突くような剣法であったのではないか。あはは、何わけのわからぬことを言っているのでしょうね。
繰り返し、言っておきますが、僕は数学・物理的なものに興味はあるけど、大の苦手です。
画像は「カムイ外伝」より、変移抜刀霞斬り。なにやらトポロジカル相転移と似てる感じが?
そういえばカムイもまた社会的ハンデのなかに生きる者であったな。
うむむ、やはり秘剣の使い手であった机龍之介も眠狂四郎も虚無に住まう者であった。
社会の実相を外れたもののみが、手にすることが可能なさしめるのかもしれない。
こんなこと考えると怖くもなるけど、まあ、「となりのトトロ」みたいなものです。
子供は大人の実相のなかにいないからなあ。
念のため繰り返し、言っておきますが、僕は数学・物理的なものに興味はあるけど、大の苦手です。

テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

土屋太鳳・志田未来の全力少女
土屋太鳳(の命がけ?の番宣が話題になったTBS特番「オールスター感謝祭」のミニマラソン。
力走のあまり失神寸前のフラフラのなか、何を語るかと思えばなんと番宣で、「IQ246、華麗なる事件簿、本当にすてきなドラマになっています。本気で見ていただきたいです」。
しかも椅子を用意されながら「先輩方が立っているのに」と遠慮する姿になんていい子なんでしょう。
ということで、「IQ246 華麗なる事件簿」を見ております。
刑事ものや探偵もののちょっといいとこどりをしたような感じで、織田裕二がずいぶん癖のある演技ですこし気になるものの、周りが変わり者ぞろいながら、いずれも上品でいいバランスです。
もちろん、土屋太鳳も全力投球な空回りぶりが可愛い。

aozora.jpg

やはりガッキーが可愛いと評判のドラマ「逃げるは恥だが役には立つ」も楽しいけど、ドラマで彼女が言っていたように「誰が見ていようがいまいがきちんと仕事をこなす」姿勢は気持ちがいいですね。
番宣だろうがなかろうが全力投球の土屋太鳳に青空エール。
でも「逃げ恥」のガッキーのようにきちんとしながらも、たんたんと過ごすことも心掛けないとほんとうに倒れてしまうからね。
というわけでもないけど、今シーズンのドラマはけっこう面白い。
やはり「逃げるは恥だが役には立つ」が出色だけど、「レンタル救世主」もけっこう冒険作で、志田未来ちゃんもまさかのラップに全力投球で毎回見逃せません。
ところで、今日の「レディ・ダヴィンチの診断」、腕の湿疹がリアルだったなあ。
僕もあんな感じで出たりするんですよ。

テーマ:TV番組 - ジャンル:テレビ・ラジオ

君の名はたんぽぽ娘
ようやく映画「君の名は。」を見に行った。
いちおう聖地、岐阜でもあるし(高山は遠いけどね)、なにしろ宮崎アニメと伍するような予想外の大ヒットとなってしまった映画だからね。大ヒットというから情緒的で繊細な私小説のような世界から脱け出したエンタテイメントになっているのかと思ったら、いつもとさして変わらぬ新海誠の世界で、びっくりというか安心というか。
なぜ、いきなりこんな大ヒットになってしまったんだろう。
むろん、彗星の落下をはじめ、少年と少女の入れ替わり、時間軸の交差など、「転校生」や「時をかける少女」など名作を連想することも多いから狙ってはいるのだろうけれど、より複雑に絡み合い、決して理解しやすいとはいえないだろうに。
記憶に残るデジャヴのような映像の美しさとひたすら「君の名は」と問うきゅんきゅんする感性に強引にもっていかれてしまう感じなのかなあ。
本来だったらおおごとの過去の改変も記憶の喪失、データの消失で済まされてしまうけど、意外と歴史の改変、記憶の改変って知らず知らずのうちにされているような気もしてきますね。
まあ、だからロマンチックなラストの邂逅ともなるのだけど。

e4b5f7da8dd2c343a1ec6079be17faa0984895a1_40_1_12_2.jpg

これはロマンチックSF「たんぽぽ娘」でもありますね。
似たようなエピソードも織り込まれていたし。
しかし、口噛み酒って科学的でもあり宗教的でありエロティックでもあり、すごいのを見つけてきたなあって。
「シン・ゴジラ」が庵野秀明監督の3.11とすれば、これは新海誠監督の3.11でもあるのだろうか。

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画

遠い空の向こうにある「希望」
アメリカ大統領選で共和党のトランプ氏が歴史的な大接戦を制した。番狂わせの「勝利」には背景には、世論調査などに出てこなかった“隠れトランプ支持者”が影響した可能性がある。(日本テレビ系(NNN))

最初は泡まつ候補とも言われたけど、すでにずいぶん前からこうなることを予言する人もいた。
アメリカのたぶんリベラルを代表する有力紙などの報道では隠れトランプ支持者は見えてこなかったのかもしれない。
今日の中日新聞もCNNの出口調査を伝え、トランプに投票した人の学歴は大学を卒業していない人が51%とし、一方クリントンに投票した人のうち52%が大卒などの高学歴層とあって、ともに差し引きすればさして変わらないと思うけど、なぜあえて同一の比較とせず微妙に文脈を変えるのだろうと、ちょっと意図を感じてしまうし、そんな報道姿勢ではトランプ支持者は正直に答えにくくもなるだろう。
僕は海外に行ったっこともないし、アメリカのことも映画などで知るだけだけど、西部劇もあり、ミュージカルもあり、アクションもSFもなどもありのエンタテインメントの一方、「ミッドナイト・エクスプレス」「ミシシッピー・バーニング」などもあって、困難なことも抱えながら多様な文化を体現・許容する国だった。
ちょっと意外な映画でもその多様で良きアメリカを知ることができるのが映画「遠い空の向こうに」で、世界初の人工衛星スプートニクが空に描く美しい軌跡を見て、すっかりロケットの魅力に取りつかれてしまう少年たちの物語。
当時のアメリカ南部の保守的な風土などもよく描かれ、田舎の炭鉱の町に住む少年たちが都会に出るためには、アメフトのトップ選手になって大学の奨学生になるくらいしかチャンスはないらしく、若者たちの閉塞感やその家族との葛藤などが、炭鉱の町に生きる人々を背景におきながら描かれます。

UJFD31163_l.jpg

この町では落ちこぼれのような科学少年たちは父など無理解と偏見のなかで、そしてささやかな応援のなかで全米科学コンクールでグランプリを得てチャンスをつかみ取ります。スプートニクの時だから1957年の頃。
少年たちは大学に進むことができ、主人公のホーマー少年はNASAのエンジニアになった。
ホーマー少年の父にかける言葉が素晴らしい。
「僕とオヤジはことごとく見解が一致しない。でも僕もひとかどの人物になれるはずだ。オヤジと異なるからじゃない。同じだからだ。同じくらい分からず屋で強情だ。同じくらい良い人間になりたい」
なんとなくイメージするアメリカの北部的なものと南部的なもの、去りゆく世代とこれからの世代の葛藤・和解のようでしょう。
大統領選挙でも言葉にしなくても様々に熱い思いがあったのにちがいない。
ラスト、少年と父が打ち上げたロケットの美しい軌道をともに見上げるように、和解と希望になればいいのだけどなあ。
ロマンチックにすぎるだろうか。
最後にもう一度。
「僕とオヤジはことごとく見解が一致しない。でも僕もひとかどの人物になれるはずだ。オヤジと異なるからじゃない。同じだからだ。同じくらい分からず屋で強情だ。同じくらい良い人間になりたい」
アメリカっていい映画作るんですよ。映画だけで語っています。

テーマ:ニュース・社会 - ジャンル:ニュース

「火の路」のリアリティ 奈良の都にペルシャ人
奈良市の平城宮跡から出土した8世紀中頃の木簡に、ペルシャ(現代のイラン付近)を意味する「破斯(はし)」という名字を持つ役人の名前が書かれていたことが、奈良文化財研究所の調査でわかった。
国内でペルシャ人の名前を記した出土遺物が確認されたのは初めてで、奈良時代の日本の国際性を裏付ける成果となる。木簡は1966年、人事を扱う式部省があった平城宮跡東南隅の発掘調査で出土した。文字が薄く肉眼では一部が判読不能だったが、今年8月、赤外線撮影をした結果、役人を養成する「大学寮」でのペルシャ人役人の宿直に関する勤務記録とわかった。(読売新聞)

奈良時代にほんとうにペルシャ人役人もいたのか。
ペルシア人・ゾロアスター教徒の飛鳥時代伝来説を描いた松本清張の「火の路」を思い出しますね。
まずテレビドラマで見て、小説にもはまったと思うのだが、さすがは社会派の推理作家でリアリティがありながらの伝奇小説な面白さに圧倒された記憶がある。

hinomiti.jpg

うむむ、実際、リアルだったのだ。
古代史は有史時代だけでも新たな発見がいくらでもあって、先史時代まで遡ればもう何でもアリで、少年誌の特集(雑誌ムーのような読み物)に夢中になったものです。
結局は行けなかった奈良県の明日香村や橿原市。やはり行ってみたいものだなあ。
行けば、なお想像が時間を越えて風景のなかに浮かぶだろうか。
NHK「火の路」再放送してくれないかなあ。それとも新事実を受けてリメイクという手も。
最近ではやはり古都奈良をめぐるファンタジーな名作「鹿男あおによし」というのもあるけれど、地震がテーマの一つなこともあってか再放送されないのも残念です。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

タモリも行きたい!?西之島、初の上陸調査
噴火活動によって拡大した小笠原諸島の西之島に初めて東京大学地震研究所などの調査チームが上陸調査。
調査チームは生態系に影響を与えないため、船で近づいた後、泳いで島に上陸した。
いや、わくわくするような気持ちがわかるなあ。
上陸後、撮影された映像で一目でわかるのはやはりそこそこに大きな島になったということ、また噴火で新しくできた部分が黒い溶岩で、もともとあった島の部分は白く、風化のせいばかりでもなさそうなので、分析後どんな結果が出てくるのだろう。
以前にドローンで持ち帰った噴石は軽い安山岩で(火山島は概ね玄武岩で噴出しても重くてマントルに沈む)、西ノ島の噴出した溶岩(安山岩)は大陸の組成とほぼ変わらないものだった。
パンゲア以来の地球史的な大陸誕生かもしれぬと思うとわくわくもひとしお。
すでに植物、渡り鳥も生息、やはり地球の自然は何もかもタフだ。

58455709.jpg

西之島は2013年に始まった噴火で陸地が溶岩に覆われ、生き物のほとんどが消失し、これまた生態系や土壌がゼロから作られていく過程をつぶさに観察できる貴重な機会というのも科学者はたまらんだろうなあ。
いつかノーベル賞級の成果も期待できる新たな基礎科学の宝庫。予算、つけてあげてね。
領海、排他的経済水域も広がるし。
はるか未来とはいえ、領海内に大陸誕生の島が生まれているとなれば、国のポテンシャルも上がるというものです。
溶岩好きなタモリのブラタモリ一行が入れば、一気に科学的な認知も人気も広がり、研究体制のバックアップになるかもしれない。

テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

基礎科学は昆虫少年から
ノーベル賞を受賞した大隅さんが繰り返し語ったのは、短期的な成果に直結しない基礎科学を追究する科学的精神の重要さ、そして、それがなかなか許されなくなっている社会への憂いだった。
人が競ってやっているより、人がやっていないことをやる方が楽しいし、ある意味でそれがサイエンスの本質なのだと。
しかし、そういうことがなかなか難しくなってきおり、たとえば東大、筑波大、早稲田大など日本の主要11大学でつくる「学術研究懇談会」が2016年7月、国公立大学の運営費交付金と私学助成の削減が10年以上続き、「成果目標が明示的である競争的な事業補助金への移行が強まっている」と指摘したとおり。
企業であればそうだろうけれど、大学の研究機関は基礎研究、もっといえばあまり役に立たないような教養学部的素養を身につける場でいいのではないかなあ。
あるいは合わせてそういう環境もあっての実学が飛躍するというか。
やはり、すそ野が広くなければ山は高くならず、安定もしないよ。
おそらく、西洋諸国を除いて唯一、明治維新で紆余曲折がありながらも列強に伍することができたのは、すでに江戸時代において農民も含めて識字率は高く、幅広い教養、あるいはその素地があったからだ。
まあ、読めないと奉行所などからのお触れも通じないないからね。
でないと、いつか来るかもしれない「シン・ゴジラ」のような危機に対応できる幅広く最強・柔軟なゼネラリスト・エキスパートは集まらないぞ。
rika.jpg
しかし、異能な科学者や芸術家、作家などには宮崎駿監督、北杜夫、養老 孟司をはじめとして昆虫少年が多いなあ。
まあ、鉱石少年、地図少年、植物少年、天文少年、分解少年、チャンバラ少年、ラジオ少年、あるいはマンガ少年、映画少年、政治少年、文学少女、演劇少女、写真少女、ファッション少女、美食少女…、まあ、なんでもいいんだけどね。
そしてもちろん、それぞれに少年少女であっても。
短期的成果も必要だけど、それも長期的な基礎研究があってこそだからね。
まあ、日本は毎年のようにイグノーベル賞も獲っているから、まだいいのかもしれないけど。
日本人初のノーベル賞受賞者の湯川秀樹博士も言っています。
研究は目鼻のつかぬ頃がいちばん面白いって。
画像はジャポニカ学習帳。表紙はカブトムシなどの大きな写真があったのだけど、今では昆虫の写真を使うのをやめている。
きっかけは教師や親から寄せられた「気持ち悪い」という声だったという。
子供の好奇心を奪ってどうする。
大人となって触れ合うことも少なくなるからこそ、子どもの頃に慣れ親しみ、また好き嫌いも生まれてくるのだ。
こんなところからも基礎研究の危機が潜んでいる。

テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

正しいママゴトの終り方
神社に供養のためにおさめられた日本人形を借り受け、お化け屋敷をつくったユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が、日本人形協会から猛抗議を受け、ネットでも炎上している。問題とされたのは、人形供養で知られる和歌山県の淡嶋神社から借り受けた、600体以上の日本人形を用いた迷路型お化け屋敷「祟(TATARI)~生き人形の呪い~」だ。USJのみならず、淡嶋神社も抗議文送付の対象となった。《USJは「抗議文の指摘は法的な根拠に基づいたものではなく、アトラクションは予定通り続ける。ただ、貴重な意見として参考にしたい」とコメントしている》(時事通信10月18日)

ちょっと型通りのコメントで、この手の問題には慎重さに欠けたかも。
デリケートな信仰というか気持ちの問題で法的ななんて言われちゃうとなんだってことになりかねない。
もっとも淡嶋神社の考え方自体が「人形は人に見てもらい、遊んでもらうために生まれてきており、多くの方々に遊んでもらうことは、人形たちにとっても良い供養になるのです」というものらしいので、USJはこれに乗っただけとも言えそうです。
果たして正しい人形遊びの終わり方ってあるのだろうか。
NHKBSで「ママゴト」というちょっと素敵なドラマがあって、親友の子供を不承不承預かる羽目になったヒロインが「ママゴト』のような生活にやがて母性とも思える愛情を抱いていくのだが(ヒロインは愛情に恵まれず子供もなくしている)、「親が呼びに来たら帰っていく、これが正しいママゴトの終り方じゃ」という子供に投げかけた不器用なヒロインの言葉が泣かせます。
誰も迎えに来てくれずひとりママゴトを続けていたヒロインがようやくママゴトを終らせるのだ。
でも、なおたった一つ残されたのがママゴト道具だったり、人形だったりする。
虚無であり木偶であったものが愛され、遊んでもらい、また虚無に木偶に還る永遠の繰り返し。
いかん、怖い話になってきた。

kanojyo.jpg


正しい人形の終わらせ方ってあるのだろうか。
画像は「彼女との正しい遊び方」。ずいぶん前のドラマだけど、夢想したあの頃の記憶のようなピュアなラブストーリー。 

テーマ:テレビドラマ - ジャンル:テレビ・ラジオ