理系・文系を重ねて見る光景は
アトピー性皮膚炎に朗報!?僕のアトポス
理化学研究所は4月26日、アトピー性皮膚炎の原因遺伝子を突き止め、ワセリンを塗ると発症を予防できる可能性があるとの研究成果を発表した。新たな治療法や予防法の確立につながるという。アトピー性皮膚炎を自然発症するマウスを作製し、病気の原因となる遺伝子変異を調べたところ、細胞の増殖や分化に必要なたんぱく質「サイトカイン」を伝達する「JAK1」分子の遺伝子配列に突然変異が生じていることを発見した。JAK1の異常が角質をはがす酵素「プロテアーゼ」にも影響し、角質による保湿効果が低下することで、アトピー性皮膚炎を招く――というメカニズムを解明した。
こうしたマウスの表皮に、JAK1の働きを阻害する薬剤や、保湿効果を高めるワセリンを塗布したところ、発症を遅延・予防できた。発症前に皮膚バリアの破壊を防ぎ、角質の適切な新陳代謝を促すことがアトピーの予防につながることが分かった。(ITmedia ニュース )

僕も大病をしてからアトピー性皮膚炎に悩まされることなった。
いいことなのか悪いことなのか、大病で身体の多くの痛痒覚も失って症状が出ても背中など気づかないこともあり(まあ、強力なかゆみ止めを始終処方しているようなものだ)、でも、気づかなくても出ているものは出ているのであり、放置することによってかえって痕が残ったりした。
今はすぐに処方するようにしたけど、なかなか治ることはない。
感覚がある部分に小さなものひとつ出ても相当に痒いから、感覚の多くが失われていなかったらとても放置なんかできなかっただろう。つらい症状、病気なのだ。

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新本格派の島田荘司に代表作に御手洗潔シリーズがあって、「アトポス」という超分厚いミステリーがあるけど、これは実はアトピーのことだった。
これだけ壮大な物語にもなってしまうアトピーなのですよ。いや、小説も現実もアトピーをなめるとひどいことになります!?
さて、御手洗潔シリーズが映画化です。
『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』で主演は玉木宏。原作者の島田荘司が「玉木宏なら」と熱望したらしいけど、なんとなくわかるような気がします。
アトピー予防の新たなる発見、新しい物語となるでしょうか。
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テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

タモリ倶楽部の地理女と合コン、地図の愉しみ
「タモリ倶楽部」はやはり面白い。今回あったのはお茶の水大学の地理女と合コン企画。
うーむ、こんな合コン企画もあるのだな。
また、この地理女がすごい。さすがは茶の水大学で、ハンパな地理好きレベルではなかった。
初っ端から国道好きな地理女で、なかでも299号線が大好きだという。なんとなれば「こんなに峠のある国道ってないじゃないですか」って。いやあ、インドアの僕には全く分からない。
ほか、坂道、青山霊園、高低差、地図パズル好きなどぞくぞく。
地理ネタでこれほど盛り上がるとはオタクにとって大いなる希望でもあれけれど、タモリならではかもしれぬ。
ブラタモリSPで地理女との合ハイ企画はどうだ(古いなあ)、でもまあ、希少な存在なのでしょうね。
合コンのゲームも可愛らしい。その名も「可愛い地名ゲーム」。
かわいいと思う地名を挙げていくというだけの単純明快なゲームで、「留萌」やら「小鹿野」あたりから、「高津区」なんて微妙なものもきちんと説明できればOK。

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岐阜あたりの可愛い地名なら加子母村なんかどうかしらん。
僕も地図帳などを見るのが好きだったけど、とても敵わない。
こちらは1952年版の児童年鑑から中部地方の地図。まあ、地図の精度はともかく、各地の名所、名産が色刷りの絵で記載されていて、黄門様の諸国漫遊の旅を共にする、うっかり 八兵衛が楽しみに読むような地図です。
岐阜に描かれているのは鵜飼、下呂温泉、提灯、傘、刃物、和紙などなど。
ほかにも古生代からの歴史、もしも星に行くことができたならなど、子供の好奇心をそそるような絵や読み物がいっぱいで、これは年長の従兄の置き土産だったけど、読みふけったなあ。
しかも、時代背景もあったのだろうけれど、平和条約、安全保障条約和条約、国際連合憲章、人権宣言、日本国憲法なども載っていますからね。
ここまで児童年鑑に載せますか、すごいですね。このあたりの話はまたいずれ。

テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

県の石(岩石・鉱物・化石)が決定
日本地質学会は「地質の日」である5月10日、全47都道府県で初となる「県の石」を発表しました。各地域の特色を示す岩石・鉱物・化石を一種類ずつ選んだものです。これまで「県の花」や「県の樹木」「県の鳥」はほぼ全ての都道府県にありましたが、「県の石」やそれに類いするものはなかったとのこと。米国では「州の石」を定めているところもあり、日常であまり意識されない石に興味を抱いてもらおうと、同学会が創立125周年に向けた記念事業の一つとして約2年かけて選定に取り組みました。(ねとらぼ)

県の石として岩石・鉱物・化石のなかから代表的で象徴的なものひとつかと思ったら、それぞれに3つ選んだという実にマニアックなもの。
なかなか県の花や木、あるいは鳥のようには浸透しないだろうなあ。石だものね。
ちなみに岐阜県の岩石はチャート(木曽川(鵜沼-坂祝),飛水峡,金華山)、鉱物はヘデン輝石(神岡鉱山)、化石はペルム紀化石群(大垣市赤坂金生山)ときた。
チャートはともかく、ヘデン輝石ってなんだ。ペルム紀化石群ってのも初めて知ったぞ。
各県も似たようなもので、岩石・鉱物・化石の3種揃って分かりやすいのはせいぜい北海道のかんらん岩、砂白金、アンモナイトぐらいでありましょう。これだって名前を知っているだけで、わかるのはアンモナイトぐらい。
長野県もちょっといい。黒曜石、ざくろ石、ナウマンゾウと、なんとなくいい感じ。
選定が大幅に伸びて時間がかかったらしいけど、マニアックなものほど白熱するというか、ちょっと選定の議論見たかったなあ。

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僕が鉱石などに興味を持ったのは小学生の頃?のお土産でもらったこの阿蘇山の鉱石セット。
もっとも一度ぶちまけてしまって、何の鉱石か分からなくなってしまった。
今も売っていたりするのかなあ。植物の押し花もついていましたね。
岐阜県の岩石となったチャートはここ各務原でも見られ、地層は古生代から中生代のもので近くを流れる木曽川の露出したチャートからもジュラ紀あたりの放散虫が見つかったりする。
僕も子供の頃、木曽川で化石や石を探したけど、鵜沼よりやや下流で見つけることはできなかった。
まあ、それでも近くの三井山なども含めて、きれいな石、水晶ややじりもどきなど変なものを集めていた。
古墳などもあったからなあ。
熊本県の岩石となったのはもちろん、阿蘇山の溶結凝灰岩だった。
人間の一夫一婦制の意外な真実とパンゲア
【AFP=時事】人間が一夫一婦制となり、大半の動物にとって自然な行為である、より多くの配偶関係を持つ「乱婚」を拒絶するようになった理由は何なのだろうか。道徳か、宗教か、それともおそらく愛だったのか──。12日に発表された研究論文によると、その答えは細菌だという。研究は、人間の祖先は、性感染症が引き起こした大混乱によって、同じ相手と一生添い遂げる方が賢明との結論に至ったとしている。

種の存続の必然というか、身も蓋もない結論だなあ。
以前にも淡水魚は各大陸に分布するが、海を渡ることができないのに、どうしてこれほど 広がったのか謎だったのだが、これも当たり前というか、でも思いもかけぬものだった。

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約1万2千種類に及ぶ淡水魚のうち3分の2を占めるコイやナマズなどの仲間は、 約2億5千万年前に唯一存在した超大陸パンゲアで誕生した淡水魚が祖先だったとする研究成果を東京大大気海洋研究所と千葉県立中央博物館などのチームが 明らかにしたのだ。
約2億5千万年前に唯一存在した超大陸パンゲアで誕生した淡水魚の祖先。なるほど。
それ以降に諸大陸に分裂したのだから、いちばん合理的な推論だったのだ。
しかし、思いつかなかったなあ、パンゲアとは。
この生物学の科学的成果は超大陸パンゲアの存在、地球物理学の大陸移動説を補強するものでもありますね。
タネを明かせば簡単でもラムネのビー玉みたいに形状に囚われすぎると、形に囚われてなかなか謎に辿りつかなかったりします。
均一から多様に…、地球の成長の歴史そのものだったのだ。
一夫一婦制の話だった。
しかし、大半の動物にとって自然な行為である、より多くの配偶関係を持つ「乱婚」が成り立つのに、人間だけが性感染症に疎外されたのか、道徳か、宗教か、それとも愛だったのか。いかん、ウロボロスのようになってきた。
やはり、人間はパンゲアのようにはいかんなあ。

各務原市の環境河川公園内の世界淡水魚園水族館では絶滅危惧種ハリヨの求愛行動が今見られます。
働かないアリ、全体の10%しか使っていない脳
少し前のニュースですが。
コロニー(集団)の中に必ず2~3割いる働かない働きアリは、他のアリが疲れて動けなくなったときに代わりに仕事をし、集団の長期存続に不可欠だとの研究成果を、北海道大などの研究チームが16日、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に発表した。
さらに、コンピューターシミュレーションでは1コロニー75匹の働きアリが全て同じようによく働き、疲れがたまるペースも一緒のケースと、働き度合いがばらばらのケースを比較。勤勉なアリだけのケースでは一斉に疲労で動けなくなってコロニーが滅びてしまうのが早く、働かないアリがいる方が長続きする傾向があった。
チームの長谷川英祐・北海道大准教授(進化生物学)は「働かないアリを常駐させる非効率的なシステムがコロニーの存続に欠かせない。人間の組織でも短期的な効率や成果を求めると悪影響が出ることがあり、組織を長期的な視点で運営することの重要性を示唆する結果ではないか」と話す。(毎日新聞)

人間のいいところというか悪いところはこういう話を聞くと、「やはり、そうか。僕はいざというべきの存在なのだ」とか、自分の怠惰ぶりに名目を得たと言わんばかりに開き直るところ。まあ、そんな人は少ないでしょうが。
やはり、脳は全体の10%しか使っていないなどと聞くと、「お前ら勉強してその程度。俺たち勉強しなくてもこれぐらい」という出来の悪い生徒の負け惜しみのような。

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これら生態学は完全な証明が難しいところだけど、物理的なものでも一見、不可思議なことはある。
たとえば長い管のなかに水や空気の流体を効率的に流すのには、常識とされた一定の速度を保つのではなく、心臓から血液が送り出されるようにドクン、ドクンと脈動させた方が効率がいいのだという。
配管を流れる水は、管の中心のほうが流れが速く、内壁に近いほど遅くなる。ゆっくりとした流れであれば問題はないが、速くなればなるほど、中心と周辺の流れの速さの違いが大きくなり、渦ができ、流れが乱れる。
この乱流を防ぐために内壁に突起物をつけたり、化学物質を混ぜたり工夫されてきたのだが、この脈動を適切に与えれば、どんな流れも乱流を起きにくくし、摩擦もぐんと減り、また流体の性質、管の太さ、流速など、あらゆるパターンに対して計算で最適な脈動パターンを割り出せるというのだ。といってもまだ流体理論では説明できないらしいけど。
しかし、まったく、自然の創造物は限りなくよく出来ている。
人間は自然の創造物の傑作なのだろうけれど、そのままであるのではなく、考える、検証する、対応してしまうことが、またやっかいで楽しい変数です。

テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

老朽原発は老塾原発になるか
運転開始から40年を超えた関西電力・高浜原子力発電所1、2号機(福井県)について、原子力規制委員会は安全審査の合格証にあたる「審査書案」を了承した。運転40年超の老朽原発では初めてで、再稼働に向けた審査の最初の関門を越えたことになる。原発の運転が長くなると原子炉内の機器が放射線にさらされ、もろくなる課題が指摘されている。米国などは60年までの運転を認めているが、安全上本当に問題がないのか、なお疑義を呈する専門家もいる(日経新聞)
一方、四国電力が運転開始から来年で40年になる伊方原発1号機(愛媛県伊方町)を廃炉にする方針を固めたことが25日、分かった。四国電は伊方1号機の再稼働を検討してきたが、その前提となる安全対策の工事費負担などを考慮し、運転延長を断念した。
東京電力福島第1原発事故の後に改正された原子炉等規制法は、原発の運転期間を原則40年に制限。原子力規制委員会が認めれば、最長20年の延長が可能とした。(時事通信)

僕は地震・火山・津波・台風など屈指の自然災害大国でもある日本(まあ、だから美しいのでもあるのだが)での原発は賛成しないものであるけど、人も少子化・長命化するなかで社会の構造も大きく変わり、元気な老人は活躍の場が与えられるべき方向に向かうなかで、これからの科学技術としての原発はどうだろうか。
たとえば先進医療に頼る、ただ生き延びるような長命化はこれもあまり意味がないと僕は思うけど、あるいはまた健康管理で健康が向上・維持され、より豊かな老塾たる人の未来が拓けるなら、なおのこと機械たる原発などもまた、技術・メンテンスの向上で安全な運転年数の維持・向上が可能ではないのかと。
技術の進歩も精緻・複雑になるだけなら、案外、古色蒼然たる技術であってもシンプルという最大のメンテナンスの特質を持ち合わせて、それも悪くはないのかもしれない。実際、ロケットでもスペースシャトルよりソユーズのようなシンプルで古い技術のほうが泥臭いけど安定し、コストも安かったりする!?
もう50年になろうとするアポロ11号も案外アナログだったからこそ、大丈夫だったするのも気のせいだろうか。

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というのも、先日、BSで映画「スペースカウボーイ」をやっていて、老人たちの活躍を見たからだ。
若い飛行士になめられ、バカにされようとも地球を救うのは痛快な老人技術士や飛行士たちなのだった。
今はどんなものでも細分化・緻密化されてしまうから、意外に全体を見渡した判断が出来なくなってきているけど、昔の技術者などはなんでもやったりするから、いざという時の現場の突破力はきっと強い。まあ、ロートルな技術だけどね。
ただ、原発は天文学的な半減期もをつ、放射性物質の処理がなあ。
たとえ、ブラックホールのようなところに放棄しても「おーい、でてこい」(星新一)みたいなしっぺ返しが来るかもしれないし。
学級新聞の思い出「2Bプラウダ」
今の若い子はあまり新聞を読まないと聞いていたけど、けっこう大人もそうらしい。
子供の頃、家では中日新聞と日経新聞を2紙を取っていて、僕は読むのが好きだった。
1面から順番にほぼ全部を通して読むようになったのはいつからだろう。文化欄などは切抜きもしてスクラップもしていた。
夕刊はとりわけ、映画などの紹介も多く映画広告も含め、ずいぶんスクラップした。
日経新聞は経済紙だけど意外に文化欄が充実して、カラー印刷された巨匠たちの絵画が紹介された「美の美」もまるごとスクラップした。
なんでもとりあえずは興味を持ち、やや執着気味というのはここで生まれたのかもしれない。
今はネットでもニュースが見られるから新聞は必須でもなくなったけど、やはりセレクションされたものだけになりがちですね。
興味がなくても、無駄と思っても、すべて通してみると意外な発見や面白さがあったりするのだけど、効率が求めらる時代であり、膨大な量に圧倒されて、こんなどうでもいいようなことはいちばんに削られてしまうのだろう。
知識のすそ野が狭くなるような気もするですが、さまざまに議論の分かれるところでなかなか難しい。
ところで、学級新聞というのはまだあるのだろうか。
中学校のとき、僕は2年B組で学級新聞を作ることになった。紙面はさておき、話題となったのは紙名をどうするかというこだった。
ふつうに「2B新聞」「2Bニュース」だの意見が飛び交う中、いちばんの優等生と目される同級生が提案したのは「プラウダ」。
なんかすごそうだということで「2Bプラウダ」となった。
僕は劣等生だけど、いちおう新聞は読んでいたから、ソ連の新聞(ソ連の共産党の機関紙など詳しいことはもちろん知らない)とは知っていた。いや、思い付きもしなかったけど、びっくりした記憶がある。
英語の先生が怪訝な表情で、「誰がつけたの?」と聞いて来たのを覚えているから、職員室で話題となったのかもしれないなあ。

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え、僕が考えたの何かって?「デイリープラネット」だよ。もちろん声にはしなかったけど。
ほんとうはけっこうお調子者なのだが、それ以上にひたすら僕は内向的だったのだ。

演出家の蜷川幸雄さんが亡くなってしまったけど、その蜷川さんも当初理解されることが少なく、私家版のニナガワ新聞を貼り出したという。
NHK大河ドラマ「真田丸」の出演者発表記者会見では「西日暮里壁新聞」の記者を名乗り、三谷幸喜さんが質問した。
新聞ってやっぱり面白いのだ。

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地球はまわる(地軸に沿って)君をのせて
地球は自転軸を中心に24時間に1回の自転をするけど、実は極点は必ずしも同じ位置にあるわけではなく、地球の質量の変化などによって極点も移動を繰り返している。
このほど米ジェット推進研究所とカリフォルニア工科大学の研究チームが発表したのが、グリーンランドと南極大陸の氷の融解による地球の質量の変化に伴って極運動も変化し、これまではカナダの方へ移動していた北極点が、グリニッジ標準時ラインに沿うように東へ移動しているというもの(科学誌「サイエンス・アドバンス」)。
昔、なにかでシベリアの凍土で発見されたマンモスの胃の内容物が温暖な地方の雑草類だったというような話を読んだ記憶があり(西村寿行の小説?)、つまり、その説ではマンモスはシベリアでよく発見されるから寒冷地の動物だったとされるけど、実は温暖な地方に住み、ある時、劇的に寒冷化して滅び、シベリアの凍土にそのまま埋もれることになったのだと。
最近もグリーンランド氷床で、全体の12%にあたる氷が一気に溶けたとも言われるから、そういうこともあるのかもしれない。
論文によれば2000年以降、その向きが75度も東に変わり、イギリスの方向に移動し、移動速度も一年で10センチほどから17センチと加速しているという。
理由として、気候変動によるグリーンランドや南極の氷床の溶解、ユーラシア大陸やインド亜大陸などの大雨や干ばつも地球の重量バランスを崩すことによる極点の変化などの影響が考えられるらしい。
まあ、過去には巨大隕石が衝突して一気に地軸が傾くこともあったのかもしれないしなあ。
地震の予知も結局分からないけど、地球も宇宙も未知に満ちている。
だからロマンにあふれるのだけど、科学は惑わされることなく地道に実証を積み重ねるのみ。
海溝型の巨大地震、海流の変化なども極移動を加速させる要因かもしれないし、あるいは加速することによってもたらされているのかもしれない。
僕たちは地球史上でもけっこうな巨大な転換期に立ち会っているのかも。
いかん、ほんとうに西村寿行さんの小説みたいなってきた。

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ところで、高倉健さんが1976年に主演し、大ヒットした(中国でも)「君よ憤怒の河を渉れ」(西村寿行原作)がジョン・ウー監督でリメイクが決定です。
福山雅治と中国のチャン・ハンユーのW主演。
しかし、最後が映画で終わるって、話の軸がズレすぎ!?
桐島、部活やめるってよ
少し前、映画「桐島、部活やめるってよ」がBSプレミアムでやっていて、ようやく見た。
評判は聞いていたけどなかなか見る機会に恵まれなかったのだ。
最近はあまり映画も見ないので大きなことは言えないけど、編集というか構成が見事で、重層的にすることでより見えてくるものがありますね。こういう作りの映画がアカデミー賞などで評価を得たのはよかったなあと。
最近はエンタテインメント中心で興行成績が気になるだろうから、わかりやすい映画が増えていたのだ。
ドラマも視聴率を気にせずにはいられないから分かりやすくなっていますね。すこし前の円周率のように。
でもやはり円周率が分かりやすくしたようでも、実は本質を見失ったかもしれないように、なにかちがうような。
ちょっと古くなるけど「日本映画、崩壊」(斉藤守彦著)はそんな邦画の危機を伝えています。
よく聞くテレビ局・広告会社・出版社などが出資する制作委員会方式はリスクを分散し、各社がその媒体力を生かして大量広告、それゆえのヒットする確率が高くなり、また複数の出資者の同意を得られやすいベストセラーや人気ドラマの映画化などばかりとなり、意欲作、実験的作品などが難しくなって、加えて各メディアの絡むような制作委員会方式はメディアの相互批判も困難となり、ネットの世界も批判は誤解を生みやすく批評的には甘くなったと。

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ぼくなど見てしまうとたいていは好きになってしまうので、映画通の友人からは相手にもしてもらえなかったりしたのだけど、その僕でさえ、最近はどうかなあというヒット作狙いのわかりやすさです。
それでもエンタテインメントの顔を借りても低予算でも、意欲的な手法などを放り込む強者もまだまだいるようでもあるので、どんな作品でも油断はできない!?
小説では高村薫はエンタテインメントの作家だったけど、どんどん難解になりますね。
高村薫の小説が難しくなったという批判もやはりあるようで、それでも「言葉を退化させていく人間社会への異議をこめてあえて書き続ける」と決意を語っています。
「高村、書き続けるってよ」、難解と言われようとも。すごいなあ。
といっても、最近はなかなか読めないのですが、あえて読むということもあるのだろうなあ。

テーマ:邦画 - ジャンル:映画

四国八十八カ所巡り「逆打ち」の空海
四国八十八カ所の霊場を巡る“お遍路さん”が旅行会社などの注目を集めている。なぜなら今年はうるう年で、88番札所から1番へと逆に巡る「逆打ち」で弘法大師・空海の御利益が3倍になるとの言い伝えがあるからだ。うるう年の巡礼者は平年の数倍に上るともいわれる。しかも逆打ちで弘法大師に巡り合えたという伝説が残る60年に1度の丙申(ひのえさる)にもあたり、旅行各社は需要増を見越してプランを投入し、地元ホテルは商機に期待を高めている。(産経新聞)

やはり四国という土地柄なのか土俗的なホラー小説だったのが映画化もされた「死国」で、「リング2」との2本立ては怖かったなあ。
「リング」はジャパンホラーとして名を成したし、「死国」はやはり「逆打ち」を巡る物語で、こちらは四国八十八ヶ所の霊場を死者の歳の数だけ逆に巡ると死者が蘇るというもの。
人間の奥底に潜む願望に火をつけるような儀式はいかにも人知れず伝承されているようで怖いですね。
そういう視線で巡礼の旅の人々を見れば情景は一変するし、また、商機と考える視線で見ても情景はやはり一変しているのだろう。

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原作を書いた坂東眞砂子「は蛇鏡」など題名だけでぞくっと来るような小説が多く、伝奇小説好きには欠かせない。
土俗的というのは日常のどこにもある影のようなものに結びついた怖さがあり、常に人に寄り添うから根源的な怖さを感じます。
ほら、暗い土蔵に一人で入って、ふと気づくと細く開けられていた扉が閉じられている。
そして、土蔵の奥からは不気味な声が。
なんて妄想が生まれ高じるとトイレでさえ、扉を閉めることができなくなる…。
しかし、逆打ちで弘法大師に巡り合えたというのは果たして幸運なのかとも思ってしまうのだけど。
それにしても「「死国」と「リング2」って、ともに「巡る物語」でこの2本立てとなったのもまた巡り合わせか。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

日本の使えない英語教育の陰謀論
日本の使えない英語教育、グローバルな時代を迎えていよいよ大きく改革される気配です。
使えない英語教育というのはずっと苦手だった僕も異論はなく、国語はまあ得意だったのになぜ、同じ言語の英語ができないのか不思議だったのだ。
でも、日本文化が独自たる位置を持ち得ているのは、ここに大いなる意図が隠されていたのかもしれない。
政治・経済・文化などすべてグローバルに向う時代に当たって、最大の障壁となるのが言葉。
全ては言葉がなければ始まらないし、他言語を理解して初めて共通の理解の基盤が生まれるのだからね。
その最大の共通言語に位置づけられるのが英語なのだが、言語がすべての基盤であるのだから自ずと政治・経済・文化も寄り添っていってしまう。
国の文化・社会・経済等あらゆる根幹をなすのはやはり言葉なのであり、現代の急速な経済や文化・生活のグローバル化も実は言語の覇権を競うものでもあった。
英語の圧倒的な広がりは独自の民族言語と結びついた文化・社会を揺るがし、歴史も消し去ってしまう危険も強い。
新大陸の発見は人類を飛躍的に発展させたかもしれないけど、数々の固有の偉大な文化・文明も破壊した。
日本は中国から漢字も上手く受け入れて、独自の日本語としたけど、あまりに急速なグローバル化は今までような咀嚼し、独自の高められたような言葉する暇もなく、日本語ではなく英語そのもので受け入れるようになる。
多くの英語圏以外の国では英語を学ばなければ名著などに触れることはなかなかできないらしいけど、日本は名著から名も知れぬ研究書、あるいは英語圏以外のものであってもおおよそ翻訳があり、日本語で読むことが出来たりするのは実は先人の類まれな努力のたまものだった。
これだけ、自国語で海外の名著から名も知れぬ研究書まで読める国はないらしいのだ。
一度、日本語化、いわば日本化、咀嚼して受け入れること、ここに独自たる、文化を守りえた秘密がある。
グローバル化はもはや必然だけど、怖ろしいのは言葉と共に守り抜いた日本の文化も生活も独自の風土も失われてしまうこと。

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以前の日経新聞特集にもあったのだが、危機感を抱く国は自国語の保護政策に乗り出しているのだという。
ドバイは中東の経済ハブとして発展したけど、経済だけでなく生活においても英語が共通語になってしまった。
もちろん民俗言語はアラビア語だった。
ヨーロッパでもとりわけ自国の文化に誇り高いフランスはフランス語の保護に余念がない。
英語と並び覇権を競いそうなのが、スペイン語と中国語で、歴史的経緯や人口を見れば納得するところです。
使える英語教育もいいけど、あまりに急速なグローバル化は今までような咀嚼し、独自の高められたような言葉は失われ、英語そのものとなり、言葉と共に日本の文化も生活も独自の風土も失われてしまう危険も潜む。
少数民族のなかでは、すでにそうなっていてユネスコによれば1950年以降すでに219言語が消滅した。
ナショナリズムの問題ともなるけど、グローバル化はそういう危険も孕むのだ。
インターネットをはじめとする圧倒的なグローバル化の波は、最後の障壁、日本語も飲みこんでしまう。
日本語は経済原理に関わりのない、ゆえに誰にも文句の付けられることのない、目に見えない巧妙な文化障壁であり、それは独自の生活・文化を守るためのものだった。
日本の使えない英語教育って、実は大いなる意図をもった、天皇制から政治・経済・文化、生活まで一方的なグローバル化から密かに守る要諦だったのだ。
その攻防の果て、いよいよ「ヒ一族」の力も衰えたか(まだ言ってる)。

テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

竹宮惠子「風と木の詩」が開けた扉
クールジャパンが国際的に認知されるにしたがって、国連は暴力的なポルノ表現や児童ポルノを含むと日本の漫画を問題視、女子差別撤廃委員会の報告書では「日本ではポルノ、ビデオゲーム、漫画などアニメが、女性や少女への性的暴力を推進している」と指摘。国連特別報告者は日本を「バーチャルな子供を性的搾取する表現の主要製造国」とまで呼んだ。
そんななかで漫画界の代表的作家のひとりで、漫画における性表現のパイオニアのひとりでもある竹宮惠子さんにインタビューしたBBCの加藤祐子記者の記事が面白かった。

日本の漫画にとって衝撃的ともいうべき「風と木の詩」の連載が始まったのは1976年で、19世紀フランスの寄宿学校を舞台にした物語は、裸で横たわる少年2人の絵で始まる。性行為の後の姿だった。
そのまま引用していると長くなるので大まかな援用となるけど、少女漫画誌に週刊連載された「風と木の詩」は、あらゆるタブーを正面から取り上げ、次々と打ち破るものだった。
当時の少女マンガの性的描写といえば、ベッドの上で重なり合う手と手、きらめくろうそくの炎、朝になって聞こえる鳥のさえずりがせいぜいの微笑ましいものだった。思春期の性の目覚めといえば、憧れの男の子に手が触れたと真っ赤になる少女の姿だったのだ。
そうした中で、竹宮さんをはじめ後に「24年組」と呼ばれる1949年~50年生まれの作家たちが、少女漫画の地平を押し広げる。ヘッセ、ブラム・ストーカー、スタンダール、デュマ、ドストエフスキーなどの西洋の作家たちに強く影響を受け、愛と憎、生と死といった普遍的テーマを取り上げ、性も避けることなく文学として批評に値する漫画作品を次々と発表していった。
その遥かな努力の果てにようやく拓かれた文学の香り豊かな地平が今では逆に女性や子供の福祉を脅かしかねないと国連がみなすものになってしまうとは。
日本でも2004年に「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」を改正、この6年後に東京都が提案した「青少年の健全な育成に関する条例」の改正案が「非実在青少年」の性描写を規制対象に含めるなど、拓かれた地平は危機にさらされた。
竹宮恵子など多くの漫画家と共にこれに強く反対し、このような内容は表現の自由の制限につながり、自分の「風と木の詩」も丸ごと規制されてしまうだろうと批判した。

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国連などが批判する漫画やアニメ、ゲームの多くは、竹宮作品のように高い文学性を志すものではなく、ひたすら扇情的なものだとされるけど、結局は高い文学性があろうとなかろうと現実政治の前では文学・哲学的な反論ではあまり力はもたないのだろう。
国連での文化の成熟を阻害するなどの議論・反論に力があるとは思えない。
世界のなかには文化どころではない状況の中で生きている人もいるし、相容れぬ文化もあるのかもしれない。
ましてや子供の危機を前面に出されては、表現の自由も文化の成熟も身をすくめてしまう。

文豪トーマス・マンはルーブル美術館を訪れ絢爛たる巨匠達の作品を眺め、かくのごとく記した。
「人間は罪を犯してきた。獣のようにふるまってきた。しかもその間に絶えずこういうものを生産し続けてきたのだ。この場合、これらのものの、根源をなす人間の神的な部分と獣的な部分を区別するのは誤りではないだろうか。確かにこの両者は人間の全体よりほとばしり出るのだ」。
あるいは「健全な常識に立ち明快な作品を書きつづけた功績」が評価されて菊池寛賞を受けた石坂洋次郎(「青い山脈」、「若い人」などの大流行作家)は、その受賞パーティで「私は私の作品が健全で常識的であるという理由で、今回の受賞に与ったのであるが、見た目に美しいバラの花も暗いじめじめした地中に根を匍わせているように、私の作品の地盤も案外陰湿なところにありそうだ、ということである。きれいな乾いたサラサラした砂地ではどんな花も育たない」と語ったという。
健全・安心な名のもとに人から陰翳・葛藤を奪うばかりでいいのか。
人間の本能を否定することは決して答えにならないと竹宮恵子さんは確信する。
「パンドラの箱を私が開けたのかもしれない。けれども箱を開けなくては、希望の光は出てこられなかったのです」
さすがにこのTシャツを着た人は見たことがなかったけど、ようやく拓かれた象徴でもあったのだ。

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小説誌「Cobalt」を、そして女の子を支えた氷室冴子
集英社発行の女性向け隔月誌『Cobalt』(コバルト)が、4月1日発行の5月号を最後に休刊することが同日、分かった。今後は同日開設した無料ウェブマガジンに完全移行する。
同誌は、昭和57年に『小説ジュニア』(昭和41年創刊)のリニューアルにより創刊。氷室冴子さんの平安ラブコメディー『なんて素敵にジャパネスク』などで、少女漫画のような少女小説のジャンルを確立し、新井素子さんや藤本ひとみさん、前田珠子さんといった人気小説家を生み出した。氷室さんや新井さんらが連載していた平成2年には9万部を発行したが、近年はウェブ上で小説を書いたり読んだりする読者が増え、1万数千部まで部数が低迷し休刊を決めた。主な読者層は10~30代の若い女性という。(産経新聞)

僕はコバルト文庫というと富島健夫を思い出します。「小説ジュニア」の時代ですね。
のちに官能小説家(官能小説御三家のひとり)とも言われるけど、少女小説でも少しシニカルな視点があり、読むとどきどきした。
似たような経緯だった人に赤松光夫という人もいました。
でもやはり氷室冴子以降のイメージなのだね。
肺癌で51歳の若さで亡くなってしまった氷室冴子は、1980年代から1990年代を代表する少女小説家だった。
少女小説というとすこし軽んじられるところもないわけでがないけど、かつての大作家も意外に原点はここにあり、また少女マンガ、ライトノベルから多くの才能が生まれているのは、もう誰もが知るとおり。
ぼくは少女マンガこそはよく読んだけど、さすがに少女小説までは読まなかった。
でも、マンガも映画も好きだったので、「クララ白書」や「海が聞こえる」などの映画など、そういう形で触れる機会は多かった。

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1990年代以降なぜ書かなくったのはわからない。
「氷室さんは、女の子がただいるだけで祝福される存在と考えていた。そんな思いが伝わったからこそ、あれだけ多くの若い読者に愛されたのでしょう」(菅聡子 お茶の水大学教授)。
「女の子がただいるだけで祝福される存在」だったあの頃。
夢見たあの頃。「なんて素敵にジャパネスク」な国を夢見たあの頃。
「Cobalt」を支えただけではなく、女の子を無条件で支えたのかもしれない。

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僕でも読める崩し文字が拓く謎
読めない崩し字を解読します――。漢字の画像を入力すると、木簡や古文書の中からよく似た字を探し出してくれるシステムの運用が25日、始まった。奈良文化財研究所と東京大史料編纂(へんさん)所が共同で開発。そうしたシステムは初めてで、研究者だけでなく、一般の人もインターネットで無料活用できる。(朝日新聞デジタル)

木簡や古文書ほどでもなくても明治・大正・昭和初期あたりでも達筆な崩し字はもう読めなかったりするからなあ。
時代の背景・様子もよくわからないから文脈の意味も取りづらいし。
以前に年長の従兄が実家に残されていた資料などを調べていて家系、その周辺など確認作業もしてまとめてくれたけど、子供の頃の記憶や口承である程度、様子が分かるとはいえ、あれでもまとめるのは大変だったろうなあ。
このくらいの時代の価値があるのかないのか分からない資料・文書も含めるとおそらく膨大で、意外な大発見、些末であっても忘れられたり知られていない事実が見つかって、歴史がひっくり返るようなこともあるかもしれない
もっともこんな簡便なデータベースが出来ちゃうと、データベースのもとになるような本来の地道な研究は先細りして、データベースが吹き飛んでしまうような天変地異が起こったら、もう永遠に失われる危険もあるのだろう。
伝説のアトランティスなど先史文明はかくして失われ、断絶したのかもしれぬ。
雑誌「ムー」を読んでいた頃の血が騒ぐよ。
実際、アンティキティラの機械装置(四則計算機)など技術的な断絶はけっこうあるようでもある。

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僕など子供の頃の少年漫画誌の特集やSFなどの読みすぎで正倉院には公開不能な古文書、オーパーツに溢れ、非公開のものがいっぱいあることになっていて、なかでも絶対秘匿すべきものは謎の「ヒ一族」により守られ封印されていることになっている。
古代文明の秘密を握るものは世界を制しますからね。
でもまあ、古文書の研究が学術的なものから趣味的なものまで幅広くなることは、埋もれがちな日常の民間伝承から謎に迫ることもあるかもしれない。絶体秘「ヒ一族」も日常から逃れることはできない。
伊藤若冲は「千載具眼の徒を俟つ」と言ったけど、「万人具眼の時」はやってきた。
ムーファンの皆様、謎解きの時は来た。

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「火垂るの墓」と「とと姉ちゃん」
少し前、昨年亡くなった野坂昭如さんの妻である野坂暘子さんが「徹子の部屋」に出ていて、喪主としての挨拶が紹介されていた。「目立ちたがり、せっかち、うそつき、いい加減…」と続いて、ここではあえて言葉がなかったけれど、ほんとうは恥ずかしがり屋というのがいちばんだったのではないだろうか。だから酒を飲まずにはいられなかった。
野坂さんは直木賞受賞作家だけど、僕は受賞作は「アメリカひじき」だと思っていた。
もちろん「アメリカひじき」でもまちがいはなく、「火垂るの墓」との短編二編での受賞だったのだ。
昔の紹介では「アメリカひじき」と紹介されることが多かったのではないかな、僕がそうだと思いこんだように。
高畑勲監督で「火垂るの墓」がアニメ化され、有名になるにつれてこちらのほうが紹介されることが多くなったのだろうと思う。
娘さんのお話によれば野坂さん本人は、「火垂るの墓」は辛くて最後まで見られなかったという。
辛いのもそうだけど、泣き虫なのを知られたくなかったのかもしれない。
僕も映画館で見た時は泣かずにはいられず、本当にもう一本の「となりのトトロ」に救われた。

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テレビでも繰り返し八月の頃、再放送をやるけどなかなか再び見る勇気が出てこない。
もう蛍の飛び交うシーンを思い出すだけでも切なくなりますからね。
ましてや実体験に基づいた、もっと悲惨な現実を見た野坂さんであればきっとそうなのだろう。
歌手、CM、選挙、論争などずいぶん露悪的でもあったけど、優しさ、繊細さの裏返しであったのだろうなあ。
一度、BSNHKの「私の1冊 日本の100冊」で、壇ふみさんが紹介したことがあって、一部、朗読もされた。
僕は映画で知るだけで、「火垂るの墓」は読んだことがなかった。
何度見ても泣いてしまうのは、もしかしたら、節子のあまりに美しい言葉遣いなのではないかと思えてくるほどに朗読された節子の言葉は美しかった。
悲惨な状況のなかで、まだ幼い少女が死を目前にしてまで礼節を失うことなく生き、兄に優しく語りかけるのだ。
野坂さんのありのままの優しさが見えて恥ずかしかったのかもしれない。
「とと姉ちゃん」の一家の礼儀正しさ、言葉遣いもそうですね。こちらは元気に見られそうですが。

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