理系・文系を重ねて見る光景は
以前はもっと優雅だった桜だより
今年も桜だよりがあちこちから。
新聞の開花状況を伝える桜だよりを見るのも楽しいけど、以前よりずいぶん語彙が少なくなりましたね。
桜だよりは新聞によっても若干表現が違ったりするのかもしれないけれど、家はずっと中日新聞だったから、同一紙のなかでも間違いなく変遷している(日経新聞もあった)。
今はたいてい、つぼみ、咲きはじめ、五分咲き、満開、散り初めくらいになってしまったけど、かつてはつぼみ固しに始まり、つぼみふくらむ、ちらほら、三分咲き、5分咲き、満開近し、満開、散り初め、落花盛ん、散りはて、葉桜まであったような気がします。
どこか一紙だけでも独自の桜だよりを載せればきっと注目されるのになあ。これだけ桜が愛されるのだからね。
固い蕾から盛りを迎え、散り初め、葉桜の最後まで丁寧にフォローするのが日本の美意識というか。
なのに桜だよりの表現が削られてしまったのは気候が一気に暖かくなり、開花まで、散り果てまでの期間が短くなっているのだろうか。それとも本来のゆっくりと花の移り変わりを愛でる余裕が失われつつあるのだろうか。
最近は桜の名所も外国人の人も多いから、なかなか、そこまでの風情を求めるのはねえ。
今年は幸い、開花から満開までの期間が長いようなので、散り果てまでずいぶん楽しめそうです。花に嵐ということがなければ。

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それにしても美しいものには言葉を惜しんで欲しくないなあ。
ただ女性に関しては一般的に外国の人のほうが言葉を惜しまないですね。
日本は秘すれば花だからなあ。
こちらは映画「細雪」より。花と染まれ、女たちよ…
文豪の筆ですら書き尽くせない女の美しさと妖しさ。
三分咲きから落花盛んというところでしょうか…なんて言っちゃうと秘すれば花の妖しさも消えてしまうか。
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難病自慢 難病への理解
北杜夫のエッセーに難病自慢みたいなものがあったけど、僕も脊髄梗塞発症して(最初は激痛、全身麻痺で死がよぎった)、少し症状も落ち着き周りも見えてくると、やや難病自慢な気分となった。
「ずいぶん、よくなられましたね、ところで病名は?え、脳梗塞、しかも2回目、大変でしたね。え、僕ですか?僕は脊髄梗塞というやつで。ええ、この病院でも2例目らしいですよ。しかも頸椎、普通はなっても胸椎などの端っこが多いらしいんですけど。頸椎ですからね、川でいえば本流中の本流、梗塞なんかまず起こる場所じゃないらしいんですよ…」
なんて具合、もう発症して15年くらい経つので記憶もあいまいで症例がどれほど正しいのかよくわかりませんが。
小説やマンガでも難病は今もかつても必須のテーマですね。
なってみれば難病自慢どころではなく生死の不安におののくのだけど、それでも病名的には白血病、結核などには少し憧れめいたものがある(不謹慎な発言で申し訳ありません)。
「愛と死を見つめて」「風立ちぬ」などの影響が大きいのかなあ。
病気を差別するわけではないけど、やはり「コレラ」ではロマンチックにはならない!?
マンガの場合は難病というか、奇病に近い聞いたこともない病名が出てきたりする。
「巨人の星」の飛雄馬の初恋の人美奈さんは黒色肉腫、名前だけでも怖い。「サインはV」のジュンサンダースは骨肉腫、「アタックNo.1」の鮎原こずえは破傷風で病名は知っているけど、あまり発症などは聞いたことがない。
知ってからは古釘をひっかけて出血でもすれば破傷風にならないかと、しばし気になったものだ。
昔の少年漫画誌の特集でも舞踏病、綿吹き病などの記事が踊っていたことを思い出す。
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「世界の中心で愛を叫ぶ」「博士の愛した数式」「僕のいた時間」など、難病を描いた作品も多い。
どんな形でも理解が進むといいなあ。
難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者支援を呼び掛ける米国発のチャリティー運動「Ice Bucket Challenge」も賛否もあったけど、理解は大いに進んだのだろう。
Jリーグ・FC岐阜の恩田聖敬社長のALSとの闘病を続けながらの社長業も勇気と理解を進めました(現在は病状の進行により退任)。そのFC岐阜も3連勝で春の気配が。

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手に取るな 幻野に捨ておけ 夢などは
4回続いた「明晰夢への旅」も前回を持って終了しましたが、夢についてまたこんなニュースが。
自殺問題は極めて個人的な事象であって原因は多様である。睡眠はもちろんのこと、貧困であれ、病苦であれ、少数の要因で自殺に至った原因を説明できることは少ない。それでも、重度の不眠、繰り返す悪夢が自殺企図や既遂に関連しているという疫学的な事実がある…というもの。
しかし、重度の不眠をもたらすものは悪夢だけではないでしょう。燃えるような恋、叶わぬ恋も似たようなものかもしれぬ。
あるいはそれが妄想、架空、夢の世界であってもだ。
実際、ゲーテ「若きウェルテルの悩み」や日本では近松門左衛門「曽根崎心中」が発表された時、それに影響された自殺が多数出たのだというのだから。
文学的表現、小説・演劇など一般大衆への伝播力、夢としての演出力を持つものの影響は大きい。

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人間である以上、様々に魂を揺さぶられもするけど、夢、たとえ悪夢であってもそのものに介入するのはなあ。
とりわけ、少年少女期はいちばん感受性が豊かなときだから、ここをうまく抜けるのが難しい。
大人となっては多様な情報・体験・教養を身につけるのがいちばんの耐性になるのかもしれない。
それでも人には天使のような、あるいは悪魔のような夢が密かに眠っている。
文豪トーマス・マンはルーブル美術館を訪れ絢爛たる巨匠達の作品を眺め、かくのごとく記した。
「人間は罪を犯してきた。獣のようにふるまってきた。しかもその間に絶えずこういうものを生産し続けてきたのだ。この場合、これらのものの、根源をなす人間の神的な部分と獣的な部分を区別するのは誤りではないだろうか。確かにこの両者は人間の全体よりほとばしり出るのだ」。

芭蕉は「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」と詠んだけど、まあ、ぼくは「手に取るな幻野に捨ておけ夢などは」の心境かな。
明晰夢への旅 4
(承前)明晰夢が研究されるのは心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの心理治療の期待もあるからで、PTSDによって繰り返し悪夢を見る人に夢の内容を操作することによって悪夢を解消させるという治療も米国では行われている。
夢の操作は治療目的とはいえ、他人の潜在意識を外的要因で左右することであり、となれば、まさに映画「インセプション」のように他人の夢に潜入したり、夢の内容を変えたりし、実在意識にも影響、コントロールも可能という新たな悪夢にもなりうる。
ドラマ「悪夢ちゃん」にもそういう闇の組織は登場したし、さらに予知夢であればその利用価値は果てしなく高くなる。
現代のネット社会はあらゆる情報の断片(無意識のようなつぶやきすらも)を収集するけど、いずれ夢や無意識すら収集する貪欲さに満ちて、さらなるブラックホールのようなビッグデータの怪物が生まれるのかもしれない。
ドラマ「悪夢ちゃん」には悪夢の塊のような黒い雲が覆い尽くすようにやってきたけど、それは正体の知れぬクラウドのようでもあった。

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最近はさらに研究が進み、睡眠中のヒトの脳活動を計測することで、見ている夢の内容をある程度解読することに、「脳情報研究所(ATR)」神経情報学研究室と奈良先端科学技術大学院大学、情報通信研究機構のグループが成功したという。
成人の男性3人の協力を得て、睡眠中の脳活動を機能的磁気共鳴画像装置で測定するもので、夢見と強い関連があるとされる脳波のパターンが生じたタイミングが出たら起こして、直前まで見ていた夢の内容を報告してもらい、また寝てもらうという作業を繰り返し、1人あたり約200回分の夢と脳活動のデータを得た。(ナショナルジオグラフィック ニュース)
あるいは英科学誌「ネイチャー・ニューロサイエンスに掲載されたのは、体に無害な電流を用いて個人の睡眠を変化させ、強い影響力を持つ種類の夢の「明晰夢」を見られるようにする実験に成功したというもの。
論文を発表した独ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学フランクフルトのウルズラ・ボス氏率いる研究チームによると、今回の発見は、思想家らを数千年にわたり魅了してきた分野の「夢を見るメカニズム」を理解する手掛かりになるだけでなく、やはり精神障害や心的外傷による悪夢の治療の助けになるという。
でも、やはり、しかし。
昼夜は一体のものとしてあるけれど、それでも昼と夜が切り分けられるように、あるいは人の善悪が一体なものとしてあっても、やはり切り分けられるように、一体として承知はしておかなければならないけど、すべてトワイライトにしてしまうと怖ろしいことになってしまうのではないか。
夢にこのように入り込むということは人類がまるごとトワイライト、迷宮に落ちてしまうことではないか。
明晰夢、それはまさに悪夢の世界かもしれず、すでに無意識に発するようなつぶやきすら収集する世界は夢の世界に飲み込まれつつあるのだろう。
魔法と科学が混在するような世界。夢と希望と言い換えてもいいのかもしれない。
夢は人にやさしく寄り添い、いつのまにか世界はあくなき夢にあふれ、目的化し、侵入しつつ、されつつあるのだから。
それでも科学は夢に惑わされることなく、希望でなければならない。

もともと眠りは無防備で危険なのだ。
さらに夢のすり替えや夢泥棒など悪意の物理的侵入を新たに招くような、あるいは夢のなかでの夢とか、夢のなかでのさらなる他者への侵入とか、存在基盤すら揺るがす夢はまさに夢に留めておくべきなのだ。
僕の明晰夢への道は禁断の夢となったけれど、人類は明晰夢へ知らず知らず深く深く沈み込みつつあるのだろう。
明晰夢への旅 3
(承前)僕は震えた。実験の継続は危険を伴うのだ。
「悪夢ちゃん」のドラマでもあったように夢の記憶が現実の記憶に置き換えられてしまう怖ろしさも僕は知っていた。
繰り返し見る夢、忘れたい思い出などは時間を経るほどに判然としなくなってくることを。
今でもときどき、有名人の学歴詐称の話題があったりするけど、僕にはあまり他人ごとも思えない。
たしかに大学は卒業したし、就職試験には卒業見込み証明書や成績証明書をもって臨んだはずだけど、単位を落としたトラウマがあって卒業が危うい、できないという夢を僕は繰り返し見た。
ときどき今でも本当に卒業したのかと思うことさえあり、同窓会通知、卒業名簿を見てようやく安心することもあるのだ。
証明がなければ判然としなくなるに違いないのだ。

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フランスの夢の研究者であったエルヴェー・ドゥ・サン・ドニ侯爵は夢を部分的に操縦できるようになったとし、夢の中で塔の上から身を投げる実験をおこなったというが、僕にはまだ明晰夢に届かず、またそのような勇気もない。
明晰夢に届くには力量がいる。個人では夢のスパイラルに閉じ込められてしまい、それでも良いという覚悟が必要だ。
夢は現実と切り分けて叶えていくものだ。夢の中に食い込み叶えるものではないのだ。
切り分けることが出来ず、トワイライトな部分に迷い込めば、夢という永遠の空間・時間に囚われてしまう。
それは夢うつつな現実の危うい行為となってしまうこともありうるし、現実に証明できないだけで多くの命が夢の迷宮に囚われ、失われたのかもしれないのだ。
やはり、第三者がいる研究グループでなければ危険だ。(つづく)
明晰夢への旅 2 
(承前)僕は意気込み、明晰夢に取り組んだ。もともと夢には興味があり、フロイトもユングも読んだことはあった。
そもそもエネルギー保存の法則を援用すれば、何かしら失われたのなら何かしら得られてもおかしくないはずだ。
僕は病気で身体的にも感覚的にもその一部を失ったのだから。
失われた身体・感覚の一部を補うべく予知夢などの超能力が得られてもおかしくはないはずだ。
僕こそが明晰夢に取り組まなければならない。まずは夢だと気付いたときの覚醒を止めることだ。
排尿への危機回避のサインではあるけれど、その状況(お漏らし)も覚悟して夢を推し進めたら、コントロールされた明晰夢は可能なのだろうか。と思い、繰り返しチャレンジするのだけど、その物理的状況に流されてしまうのか、いつの間にか夢はその気づきをなくし、自覚を失い、目覚めたときにあっと失敗に驚くのであった。     
小市民的にはこの失敗の繰り返しは家庭のなかでなかなか許容できるものではないけど、これを越えねば明晰夢への旅はない。幾多の犠牲を払いながら実験は続いた。
失敗はなお続き、やがて明晰夢化して気づきを失うというより、明晰化された夢が目覚めたとき、まさにその時点で夢の記憶を失っているのではないか、奪われているのではないかと考えるようになった。
目覚めた時のお漏らしという失敗の外的な要因、そのインパクトに明晰夢が奪われるのではないかと。

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明晰夢の記憶はある。けれど思い出せないのだ。
明晰夢と現実世界には二重三重のブロックがある。厳重なブロックにはそれぞれに理由があり、おそらくは警告なのだ。
なお明晰夢を求めることは夢の世界に取り込まれてしまうことかもしれない。現実と夢の間をさまよう、迷宮の世界に入ってしまうのかもしれない。
狂気を装えばいずれ狂気の世界に取り込まれてしまうことがあるように。(つづく)
明晰夢への旅 1
今回から4回にわたって続くのは以前「明晰夢の旅」として書いたものを加筆修正して小説仕立てにしたものです。
幸い、新しい訪問者が大幅に増えており、内容を充実し再構成もありかなと。まあ、いろいろと試行錯誤中です。

明晰夢への旅

もう3年もまえになるけど、すごく面白かったドラマが「悪夢ちゃん」でした。
単に夢を扱ったファンタジーというだけでなく、最新の夢研究もきちんと取り入れ、なおかつエンタテインメントに徹する意欲作で、たとえば悪夢ちゃんの眼球の振動も明晰夢を見ているという合図で、実際、スタンフォード大の研究者ステーィブン・ラバージの研究の成果によるもの(らしい)。
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すこし尾篭な話になるけど、僕は大病したおりに手や腕などの身体的な障害のほか、触覚、温・冷覚などかなりを失った。
排尿も発症時は尿道カテーテルを利用するほかなく、自力排尿が出来なかった。それでも運がよかったのだろう。
最初は全身麻痺で一生、車椅子の生活とも言われたのだ。幸い歩行も可能となり、リハビリ転院となった。
転院先でいきなり尿道カテーテルがうまく入らず出血した。あまりの痛みとこれからの恐怖感が功を奏したのか、その折以降、若干苦労しながらも自力排尿が可能となった。自力排尿できなくなる人も珍しくはないらしいから、これも幸運というべきなのだろう。
まあ要するに、出にくく漏れやすいということだ。起きている間は多少面倒なことがあっても大丈夫なのだが、睡眠中がいささか危ないということになった。
そういうリスク(まあ、お漏らしのことだ)があっても、そう頻繁にあるわけでもないし、なによりいささかの自尊心もあり、僕は就寝前におむつに穿き替えることができなかった。たとえ、ときおりの失敗の後の虚脱感、失敗の処理の惨めさを知ろうとも。
しかし、これこそが明晰夢に誘うきっかけとなった。漏らしてはならぬという強迫観念が睡眠中にもあるのだろう。
お漏らしをしそうなときはほぼ例外なくそれに関わる夢を見ていて夢の中だからだろう、ふつうではありえない状況で、その行為が行われようとするのだ。
極小なトイレ、不合理な位置にあったり、見られてしまうような状況だったり、あるいはトイレが見つからないなど、さまざまなのだが、要するに普通ではない状況が設定される。
普通ではない状況を提示し、「お前はこんななかでも排尿するのか?」ということなのだ。
すべきではない状況なのだという警告なのだ。

「うむ、普通ではない!」
「でも、したい」
ははあ、このような状況は夢ではないのかと少しずつ気づくようになったのだ。明晰夢の入り口である。
ただ、ここまではいいのだが夢をコントロールしていくような明晰夢とまでは進まない。
僕の場合、失禁という危機回避のサインとしておそらく気づくのであり、まさにその時点で目が覚めてしまうのだ。まあ、覚めないと大変なことになってしまうからね。
でも、これほどまでにサインを得るのは睡眠中であっても相当に自意識が働くからではないか。
研究では自意識の強い人ほど明晰夢を見る傾向にあるという。(つづく)
夢のバキューム ゆりちゃん、 森カン、はっち
もうすぐ「にっぽん縦断 こころ旅」の春の旅始まりますね。
春だからつぼみは膨らみ、新緑は萌えて風景も美しそうだけど、またいちだんと若い女性に目が向きそうですね。
いつかの正月の「こころ旅」では冒頭から、かくぼそぼそと語り始めた…

大分から宮崎の県境のとてつもなく長い下り坂 下っても下っても ただ降りるだけ。
ようやく10分以上も下った行き止まりにひなびた温泉旅館があり夕暮れも近いので、泊めてもらおうと玄関に入ると「あいにく団体旅行のお客様で満室、ただ特別室が1つ空いているだけ」だという。
思い切って泊まることにしたのだが、部屋に入っても これのどこが特別室 ? と思ってくつろいでいると
「わぁ~ わぁ~  キャ~ キャ~」 と 華やいだ声。ふと表を見るとなんとそこは露天風呂の正面ではないですか !
しかも女風呂 おりしも本日の団体客はAKB48の忘年温泉旅行…

などと言うものだから、最後まで思わずほんとうかと聞き入ってしまった。まあ、もちろん正平さんの初夢、妄想なんだけどね。
秋の旅では「365日の紙飛行機」を歌っていたから、今年の初夢ははNMBだったかも。

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去年の紅白にはAKBグループではAKB48のほかでは唯一、NMB48も出ていましたね。
AKB48ではサプライズで前田敦子、大島優子も登場したし…と思って見ていたら、なんとパフュームにもサプライズが。
のっち、かしゆか、あ〜ちゃんがいつの間にかバキュームの ゆりちゃん、 森カン、はっちに変わってる…。
NHKも楽しい演出をするでしょう。花ちゃんが紅白に凱旋だ。
さあ、次は誰だ。いやその前にトイレに行っておこう。
あれ、ここはどこだ。知らない街だ。するといきなり花ちゃんが僕の手を取り、「こっちよ」と走り出す。
「もう、トイレ待てないよ」などと思ったら目が覚めた。夢だった。
まあ、正平さんの初夢よりは少し品がある。うーん、変わらんか?
こんな楽しい夢ばかりならいいけど、怖いのもあるからなあ。夢ってなんだ!?
ということで?、次回からは実証的短編小説 「明晰夢への旅」を4回にわたってお送りする予定です。
花粉症の記憶とつくしんぼう
スギ・ヒノキ花粉の飛散が本格的に始まった。ウェザーニューズ社(千葉市)によると、今春の飛散量は、昨春よりも東日本は少なめだが、西日本は多めになる見通しで、平年値と比べると少なくなるが、風の強い日や雨の降った翌日は一時的に花粉の飛散量が増える可能性があるという。
今はもう花粉症は発症しないのだけど、発症したのは20代の頃だからもう35年ほども経つのだろう。
まだ今のように誰でも知るようなものではなかった頃だったと思う。
ただひたすら目がかゆく、くしゃみが出て、鼻水が出た。

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明確に悪化した日はよく覚えている。北風の強い日で堤防でつくしを探していたあの日だ。
まだ北風も強く、近くの家では梅が膨らみ始めていた景色を覚えているから春も浅く、つくしも結局見つからなかった。
あのとき、つくしなど探さなければあんなにひどくならなかったかもしれない。
でも、つくしが好きなのだね。
よく母がつくしの季節に卵とじなどで作ってくれた。
先日はその母からつくしを採ったから取りにおいで、連絡があり、貰いに行った。すでに袴は取ってあり、今日、採ったというまだ袴が取っていないものもありがたくもらってきた。
つくしを摘むのは楽しくもあるけど、あの袴取りがなあ。指先が茶色く変色し、なかなか取れないし、面倒な作業なのだ。
種無しスイカなどを開発するより、袴なしつくし、もしくは袴が少ないつくしなど品種改良できないのかなあ。
いや、野草だものね。やはり自然のままにあるのがいいのでしょう。
えへへ、この子の袴は3枚かなんてね、変態か。

袴取り もまた楽しや つくしんぼう (クプクプ)

しかし、そんな花粉症ももう10数年前、知らないうちに発症しなくなった。
特に花粉症対策もしなかったのだけど、見事に完治。病にはかくあることもあるのだ。
つくしには花粉症に利くとの説もあるけど、たしかに僕は毎年、食べてきた。つくしだったか。
つくしに始まり、つくしに終わったのか。おーい、つくしんぼう。おーい、さびしんぼう。

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ロボットが奪うもの 人間が捧げるもの
(ブルームバーグ):遺伝学や人工知能(AI)、ロボット工学などの研究と技術革新によって、人類は2020年までに差し引き500万人分以上の職を失う可能性がある。世界経済フォーラム(WEF)の調査が示した。
.WEFの創設者であるクラウス・シュワブ会長と役員のリチャード・サマンズ氏は「ザ・フューチャー・オブ・ジョブズ(職の未来)」というリポートで、技術変革によって先進・新興合わせて15の主要国・地域で20年までに約700万人の職が失われる一方、200万人分が創出されると試算した。

まあ、職が奪われることも大変だけど、もっと奪われるかもしれないのが倫理観、思考力ではないだろうか。
たとえば自動車産業は膨大な裾野を持つ産業で、そのイノベーションはエンジンからモーター、あるいは自動運転と変換が進み、素体も鉄からアルミ、炭素繊維、さらには微生物によって分解される生分解性プラスチックまで、様々に変換して、時には奪い、時には創出しながら技術は進歩する。クルマの自動運転にともなう各制御装置、または飲酒検出装置などは、便利で安全につながるものだけど、速度違反、飲酒運転に対する危険性への認識を弱め、微生物によって分解される生分解性プラスチックなどは地球環境に配慮するものだけど、廃棄物・ごみ捨ての意味など、つまりは道徳心を奪ったりはしないのか。
また技術だけでなくもうひとつ拠りどころともなる法律も、これもまた悩ましい。
法に触れなければ正しいことであり、脱法を付けばその法的整備を急げとなり、なにかこれでは倫理全てを法に委ねることなりかねません。

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哲学者 池田晶子は「善悪は外にあるのではなく、人のなかにある」加えて「わたしは法律を守ろうと思ったことは一度もない、結果として守っているだけだ」と言っていましたが。
「技術が道徳を代行する」し、「法律が倫理を代行する」してくれるかもしれないけど、人間が人間としてたらしめた倫理観、思考力は大丈夫だろうか。でもこれも人が進化・進歩して行き着いたゆえの矛盾なのかもしれない。
いつか人も「人造人間キカイダー」みたく良心回路が必要になってしまうのだろうか?
それは誰が作り、誰が管理するのだ。
虫歯の減少は高齢者医療を救い、現代のパガニーニを生むか?
かつて9割超の子供にあった虫歯が激減している。この20年余で1人当たりの本数は4分の1になった。就寝前の歯磨き習慣や、フッ素を使ったうがいなどの予防策の浸透が背景にあるとみられる。一方で歯科医の数が増え続け、需要と供給のギャップは増すばかりだ。業界の将来をにらみ、国は高齢者を重視した診療報酬のあり方や、歯学部の入学定員について方向性を示そうと検討を始めている。(毎日新聞)

全く、僕の子供の頃には当たり前のように虫歯があったのに。生活習慣病の典型だったのだね。
この予防医療の大成功は歯科医、歯科医療費の減少に繫がって、日本の所得の伸びを上回る医療費拡大の歯止めのヒントになるのだろうか。

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特に老人医療費の伸びは著しいものとなっていて、その抑制には総体的な健康を保つ歯を守ることが重要なポイントとされていたから大きな希望かもしれない。
といっても厚生労働省歯科保健課は「従来の歯科医療では先細りが目に見えている。新たな歯科医のニーズを探し、多様な医療モデルを示したい」と言っていて、そんなことで歯科医はいいけど医療費の抑制になるのかしらん。
健康になって、必要がなくなって先細りするなら医療費の抑制に適ってる。
新たなニーズは別のところで探したほうがいいのではないだろうか。
かつてヨーロッパでは歯抜き人と呼ばれる人がいて、楽隊付の歯抜き人もいた。
楽隊付なのは歯抜きの悲鳴をラッパの音でかき消すためだったのだよ、千代ちゃん(「あさが来た」より)。
歯科医療が進歩してもちろん楽隊付の歯抜き人もいなくなった。
職を失った楽隊は楽器の腕を磨くほかはなく、いつか悲鳴をかき消すためだけの音は超絶技巧の美しいメロディを奏でるようになり、その人こそ…、パガニーニ(歯がねーよ)。無理矢理だなあ。
なんて話になれば一大ロマン小説になります!? ラッパじゃなくてヴァイオリンだけどね。
まあ、それほどがらりと変わり、新たな地平を拓くようなニーズを。ちょっとちがうか。
土曜ドラマ「破裂」のような老後世界になりませんように。
それほどにもう追い詰められている。

テーマ:歯科治療 - ジャンル:ヘルス・ダイエット

IAEAのジカ熱対策
国際原子力機関(IAEA)は中南米などで流行する感染症「ジカ熱」の対策として、原因のウイルスを運ぶ蚊の繁殖を放射線で抑える技術を、関係国に指導していく方針を明らかにした。ジカ熱のウイルスは、感染した患者の血を吸うメスの蚊を介して、周囲の人間に広がっていく。蚊を減らすために殺虫剤を使うと、殺虫剤に強い蚊が生き残って増える恐れがある。
そこでIAEAは、人間の血を吸わないオスの蚊を放射線で不妊化させる技術を各国に提供。この蚊を大量に野に放てば卵が孵化(ふか)できなくなり、蚊の数を減らす効果が期待できるという。IAEAは「放射線による不妊化は、人間に安全で環境に優しい技術だ」と説明している。(読売新聞)

そうだけど、人類最大の敵である蚊とはいえ放射線で不妊化というと不安をすこし覚えますね。
人間に安全で環境に優しい技術(人間に安全だからね)だといっても現段階であって、その他生態系などの影響とかは複雑系である地球ではやはりわからないのだろう。
こういうお墨付きを与えると、善意で知らぬ間・知らぬところで定着・拡張、実行されるということもありそうで気づいたときは手遅れということもあるかもしれない。
安全で環境に優しい技術、そのうえコストも安ければ、誰でも手に入るがゆえの危険もあるのだ。
さらにはなにかあろうとも当事者には当面というか、ほぼ関係ないだろうからなあ。
根本的な解決にならなくてもロートルな技術 日本の蚊帳やオリセットネット的なもののほうがいいような気がする。
といっても南米のように間近にアウトブレイクが迫れば、そんな悠長なこともいっていられないのかもしれない。
人類最大の敵である蚊だけど、有史以来の付き合いを根絶やしにするようなことは…。やはり文系の発想なのかなあ。

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先日は名曲アルバムで映像とともにニーノ・ロータの『山猫』が流れていた。
滅びの美学に生きる者たちもいるし、それは誰も人の心に奥深く眠っているのかもしれないのだ。
僕は科学の未来を信じる者だけど、だからこそ慎重に幅広い科学的検証を。
「物理は一つ、自然は一つ」。
当時の物理学が素粒子・宇宙論・物性などへの専門化が始まろうとしたおり、「自然は(研究領域ごとに)別々に動いているわけではない」と…、湯川秀樹博士の言葉。
人類最大の敵 蚊 ジカウイルス
人類最大の敵 蚊にまた新たな奴が。
妊婦が感染すると、頭の小さい「小頭症」の子どもが生まれる可能性があると指摘されるジカ熱ウイルスだ。
日本脳炎やマラリアばかりかデングウイルス、ウエストナイルウイルスなどと同様に蚊が媒介する。
くわえて唾液と尿から生きたジカウイルスを発見されたらしく、接触感染も疑われるいやな奴。
ようやく有史以来の人類の敵マラリアにもノーベル生理学賞をした中国の屠ユウユウ氏の治療薬が登場したというのに、次々と新たな敵を送り出す蚊である。

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人類の敵である蚊との戦いは有史以来続いていることを考えれば、抜本的な解決策はないのだろう。
となれば、最大の防御は日本の蚊帳かもしれない。
実際、「マラリア防止に絶大な効果を発揮し需要が急拡大している住友化学の蚊帳 」というニュースはあったからね。
売れているのはアフリカで、なにしろ世界で毎年5億人がマラリアを発症し、100万人以上が命を落としているなかで、その約9割はアフリカのサハラ砂漠以南の地域、サブサハラで発生しているという。
そこで登場するのはマラリアを媒介する蚊から身を守るために、防虫剤を練りこんだ同社の蚊帳「オリセットネット」。
防虫剤のスローリリースができるオリセットネットは、洗濯しながら5年間の使用に耐えるとあって、マラリア対策向けに需要が拡大。2004年には、米タイム誌の「世界で一番クールな技術」にも選ばれた。(安全性については異説もある)
こちらは画期的な新発見でも技術でもないのだろうけど、人類への貢献の度合いは高く、ノーベル賞の候補にはならんのかな。
しかし、日本の蚊帳はいいですよ。
夏は風流だし、子供の頃はよく蛍を捕まえて来て蚊帳の中にも入れて遊んだなあ。
蚊帳の上に枕を乗せて脚で蹴飛ばすなんてことも。

蚊帳のなかに放ちし蛍夕さればおのれ光りて飛びそめにけれ(斎藤茂吉)
柳ヶ瀬探検隊の昭和名作シネマ上映館探検
柳ケ瀬商店街探検隊はお店のこだわりや専門知識にふれ、対面販売の楽しさを体験し て、町を楽しんでいただくためのプログラムで、先日行われたのは県内唯一のフィルム上映で昭和名作シネマ専門のロイヤル劇場の探検。
今なお現役の映写技師が昔ながらの苦労話を語ったと新聞にあったけれど、参加者5人とは寂しい。
フィルム上映の専門的な苦労話だけではなく、けっこうハチャメチャだったあの頃の話?もしてしまえば、もっと面白いはずで、参加者も増えると思うんだけどなあ。
まだ映写のことだけでなく、映画館それぞれの場所を語れるはずの人もいるはずで、今のうちにシネガイドなどの上映データをもとに聞き書きすれば、映画にまつわる面白い発掘資料ともなるのになあ。それこそが柳ケ瀬探検隊となるのだけど。
かつての映画文化は消えていくばかりだからね。

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多少、ハチャメチャであっても映画全盛ならではの、映画作りの、役者の、街の、映画館の、観客のエネルギー満ち溢れたあの頃の映画を取り巻く空気を。映画は変わらずとも映画を巡る街の風景、街の空気感は記憶の中で風化するのみ。
ザーザーと雨が降るようなスクリーン、ときおり真っ黒に落ちてしまうスクリーン、上映終了間際からドアを開け放って清掃を始めるおばさん、愛想のない売店のおばさん、値段の高い飲み物、立ち見客、やはり入れ替えもなかったから終了間際の次の座席を確保しようと立ち見やロビーから押し寄せる人々、煙草の煙、壊れた座席、首が痛くなり、字幕も読めないようなところまで置かれていた座席、傾斜もなくフラットな映画館、座席の間に柱のあった映画館、暗くなるとすっと女性客に忍び寄る痴漢、オールナイト上映での喧嘩、殴られた東映系映画館支配人、ヤクザ映画の上映拒否騒動、アニメファンのセル画サービスの深夜の行列など、ちょっと思うだけでもいっぱいありますからね。
柳ケ瀬は映画館物語だけでも溢れるほどにあるのだ。
歌人 鈴木しづ子もいた、かつて繁華街の名をほしいままにした柳ケ瀬。
語られず、埋もれた物語も多いのだろう。
さて、第39回日本アカデミー賞作品賞は「海街diary」でありました。

テーマ:映画の町を訪ねて - ジャンル:映画

「サインはV」の稲妻落としと「カムイ外伝」の変移抜刀霞斬り
この頃のスポーツマンガは少年・少女マンガを問わずいわゆるスポ根なのだが、なかでも魔球に象徴される不可能技ものが特徴だろう。
少女マンガでは「アタックNo1」と共に人気を博したのが「サインはV」でこちらは実写化となった。
いずれにしてもこの頃のスポ根マンガが根性の果てにたどり着くのは魔球、不可能技だった。
典型なのは「金メダルへのターン」という水泳マンガで、これも実写化されたけど、どうみてもふつうのクイックターンなどを磨いたほうがいいはずなのに、これまたどう考えても効率の良いとは思われない空中を飛ぶ「とびうおターン」なる夢というかファンタジーに憑りつかれ、苦難の果てに得たとびうおターンでせっかくリードしてもまたふつうにクロールで追い抜かれるという、まったく強化すべきところがちがうだろうと思うのだが、選手もコーチも気づかない。
まさに魔に憑りつかれ、あるべき姿に気づかない魔性の技というべきでありましょう。
「柔道一直線」も不可能技のオンパレードでしたね。
柔道には空気投げというファンタジーな名前の本物の技もあるから、よけい連想したのかもしれない。
僕もアニメ「カムイ外伝」の変移抜刀霞斬りに憧れ、さらには「サスケ」「仮面の忍者赤影」、あるいは「素浪人月影兵庫」「眠狂四郎」など剣豪ものも見まくって、チャンバラ、忍者少年になり、一刀流、陰流、霞流、示現流、二天一流、宝蔵院流、新陰流、柳生新陰流、北辰一刀流など妄想で極め、ついにはわが秘剣「位相微塵斬り」を編み出した。
名の通り、見えざるものを斬るという秘剣中の秘剣です。
見えざるものを斬るので、斬れたかどうか確認が出来ないのが利点でもあり、難点ですが。

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「サインはV」でもドロップサーブはあるけど、ギザギザに落ちるような「稲妻落とし」はあり得ず、せいぜい「アタックNo1」の木の葉落としとくらいでしょう。
でも突き抜けてしまうとかえってリアルに近づくもので、それに加えてデティールが丁寧に描かれれば、意外に出来るのではないかと思ったりもしてしまうのも魔性の由縁。
テニスも全く知らないのにイースタングリップなどラケットの握りの違いも把握し、打点を変えることの困難さも理解出来てしまうような気がするのだね。
魔球、不可能技に頼らなかったスポ根は「エースをねらえ!」の岡ひろみを待たなければならない。
いわゆるスポ根を越えた名作でもあるけど、ここで基本はまず体を鍛えること、パワーテニスと気づいたのであった。
ちなみに「あしたのジョー」はスポ根とはいえず、「ただいまの記録2分20秒5」のヒロイン関根夏美も特別な技は持たないけど、知る人はあまりに少ない!?
少女マンガ乱読の頃
すでに僕が少女マンガファンだったのは、このブログでも「少女マンガと歌謡曲とミセス・ロビンソン」など、何度も書いた。
ちなみにこのときは大和和紀の話題だったけど、先日の新聞に歌人で東大教授の坂井修一氏の「薔薇子爵 大和和紀」の書評があったのはちょっとびっくり。しかも大和和紀はリアルタイムで読んできたとあったのだ。
この頃は男子が少女マンガファンを公言するのは憚れ、心細い思いをしたものだけど、やはり密かにいましたか。
なにしろまだ「花の24年組」の萩尾望都・大島弓子・竹宮恵子・山岸涼子…などであればよかったけれど、ぼくはもちろんそれらだけでなく、普通に少女フレンドも(大和和紀・青池保子をはじめ、里中満智子・望月あきら・細川知栄子・神奈幸子などがいて、あるいは赤塚不二夫・古谷三敏、さらに原作を河村季里や花登 筺が連載小説を書いたりもしていた)やマーガレット(わたなべまさこ・大島弓子から西谷祥子・忠津陽子・志賀公江・浦野千賀子・本村三四子・藤原栄子・美内すずえ…)など、くわえてオトメチック全盛時代の「りぼん」(陸奥A子、田淵由美子等)まで読んでいたのだ。

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「アタックNo.1」や「アテンションプリーズ」をアニメやドラマで見ることはあっても、週刊誌連載で知る男子は姉妹でもいなければごく少数だったにちがいない。
さらには週刊セブンティーンの「ファイヤー!」(水野英子)「俺は男だ」(津雲むつみ)なども読んでいたからなあ。
変態の域かもしれず、密かに読んでいたのを思い出す。
「花の24年組」が正当な評価を得て、ようやく堂々と読める大義名分となった。
でも、なんでこんなに読んだのだろうか。

少女マンガを読んで育ってきた女の子たちは大人になって愕然とする。幼い頃から少女マンガを読み、いつかこんな恋愛をしてみたいと胸をときめかしていたのに、現実の男性は少女マンガに出てくる男の子のようにかっこよくもないし、甘いことも言ってくれない。ピンチの時に助けにきてくれない。強引に唇を奪ってくれもしない。雨の中、泣きながら飛び出していくヒロイン(私)を「待てよ!」と追いかけてきてもくれない。それは絶望といってもいい。子供の頃から憧れていたものが永遠に手に入らないと知ってしまったのだから。かといって、いつまでも打ちひしがれてるわけにもいかないから、タフな女の子たちは現実に折り合いをつけて進んでいく(吉川トリコ 作家)。

うーん、なるほど。
やっぱり、ちょっとちがうのは男は「子供の頃から憧れていたものが永遠に手に入らない」とは思わない、あるいは手に入らなくてもか憧れを捨てることはないということだろうか。
タフな女の子に負けちゃうわけだ。
「黒崎くんの言いなりになんてならない」も公開なったし、「スミカスミレ」とかやっぱり見てしまうなあ。

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