理系・文系を重ねて見る光景は
今年の最後は…映画「杉原千畝 スギハラチウネ」
いよいよ今年も今日で大みそか。
個人としてもいろいろあった年でこのブログも一時中断しましたが、この通り無事再開しました。
再開後は映画や科学ニュースなど一段と幅広いテーマとなって、一部過去記事からも引用しながらのブログとなっています。
恥ずかしながら創作まで書き始めた。
今年最後の日は原点にも返って、ただいま絶賛公開中の郷土岐阜の偉人でもある映画「杉原千畝 スギハラチウネ」で締めくくりましょう。
今でこそ映画「シンドラーのリスト」のオスカー・シンドラーになぞられて「日本のシンドラー」とも呼ばれる杉原千畝だけど、名誉が回復されるまでは不遇というか誹謗も受ける扱いでもあった。
名誉が回復されたのはまだ記憶も新しい2000年のことで、東日本大震災の折にはユダヤ難民の救済に奔走した杉原の功績を想起すべきとユダヤ人社会から多くの義援金が寄せられた。
日本ユネスコ国内委員会が2017年の登録を目指して記憶遺産の候補として「命のビザ」を含む杉原千畝の資料を選定したけど、よく知られるようになったのは最近のことなのだ。
地元の岐阜県八百津町では公開に当たって上映会やシンポジウムも開催されて、パネリストは外務省外交史料館の白石仁章氏、杉原千畝記念館の国枝大索館長などで、白石氏によれば「ヒューマニストというだけではなく、スケールの大きな外交官」でもあったという。
訓令違反かもしれないけど、外務省がここまで長く疎んじ再評価まで時間がかかるのは、まあ、その周りの人たちの評価も逆転含みにもなるからだろうか。
いずれにせよ、日本では人知れず終わったかもしれぬ、日本の外から見つけられた人だったことも覚えておくべきなのだ。
外務省はクールジャパンをずいぶん推しているけど、古くは浮世絵からクールジャパンの多くはアニメなど海外から発見され、評価を得て、日本での再評価となった。それまではオタクだのとずっと揶揄されてきたのだ。

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第2次世界大戦中、リトアニア領事代理として日本政府に背く形で多くのユダヤ難民にビザを発給し彼らの命を救った杉原千畝の波乱に満ちた半生を映画化。世界情勢が混乱を極める中、諜報外交官として日本にさまざまな情報を送ってきた杉原を唐沢寿明が演じ、彼を支える妻に小雪がふんするほか、日本、ポーランドの実力派俳優が集結。『サイドウェイズ』などのチェリン・グラック監督がメガホンを取り、国際色豊かなスタッフ、キャストをまとめ上げた。 (シネマトゥデイ)

日韓両国間の大きな懸案となってきた、いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる両政府の協議が28日、電撃合意!?に達したけど、果たしてこちらは。
いずれにしても来年がよい年でありますように。

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テーマ:日本映画 - ジャンル:映画

視覚探偵日暮旅人のほんとうの超能力
ちょっと前になるけど、特別企画ドラマ「視覚探偵日暮旅人」を見た。
主人公の日暮旅人は、五感のうちの四つ、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を失い、残された視覚だけを頼りに調査をする探偵なのだが、残された視覚は失われたほかの感覚を補う、越えるような能力を持ち、事件を解決していくというもの。
ははあ、やはり、こういう発想はみんな抱くものなのだなあ。

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僕も脊髄梗塞を発症して障害を持つことになったのはもう15年も前。
場所も脊髄の本流?たる頸椎だった。あっという間に全身が動かなくなり、激痛となった。
半年ほどの治療、リハビリを経て、幸いなのだろう、歩行も排尿も可能となった。
それでもむろん身体的にも障害は残り、さらには一部の感覚も失われた。
大いに落ち込んだりもしたけど、一方でもしかしたら超能力が発動するかもしれぬとも考えた。
エネルギー保存の法則は人間の能力にもさまざまな形で適用されるはずで、失われたものがあればなにかしら変わる形で得ることができるのではないかと。
それまでもずいぶん試したのに得られなかったのは健康体で定量を越えるものだったからにちがいない。
定量を越えて発動できる超能力こそがエスパーなのだが、そこまでは無理であっても定量内、つまり障害で定量が落ちた今ならそれを補てんすべき程度の超能力は可能なのではないかと。
まあ、そんなこと言いだしたらもっと過酷な障害や不幸を得た人がもっと発動していても何らおかしくないし、そういう思いもより強くあるはずだと思うけど、だがやはり超能力は認められていない、知られていない。科学的には。
なぜだ。
日暮旅人には血の繋がらぬ娘がおり、彼の眼はその娘の笑顔を見ることがなにものにも代えがたい喜びなのだ。
もしかしたら当たり前のような風景、音、匂い、触れ合いなどに常人の何倍、幾十倍ものの喜び、感動を覚えること、これこそが超能力なのかもしれない。
僕の超能力は発動しているのだろうか。
MRJの初飛行、ファインモールドのMRJ
2008年に事業化が決定してから苦戦続きで5回も延期されていたMRJの初飛行がついに成功したけど、納入はさらに1年以上延期されることになった。
ゼロ戦などの戦闘機、あるいはYS-11からもブランクが大きかったからこんなものなのでしょう。
なにしろ製造業の総力、安全性も特段なものが問われるのだからね。
ところでもう一つ話題になったのがMRJ関連グッズの人気。
なかでもMRJプラモデルは売り切れ状態で入荷見込みも未定とあったけど、クリスマス商戦には間に合ったのだろうか。
MRJのプラモデルを制作している「ファインモールド」はすでに模型好きでは有名な会社で、ジブリの「紅の豚」やあの「スターウォーズ」の戦闘機も手がけたことでも知られ、社長の鈴木氏はガレージキットの黎明期から鳥山明デザインの「リーザ」なども制作していました。
そのマニアックなこだわりは、その世界のトップとも世俗的なギャップを超えて、鳥山さんに限らず、宮崎駿、ルーカス・フィルムなどとマニア的感性にシンクロし、ビジネスシーンそのものにも強くアピールするものとなった。

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その新たなこだわりのひとつが1/72スケールキット『帝国陸軍 150t 超重戦車[オイ]』。
「オイ」とは、旧日本帝国陸軍が極秘裏に開発を進めていた、多砲塔にして100tを上回る超重規格の戦車のことで、秘匿名称を「オイ」と呼び、1両の試作車が走行試験を行ったと伝えられているだけで、その重量や台数、開発経緯などははっきりとしない幻の存在。同社は最近になってこの実車資料を独自入手。この中に含まれていた図面により、寸法・形状も明らかとなり、試作車製造・試運転の過程も判明したという。
そして未公開の実車資料を入手、資料を基に設計したものが、1/72スケールキット『帝国陸軍 150t 超重戦車[オイ]』。
こういう資料も吸い寄せられるのだろうか。
プラモデル市場は縮小傾向にあるけど、ファインモールドでは製造業での教育(牧野フライス製作所の立形マシニングセンタ「V33i」のプラモデル組立キットも作っている、関係者以外で買う人はよほどマニアック)に使ったり、日ごろプラモデルに接していない人の興味を掘り起こしたりするなど、新たな市場や用途の開拓を目指すとあった通り、その一環でもあるのだろう。
いずれ、映画「飛べ!フェニックス」のドイツ青年(プラモデルデザイナー)のように実機も作れちゃうかも。
資料を徹底検証するマニアの熱き情熱は佃製作所にも負けない!?
MRJは美しく飛翔した。そしてさらにしなやかに力強く飛ぶために。
画像は鳥山明デザインの「リーザ」
キラキラネームから和風へ  名前は親からの最初で最高の贈り物
新生女児に付けられる名前に変化が起こっている。「さくら」「葵」といった和風が多くなり、これまでは影を潜めていた「子」で終わる名前も復活してきた。今時のお母さんたちは日本人らしく呼びやすい名前を模索している。奇抜な名前を付ける「キラキラネーム」の揺り戻し、という一面もあるらしい。(J-CASTニュース)

1位は「さくら」と「莉子」、3位は「葵」と「和奏」で、2010年の調査開始以来「子」で終わる名前がベストテンに入ったことすらなかったのに、なんと今回「子」で終わる名前「莉子」が1位になった。
月9の王道胸キュンドラマ「ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜」(2009年)のヒロインが莉子(北川景子)だったけど、あの頃の10代が結婚、出産という年頃なのかな。

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ちなみにアイドル女優好きの僕が最初に憧れたアイドルは内藤洋子で、当時、酒井和歌子派とアイドル人気を二分したけど、映画「16歳は感じちゃう」で主演を吉沢京子に譲り、教師の側に回ったとき、アイドルは移りゆくなあと実感した。
その吉沢京子はアイドル女優として岡崎友紀ととも次代のアイドル人気を二分した。
それはともかく、今の実力、人気を兼ね備えた若手女優も高畑充希、木村文乃、松岡茉優、二階堂ふみ、広瀬すず、芳根京子、小松菜奈、橋本環奈、大原櫻子などの名前を見ても、わりと和風、古風に回帰しているような気もします。
まあ、さすがに「とら」「まつ」「たけ」「うめ」「きく」などはないけど、昔は自然の動植物からとったものが多いらしいですね。
人気の「さくら」もそのひとつで「あおい」「かえで」「すみれ」「夕顔」「椿」「桔梗」など。「ほおずき」なんてのもいいかも。
紅葉もいいんだけど、ちょっと山村紅葉さんがね!?

俳句・川柳にもなります。
蒼井優 剛力彩芽 松たか子(あおいゆう ごうりきあやめ まつたかこ)
毎度のアイドル名前川柳ですが、僕はなかなかいい語感だと思うのだがなあ。
ちなみに僕の通釈は
破天荒のようであっても一途に真面目に生きていれば、美しい花が咲き力強い枝葉となるものだなあ。
ちなみオスカー娘でやると 武井咲 剛力彩芽 上戸彩
宝塚スターでやるといちだんと華やかになるかもしれないよ。
と、今日は少し華やかな話題でメリークリスマス。

テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

各務原余聞  敬格小学校
僕が通った小学校は敬格小学校。
明治6年(148年前)に敬格義校として創立され、今は各務原市立稲羽西小学校となっている。
敬格小学校を6年まで通った最後の卒業生になる。
石柱が4本建つだけの校門は今と違って常に内に外に開け放れていた。
特殊学級などもなく、一緒に机を並べていたと思うけど、いつの間にか彼はいなくなった。
教室にポツンと一人でいた彼を思い出す。
下校時にはからかうような子もいたけど、ぼーっと眺めているだけの僕より心は開いていたのかもしれない。
門だけではなく、教室も内に外に開け放れていたのだ。
開け放たれていただけかもしれないけど、どのみち、人も自然も優しくて残酷だ。
新しい小学校とともに校門は閉じられ、集団登校も始まり、内に外に枠組みから整えられていくアーキテクチャな時代に変わっていく。

テーマ:岐阜県 - ジャンル:地域情報

鈴木しづ子各務野幻想譚 第十三景 秋空に校庭高くけやきの木
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第十三景
僕は小学校の校門前の堤防に腰を下ろしていた。校門といっても石柱が二本立っているだけだ。
もうすぐこのK小学校はもうひとつのS小学校とともに廃校になって、I小学校と生まれ変わるのだ。
校庭の西隣には忠魂碑が建ち、その形状から僕らは「ちんぼの塔」と呼んでいた。
みんなは新しい校舎が待ち遠しくてならないらしいけど、僕はこの古い木造校舎が好きだった。
「いい学校ね、広い校庭も講堂もある。でも廃校になるんでしょう?」彼女は声をかけながら僕の隣に座り込んだ。
「うん、運動会はこの堤防が観覧席になって、誰もが特等席なんだ。僕たちは六年の三学期だけ新しい校舎に通うんだ」
「そう、途中で捨てられるのね、置き去りにされるのね、ここは」
「遊びに来るよ、勉強は好きじゃないけど、ここは好きなんだ」
「校歌も変わるのかなあ」
「学校の名前が変わるのならね」
「いい校歌なんだよ、歌いやすくて」
「校歌は忘れられちゃうわね、お別れに校歌を歌ってあげましょう」
「歌うの?」
「ええ」

豊かな里だ 緑の稲羽
清らな心を 仲間が呼んでる
そうだ素直な子どもになろう
おお敬格の若杉わたしら

「いい歌ね、二番も歌って」

愛の泉だ 学びの庭に
いつも新たな 力がわき立つ
そうだ役立つ子どもになろう
おお敬格の若杉わたしら

分かりやすいメロディで、すぐに覚えた彼女は一緒に繰り返し歌った。
僕は素直で役立つ若杉になるのだろうか。

《秋空に校庭高くけやきの木》

ぼくらはみんな 生きている
動植物保護の取り組みは人間の目から見て美しく見える種が優先され、醜く見える種は無視されがちな傾向がある――。
そんな研究報告が以前、科学誌バイオディバーシティに発表されたことがある。
この研究は「新しいノアの方舟――美しく有用な種に限る」とのタイトルで、カナダの農業機関の分類学者アーニー・スモール氏が寄稿した。
それによると、絶滅の恐れがある種の中でも、人間から見て美しさや強さ、可愛らしさといった好ましい特性を持つ種は、そうした特性を持たない種に比べて保護活動の対象になりやすいという。
例えばクジラ、トラ、ホッキョクグマなど人気のある大型生物は保護のための法律が制定され、一般からの寄付も集まりやすい。
これに対してヘビ、クモ、カエルといった生物は、生態学的には同程度の重要性を持つにもかかわらず、前者に比べて魅力が欠け、無視されることが多いという。

所詮、生物の多様性の保持といっても、動物も植物も生存競争を生き抜くための強者から愛される擬態のなかなのか。
生存競争における極端な弱者だって、裏返せば希少種としての価値を逆手にとった生き抜くための生存手段かもしれない。
国家戦略にも通じるかもしれないなあ。
生物多様性を守るべきと主張する保全生物学は、純粋科学とは一線を画していて政治的・経済学的意味を含みますからね。
でもまあ、蝶よ花よと見てくれのいいものばかりでなく、動物も植物も、そして人も、地球はぼくらはみんなで生きている。

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手のひらを太陽に
やなせたかし作詞・いずみたく作曲

ぼくらはみんな 生きている 生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている 生きているから 悲しいんだ
手のひらを太陽に すかしてみればまっかに流れる ぼくの血潮
ミミズだって オケラだって アメンボだって
みんな みんな生きているんだ 友だちなんだ

やなせたかしはえらいなあ。
必ずしも人に愛されないような動物を選んで友だちにしている。
それとも子供たちに身近だったからだろうか。今では身近でないけど。
もっとも手のひらを太陽にすかしてみてもまっかに流れるぼくの血潮は見えません。
蛇とクモは原初的な恐怖か?火野正平さんの美人センサーは?
ぼくは蛇が嫌いだ。
なにか噛まれるとか、直接危害を受けるようなことがあったわけじゃないけど、ふつうに見られる生物のなかでは圧倒的に怖ろしい。
子供の頃、祭りの見世物小屋で蛇の出し物があって、女が客に向かって蛇を投げ入れ、傍まで飛んできた恐怖は今も忘れないし、何気に踏み入れた物置に蛇がとぐろを巻いて鎮座していたときの驚きも鮮明だ。
あとは蜘蛛だろうか、やはり子供の頃、薄暗いほどの木立に囲まれた細い小路を自転車で抜ける時、蜘蛛の巣をかぶったこと、朝、起き抜けにたてつけの悪い窓をバッと開けて、顔を出したら目の前に腹のでかい蜘蛛がいて思わず腰を抜かしたことなど、より身近なぶん、実際に総毛立つような記憶もそこそこあり、もうその場所は自転車では通らない、窓は開けても顔は出さないなど教訓が増えていった。

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人が蛇を怖がるのは本能なのか後天的な学習によるのかという議論があって、実験(蛇を知らない猿は蛇を怖れない、この猿に野生猿が蛇に怖気づく様子を見せると途端に蛇を怖がり出す)によって学習説が有力だったのだが、最近の研究によると、また本能説が有力となってきた。
名古屋大学大学院情報科学研究科の川合伸幸准教授によると、実験室生まれの猿が蛇の写真にすばやく反応することを突き止めた。人でも同じ実験で蛇や蜘蛛をすぐに識別するらしい。
人間の脳には蛇など「恐怖の対象」無意識のままにすばやく反応する神経回路があり、生存競争を勝ち抜くため迅速に危険を察知するのだという。
カンブリア紀の眼を持つ三葉虫の誕生以来の原初的な恐怖だったのか!?
もっとも、たとえば火野正平さんには的確な美人センサーがあるのだが、蛇も芋虫も平気だからなあ。
美人センサーは果たして先天的なものなのか後天的な学習のゆえなのか?
秋の「こころ旅」も今日でおしまい。
画像は映画「蛇にピアス」。スプリットタンなんて震えあがるね。
砂漠の星、日本の紅葉、雪の里山
「世界最古の砂漠」といわれるアフリカ南部のナミブ砂漠に、天文ファンが押し寄せている。満天の星を肉眼で眺めることができるのが魅力のようだ。地元の人々は「星空サファリ」と銘打って観光に力を入れながら、類いまれな環境を守ろうと動き始めた。ナミビアの首都ウィントフークから砂漠地帯を車で約6時間。ナミブ砂漠の中央部にあるナミブランド自然保護区は、日没と同時に暗闇に覆われた。空を見上げると、星座の位置がわからないほど星で埋め尽くされていた。天の川がまるで雲のように見える。(朝日新聞デジタル)

そんなに美しいのか。日本でも秋の、冬の空はきれいだからなあ。
昼の空は青く高く、夜の空は手が届くように星が降る。
先日、発表された日本を訪れた外国人観光客数は、10月9日の時点で、1,500万人を超え、2014年の年間で過去最高の1,341万人をすでに上回り、年間2,000万人の大台に迫る勢いとあった。

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冬の雪、春の桜、夏の祭り・花火と日本の四季折々の美しさが世界に口コミで広がるけど、日本人独特の感性かとも思われた秋の紅葉も里山の冬景色も胸に届くようになりましたか。
海に囲まれるがゆえに台風・津波、そして地震・噴火と災害大国ではあるけれど、日本には四季折々、先人たちが自然とともに守り続けたどこにも代えがたい美しさがありますね。
資源はいずれ枯渇し、技術も汎用・フラット化するなか、競争力のある独自性を持ち続けることが困難なグローバルの時代においては、この代えがたい伝統と自然はなにものにも勝る永遠に続く不滅の観光資源。
しなやかに守っていきたいものです。
日本国憲法をノーベル平和賞にというのがあったけど、それより、日本全体を世界自然・文化遺産することを目指すほうがいいんじゃないだろうか。
まあ、ほどほどにだけど。
COP21では地球の温暖化対策や生物の多様性の保護・保全を守るべき論議がなされるけど、地球の、経済のグローバル化のなかでは言語など文化の多様性も失われるという本質的な矛盾を抱えます。
多様な自然は多様な文化とリンクし、海に囲まれ、辺境に守られた?日本も飲みこまれざるをえない。
なにを守り、残りうるかを考える時、日本の、世界の、地球の最高の美質はなにかと。
さまざまな利害を乗り越えて、答えは見つかるだろうか。
鈴木しづ子各務野幻想譚 第十二景 汗白む少年犯の膝頭
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第十二景
「燃えるなんて思わなかったんだ。火事になるなんて」
僕は女の白い家に逃げ込んだ。
堤防を越えた境川沿いの畑の端にあった小さな納屋が燃えてしまった。
枯れ木、枯れ草でさつまいもを焼いたのが間違いのもとだ。
残り火は瓶の水をかけて消したけど、火起こしに使った消し炭をまた納屋の消し炭入れの箱に戻してしまった。
十分に消えていなかったのだ。
気がついたときもう納屋は燃えていた。
堤防を越えての畑で人通りもなく、誰にも気づかれなかったけど、分かれば騒ぎになる。小さな納屋といっても小屋なのだ。
僕は震えながら隠れて燃え尽きるまで見ていた。
見届けると僕は白い家に走った。
「言わないつもり?」
「どうしたらいい?」
「私なんかに聞くの?わたしだから来たの?」
「わからないよ」
泣きそうになって僕は床にしゃがみこんだ。

《汗白む少年犯の膝頭》
各務原余聞 米軍キャンプ
那加の米軍キャンプは1945年の敗戦後から十数年間、米兵が駐留した。
朝鮮戦争には海兵隊員約1万2千人が移ってきたとされる。
米兵相手の店が多く立ち並んだ近くの那加地区は「租界那加」とも呼ばれ、治安・風紀もゆらぎ、一方で那加地区には岐大もある文教地区でもあったから反対運動もけっこうあったという。
そんな那加の町に美貌の俳人鈴木しづ子はやってきた。
子供にとっても少し妖しくも喧騒に満ちた街だったような気がする。
のち、米軍キャンプは航空自衛隊岐阜基地となり、今も各務原市の中央に鎮座し、航空機や自動車産業が発展する町となった。
また地名は漢字表記で各務原、各務ヶ原があり、ひらがな表記ではかかみはら、かがみはら、かかみがはら、かがみがはらとあり、行政においても必ずしも統一されてないカオスな町でもあります。

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鈴木しづ子各務野幻想譚 第十一景 一つ家に遊女も寝たり萩と月
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第十一景
「どうしたの」体を強く揺さぶられて僕は起きた。声を上げたのかもしれない。雷鳴が聞こえている。怖ろしい夢だった。
僕は女の白い家のソファで眠り込んでしまっていた。
「夢を見ていたんだ、怖ろしい夢、人を殺す夢だよ」
「怖かったわね」
「蟻を殺したからかな」
「あなたは殺していないわ、レンズの光で追っていただけ。私が殺したのよ、煙草の火で、ジュッと」
たしかにあの時、蟻は焼け焦げた。
「なんで殺したの?」
「身代わりよ」
「身代わり?」
「殺すならきっとわたしだったのよ」
「さあ、もう一度ゆっくり眠りなさい」
雷鳴が遠ざかる。僕は額の汗を拭われるとまた眠りに落ちる。

《一つ家に遊女も寝たり萩と月》

「重力波」検出なるか、「KAGRA」が目鼻をつけるもの
宇宙から届く謎の「重力波」の検出を目指す東京大宇宙線研究所の観測施設「KAGRA」(かぐら)が岐阜県飛騨市神岡町の地下に完成し、これでいよいよ宇宙素粒子研究施設「カミオカンデ」、後継施設「スーパーカミオカンデ」に続く重力波観測施設「KAGRA」で、神岡三人娘となりますね(角川三人娘ではありません)!?
重力波は非常に重い天体が激しく動いたとき、重力の影響で空間にゆがみが生じ、それが波のように遠くまで伝わっていく現象。アインシュタインが相対性理論に基づき約100年前に存在を予言したが、直接観測した例はないはなく、発見ともなれば小柴昌俊博士、梶田隆章博士に続くノーベル賞も夢ではない。

それにしても神岡鉱山の廃坑を利用したカミオカンデ、ノーベル賞などの科学的成果はもちろんだけど、このような地方再生の方法があったとは。現代の錬金術というべきかも。
錬金術はもともと化学的手段を用いて卑金属から金を精錬しようと始まったけど、「物質」そのものを変えるのではなくて、「物質」に新たな可能性を見出すものと考えるなら、廃鉱となった神岡鉱山をニュートリノや重力波の観測装置に利用することも科学的な錬金術的思考のゆえといえるのかもしれない。
もし、世界初の重力波の検出に成功すれば神岡の施設群で3つ目のノーベル賞となり、そういう意味でも未曾有の地、神岡となります。まだまだアイデアは出そうだしなあ。
同鉱山の閉鎖とともに廃線となった旧神岡鉄道もレールにマウンテンバイクを乗せてささやかながら人気で、合わせて観光地化も可能せしめるかもしれないしね。

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この種の研究がこれほどまでにノーベル物理学賞の栄誉を担うのは、宇宙創成の謎の解明は人類最大の科学的関心のひとつだからだ。
日本人初のノーベル賞受賞者は湯川秀樹博士でやはり物理学賞だった。
「目鼻が付かないうちがいちばん面白い」と湯川秀樹博士が作ったのが「混沌会」で、会では荒削りでも将来発展しそうなアイデアを大事にし、理論的不備をつく指摘には、湯川は「ここはアイデアを議論する場だ、つぶすのが目的ではない」と席を蹴った。
「ぼくらは難問に挑んでいるんだ。多少のほころびはあっても志の高さを評価しよう」というのだ。
「物理は一つ、自然は一つ」。これも当時の物理学が素粒子・宇宙論・物性などへの専門化が始まろうとしており、湯川は「自然は(研究領域ごとに)別々に動いているわけではない」と忌み嫌ったという(日経新聞)。
ちなみに混沌の由来は顔の造作のない帝王「混沌」は7つの穴(目・耳・鼻・口)を彫ったところ、混沌は死んでしまったことから。
あらゆるものが細分化し、細分化したものに目鼻を付けたがる時代、全体の目鼻が死んでは元も子もない。
宇宙の根源・全体に目鼻のつく解明に繫がりますか、重力波。
解剖不要 植物を丸ごと透明化 オオヤマネコの眼
植物の葉や根、茎、花などを丸ごと透明化し、解剖することなく内部を細胞レベルで観察できる新技術を開発したと、名古屋大学が10月28日に発表した。植物の3次元構造を維持したまま観察できるなどメリットは大きく、「世界中で植物科学研究が加速していくことが期待される」としている。(ITmedia ニュース)

ボイオティアのオオヤマネコの眼(どんなものでも見透かしてしまう超越的な眼を持つと言われた)をもってすればどんな美女も汚物袋だという説もあるので、まあ、よく見えすぎるのもね。
稲垣足穂は人間の本質を口から肛門という空洞であり、その周りに骨、肉、血管が取り巻いて皮で覆われたのが人間、つまり人間の中心は空洞としたけれど、そんな説も思い出してしまうすごい研究成果です。

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人間の透明に対する希求は科学的好奇心もさることながら、自己否定が隠されていることもあるのかもしれません。
大勢の人の中にあっても自分には何の意味もない、いてもいなくても変わらない、透明人間のようにいても見えていないのだと。
同窓会に行っても「え?そんな奴、いたか」と思い出されもしない恐怖があったり、また都合よく傷つかないように自ら合理化しているというか。
何の意味もない、いてもいなくても変わらないと思いながらも透明人間というある種、異能な人間を夢想するところがなお存在感・特別感を求めてやまないという感じがしないでもない。まあ、それはともかく。
たしかに透明化のメリットは大きいのだけど、痛みを覚える正しい?解剖学が衰退してしまいそうで心配です。
人は五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を失うことを恐れるけど、触覚のうち痛覚だけは都合よく嫌がるからなあ。
痛覚があってこそ生命の大切さを知り、優しくなれたりするなど大切な意味が隠されている。
最近は学校でもカエルの解剖もないらしく、昔は教材で解剖セットというのもあったのだけどね。
高度なテクノロジーに頼りすぎるというのもなあ。
痛みを感じないのは歯止めのサインを知らないようで怖いし、テクノロジーに頼りすぎるのもいざというとき、役に立たない。
多様な見方が必要なのだろうけれど、でもまあ、植物の3次元構造を維持したまま観察できるって、研究者がオオヤマネコの眼を持つようなもので、どんな成果をもたらしてくれるのだろうか。
コケのある風景、虫のいる風景
青森県の奥入瀬渓流で人気が高まっていた「コケテーブル」のコケが何者かによってはがされた。この出来事を嘆いた地元のボランティアガイドの会のブログにはアクセスが殺到し、同意する意見ももちろんあったけど、「汚れたテーブルや椅子はきれいにして使うもの」「保全が必要ならあらかじめ看板を立てるべきだ」「人工物に生えたコケに美はない」などと批判的意見が多数書き込まれてしまった。(朝日新聞デジタル)

なにかアニメオタクの大事なコレクションを母が勝手に処分してしまった感がないでもない。
息子が何を言っても、何が悪いのと言われてしまうような。
ちょっと驚いたのはアニメのようなものでもなく、コケという微妙ではあるけれど日本のワビ・サビ的風景であってもなかなか難しいのだ。
これも個性・感性の多様性というべきだろうけれど、そんなにはっきり白黒言わなくてもなあ。
多様性は共生でもあるけれど、たとえ、その人にとってネガティブな意見、ましてや感性のちがいであれば、これくらいはまあまあと。
ボランティアガイドも思いもかけぬ強い反応にきっとびっくりしたに違いない。

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僕が高校生の頃まで住んでいた実家は古い家屋で堤防の際に建っていたから、子供の頃はよく水害にもさらされたし、堤防は笹が生い茂り、梅や柿、椿、いちじくなどの樹木も多かったから、陽があまり射すことがなかった。
土はいつもひんやりとじめじめしていて、薄暗い石垣には苔やユキノシタが覆い、さまざまな虫が這い回っていて、苔のある日々は虫とともにある日々でもあった。
それでも毛虫はさすがに苦手でイラガ(刺されると相当痛い)のいる柿の木の下はおそるおそる抜けたし、梅の木にびっしりと蠢いていた大量の毛虫を見た時は総毛だった。
誰でもナウシカ姫のように虫を愛でられないし、今の時代、コケの美でも当たり前のように思い込むのは危ないのだ。
蝶の山脈、蝶を愛する人の山脈
NHKBSプレミアムで山と蝶に魅せられた写真家 田淵行男の人生を描くドキュメンタリードラマ「蝶の山脈」がきれいだった。
標高3000m級の北アルプスを舞台に希少な高山蝶を見つめ続けた写真家・田淵行男の破天荒な生涯。貴重な証言ドキュメントと大自然の映像美。平岳大、奥貫薫がともに変人、慎ましやかな印象のままに好演。
蝶好きはマニアックと世評が決まっているけど?、まさに原点はこの人でありました。
他にも「変質者の代名詞のような蝶のコレクター」といわれなき中傷を受けたこともある元法務大臣鳩山邦夫氏は『チョウを飼う日々』という本まで出しているし、蝶のためならどこまでもの「舞うチョウ追う能楽師」山本東次郎氏もいる。
蝶といわず昆虫好きには、北杜夫、養老孟司、宮崎駿などあまたいるけど、みんな変わり者風で、映画・ドラマや小説で描かれても「コレクター」「羊たちの沈黙」の変質者の印象が強くあって、「相棒」「金田一少年の事件簿」などでもマニアックなエピソードで登場する。
やはり、蝶好きだった岸田森は「怪奇大作戦」で変人の面目躍如とばかりに頭脳明晰で冷血なほどの科学の信奉者牧史郎を演じ、奇しくも「人喰い蛾」というエピソードもあった。(蛾であって蝶ではありませんが)。

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アサギマダラは1000キロも移動した記録もあり、蝶は美しいだけでなく不可思議な知的好奇心も呼び覚まし、ローレンツの『予測可能性ーブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』というバタフライ効果、宇宙にすら蝶のような惑星状星雲を見出します。
僕なんかも科学的にはありえない漆黒の宇宙にひらひらと舞い、進む蝶を何度も夢想した。美しいでしょう!?
「チョウたちの時間」(山田正紀、SFです)「チョウはなぜ飛ぶか」(日高敏隆)などもわくわくして読みましたね。
映画「西部戦線異状なし」の美しくも衝撃的なラストシーンも象徴的で、蝶だからこそ、なお焼き付く。
なお、岐阜市には日本でも珍しい昆虫専門の「名和昆虫博物館」があります。
春の女神と言えばギフチョウですからね。
田淵行男さんも写真家で昆虫・博物学者ではなかったけど、先のマニアックな方々をはじめ、昆虫の博物学については日本のアマチュアの水準はきわめて高いらしく、「世界のゼフィルス大図鑑」(世界のミドリシジミチョウを網羅し、幼虫や卵、生態まで含めて、さまざまな知見を集め、そのため数十年間、著者はアジアの奥地を渉猟して回った)という蝶のアマチュア研究家小岩屋敏さんのすごい図鑑もあるみたいですよ。
まあ、なんといっても田淵行男さんを支え続けた奥さまがすごいのですが。
蝶を愛する人の山脈は果てしなく続く。
鈴木しづ子各務野幻想譚 第十景 春近し親しくなりて名を呼び合ふ
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第十景
「あなたはいつも標準語で話すのね、なぜなの?」
「東京の人って言葉がきれいでしょう、憧れているんだ」
「東京に行くことじゃなく、東京の言葉、美しい言葉に憧れるのね。でも、なぜ東京なの、きれいだと思うの?」
「テレビでドラマや映画を見るとね、みんな言葉づかいがきれいなんだ」
「なにを見ているの、テレビは」
「何でも見ているよ」
「何がお気に入りなの?」
「うーん」
「どうしたの、恥ずかしい?」
「恥ずかしいというのもはにかむっていうよね?」
「ちょっとちがうわ、恥ずかしそうな様子をはにかむっていうのよ」
「そうなの、知らなかった」
「さあ、はにかんでなくて教えなさい。これが正しい使い方ね」
「へぇ、先生よりずっとわかりやすいよ」
僕はすこしはにかんで答えた。
「『えり子とともに』って知ってる?」
「知ってるよ、わたしはラジオドラマで聞いたわ」
「そうなの?ラジオは知らないけど、言葉づかいがほんとうにきれいなんだ」
「そう、えり子ちゃんか、いい子だものね、安心したわ」
「でもね」僕は声を潜める。
「これで僕はなにか事件を起こしても捕まらないんだよ」
「どうして?」
「ここで何か事件が起きるとするでしょう。でも犯人は標準語を話している。犯人は東京者だということになって、僕は容疑者から外れるんだ」
「遠謀深慮ね、でも、みんなが君はいつも標準語を話しているって言ったら?」
「無口なんだよ、僕は」
「そうか、用意周到だね。でもなにか予感があるの?」
「ないよ、でも」
僕たちは顔を見合わせた。
「先のことは誰もわからない」
ふたりの声がそろい、笑った。
「それにあなたの言葉もきれいだ」
彼女はジッと僕を見つめて言った。
「いまの『あなた』は勇気がいったわね」
「うん」
「わたしは鈴木しづ子、あなたは?」
「トキオ」
 
《柿秋葉東京ことば愛でられて》
《春近し親しくなりて名を呼び合ふ》
盛況!小島信夫生誕100年記念座談会
さて、先日取り上げた「小島信夫生誕100年記念座談会」(出席者 吉増剛造、堀江敏幸、青木健)、250名の聴衆が集まったと中日新聞の記事にありました。
若干定員足らずとはいえ、さすがに地元。
僕がこのイベントに気づいたときにはすでに申込み締切日が過ぎていたこともあり行けなかった。
記事によれば、話は小島信夫文学賞にも及び、創設に携わった青木健氏(担当編集者で小説家)によれば自分の名前を冠した文学賞の創設に本人は「岐阜は商人の町、文学なんか成功するはずがない」と反対し、青木氏が自分の責任でやるからと説得したという。
岐阜出身の小説家は先にも書いたとおり、池井戸潤、冲方丁、奥田英朗、堀江敏幸、米澤穂信、小川一水、朝井リョウ、中山七里 …など溢れるほどいるけど、まあ、なぜか文学の町ではない!?
それでも岐阜を代表する書店 自由書房のブックカバーは安野光雅作品だったり(第10回書皮大賞受賞)、専門書も充実・地元由来の研究書なども出版していた大衆書房もあったのだけど(閉店した)。
市中心部の柳ヶ瀬などの低迷ぶりを見ると商人の町、映画の町、歓楽街すらも今は昔。

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これだけ稀なほど人気作家が揃うのだから、文学の町を目指すべきなのかもしれない。映画とも連動するし。
さて、小島信夫文学賞は隔年ごとの公募で来年度の公募が始まりましたね。
400字詰め原稿用紙100枚以上400枚以内の小説作品(パソコン・ワープロ原稿の場合は、40字×30行で印字)の未発表の小説作品(ジャンルを問わない)。
選考委員は堀江敏幸(作家)、三宅雅子(作家)、吉増剛造(詩人)。
実家の町内には受賞者がいたりするので、ちょっと、聞いてこようかしらん。
鈴木しづ子各務野幻想譚 第九景 樹の下にいちじく吸ふや白痴のごとく
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第九景
僕の家は堤防の際に建ち、日当たりが悪く、石垣には苔やユキノシタが覆い、地面はいつも湿気っていた。そんな場所を好むようにたくさんの実をつけるいちじくの木があった。
熟し開いた赤くつぶつぶの実には蜂などの昆虫がたかり、ちぎると柔らかくぐにゅりとさらに崩れ、茎からは白い樹液が染み出し、食べると手や唇についてかゆくなる。
家のいちじくの話を聞くと、あの人は「持ってきて」と言った。
手の届く限り取って、袋に入れて持っていくと、いちじくは少し崩れていた。
「もうあまりいいのがなかったんだ」
「いいよ、どうせ食べたらいちじくなんてぐちゃぐちゃよ」
「いちじくに品のいい食べ方なんてあるのかしらね」
「僕もぐちゃぐちゃになっちゃうよ、手も口もぐちゃぐちゃだ」
「そうね、わたしもよ、ほら」
美しいあの人は憑かれたように僕の持ってきたいちじくをいくつもいくつも食べる。

《樹の下にいちじく吸ふや白痴のごとく》