理系・文系を重ねて見る光景は
自然との対話 見えるが聞こえない
与謝野馨氏がSankeiBiz のインタビューを受けていて、久しぶりに日本の財政・経済問題について語っている。
注目すべきは「社会保障制度が維持できる範囲であれば、今よりも人口は減っても良いと思う。人口はもう少し減った方が、道路や公園など1人当たりのインフラは大きくなるメリットもある」と人口減を許容し、外国人を労働者として受け入れることにも「それはあろうが、外国人は日本人より生活慣習にこだわり、宗教心が強く、日本の社会にうまく吸収できないのではないか」と移民に否定的で、人口減に肯定的なこと。
僕は「日本沈没」でまさに日本が沈没しようとするときの日本の黒幕で?碩学 渡老人の言葉を思い出してしまうなあ。
「日本はこのまま、何もせんほうがええ…」と。
滅びの美学とまでは言わないけど、やはり与謝野馨氏の系譜には日本古来の哲学・文学の香りが強く漂うような気がします。
かたや、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏 はやはりSankeiBizのインタビューで「人口減少は非常に深刻な問題だ。このまま放っておくと、日本は労働人口が不足する社会になる。人口が減って栄えた国はない」とし、さらに「すぐに受け入れるかどうかは別にして、移民や難民を受け入れる必要性や、受け入れるには何が必要なのかという議論、準備を国レベルで始めなくてはならない。同時に、海外から日本にもっと自由に出入りしたり、滞在してもらえたりすることも必要だ。観光客が来てくれるのは歓迎だが移民や難民は受け入れたくないというのは通用しないし、日本は受け入れないと国そのものが滅んでしまうことになる」と、こちらはまたグローバルに生きる企業なら当然ということでありましょう。

精神世界におけるコミュニケーション、すなわち、神や死者、先祖というものとのコミュニケーションの重要性を指摘したのは、ブルガリアの思想家ツヴェタン・トドロフで、たとえば南米のアステカ文明が滅びたのは、コミュニケーションのちがいだという。
つまり、アステカは神とのコミュニケーション優先し、人同士のそれを優先したスペインに負け、だが同時にスペインはその時点で大敗したともいう。他者がはたしてほんとうに敵なのかという信託を神に問い、戦いを躊躇したアステカと、躊躇うことなく殺戮に徹したスペインを対比したとき、人類史と長い目で見れば、コミュニケーションの生産性という観点からして実質的に勝ったのはアステカというのだ。(「ネット時代の見えない対話」中日新聞 山本伸 四日市大学教授 カリブ文学から)

まさに今の経済や国家間の問題にも当てはまりそうだけど、スピードなのか逡巡なのか、発展なのか衰退なのか。
悠久なる宇宙の、地球の、生命の、人類の歴史…、名を残すものはなんなのだろう。あるいは名を残してなんになるということもあるだろう。
人は今を生きるものでもあるのだからね。

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ツヴェタン・トドロフによれば、人間のコミュニケーションには構成する三つの層があり、上から順に人同士の「見える、聞こえるコミュニケーション」、自然との「見えるが聞こえない」コミュニケーション、そして神や死者との「見えない、聞こえない」コミュニケーション。このうちの下二層こそが大切なのだと。
SNSは本来、人同士の「見える、聞こえるコミュニケーション」だけどツールと化し、「見える、聞こえる」も形骸化するばかりか下二層のコミュニケーションを奪い取るように拡散し、また下二層のコミュニケーションは「見えても聞こえない」「見えない、聞こえない」がゆえに常に声は小さく、不確かで揺らぎ、都合よく利用もされやすい。
「となりのトトロ」のように大切なものは目に見えないのかもしれないけど、目を凝らし、耳を澄ますしかない。
明日はどっちにあるだろう。
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ソーセージ、ハム、ベーコンも食べて森に町に生きる
【AFP=時事】世界有数の食肉輸出国であるオーストラリアは27日、ソーセージやハムなどの加工肉が大腸がんの原因となると結論付けた国連(UN)の報告書について、喫煙と同等の危険があると示唆するのは「笑いぐさ」だと一蹴した。世界保健機関(WHO)の専門組織「国際がん研究機関(IARC)」は26日、世界800件の研究を精査した結果、加工肉に大腸がんを引き起こす証拠が得られたと発表。赤身肉も「おそらく」がんを引き起こすとした上で、加工肉をアルコールやアスベスト、たばこなどと同じグループ1の発がん性物質に分類した。

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これに対し、バーナビー・ジョイス(Barnaby Joyce)豪農相は公共ラジオで「たばこと比較するべきではないし、明らかにそれによって何もかもがお笑いぐさと化している。ソーセージとたばこを比較するなんて」と批判。「ソーセージを1本食べたら大腸がんで死ぬなどと過剰反応してはならない。なぜなら、食べても死なないからだ。ソーセージだけを食べて暮らしたい人なんていない」と述べた。農相はまた、現代では全ての発がん性物質を避けて日常生活を送ることは不可能だとして、「最も大切なことは、バランスの良い食生活を送ること」と指摘。「WHOが発がん性物質と指定するもの全部を日常から取り除いたら、洞窟生活に戻るしかない」「がんと少しでも関係のある何もかもを避けたければ、外を歩くな、シドニーの街路に出るな、ということになる。人生においてできることは結局、ほとんどなくなるだろう」などと語った。

長い引用になってしまったけど、僕もソーセージ、ハム、ベーコンが好きなのだよ。
人はパンのみにて生くるものにあらずというか、ソーセージ、ハム、ベーコンも適度にいただいての、夢と希望、豊かな暮らしということもあるのだろう。
バーナビー・ジョイス豪農相が思わず立場の思惑を越えて気色ばむのも分かりますね。
発がん性物質に限らず危険から極度に避けるばかりでは人間本来の豊かな生活から遠ざかるような思いもするけど、危険は避けるべきという正論に抗するのは今の時代ますます難しくなってきた。
でも木を見て森を見ずみたいなことはないだろうか。
それともグローバルな時代は森も木のように一単位にみなされてしまうのか、それとも木がさらに細分化され、枝葉、果ては細胞まで明らかにしてしまい木そのものを見失ってしまうのか。
それはそれで構わないけど、木は森を作り、人は木と森に育まれ、町に生きるのだ。

テーマ:医療・健康 - ジャンル:ニュース

訃報 原節子さん
昭和の大スター、元女優の原節子(はら・せつこ、本名・会田昌江=あいだ・まさえ)さんが9月5日、肺炎のため神奈川県内の病院で死去したことが25日分かった。95歳。横浜市出身。1963年(昭38)の映画出演を最後に表舞台には出ず、その後の生活はほとんど知られていなかった。(スポニチアネックス)

これほどの大スターなのに引退後はまったく姿をみせなかった。
小津安二郎監督とは殉愛とも言われた原節子さんにはふさわしいのかもしれません。
「晩春」の壺が謎であるがままのように何も語らず、静かに行ってしまった。

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英BFI発行の「サイト&サウンド」誌が10年に1度実施する「史上最高の映画アンケートの2012年版投票結果で映画監督選出の第1位になった小津安二郎監督の「東京物語」をはじめ、「晩春」「小早川家の秋」など6本の小津作品に出演した。
ちょうど今、岐阜ロイヤル劇場昭和名作上映会では「山の音(おと)」(こちらは終了)、「美(うるわ)しき母」の永遠の処女 原節子特集です。

テーマ:俳優・女優 - ジャンル:映画

訃報 生頼範義
SF映画「スター・ウォーズ」など国内外の映画ポスターを手掛けたことで知られる、イラストレーターの生頼範義(おおらい・のりよし)氏が27日午前11時35分、肺炎のため国富町の病院で死去した。79歳。(宮崎日日新聞 )

「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」はもちろんだけど、やはり僕は平井和正ですね。
ウルフガイシリーズが大好きで、「幻魔大戦」なども読んでいたなあ。
SF雑誌の「SFアドベンチャー」などずっと表紙は生頼範義だったんじゃないかなあ。

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「ヴァンパイヤー戦争シリーズ(笠井潔)でも 生頼範義がカバーを手掛けていたけど、「ウルフガイ」平井和正・生頼範義への笠井潔のリスペクトなのだろう。
SFアニメ「FUTURE WAR 198X年」のイラストも描いたけど、内容が好戦的という批判があり、ボイコット運動があったことを思い出す。
最近は想像を越えるような怖ろしい現実があり、表現もいよいよ難しくなってきた。
絵空事で楽しめた時代が懐かしい。
本の装丁、表紙、挿絵はやっぱり大切で、「火星のプリンセス」などはまずあの表紙に惹かれて買ったものです。
「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の公開はいよいよ12月18日です。

テーマ:SF小説 - ジャンル:本・雑誌

鈴木しづ子各務野幻想譚 第八景 天の河少女の頃も死を慾りし
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第八景
「今度は夜にいらっしゃい」と女は言った。
「夜は出られないよ」
「そう、まだ子供だものね」女は僕がひっかかるような言い方をする。
「いつ?」
「今日」彼女は考える時間を与えない。
「うーん、わかった」
晩ごはんが終わると、僕は注意深く家を出た。
言い訳は用意したけど見つからないに越したことはない。僕は夜の道を急ぎ自転車で駆けた。
女は家の前で待っていた。
家の中ではなく、芝の庭に誘うと女は寝転んだ。
「あなたもここに来なさい」
ふたりで夜の空を見た。星がきれいだった。
「あなたは星がわかる?」
「有名なものだけだよ、北斗七星とかカシオペアとか」
「あなたの年の頃はよく見えたのだけど、もう天の河もよくわからない」
「僕も知らないよ、どこなの?」
「もう、見えないのよ、あのあたりかな」
女は白く細い指でさす。
「うーん、わからない」
「そっか、わからないか。いいよ、あなたと星を見たかったんだ」
「うん」

僕たちはただ黙って星を見ていた。
星が流れた。
「ねえ、見た?流れ星だよ」
「見えなかった、わたし。あなたはなにかお願いごとをしたの?」
「無理だよ、そんなことを思う間もなく、星は流れてしまう。夢のような願いごとは叶わないようにできているんだ」
「夜は人を大人にするわ」
女は笑った。
「アナトール・フランスという人が言ってるの。女の子供というのは天性、花や星を欲しがるものですって。そうかな?とも思うけど、彼は続けてこう言うの。けれども星はどうしても手に入れることができません、それは小さな娘たちに、この世には決して満たされることのない願いというものもあることを教えますって」
「満たされぬ願い」
「そう、満たされぬ願い」

〈流星群岐阜へ来て棲むからだかな〉

「ここにいることが辛いの?」
「星もふたりで見れば願いは叶うかもしれない」
「そうか、また流れるかな?」
「もう、お帰りなさい、お母さんが心配する、帰れる?」
「大丈夫だよ」
「気をつけてね」少女のように心細げな声だった。
「うん、大丈夫。あなたは大丈夫?」
「いま、あなたって言った。わたしのことあなたって言った」女はケラケラ笑った。
「やっぱり、君はいいよ。天の河なんて見えなくていいんだ」
帰り道、あなた、あなた、あなたが僕の頭の中で、あなたがこだました。

《天の河少女の頃も死を慾りし》

小島信夫生誕100年記念座談会 小島信夫の魅力を語る
岐阜や各務原に縁のあった美貌の俳人「鈴木しづ子各務野幻想譚」を小説に仕立てて不定期で書いているのだけど、難しいというかなかなかうまく書けませんね。
岐阜はまた作家が池井戸潤、冲方丁、奥田英朗、堀江敏幸、米澤穂信、小川一水、朝井リョウ、中山七里 …、純文学、エンタテインメント、SFなどまで人気作家があふれていて、いや恥ずかしい限り。
拙い習作としてご容赦ください。
さて、明日はもう一人岐阜が生んだ大作家 「小島信夫生誕100年記念座談会 小島信夫の魅力を語る」が岐阜県図書館多目的ホールで13:30より開催です。
座談会に臨むのは吉増剛造、堀江敏幸、青木健が交友や作品を語ります。
語ってもらわないとなかなかわかりませんからね。

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小島信夫は岐阜市出身ともされるけど、以前に僕の年長の従兄弟が実家に残されていた資料などを調べた家系、その周辺などの資料によれば、曾祖母は寛文年間(1661~1673)から幕末慶応3年(1867)まで200年にわたり土地集積を行った豪農、享保のころ栄えた長く庄屋だった小島弥平衛の一族とあり、著名な小島三郎医学博士、作家小島信夫もこの一族の出身とあった。
小島信夫の友人の名前も記されていて、俊明、逸平とありますね。
おおっ、もしかしたら僕にも書けるかもしれないと思ったのだが、栴檀は双葉より芳し。
当然ながら全く違うのでありました。

小島信夫生誕100年記念座談会

平成27年11月23日(月・祝)13時30分から15時まで(開場13時)
岐阜県図書館多目的ホール(1階)
岐阜県出身の芥川賞作家、小島信夫について、登壇者それぞれの小島信夫との出会いや、40年にわたる交友の中での人物像のほか、「アメリカン・スクール」「抱擁家族」「別れる理由」「うるわしき日々」など作品の魅力に触れながら、小島信夫が目指した小説の未来について語り合います。

吉増剛造氏(詩人)堀江敏幸氏(作家・フランス文学者)青木健氏(小説家・評論家、司会)

小島信夫は第三の新人と言われた作家(吉行淳之介、遠藤周作など)で、すごいのは90歳を越えてなお前衛だったことと、少しびっくりするのはあれだけの受賞歴、尊敬を集めたのにその著作は1000部単位の作家だったらしい。
小説、とりわけ純文学は厳しい。定員300名とあったけど埋まったのだろうか。

テーマ:図書館 - ジャンル:本・雑誌

鈴木しづ子各務野幻想譚 第七景 ものかげに煙草吸ふ子よ昼の虫
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第七景
ときどき、女の白い家の中にも入るようになっていた。
あの蟻を焼いた煙草のありかも知っている。
煙草は怖い祖父がキセル煙草を火鉢の横にいつもおいていたから隠れて吸ったことがあった。
「吸ったことあるの?」
「うん、お祖父さんのキセルの煙草だけど」
「悪い子ね、美味しかった?」
「見つかったら大変だからどきどきして味なんてわからないよ、怖いお祖父さんなんだ。話しかけるにも勇気がいるよ」
「こんな悪事が見つかったら大変ね」
僕は一本だけの約束で煙草を貰っていた。女が火を点ける。
「僕は怒られたことがないけど、お祖父さんは絶対なんだ。いつもピーンと空気が張りつめて。それはわかるんだ」
「『市』で商品が売れないと、お父さんも大変なのかしらね」
「わからない。お父さんは店のことは話さない、無口なんだ。」
「君は意外におしゃべりなのにね」
「他所では無口なんだ。大人しい子と思われているよ」
「猫っかぶりね。でも、ほんとうのことは誰もわからない。君も、君の怖いお祖父さんも、そして無口なお父さんも。君が思うより本家って大変なのよ、商家だしね」
女は僕の家を、父を知っているのだろうか。
「そんな時、あなたは俳句を詠みなさい。あなたの句、覚えているわ」
ゆっくり彼女は詠んだ。

「蟻の背にジュツと当てたるレンズの火」
「青い空夏草揺れて白い家」

「『蟻の背』は真似だし、『青い空』はまんまだし、よくわからないよ」
「いいのよ、それで。ところでゆっくり吸った煙草は美味しかった?」
「うーん、やっぱりよくわからない」
「そう」
「でもやっぱりどきどきするよ」
「そうね、それもいつか詠みたくなるわ」
女は僕からまだ煙の立ち昇る煙草を取り上げると、そのまま口にくわえた。
「きっとね」

《ものかげに煙草吸ふ子よ昼の虫》

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

日本の女子生徒の13%が「援助交際」
国連特別報告者のブーア=ブキッキオ氏が、記者会見で日本の女子生徒の13%が「援助交際」を行っていると発言し、その数字の根拠を巡り日本政府が抗議する事態となった。
もともとの発言は「日本の女子生徒の30%が援助交際を経験している」で、後に30%は通訳の誤訳であったとして13%に訂正されたもので、日本政府の抗議に対して「特別報告者本人から書簡が届き、13%と言う数字については、数値を裏付ける公的・最近のデータはなく、データへの言及は誤解を招くものであったという結論に至った。このため、今後この数値を使用するつもりはなく、国連人権理事会への報告でも言及しないとの報告があった」
事実上発言を撤回ということで矛を収めたらしいけど、謝罪はないのだね。
「援助交際」というシステムはもちろん問題だけど、まるで日本の女子高生の多くが性に寛容というか、ちょっと言葉が悪いが尻軽みたいに取られかねないもので、むっとした女子高生、ひいては女性全般も多いのではないのだろうか。
13~30%という数字はもう社会風土、文化とも取られかねない。

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かつて、僕たちは深夜エロバラエティ「11PM」でスウェーデンはフリーセックスの国みたいな幻想を植えつけられた。
「スウェーデンにいけば、童貞なんかサヨナラさ」なんて映画のキャッチコピーにも使われるくらいに日本の若者に浸透した。
スウェーデンにはまことに迷惑な話でしょう。
撤回・訂正したとはいえ国連人権機関の責任者の公式な発言なのだからなあ。
撤回しても新聞や週刊誌の小さな訂正記事同様、あまり意味をなさないのかもしれないし、ネットの時代ではもう発言は拡散している。
もともと確たるデータもないのにそういう発言となったのは、そういう印象、偏見があったのだろう。
今ではテレビのバラエティでも許されないのになあ。
名誉を棄損されたのはまさに日本の女子高生なのだから、女子高生諸君が名誉棄損で訴えるということも出来るかもしれない。
もっとも北欧への憧れは「美しきスオミの夏に」(五木寛之)、変奏曲(竹宮恵子)などさまざまにあって、決して「11PM」によってのみというわけではありません。
ぜひ、「美しき大和の国に」となってほしいものです。

テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

側溝に潜む者、厠に潜むもの
側溝に潜んで、上を歩く女性のスカート内をのぞき見ようとしたとして、兵庫県警生活安全特捜隊と東灘署は9日、県迷惑防止条例違反の疑いで、神戸市東灘区の会社員の男(28)を逮捕した。(神戸新聞NEXT)

恐るべきは情熱。
思い出したのは諸説ある上杉謙信の最期。
謙信は厠(トイレ)で倒れ、亡くなったという説(脳溢血)が有力なのだが、厠の底に潜んだ敵に下から竹やりで打たれたという一度聞いたら忘れないおぞましくも怖ろしい暗殺説もあったらしい。
糞尿にまみれても潜むとは恐るべき執念ではあるけど、人間、いちばん心許したときを襲うとは言語道断。
生死をかけた戦いとはいえ、いや生死をかけるべき価値のある戦いと思うからこそ、人間としての矜持がありましょう。
矜持を持たぬ戦いの果ては絶望しかない。

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僕の子供の頃の便所は外にあり、汲み取り便所だった。
夜は行くのも怖かったし、また便所コオロギ、蛆なども時にはいた。
恐るべきは便所グモと呼ばれたアシダカグモで、ズボンとパンツを降ろし、まさに用を足さんとしたとき、クモを見つけた折には総毛立つも動きようにも動けない。
その窮地をどのように脱出したか、いまだに思い出せないよ。
以来、トイレはあたりを見回し、安全を確認してから用を足すことにしています。
もちろん、何時だろうと考えても、下を覗いてもいけません。
いつなんどき、トイレの底から3時だよなんて声が、顔を出して答えて来るか分からないからね。
今のウォシュレットといえども油断はできません。
昔は個々の便所に住まう者だったものが、今は排水などで繋がり、どこのなにが出てくるかわからない。
ネットワークの時代は怖いよ。

ところで、この男「生まれ変わったら道になりたい」と言ったらしい。
精神科医の小田晋先生は「死んで生まれ変わっ たら風になりたい」と詩的、哲学たるような深遠な言葉を残されたけど、なんとまあ、道になりたいとは。
動機さえ知らなかったら、思わず唸るところだった。
それともこれもまた真理への道なのか。

テーマ:社会ニュース - ジャンル:ニュース

清水富美加の大胆にして不敵
「スタジオパークからこんにちは」は意外にNHKらしからぬ面白さがあるのだけど、先日の女優でモデルでもある清水富美加がすごかった。
この日のMCはもちろん「まれ」に合わせて高畑 淳子だったわけだけど、その母親を前に高畑裕太を「愛すべきバカ」と言っちゃうとは。もちろん、素直なほめ言葉?として言っているわけだけど、言われる母親の心情としては複雑のような気もする。
高畑淳子も役者として尋常な人ではないので慮る必要もないのかもしれないけど、それでもふつうは言葉を選ぶでしょう。
頭の回転も速くて大胆にして不敵。「まれ」のドラマじゃないけど、大嫌いで大好きみたいな感じになりますかねえ。
笑ってバッサリだものね、誤解を受けなければいいけど。いや、覚悟の上か。
とすれば、すごいのは先日の「スタジオパーク」に限らないのだろう。

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「1億人の大 質問!? 笑ってコラえて」のサブ MCもモデルの佐藤栞里に変わったけど、モデル界っていろんな人材がいる。
朝ドラも「まれ」に変わって「朝が来た」となって好評だけど、ヒロインの波瑠もやはりモデルをしていましたね。
連ドラ初主演だった『おそろし~三島屋変調百物語』の慎ましい娘役と打って変わって、朝ドラは破天荒・溌剌としたお嬢様。
慎ましやかな宮崎あおいとの対比がこれからも描かれるのでしょう。
まあ、生き方は違っても腹の据わったお嬢様方ということには変わりませんが。
『おそろし~三島屋変調百物語』にしても慎ましいだけでは百物語なんぞ、とても聞いてはいられないからやはり腹は座っている。
「あまちゃん」からは脇役からも有村架純だけでなく松岡茉優という逸材が出たけど、「まれ」の清水富美加はどうなるかな。
ドラマ「コウノドリ」ではその松岡茉優が元気でかわいく、清水富美加も初回妊婦役でゲスト出演をした。
最近の若手女優はみんなかわいいだけでなく、それぞれに前向きで腹が据わっている。
NHKスペ 新島誕生西之島~大地創成の謎に迫る~
ちょっと前になるけど、NHKスペ 新島誕生西之島~大地創成の謎に迫る~がすごかったですね。
単に新たな火山島の登場でもう少し噴火が続いて島として侵食されても残るかくらいと思っていたのだけど、いや、もしかしたら新たな大陸の創生に立ち会っているのかもしれないというのだ。
火山島は概ね玄武岩が噴出し重くてマントルに沈むのだが、西ノ島は軽い安山岩を噴出し、これは大陸の組成とほぼ変わらないのだという。
パンゲア以来の地球史的な出来事に立ち会っているのかもしれないのだよ。
株価はテロ、中国リスクなどを受けて安定しないけど、日本はいずれ西ノ島が株価、国債の支えになるかもしれない。
まあ、大陸化するにしても地球史的な時間軸を必要とするわけだけど、領土、領海、資源的などある程度は短期的にも望めるものだし、遥か将来とはいえ、科学的に裏付けられるのであればポテンシャルは絶大だ。
人間が宇宙や海に向かうのは地球には未開の地が失われているからで、そんななかで新たな地が生まれるのだ。

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生態系もしぶとい。
これだけの噴火活動があっても、なお西ノ島に生息していた鳥類は健在で繁殖活動も確認された。
さてさて、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の全面協力のもとに制作されたWOWOWドラマ『海に降る』が放送されています。
JAXAに対抗意識ありありですが、予算獲得には幅広い認知が必要ですからね。
いや、まさに空も海も。そして、新たな大地も。

テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

鈴木しづ子各務野幻想譚 第六景 炎日の葉の影を踏み家に入る
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第六景
いつか何度も女の白い家を見に行くようになっていた。あの山裾の草むらだ。
夏の暑い日、黒く塗られたようなくっきりした影がつく日。
「そこは暑いでしょう?」と女は言った。
「いらっしゃい、お家にいらっしゃい」女は僕の手を取り歩き出す。
手は少し湿り、冷たかった。
女の家は中も白く明るく、化粧の匂いがした。三面鏡があってたくさんの化粧品が並んでいる。
「覗き込んでご覧」女が三面鏡を広げた。
覗くと鏡には無限に続く自分の顔があった。そして一緒に覗き込んだ美しい女の顔も続いている。
「不思議でしょう?女はいつも不思議といっしょなのよ」
「あなたの家にもお母さんの三面鏡があるでしょう?覗いてごらんなさい、女には身近に別の世界があるのよ」
陽炎が鏡のように立ち昇る炎日、僕はまた別の世界に迷い込む。

《炎日の葉の影を踏み家に入る》

鈴木しづ子各務野幻想譚 第五景 玻璃拭くと木の芽をさそふあめのいろ
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第五景
百メートルほどの高さの三井山にはむき出しの岩が多くあり、ときおり水晶があった。
僕は何度も来ているし観察好きだから、秘密の水晶のありかも知っている。
女にその岩の水晶を教えると、「きれいね、私にくれるの?」と笑いながら言う。
秘密の水晶は巨大な岩の地表ぎりぎりの山の斜面側にすこしだけ覗いている。恐竜が口を開けたように上下から大小の水晶が連なっていた。
「そのまま入れ歯に使えそうね。水晶の歯」
「ほんとうにほしいの?」
「ええ」
誰でも入れる山とはいえ、勝手に水晶を取るのはいけないに決まっている。でも僕はあの人にあげたかった。
先のことは分からない、明日のことは分からないのだ。
僕は山に通い、恐竜の歯の形状ごと取り始めた。岩は固く、子供の持ち出す道具では結局、二つほどの欠片しか取れなかった。
それでも僕が水晶を見せると喜んで「ほんとうにわたしにくれるの?」と聞いた。
「うん」
「指輪にするかな」
水晶を受け取るとあの人は美しい顔をあげて陽射しに翳した。

《玻璃拭くと木の芽をさそふあめのいろ》

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

俳句知らずの私的風景「鈴木しづ子各務野幻想譚」
現在、不定期にこのブログで「鈴木しづ子各務野幻想譚」というのを書いているのだけど、これは日経新聞「愛の顛末」という梯久美子さんの連載「美貌の俳人、鈴木しづ子」というのを読んだのがきっかけで、僕の地元各務原、よく知る柳ヶ瀬に縁の深い人だったことから。少年期の頃ならすれちがうこともあったかもしれないのだ。
彼女の最初の句集はいかにも初々しい清新なもので、のちに結婚、別れがあり、東京から岐阜に転居してからはまるで作風が変わる。岐阜に来てからは柳ヶ瀬でダンサー、さらに米軍キャンプがあった近くの那加町では黒人兵と同棲を始めたという。
米軍キャンプ(現在が航空自衛隊岐阜基地)がある那加町(現在は各務原市)は僕の地元で、実家は店をやっていた。
昭和初期・戦前にかけては交通の要衝ともなる木曽川沿いが賑わっていたのだが、戦後は那加地区に賑わいが移りつつあった。
実家の店は木曽川沿いにあり、僕はまだ若い父に連れられ賑わい始め「市」も立つようになった「那加の市」にも行っていた。
小さいころの記憶であいまいなのだが、「那加の市」には華やかな女たちの声が響き、歩き、少し言葉も交わしたような、なにかほのかに妖しい記憶もあるのだ。
襦袢や足袋などを売っていたから米軍相手の女性たちもいたのだろうし、もしかしたら鈴木しづ子さんもいたのかもしれず、声をかけられて話をしたのかもしれない。
また、大学卒業後に僕は岐阜柳ヶ瀬の映画館にも一時勤めた。
それはまだ柳ヶ瀬が昼も夜も華やかな「飲むか、見るかの街」だった頃で、鈴木しづ子さんもまだ柳ヶ瀬にいて、おそらく映画も好きだったはずだから映画館にも通ったかもしれない。
薄れゆく青春の記憶は彼女を、鈴木しづ子さんを僕の美しき「マレーナ」とした。

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ところで、彼女は俳人なのだが、僕は俳句を習ったことがなく(授業で知るくらい)、いまいち理解ができていない。
最近では毎年、高校生による俳句甲子園というのもあってものすごくレベルが高そうで、すごいのはなんとなくわかるけど、実はなにがよいのかはよくわからない、言葉で説明できない。
ちなみに今年の最優秀句は「湧き水は生きてゐる水桃洗ふ」(大橋佳歩)…うむむ。

というわけで?、少し無謀な俳句知らずの私的風景な「鈴木しづ子各務野幻想譚」ですが、なお十八景まで続く予定です。
ハイジのチーズをのせたパン、足穂の破れ障子紙
さて、「アルプスの少女ハイジ」といえば、とろけるようなチーズをのせたパン、ヤギの牛乳(呼称が変だ)、干し草のベッドなどがあり、いや、僕も大半は経験したなあ。
ヤギは飼っていたし(乳搾りしながら飲むことはない)、そして干し草(実は稲わら)も敷き詰めて寝ころんだ、もっとも最初に食べたチーズは、僕には石鹸のように不味く食べられなかったけど、今のチーズは美味しい。
内向的な子供だったはずだけど、家も家の周りも自然に溢れていたのだ。
でもハイジのようないい子になれるかというとそうでもありません。
僕のおんじはそれは怖く、友だちたるペーターはおとなしく、優しいクララもいてくれなかったけど、まあ、ハイジにはなかった恵まれた家族もあるのだから言い訳にすぎない。
嫌いな先生もいて、今から思うとロッテンマイヤー先生のように本当はいい先生だったもしれない。

でもほんとうにハイジのチーズをのせたパンは美味しそうだったなあ。
まあ、宮崎アニメの食べ物はすべて美味しそうなのだけど。
一方で、これもマンガだったけど、未来の食べ物は錠剤のようなものになってしまって、2錠(何味というのはあったと思う)も食べて(飲んで)しまうと食事は終わりみたいな話もあった。
さすがに食事の楽しさ否定するようなそんな未来になってはほしくないけど(でも、いずれ食料不足は地球全体の問題になるから、シンプル化はするかもしれない)、子供心にも胃は小さくなり、腸も今のような長さが必要でなくなるから、人間の体形もずいぶん変わってしまうなあと思ったものだった。
歯も顎も衰弱するし、うーん、美女も台無しじゃないですか。食事の楽しさが心も豊かに笑顔も作り出すのだから。

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たとえ、貧しくても食事は大切ですね。
「一千一秒物語」「少年愛の美学」などを書いた稲垣足穂は貧乏でも有名だけど、あるとき黄ばんだ破れ障子見て、「あの障子紙、炙ったら焼き海苔の味にならんだろうか?」と言ったという話があって、ぼくはまさかと思ったのだが、でもいささかそのような気もして、実は試してみた。
ならんのですね、これは。試してみたから間違いありません。
NHK BSプレミアム「本棚食堂」も終わってしまったけれど、こちらはたしかに作ってみたくなるというか、美味しくいただきたくなるというものでした。

空想お料理読本 空想科学文庫 17
ケンタロウ/著 柳田理科雄/著

[目次]
小池さんのラーメン;ラピュタの目玉焼きパン;ポパイのホウレン草;ハイジのチーズをのせたパン;ギャートルズのマンモスの骨つき肉;宝寿司・梅さんの寿司;キテレツ大百科のコロッケ;日本昔ばなしの大盛りご飯;ラムちゃんの手料理;銀河鉄道999のビフテキ;ハウルの厚切りベーコンエッグ;ハクション大魔王のハンバーグ;ナウシカのチコの実;チビ太のおでん;ルパン三世のミートボールスパゲッティ

テーマ:パン - ジャンル:グルメ

「アルプスの少女ハイジ」に学ぶこと
科学的な検証は大切に決まっているのだけど、現実というか事実との関係性における検証も重要ですね。
キッチン周りの除菌とか、ふとんに潜むダニの死骸やふん、ハウスダストを取り除くとか、CMを見ているといかにもおぞましく、こんなに汚いのかと思ってしまうけど、人間も伝説のオオヤマネコから見れば汚物袋というように、まあ見えすぎるのもなあ。
もちろん、そういうものが食中毒の原因になったりするのも事実だし、アレルギー症状に悩む人もいる。
だからといって、すべからく万全とか絶対の安全に寄り添い過ぎるのもどうなのでしょう。
人間の持つ本来の免疫性をも失うような気もします。
実際、平成以前の環境を思えば今は驚くべき清潔さのはずだけど、今の世界一の長寿を支えている人たちは、おそらくいちばん成長にとって重要な少年少女の頃を劣悪な環境で過ごした人たちなのだ。
僕の世代だってチクロなどの合成甘味料、ダイオキシン、アスベストなど今では規制されているものが子供の頃はまだ日常にあったけど、僕らの世代もけっこうしぶといかも。
むしろ、清潔な環境で育ったはずのこれからの世代の人のほう心配なくらいな様相。
パンに多少カビが生えていてもそこだけをさっと取って食べても、あるいは貧乏学生の安アパートではせんべい布団が引きっぱなしで、ガールフレンドに「汚いわね」といわれることはあってもあまり健康を損ねたという話は聞かなかった。
地球の生態系が善きものも悪しきものも全て連鎖して奇跡のような地球になりえているのなら、悪しきものをあまりに排除するのはどうなのだろう。
科学もあまりに微に入り細に入りすぎると、事実からそれてしまうのかもしれない。

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みんなの大好きなハイジなんて干し草のベッドであんなに気持ちよく眠り、元気いっぱいだった。
健康な人まであまりに清潔、抗菌にこだわるのはなあ。みんながクララのようにひ弱になってしまうのかもしれないぞ。
ハイジもクララもおんじもペーターもゼーゼマンさんもロッテンマイヤー先生も、ヨーゼフもユキちゃんなどもそれぞれの生き方、価値観でいいのだ。

テーマ:医療・健康 - ジャンル:ニュース

夕暮れ時はさびしそう
(CNN) 米小児科学会がこのほど発表した報告書で、妊婦に対して「アルコールは一切飲んではいけない。たとえ少量であっても絶対にダメ」と呼びかけた。報告書では、飲酒は妊娠中のどの段階においても安全とみなすことはできないと強調。生まれながらの障害や生後の認知問題の筆頭原因としてアルコールを挙げ、飲酒しなければこうした障害は予防できるとした。

ドラマ「コウノドリ」でも煙草はだめだといっていたけど、「アルコールは一切飲んではいけない。たとえ少量であっても絶対にダメ」と言い切るのがすごい。
もちろん、よくないのだろうけれど、余白をまったく与えないのがすごい。
夕暮れ時のような昼とも夜ともいえない時や場所があり、そういう場所を奪うような言い方に少し違和感が。
昼とも夜ともつかぬ夕暮れ時はあり、さびしそうというなら言いえて妙。
夕暮れのボールを見失いそうなときこそ見えるものがある。
日本では陰翳礼讃のような陰翳を認め、生かす事で陰翳の中でこそ映える生活・芸術を作り上げる伝統があるけど、アメリカってやっぱり照明は明るくというか、白一色というか。
まあ、悪くはないけど、誰にも届く明るさだけがいいのではない

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ちょっと比喩が違うのだろうか。
癌にもそういう話がありましたね。早期発見ですべて取り除くのがいいのか、すこしほっといて経過観察したほうがいいのかと。
癌とはいえ、良性、悪性が本当にその時点で見極められるのか、むしろ触れられることで悪性に転化することはないのか。
たしかに人でもこいつは悪そうだと予防拘束をかけることはリスクの軽減にはなるかもしれないけど、実は害をなさないことも、あるいは思わぬ貢献を果たすこともあるかもしれず、それは社会全体の活力を奪い、弱体化させるようなことはないだろうか。
自然科学と社会科学はちがうし、混同してはならないけど。
『MOZU Season1』が「国際エミー賞」連続ドラマ部門にノミネート!!
「T・ジョイ リバーウォーク北九州」で10月15日、映画「劇場版MOZU」の先行試写会が行われ、羽住英一郎監督と主演の西島秀俊さんが登場した。
北九州というのはロケ地となったからだが、それにしても西島さん、結婚しても変わらず女性人気がすごいなあ。
同じく熱演だった香川照之さんが苦虫をつぶしそうな表情が目に浮かびます?
さて、この「MOZU」はテレビドラマとは思えぬ規格外ともいえる内容、作りだったのだけど、その甲斐あって第43回国際エミー賞(連続ドラマ部門)にノミネートされた。
原作は逢坂剛の「百舌の叫ぶ夜」 。
僕がミステリー、冒険小説読み漁ったころのなかでも傑作中の傑作を見事に作り上げてくれたのだけど、日本的な作品でなく、どちらかと言えばハリウッド的なハードアクションでノミネートというのも目を引くところ。
まあ、一見ハリウッド的にも見えるけど実は陰翳礼讃的な、あるいは静寂と動、破調、能や歌舞伎的なものなどに通底しているからかもしれない。

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欧米のゴシックホラーが日本の怪談や怪奇ホラーにも意外なほどにしっくりくるように。
ゴシック・スピリットと日本的感性の相似性は「ゴシック・スピリット」(高原英理著)でも書かれていて、さらにいえば、なぜ日本は「縄」で、ヨーロッパは「鞭」なのか?と鹿島茂が人間の性と欲望の根源に迫ったSMにも通じるかも。
その源流は苦痛を介して人が神に近づくキリスト教にあったのだが、なのになぜ日本では独自のSM文化が花開いたのか?
なぜ日本は「縄」で、ヨーロッパは「鞭」なのか?
だんだん「MOZU」から離れていくなあ、まあ、それほどに陰翳のなかの凄惨なシーンが多かった。

テーマ:テレビドラマ - ジャンル:テレビ・ラジオ

わが地球(ふるさと)の緩やかに移りゆきし季節のなかの紅葉かな
紅葉が美しい季節になりました。
四季があるのはいいですね。とりわけ、日本の豊かな四季は。
春の桜、夏の祭り・花火、秋の紅葉、冬の雪と、まあ見事に自然と文化が調和していて美しく楽しい。

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でも最近は温暖化の影響もあるのか、春、秋などのほどよい季節が短くなり、気候も夏・冬に二分するような極端化、あるいは夏一色みたいなモノトーンに変わりつつあるような気がしますね。
また、その気候に合わせるように経済や文化もグローバル化、効率化の名のもとに春や秋のような穏やかな移行期を省き、劇的な直線で直角のような変化に変わりつつある。
昔であれば政治も経済も、そして文化もたゆたい、長い時間をかけて移りゆくものであったものが、オセロゲームのように劇的に変化するように生まれ、失われる。
企業や国家の盛衰もこの頃はずいぶんごろんと忙しなく変わり、成熟した文化も生まれない。
僕はやはりゆっくり穏やかに熟成されるように移りゆくのがいいと思うのだけど。
効率化は無駄を省くけど、あまりの合理化・効率化の論理は四季だってなくすことになりかねない。
季節が夏と冬だけなら衣装なら夏服と冬服だけで、あるいは夏だけなら夏用の衣装だけですみ、ほかの生活環境も夏一色になれば生活文化も経済も、いわば合理化するけれど多様性にまつわるものは失われる。
いつかこういう論理も行き着くところまで行って、多様な中間色的なものが知らぬ間に排除されていくような気がするなあ。
陰翳のないモノトーンの世界。
美しいものをはじめ、すべてのものはおそらくみな面倒で、無駄で時間がかかるものなのだ。
地球はそういう面倒で、無駄に満ちているから唯一の奇跡の、美しい惑星なのだ。
鈴木しづ子各務野幻想譚 第四景 夏草と溝の流れと娼婦の宿
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第四景
三井山の裏手にある米軍の実弾演習場。その境界には誰も入れないように有刺鉄線、金網が幾重にも張ってある。辺りには薬きょうが落ちていることがあり、よく探しに行った。
山の頂上からは基地が見え、米兵たちの住む白い家を囲むように夏草が繁り揺れている。僕は薬きょうを探すのもやめ、少し降りた山裾の草むらに寝転んだ。

「青い空夏草揺れて白い家」

ぽっかりと青空に浮かぶ白い雲のように俳句が浮かんだ。ときどき俳句を詠むようになっていた。勝手に言葉が浮かぶだけで、句なのかどうかもわからない。
(ほんと、見たままだなあ)
陽射しが遮られ、目を開けると女が立っている。「なぜ、こんなところにいるの?」女が聞いた。
「三井山に薬きょうを拾いに来たんだ」
「あなた、いつも危ないものを探しているのね」と言いながら、僕の横に座る。
「もう見つけたの?」
「見つからなかった。でもきれいだなあって。青い空に夏草が風に揺れて、白い家がある」
「そうね、ここは白い家から見上げてもきれいなのよ。なにか浮かんだ?」

「青い空夏草揺れて白い家」

「まあ素直なこと。そのまんまね」
女は軽やかに笑った。
「笑うなら詠んでみてよ」
女は辺りをゆっくり見廻した。

〈山いただき家をめぐれる夏草の海〉

「でも、初めはそれでいいわ、ほら、あの白い家が私の家、いつもは山を見上げているのよ…、あのね」女は続けた。
「家にはピストルだってあるのよ、見たい?」
「見せてあげようか?」
女はからかうように言う。
そう、薬きょうを探しに来たのだ。
僕は声を潜めた。
「あのね、僕、作ったことがあるよ」
嘘ではない。
「壊れた傘の柄を切りそろえてね、2B弾って知ってる?
撃ち出す側に2B弾より火力の強いダイナマイトという花火を詰めるんだ、発射口にはサイズの合うベアリングの玉を詰めてね。他にも工夫はあるけど、うまくいくとけっこう破壊力はあるんだ」
実際、トタン板を打ち抜いたことがあって、怖ろしくなってやめたのだ。
「ほんとうにあぶないのね、君は。文学少年だと思っていたけど、科学少年ね」
「こんなの科学じゃないよ、小説も読まないし」
「そうなの。でもピストルは見たいのでしょう?」
「うん」
女は少し考えると「いいわ、ふたりの秘密ね」と言って笑った。

遠くでバァーンと銃声が鳴り、女から子供ような笑顔が消え、真顔に変わる。
「帰りなさい」強い言葉だった。女は立ち上がり、夏草の道を白い家に急ぐ。

《夏草と溝の流れと娼婦の宿》

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

鈴木しづ子各務野幻想譚 第三景 ひと在らぬ踏切わたる美濃の秋
娼婦と呼ばれた俳人の名は鈴木しづ子。
東京に生まれ育ち、結婚、別れを経て岐阜の地で暮らした。
初期の句は若い女性らしい瑞々しい清新な句に満ち、のちに大きく変貌、直截的なまでに女、性を詠んだ。
岐阜柳ヶ瀬のダンスホール、那加の米軍キャンプと流れ、黒人兵と同棲、この地から大量の句を投稿した。

第三景
僕は電車が好きだ。母に連れられ遊びに行く叔母の家のすぐ近くには美濃町線の一両編成の電車が走っている。
電車が通り過ぎるたび僕はよく線路に耳を当て電車の遠ざかる音を聞いた。見つかるとひどく叱られた。
用心深く見渡し、線路に耳を当て、目を瞑る。
電車は遠く去り、何も聞こえなかった。それでも耳を澄ます。

「何が聞こえるの?」
優しい声が降りかかってきた。目を開けなくても分かった、あの女だ。
「好きなんだ、線路の、電車の音が」
「あなた、死にたいの?」
「死にたくはないよ。電車が、線路の音が好きなんだ」
「あなた、寝ているみたいだった」
そうかもしれない。耳を当てれば僕には線路は現実から夢への軌道だ。
「レールの上で蟻は何匹もペシャンコになってるわ、聞こえるのはその小さな悲鳴ね」
女は僕に手を伸ばし、線路から優しく引き離す。
「秋の黄昏はあぶないのよ、誰にも」
女は僕の顔を覗き込むように言った。
「今日はありがとう」

《ひと在らぬ踏切わたる美濃の秋》