理系・文系を重ねて見る光景は
後悔先に立たず
お久しぶりです。
最近はニュースもあまり読まず復活とはいきませんが、安保法制、日韓国交正常化50年など難しい問題が山積のなか、難しくても後悔のないよう進めてもらいたいものです。
わが身ではないですが、後悔先に立たずですからね。
というわけで、前のブログからの再録です。

少し前、作家の冲方丁が言葉の発育という文章を寄せていた。
子供が幼稚園に通うようになって俄然言葉の発育に注目するようになったという。
言葉の意味を覚え、その使い方を学び、そしていかに応用していくか。素人考えとしながら、友達と仲が良くなる子ほど言葉を覚え、まずそのためには親から言葉を多く学んだ子の方が友達を作りやすく、そして相手から譲歩を引き出すこと、あるいは自分が譲歩することを親から学ぶ子ほど、言葉が発達していくのではないかと。
たとえば、友達の遊んでいる遊んでいるオモチャが楽しそうだ。だから「それを貸して」と発言することが自発的な行動となり、「いやだ」と断られながらも、「これ貸してあげるから」「それいらない」といった交渉を続ける。様々な駆け引きの上に最終的に「じゃあ僕のこのおもちゃと、あなたのそのおもちゃをっ使って一緒に遊ぼう」という合意に達する子ほど言葉をどんどん覚えていく。
そしてこの最初の段階で親に頼んで同じものを手に入れてもらうことに執着する子ほど、言葉を覚える機会が失われていく。
さらには「よこせ」という子は驚くほど言葉を覚えない。なぜなら「貸して」「いやだ」「お願い」といった言葉のラリーを永遠に続けられる子たちに比べ、「よこせ」という言葉は自己完結している。

コミュニケーションの余地などなく、譲歩も妥協も合意もない。そういう子ほど言葉の発育が遅れ、友達の輪に入れず、自分の思い通りにならない。そのストレスを発散させたくて親に甘える。さらに親が欲しいものを無条件に与えたりすればさらに言葉が失われる。自分の言葉で親から譲歩を引き出そうと努力する機会がなくなるからで、つまりは、大人も子供も自己主張したいのであれば交渉上手になれと。

領土問題、原発の是非、宗教対立…、きちんと考え、コミュニケーションをまず図ることから人は成長するのだろうなあ。
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テーマ:社会問題 - ジャンル:ニュース