理系・文系を重ねて見る光景は
よみがえる空
春はまだ浅く、信州の尾根にはまだ深く雪が残り、尾根の底を這うような道にもところどころ雪が残っていた。まだ夜明けには間があり、凍えるような漆黒の闇をバスは走っていた。
乗っているのは殆どが若い男だ。似たようなリュックを抱えている。スーツの男もいる。
みんな今日のTのライブイベントに向かう途中なのだ。
さっきまではまだ声も聞こえたのだが、さすがにもう寝静まっていた。
突然、バスが揺れた。地震だ、いや大したことはないだろう。一度揺れたきりだ。
だが遠くで唸るような低い音が聞こえはじめた。
だんだん音は大きくなってくる。バスのライトが拳ほどの雪の塊がパラパラと降り注ぐのを写し出す。
そのとたん、バスは大雪崩の渦に巻き込まれたのだった。
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バスは幸い木々に押し止められて道の際に止まっていた。
バスの後部は大きく道をはみ出し、傾むいて、バスの天井もようやく見えるほどに雪で埋まっている。
乗客は窓を開け、雪を分けて空気を取り込んでいる。ドアは圧雪した雪で開かない。
幸い大したけが人は出なかったらしい。しかしこの寒さだ。窓から雪が入り込んで雪で濡れている人もいる。
ひとりの青年がリュックを背負い、バスの窓から這うように出て行く。
青年はバスの屋根の上がるとリュックからなにかを取り出している。15インチはあろうかという棒だ。
その棒をボキッと折ると眩しいほどの光が溢れだした。光は10分ほど輝き続け、青年は次々と光を夜空に向かって振り続けた。
やがて、遠くからバタバタ…というヘリコプターの音が聞こえてくる。バスの屋根にはもう何人も上がっている。
そのなかのひとりが叫ぶ。「航空自衛隊小松救難隊だ」。
ようやく空が白みはじめていた。

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タイムリープ
もう春だ。桜もちらほらと咲き始めている。進学も決まって少し浮かれていたのだろう。
薄暗かったとはいえ、あんなところで道路工事をやっているとは思わなかったのだ。
もう誰もいない工事現場に自転車で突っ込んでしまった。
「いてて、なんだよ、なんで日本は年度末に工事ばかりやってんだよ」
ぼくは立ち上がると膝にたっぷりとついた土を払った。大した怪我はなく、擦り傷くらいだ。
ハクモクレンの甘い香りが淡く香って、少しばかりの痛みも怒りも和ませてくれるようだ。
買ったばかりのDVDは大丈夫だったろうか、最終巻なのだよ。
見ると破損もなくやれやれだ。
ぼくは外れたチェーンを直すと自転車に乗って家に向かい、ふたたび街を走り始めた。
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しばらく走ってぼくは突然気づいたのだった。
「ここはどこだ」
見慣れた街だけど少しずつどこかちがう、いつも行くコンビニもなくなっていた。
「タイムリープ?」そんなことがあるだろうか。
郵便受けに突っ込まれていた新聞を取り出し、日付を見た。1985年4月29日。ちょうど23年前だ。
DVDを買ってもうお金も残りわずかしかない。携帯も使えない。
まだ自分も生まれていない時代、どうすればいいのだろう。
DVDのオリジナル特典のテレカがあった。全巻購入特典で貰ったものだ。
あの店はたしか去年が25周年だった。
店長は大のSF好きだ、「時をかける少女」が好きで尾道にも行ったと話していた。
アニメ版の「時をかける少女」も薦められて買ったのだった。
信じてくれるだろうか…。
ぼくは折り返すともう一度、ペーパームーンに向かって走り始めた。

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ピグマリオン
ここは、とある等身大フィギュアを制作している会社の一角。
100体はあろうかという等身大のフィギュアが所狭しと並んでいるのだった。
それぞれに作り手の思いがフィギュアの隅々までに行き渡っているような等身大の人形のなかにいると、なにか息苦しさを覚えてくるのだった。
まだ制作を始めて15年足らずとはいえ、フィギュア作りに奥深い経験を積み重ねていた。
平安時代まで遡るような歴史を持つ文楽人形では多くの名工を出している。
怖ろしいほどの情念を生み出す文楽人形の「木偶につくる」ということは、写実に忠実あることでもなく、また作り手の芸術的な満足で生まれるのではないとある名工はいい、ただ生まれるようにぼんやりとつくるというのだけど、ぼんやりとはなんなのだろう。
いずれにせよ、作り手の仕事はモノづくりのみで、もし魂を入れるとするなら人形遣いなのであり、持ち主というのだ。
そんな凄まじい情念を生む、まだ魂、命の吹き込まれていない人形たちがこの部屋には並んでいた。
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ぼくにはいつも声をかけてしまうフィギュアがあった。
ぼんやりしていて、つい声をかけてしまったのだ。そして密かに名前もつけた。
もうそのとき、モノでありながら魂が入り込んだ不思議な生きる人形が生まれたのかもしれない。
魂もぼんやりと吹き込まれた、その人形はモノと生きる人形の境のような逢魔ヶ時だけ、ぼくの前に現れるようになった。
その人形はまちがいなく人であり、誰よりも美しく優しいのだった。
甘く幻想のような幸せな日々。ぼくは幸福だった。
だが、別れは突然やって来た。買い手がついたのだ、売れてしまったのだ。
ぼくは声をかけなくなった、もう名前も呼ばなかった。

出荷の前の日は美しい夕日が差し込んでいた。
やがて訪れた逢魔ヶ時、すすり泣くような声を聞いたのだった。

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わがセクソイド、桜2号、絶対彼氏
眉村 卓に「わがセクソイド」というのがあって、1974年に角川文庫で発行されています。
いわば性風俗用のアンドロイドなのだけど、アンドロイドに愛おしさを持ってしまう人間と、その愛に応えてしまうアンドロイドの切ない悲劇となっています。
朝日放送で制作された「桜2号」もそうですね。
最愛の恋人を亡くした青年と、その瓜二つに創られた精巧で美しいアンドロイド。
決して叶うことのないピュアで切ないラブストーリー。
SFテイストといい、以前のNHK少年ドラマシリーズの青年版みたいな感じです。
(ペ)も等身大フィギュアを制作しているけど、人形にしろロボットにしろ、人の形を持ったものは不思議な気持ちを抱かせます。
ましてや成長型アンドロイドで恋人にそっくりで美しいとあれば…。
デカレンジャーなどの新人載寧龍二と三津谷葉子の共演です。
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フジドラマ「絶対彼氏」もそうで、マニアックなテーマだけど、なかなか上質のドラマになっています。
やっぱり原作はマンガで渡瀬悠宇の『絶対彼氏。フィギュアなDARLING』。
読んでいないのでどうなるのか分からないけど、もう何気に切ない二人な感じですね。
速水もこみちもアンドロイド然としているし、相武紗季が可愛いし、いい感じの演技です。

それにしてもピグマリオンの時代から人は人形に恋をしているのであった。
キャッチ・ミー
今シーズンのドラマも相変わらず、学園ものも多くて「ごくせん」「ROOKIES(ルーキーズ)」などがありますね。 「ROOKIES(ルーキーズ)」は佐藤隆太以外の誰がやるんだというくらいの見事なはまり役です。
クロワッサンの松も好きだったけど、いいなあ。佐藤隆太。
まっすぐ直球(あたりまえだ)なドラマでは、前シーズンにNHK「フルスイング」というのありました。
ぼくは子供の頃は熱心な野球ファンだったけど、当時の子供たちと同様にパ・リーグにはあまり関心がなかったから、高畠導宏という選手は全く知らなかった。
「フルスイング」は58歳にして教師になり、子供たちや教師に真正面からぶつかっていく姿を描いた、伝説の打撃コーチ・高畠導宏をモデルにした感動の人間ドラマ。
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1話ごとのエピソードが心にしみますね。
第4話(キャッチ・ミー)がまた泣けます。
教室だとなかなか分かりにくいことも、野球とかスポーツにたとえるとすごくわかりやすいことがあるけど、キャッチボールは何事においても基本なのだった。
いかに相手を打ち負かすかというドッジボールではなく、必要なのはキャッチボールのようなコミュニケーションというのかなあ。
キャッチというと「ライ麦畑でつかまえて」(原題キャッチャー・イン・ザ・ライ)を連想するなあ。
英語も話せるようなれるといいなあ。

「甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯」  税込 1,785円
「 フルスイング」 DVD-BOX 発売予定日 2008年06月25日  税込 11,970円
タッチ
今日のテレビ欄を見ていたら、長澤まさみ版の「タッチ」が放映されるのだった。
「タッチ」はあだち充のマンガで1981年に少年サンデーで連載が始まり、その後もアニメ化、映画化、主題歌のヒットもあって誰もが知るような作品となった。
作品名の上手さは絶妙で、誰しも和也の死でタッチの意味を知ったのだった。
このまえは小栗旬も理想の女の子は、浅倉南と言っていたから、ある意味、日本でいちばん有名な女の子かもしれない。
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ぼくもこれは劇場に見に行ったけど、コミック、アニメの印象に頼ることなく、はじめに「タッチ」の世界観の簡潔な紹介があるので、初めての人もきっと分かりやすいですね。
あだち充の世界観は慣れ親しんだ人でないとすこし分かりにくいところもあるのだ。
その世界観を損ねることなく、また世界観にとらわれることもなく、とても丁寧に描かれたオーソドックスな青春映画です。
達也が南ちゃんの笑顔を見たかったように、ぼくも長澤まさみを見に行ったのだった。
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もちろん、この映画については小林信彦も書いていて、東宝の正統的な青春映画といい、そして、この映画の映像が、長澤まさみが美しく、「長澤まさみを見にきてよかったと、ぼくは痛感した」とまで小林さん言っていたのであった。
アイドル(上戸彩)や個性派(柴咲コウ)は出てくるが、スクリーンのスターがいないのが今の日本。
スターは得体の知れぬオーラで観客を呼び寄せる。長澤まさみはアイドルならぬ、滅多にいないスターなのだと。
黒澤明監督のリメイク『隠し砦の三悪人』が楽しみなのだけど、どうだろう。
青踏の時代がやってくる
瀬戸内寂聴 って名前はよく知ってるけど、読んだことはなかった。
新聞のよいところはいろいろな人を知る機会でもあることですね。
日経新聞に瀬戸内寂聴の「奇縁まんだら」という連載があるのだけど、女性作家同士の交流が描かれていたりして面白い。
ふつう、いくらロシア文学の翻訳者といっても湯浅芳子なんて知らないでしょう。
チェーホフの「桜の園」は読んだように思うけど翻訳者は知らなかった。
マルシャークの「森は生きている」なども翻訳している。
すごい自由でわがままだったらしいけど、瀬戸内寂聴(第1回湯浅芳子賞受賞者)はよく世話をやいた。
よく絶交(懐かしい言葉だなあ)もしたけど、いつの間にか仲直りしていた。
ほんとうに好かれているのを知っていたからだ。
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宮本百合子(日本共産党 宮本顕治夫人)というのも名前はよく知っているけど、レズビアンでもあったことは知らなかった。湯浅芳子は若い頃流行作家の田村俊子に憧れ、やはり同性愛関係も持った。
そののち野上彌生子の紹介で宮本百合子と知り合った。
湯浅芳子は生涯同性愛を貫いている。
「奇縁まんだら」にも寂聴さんの家の若いお手伝いの女の子の話が出てきて、湯浅芳子は泊まりに来ては可愛がっていたらしい。名前はゆりちゃん。
(若い少女は夜熟睡する。湯浅さんは夜中に呼んでもゆりちゃんが目を覚まさないので、ゆりちゃんの指に紅い紐を結び、自分の手首につなぎ、夜中に用があると、紐を引っ張って起こした)
若い少女というのがいいなあ。百合の語源はここにあるのかと思ったけど、これは違うらしい。
青踏という言葉があって、ヨーロッパで知的な女性達がはいていた靴下が青かったことからブルーストッキングと呼ばれたことに由来するらしいけど、知的な女性たちの解放を意味した。
いまどきの少女たちにも人気の出そうな言葉のような気がするなあ、青踏。
当時は青踏的な同性愛が、意外なほどふつうにあったのだろうか。
画像は今日放送のフジ「ラストフレンズ」。青踏的な同性愛を描くものになるのだろうか。
赤い紐はどのようにつがっているかというと…。
竹宮恵子 京都精華大学マンガ学部学部長に就任
先日、新聞を読んでいたら京都精華大学のマンガ学部学部長に竹宮恵子が就任という記事があった。
マンガ家初の専任教授であり、とうとう学部長なのか。すごいなあ。
ぼくは「ファラオの墓」から好きだったけど、なんといっても衝撃的だったのは1976年から1984年にかけて連載された「風と木の詩」ですね。
いまでこそ、ボーイズラブは当たり前のように受け入れられるけど(たぶん)、当時はびっくりしたのだ。
なにしろ「週刊少女コミック」連載だからね。
官能的な線に哲学的な葛藤、そして耽美なムードは、そりゃあもう、たいへんなものなのさ。
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やっぱり以前にも紹介した稲垣足穂の影響も大きいらしい。
竹宮恵子は妖しい少年ものから「ファラオの墓」のような歴史ロマン、「地球へ」「私を月に連れてって」などのSF、「変奏曲」ような音楽ものなど多才な花の24年組のひとり。
他には萩尾望都、山岸涼子、大島弓子、木原敏江、池田理代子、青池保子などそうそうたるメンバーがいて、その文学性、革新性は少女マンガの枠を越えるものとなり、少女マンガの隆盛、吉本バナナなど作家、文学シーンにも大きな影響を与えています。
上記の画像は当時発売されていたTシャツだけど、さすがに着ていた人は見たことがない。
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こちらは「タクミくんシリーズ」(ごとうしのぶ著)からついに実写映画化された「そして春風にささやいて」から。
【DVD】タクミくんシリーズ そして春風にささやいて  
2008-04-25  4935円

稲垣足穂ボーイズラブの原点」もご参照下さい。

矢沢永吉 RUN&RUN
1980年には「矢沢永吉RUN&RUN」という映画が公開されています。
ずいぶん以前だけど、NHKスペシャルに「矢沢永吉特集」があった。
ぼくは熱心な矢沢ファンではありませんが、矢沢現象は同時代的に見てきたし、レポートをするのが愛読する重松清(やはり大の矢沢ファン)だったりするので見ていたのだった。
本当に人生を重ね合わせて頑張る人が多いのが矢沢ファン。
人はみな弱くもありますが、立ち直りのタフさが矢沢ゆずりです。
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「矢沢永吉RUN&RUN」という映画で思い出すのは、オールナイト上映のときのこと。
当時ぼくは映画館にいてそのオールナイト上映を経験したのだ。
そりゃあ、いつもと違ったお兄さん達が違法駐車を連ねてやってきて、場内もタバコの煙ももうもうだったけど、意外に礼儀正しかったりもしました。
ロッカーな人は意外に真面目でやさしかったりします。
座席を率先して譲るロックなお兄ちゃんもみたことがあるしなあ。
感性が異なれば例えば尾崎豊ファンであったりしますが、こちらもまた熱狂的ですが非常にデリケートだったりします。
いずれにしても夢を持つこと、人に夢を重ねることは確かに力を持ちますね。
マンガでもアニメ、あるいは声優でも同じでしょう。
「あしたのジョー」「エースをねらえ」「ガンダム」などそれぞれ熱中したものの、言葉のひとつひとつが今も生き、勇気付けることがあります。

週刊真木よう子「おんな任侠筋子肌」
「月刊真木よう子」が写真集なら「週刊真木よう子」は超マニアックな深夜テレビドラマです。
「SP」や「わたしたちの教科書」とまた違った大胆な魅力を見せてくれるものですが、ヒロインとはいえ、まあそれにしてもマニアックな作りです。
たまたま「おんな任侠筋子肌」というのを見たのだけど、カルト的なオマージュに満ちあふれた作品で、様々な作品が浮かんでくるのだった。
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女囚さそり」は以前にも取り上げて、タランティーノのオマージュは「キルビル」となり、真木よう子は「おんな任侠筋子肌」となった。
深夜ドラマ、深夜アニメには成功しているかどうかはわからないけど、すこし昭和に回帰しているような作品が増えているような気がしますね。
予算も少ないのだろうけれど、また制約も少ないのだろう。
でも、こういうところからいつも時代を担う才能が生まれてきます。
画像は “真木よう子”の2冊目の写真集で、撮影はあの鬼才リリー・フランキー(「週刊真木よう子」でも原作があるらしい)。
全て最新撮り下ろしの写真ばかりであり、彼女にとっては2冊目の写真集です。
たしかにドロンジョ様でもよかったような。

「SP エスピー警視庁警備部警護課第4係」 DVD-BOX 
発売日: 2008/07/02 定価 23,940円 通販はコチラ
なぜ日本は「縄」で、ヨーロッパは「鞭」なのか?
鹿島茂って仏文学者だけど、ときどき変な本を書きますね。
東海林さだおにヒントを得た「ドーダの近代史」」(人間の表現はすべて「ドーダ!」という自慢、自己愛の表出だとの観点で社会の事象を分析する)もそうで読んでいると、なるほどと思ってしまうところがありますね。
先日も新聞をパラパラめくっていたら、幻冬舎新書の新刊の広告が掲載されていて、大きく「SとM」とあって、これがなんとまあ、鹿島茂なのだった。
なぜ日本は「縄」で、ヨーロッパは「鞭」なのか?
19世紀ヨーロッパに登場した「サディズム」と「マゾヒズム」。その源流は苦痛を介して人が神に近づくキリスト教にあった。なぜ日本では独自のSM文化が花開いたのか?稀代の知の巨人が、人間の性と欲望の根源に迫る…とありますね。
ちょっと読みたくなるではありませんか。
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たしかに「S」「M」って、日本では血液型のようにふつうに使われるようになってしまった。
にしおかすみこみたいな女王様キャラもふつうにお茶の間に受け入れられていて、杉本彩のような濃密な人も自然に受け入れられるのは、日本独自の「カワイイ」文化にフィルターをかけられるとすべてフラットにしてしまうような気がするなあ。
ゴシック・スピリットと日本的感性の相似性は「ゴシック・スピリット」(高原英理著)でも書かれているから、SMも日本とは相性がいいのかもしれない。
鹿島茂は東大闘争を振り返って「戦うべきときに戦わなければ悔悟のために、より過激な方向に走りあげくは必敗の戦いにのめりこんで行く。あらゆる戦いの陥穽はここにある」と言っていたけど、ぼくもひそかに心に期したけど、いろんな場面でも戦うのだなあ。

荻野目 慶子と奥菜恵
「紅い棘」とは奥菜恵の著書名だけど、お勧めコメントにはこうあります。
2007年5月、突如、芸能界を離れてから復帰までの真実!清純派、魔性の女、結婚、離婚…。過去の人生をリセットした今こそ知ってほしい本当の奥菜恵。「1%でも希望があるのなら、愛で人は幸せになれる。愛でつながることが私の幸せ…」。妖艶着物服、メイド服、自分撮りプライベート写真収録!
ぼくは映画 「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」でたしか初めて見たように思うけど、清純派とよばれるにふさわしい女優だった。
今は魔性、妖艶ともいわれるのだが、連想してしまうのは荻野目 慶子ですね。
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荻野目 慶子は1980年のATG映画「海潮音」がデビュー作で、1983年の大作映画「南極物語」でよく知られるようになった、やはり清純はといわれた女優ですね。
のちにスキャンダラスともいうべき事件、そして妖艶な女優になっていくなんて、当時はかけらも思わなかった。
深作欣二監督の『いつかギラギラする日』の荻野目 慶子の凄絶さはいまでも鮮烈に思い出しますね。
ピュアなものはかくも変貌するのかと思わせてくれた二人です。
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なかなかの衝撃の画像は『完全なる飼育 女理髪師の恋』のDVD。
荻野目 慶子主演で、共演が北村一輝となっているなあ。すごいキャスティングでちょっと見てみたい。

完全なる飼育 女理髪師の恋 税込5040円

ルコントを思わせるようなタイトルですね。ルコントもエロチックではあるけど。
篤姫は「悪女」のヒロイン田中麻理鈴
日経夕刊のTVドラマ批評で中町綾子(日大芸術学部准教授)が、NHK「篤姫」のしたたかな女性の処世術を、現代女性の感覚で脚本家が綴るものと書いていて、思い出すのは日テレ「悪女」のヒロイン田中麻理鈴(石田ひかり)というのにはすこしびっくりした。
1992年のドラマでぼくも大好きだったけど、篤姫とは繋がらなかった。
やっぱり女性だと会社社会では身につまされるものが多いのかもしれない。
悪女といってもなかなか可愛らしい好感の持てる悪女なのだ。
まあ、だからこそ悪女ということになるのだけど。
三流大卒、特技は宴会芸、大手商社に就職したものの派遣OLなのだ。
ファンタジーであるようなリアルであるような不思議に元気の出るドラマで、期待されていなかったはずなのに高視聴率となった。
当時、一部企業でも女性社員のありようとして注目されていたともいわれていた。
「ハケンの品格」「働きマン」のさきがけのようなドラマなのだ。
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石田ひかりがいちばん輝いていた頃かなあ。
リュックを背負った自転車姿とバックに流れる歌はまだ歌えたりします。
エンディングは石田ひかりがレモンだかオレンジをずっと食べているシーンのみで印象的でした。
「交渉人」のエンディングの米倉涼子もそうで、なかなか食べっぷりが見事です。 

【DVD】交渉人?THE NEGOTIATOR?
発売日: 2008/06/27 価格: 19,950円
「大人の科学」で思い出すのは…
こちらは学研の「大人の科学マガジン」の最新号です。
本と付録がセットになった科学ムック本ですが、19号の付録はガリレオ望遠鏡のレプリカですよ。
月のクレーターや土星の輪も見られるとありますなあ。
今では、かぐやがハイビジョン映像で美しい月や地球を見せてくれるけど、うすぼんやりとでもクレーターや土星の輪が見えたときの感動は変わらない。
学研で思い出すのはやはり「学習」と「科学」です。
当時の小学生は大半がどちらかを購読していて、「科学」は圧倒的に付録が面白くて、人気が高かった。
ぼくも欲しくてたまらなかったけど、当時からつまらないことにマイナーにこだわるタイプで、最後まで「学習」を購読していたのだった。バカですね。
「学習」を最後まで購読していたのは、クラスではぼくとクラスでいちばんの秀才で美少女のふたりきりになった。
いいこともあるのだ…。
なんだか、森見 登美彦の小説みたいに切なくなってきているなあ。
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学研は大人にもこんな付録をつけてくれるのだね。
TVドラマの「ガリレオ」も好評だったし、理系の時代が来てるかも。
やはりTVドラマで「エジソンの母」というのがあったけど、こちらのDVD-BOXの初回生産限定特典は「あなたは天才!?テスト用紙、静電気ビリビリ下敷き」となっています。
学研の付録っぽく思っちゃいますね。
学研の付録に培われた実績は相当なもので、各社特典、付録で迷うときは、学研に聞いてみましょう。
子供をあれだけ夢中にさせる付録はすごいのだった。 

【DVD】ガリレオ DVD-BOX 発売日: 2008/06/13 価格: 23,940円
【DVD】エジソンの母 DVD?BOX  発売日: 2008/05/21 価格:  23,940円

「カリオストロの城」ファンにもお奨め?「二十面相の娘」
でかい小冊子があって、アニメの新作のカタログガイドなのだ。
ぱらぱらとページをめくると、今春番組の新作案内やインタビューなどオールカラーで掲載。
これで「TAKE FREE」とはよい時代なのか。
でも最新作に疎くなってきたぼくにはガイドブックはたいへん助かります。
「二十面相の娘」というのが紹介されていて初めて知った。
ルパンにしろ、金田一、江戸川コナンなど過去の名作に依拠するものは、マンガ・アニメは多くていずれも大ヒットしてますね。
さて「二十面相の娘」の紹介を読んでいくと…
資産家である美甘家の娘チコは11歳。父母を亡くし叔父叔母に育てられるが、叔母は美甘家の資産を狙いチコに毒入りの食事を与え続けている。
ある日、二十面相に誘拐されて二十面相一味に加わっていく…。
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おおっ、これはもしかしたら「ルパン3世カリオストロの城」のルパンとクラリスで、ルパンはクラリスを伯爵の魔の手からから救いだし、クラリスの(可愛い)お願いがあっても、抱きしめることもなくふたたび闇の世界に戻すようなことはしなかったけれど、こちらは連れて行かれてしまったクラリスではないのか…。
と読んでも見てもいないのに勝手に妄想してしまった。

まあ、案外と明智小五郎のところにいるより、健全のような気もするけど。



魔法にかけられて
「魔法にかけられて」を今さらながら見に行ったのだけど、まだけっこう人が入っているのだ。
「ハリー・ポッター」「ロード・オブ・ザ・リング」「パイレーツ・カリビアン」みたいな本格派?ファンタジーならともかく、ラブコメディとはいえ、こういう昔ながらディズニー・ファンタジーもヒットするようになったのだなあ。  
「フラバー」「ラブ・バッグ」などそう変わらないと思うけど、今はちゃんとヒットするのだ。
1980年代のディズニー映画では「スプラッシュ」に近いのかもしれない。
それにしても日本でもアニメを実写化しても、日本人がアニメキャラの体型に近づいているのか、あまり違和感を覚えなくなったけど、このヒロイン、エイミー・アダムズもみごとにアニメから抜け出してきたような女の子でしたね。魔法にかけられたようだった?
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映画「スターダスト」もそうだったけど、小品から大作までほんとうにファンタジー全盛なのだ。
ずっと前からファンタジー映画はあったけど、やっぱり子供向けで、せいぜい少し変わった特定のファン層が見るものだったのに、すっかり世代・感覚が大きく変わってしまった。

「ドラゴン・ハート」は10年程前の作品で、ファンタジーとしてはすごく王道のように完成された物語だったけど、まだ話題にもならなかった。
いい作品は映画に限らず、名作と評価の決まったものばかりではありません。
新しいものも、かつての作品も決めつけずに、まず見てみることも大切です。
「ドラゴン・ハート」は10世紀末のイギリスを舞台に、暴君に立ち向かう騎士とドラゴン(巨竜)の活躍を描いた、これぞ冒険ファンタジー。
トップセールス
NHKの土曜ドラマ「トップセールス」の時代設定は1974年となっています。
石油ショックや三菱重工爆破事件などなかなか騒然とした時代です。
女性の社会的立場とはまだあんなふうだったのかとすこしびっくりしますね。
25歳寿退社説や名刺がもらえない、企画は男性上司の名前で通っていくなど、今ではセクハラ、パワハラと言われかねないものばかりです。
そんななかで時代を切り拓いてきた女性たちがいた。
「3丁目の夕日」とはすこしちがって、懐かしい美しい郷愁ばかりでなく、リアルな痛みもあったことを描くものかもしれません。
夏川結衣はそれにしても今シーズン、フジ「無理な恋愛」と2本のヒロインとは、トップアイドル、トップ女優なみの活躍ぶりです。
NHKなど制作側にもファンが多いのだろうとなんとなく思ってしまいます。
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さて、画像は旧十六銀行徹明支店。1974年は映画「華麗なる一族」が公開されています。
映画は金融再編・銀行合併…非情なる金融社会を背景に親子の葛藤と生き様の格闘を骨太に描いたもの。旧十六銀行徹明支店はすこし規模は違うけど、「華麗なる一族」の万俵頭取が睥睨していてもおかしくない威容の建築物で、2階吹き抜け部分の周りが回廊というのかギャラリーになっていて、昭和の経済の雰囲気を強く感じさせますね。
イベントのときのみ開放されます。
高見沢みちる
「ねらわれた学園」は眉村卓のジュビナイル小説で、NHKの少年ドラマシリーズやたびたびの映画化、ドラマ化など、すこし筒井康隆の「時をかける少女」とかぶるものがありますね。
だからやはり薬師丸ひろ子、原田知世、村田和美などがヒロインを務めています。
不思議なのはヒロインの名前がいまいち思い出せないのに、パッと思い出せるのがライバルというか、敵方のヒロインの高見沢みちる。
美少女で生徒会長であり、影を背負った高見沢みちるのなのであった。
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作品はジュビナイルSFといってもかなり管理社会を否定的に描くものだったけど、今は自由のようで実は管理が当たり前のように慣らされてきてるのかもしれませんね。
いかに正義でも、便利なものでも過剰なるものには危険がつきまといます。
たとえば最近の商店街には監視カメラが導入されてところも多く、プライバシーを制限するものだけど、安全の声に抗することは難しいですね。
伝統的な共同体の絆を断ち、自由を得たがゆえに、不安や孤独にさいなまれ、結局は新たな安定を求めて「権威」に縋りつく(「自由からの逃走」エーリッヒ・フロム)。
昭和が懐かしく思われるのは少し貧しくても、不自由でも適度に楽しむ余裕があったからかもしれない。

今、もう一度「ねらわれた学園」をリメイクすることがあれば、ヒロインは高見沢みちるだろうか。
映画雑誌「バラエティ」
薬師丸ひろ子、長澤まさみ版を比較するなら、もうひとつ原田知世版がありますね。
まずテレビでデビューさせてみたいな安易なドラマでしたが、やはりセーラー服と機関銃の対比は、バラエティの表紙の如く、少年たちをときめかせたのだった。
そういえば「セーラー服と一晩中」というパロディもあったなあ。
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1980年には角川映画「復活の日」が公開されて、販促用に配られたのだろうか。
大きく特集されたバラエティ誌がなぜか、30冊くらいあるのだった。
原作の小松左京のSFはエンタテインメントではなく、社会問題を説得的に表現する文学というような扱いだったけど、科学技術、環境、社会のシステムが現実に問われる時代になって、もう一度再評価がされているのかもしれない。
「日本沈没」「復活の日」などはずっと前から日本や人類に警鐘を鳴らすもので、でも文学の世界ではだからこそ低く疎んじられてきたところがあります。
日本のSFはどちらかといえば文学の世界ではなくマンガやアニメの世界と寄り添ってきた。
いまでは文学そのものだってマンガの影響は大きいものとなってしまった。
「セーラー服と機関銃」きみはどっちだ
長澤まさみ版「セーラー服と機関銃」は、いくらなんでも少し荒唐無稽に過ぎたけど嫌いじゃなかった。
長澤まさみのセーラー服に意味があるのだ。
1980年を代表するアイドル映画でもあった「セーラー服と機関銃」(監督の相米慎二はそんなふうに思っていないかもしれないけど、俺の長回しを見てくれーとかね)は薬師丸ひろ子の人気が沸騰していた頃ですね。
角川の映画誌バラエティはいつも薬師丸ひろ子と原田知世が表紙を飾っていたのだった。
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原作は赤川次郎、当時は驚異的なベストセラー作家。
「仁義なき戦い」などの実録シリーズのあとを受けての作品でもあるけど、女子高生とヤクザという意外性とともに、目高(めだか)組という名前もヤクザ組織との落差を感じさせて新鮮だった。
こわもてとひよわさというイメージの落差はその後のアニメ、「無責任艦長タイラー」のそよ風、「機動戦艦ナデシコ」などの艦名だけでなく、戦艦の乗組員が女性、子供などにひきつがれている。
まあ、そよ風は海軍の伝統にもよるものだけど。
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薬師丸ひろ子は「3丁目の夕日」ような昭和のお母さんがあんなに似合うようになるとは思わなかった。
「うた魂」(夏帆主演、夏帆は「天然コケッコー」もそうだったけどやはり素朴な感じがいいです)で久しぶりに薬師丸ひろ子の歌も聞いたのだった。
薬師丸ひろ子もかっこいいと思ったけど、やっぱり長澤まさみかっこいいよなあ。
ドラマ「ラストフレンズ」もいきなり衝撃の展開だけど、いい女優だと思いますね。
でも上野樹里と二人のアイドル系女優をこう持ってきたのかとすこしびっくりした。
悪書も良書も分けることは出来ない
ヘンリー・ミラーは1980年に亡くなっている。
米文学の巨匠なのか、今はどういう位置づけされている作家なのかよく知らないのだけど、名前だけはよく知っている。
名前だけでなく、ちゃんと代表作「北回帰線」「南回帰線」も読んだのだった。
当時の風説によれば、すごいエッチな小説だというのだ。喜び買いこんで読んだのだけど、どこまで読んでもちっともそんなものは出てこないのだった。
すくなくともぼくには分からなかった。
ノーマン・メイラーの「鹿の園」もそうだったなあ。かくのごくとく性表現の捉え方は様々なのだった。
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むしろ、そういう好奇心は文学や映画など多様なものに親しむきっかけともなり、またつまらないと思っても最後まで読み通すという忍耐を学ばせてくれたのだった。
映画を見て原作を読むというのが多かったですね、翻訳ものは。
カポーティの「ティファニーで朝食を」も映画を見なかったら読まなかった。「冷血」も読まなかっただろう。
ヘンリー・ミラーは「クリシーの静かな日々」というのが映画化されているけど、これは見る機会がなかった。
あるAV女優は「村上春樹がペニスと書いただけで興奮する」と書いていたけど、そんなものなのだ、きっと。
技術が道徳を、法律が倫理を代行する
もっと以前にも「失われる原初的な能力、技術が道徳を代行するとき」として、池内了(早稲田大学教授)が技術偏重による視点から警鐘を鳴らしていた。
たとえば微生物によって分解される生分解性プラスチックの開発やクルマの速度制御装置、飲酒検出装置は、便利で安全につながるものだけど、ごみ捨ての意味、あるいは速度違反、飲酒運転に対する危険性などを道徳心の見地から危惧するというものです。
人間は動物を越えて社会性を持ったときから、ある意味その繰り返しでもありますね。
火を得たことにより食べ物の味は無限に広がり、人間の舌は進化しグルメという文化を生んだ(?)。いまさらこの進化を止めることはできないし、仮に今日失うものがあっても明日に希望を持って進む心を失ってはならないのだと思います。
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また技術だけでなくもうひとつ拠りどころともなるのは法律ですが、これもまた悩ましい。
法に触れなければ正しいことであり、脱法を付けばその法的整備を急げとなり、なにかこれでは倫理全てを法に委ねることなりつつあるようですね。
まあ、弁護士とか教師は現実を処理しなければならないから仕方がないのかもしれない。
その点、池田晶子はさすがに哲学者、言うことが違います。
「善悪は外にあるのではなく、人のなかにある」加えて「わたしは法律を守ろうと思ったことは一度もない、結果として守っているだけだ」と言い切っています。

「技術が道徳を代行する」と同様に「法律が倫理を代行する」というのも、どうよ。
本当に「人造人間キカイダー」みたく良心回路が必要になってしまうのだろうか?
それは誰が作り、誰が管理するのだ。

石ノ森章太郎 生誕70周年 DVD-BOX (初回限定生産)
発売日: 2008/07/21 定価 60,900円 
ちょっと欲しいですよね。
光あるところに影がある
呉智英といえば過激な発言でも知られる社会評論家。
マンガ愛好者としてもよく知られていますね。
昨今のいじめ問題でもずいぶん過激な意見を出していて物議をよんだのは記憶の新しいところです。
ずいぶん以前にだけど中日新聞のインタビューに答えていて
「差別しかない社会はもちろん暗黒社会ですが、差別をまったくなくしてしまっても逆の暗黒社会になってしまう。国民全員がニコニコして歩いていたら不気味でしょう。北朝鮮のパレードと同じです。全てに光が当てられたハイトーンな社会は異常です。顔に陰影があって人間がある。差別もあり差別と戦うこともある社会が人間らしい。さらに続けて「よく共生といわれるけど人間のネガティブな面と共生しなかったら、これはうそ。貧困や病気はなくならないし、差別もそう。差別を無理になくそうとするのは啓蒙の暴力、人間は暗い顔の時もあれば怒りをぶつけたいときだってある。不快感や嫌悪感というネガティブな感情は人間が生身である限りなくなりません。きれいごとだけにしてしまうのは不気味な社会です」
とだんだん持論の近代社会批判となっていくのですが。
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そういえば加藤秀樹慶大総合政策学部教授も「バリアフリーを見つめ直せ」と言っていて
「家の中も街の中もすべて真っ平に出来るわけはなく、雨や雪が降っただけでバリアーは生まれます。バリアーはある前提でどう生きていくかを考えてこそ、バリアーを低く出来るのだと思います」

釈由美子も言ってます。「ネガティブな性格も含めて釈由美子なんだ。私の人生は私のもの」と。
釈ちゃんは正しい!
画像はサスケ「光あるところに影がある」のナレーションは有名ですね。
サブカル受難のときは来るか
たしかに難しい問題ではあるけど、また一種の悪書追放運動が始まっている。
ぼくはずっとマンガもアニメもそして小説も映画も好きだったから、直接関わることはなかったけどその都度、その様子は知っている。
マイナー好きだし、世間的にはいささか引け目を持ちつつ、それでもずっと見続けているのは、マンガでいえば石森章太郎的な善悪を切り分けることは出来ないという、人間像をそれらから学んできたからかなあ。
文豪トーマス・マンだってルーブル美術館を訪れ絢爛たる巨匠達の作品を眺め、かくのごとく記した。
「人間は罪を犯してきた。獣のようにふるまってきた。しかもその間に絶えずこういうものを生産し続けてきたのだ。この場合、これらのものの、根源をなす人間の神的な部分と獣的な部分を区別するのは誤りではないだろうか。確かにこの両者は人間の全体よりほとばしり出るのだ」。
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仮に悪いものでも単純に二元論的に切り捨ててしまうのはどうなのだろうか。
ロボトミーのように切り取られてしまった人間に、魂を揺さぶるような創造は生まれるのか。
問題や悩みを取ってしまうのではなく、それに打ち克つ、まあ、勝たなくても立ち向かう知力というか、胆力を身につけることではないのか…なんてね。

画像は「 Lの世界 シーズン2」 DVDコレクターズBOX
最先端カルチャーの発信地・ウエストハリウッドを舞台に、レズビアンやバイセクシャルの女性が繰り広げるスタイリッシュな群像ドラマの第2シーズンBOX。
アメリカもなかなか面白い国なのだった。
学園ドラマに潜む伏兵、明日のスターは?
テレビドラマの黎明期から学園ドラマは定番中の定番としてあるのだけど、今シーズンも「ごくせん」が復活するなど相変わらず人気がありますね。
まあ、「ごくせん」はあのナベツネさんも見るくらいですからね。
学園ドラマの楽しみは明日のスター、アイドルの発掘というのもあります。
主演級はもちろん、すでに有名だったりするわけだけど、生徒の中にはまだ無名の明日のスター、アイドルが隠れていたりする。「ごくせん」の松山ケンイチなど全然気づかなかった。
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「名門私立女子高校」の南野陽子や学園ドラマじゃないのかもしれないけど、「スワンの涙」なんかは主演の宮沢りえも、ちょっと意地悪だった和久井映見、桜井幸子も楽しめます。
ヒーロー、ヒロイン以外の意外なところからも本当のスターは生まれてきますね。
昨今は宮崎あおい、長澤まさみ、沢尻エリカ、上野樹里、堀北真希、上戸彩、綾瀬はるか、蒼井憂、井上真央、相武紗季 、新垣結衣…さらには多部未華子、北乃きい、夏帆、成海瑠子、志田未来、大後寿々花など若手女優がものすごい勢いで生まれて来ているけど、必ず意外なところからも伏兵は出てきます(ほんとうにきりがないなあ)。彼女たちが伏兵だったりもしたのだ。
いまも学園ドラマのなかに潜んでいたりするのだった。
アンジェラ・アキの歌が届くわけ
久しぶりにミュージックステーションを見た。
もう正統な歌番組はミュージックステーションくらいなわけですね。
ほかにもあるけど、すべてトーク中心だったりバラエティ化してしまった。
以前は各局で音楽賞が競うように作られていた時代もあったのに、歌もコミュニケーションのなかに組み込まれてしまう存在になりつつあるのかもしれない。
でも歌も音楽番組もずいぶん変わってしまったけど、人間にとって歌、音楽の大きさは変わらない。
古来、哲学で語られるように人間は一人では生きられない。ましてや楽しく、人らしく生きていくためには夢や希望、あるいは絶望だって必要なのだ。
人間の根源的な欲求が生理的なものから始まり社会的な欲求に至り、より自己実現を目指すものであればさらにコミュニケーションは重要となる。
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音楽も映画も小説もそしてマンガもひとりじゃつまらない、みんなに伝えたいし、みんなで楽しみたいのだ。
アンジェラ・アキも言ってます。
「1万人を集めたライブをやっても、わたしはひとりひとりと1万回ライブしているつもりで歌いかけているのだ」と。まさしくディーバ。
懐古趣味のなかの「3丁目の夕日」「秒速5センチメートル」
このブログも1968年から現代までを映画やマンガ、小説、科学などを通して振り返りながら辿るものだけど、やはり「ALWAYS 3丁目の夕日」などに象徴される最近の昭和懐古ブームの影響もありますね。
人情にあふれ、希望を信じていたあの頃…、こうした気分は団塊を中心とした昭和世代だけでなく、平成世代にまで及ぶらしい。たしかに「3丁目の夕日」だって若い人もけっこう足を運んだのだ。
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また片岡龍東北大文学研究科准教授によれば、新海誠監督の「秒速5センチメートル」も1990年代後半から現代を描き、そこで扱われているのは少年の頃の、風景や時間の重みに対する繊細な肌触りといい、二度と帰らぬ日々、心の郷愁を描くものだ。
「ただ生活をしているだけで、哀しみはそこここにつもる。陽に乾したシーツにも、洗面所の歯ブラシにも、ケータイ電話の履歴にも」
山崎まさよしの『One more time, One more chance』という切ない歌にのって風景のみが愛おしく描かれるのだった。
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懐古趣味は後ろ向きのイメージがあって、とりわけ若い世代にはどうよってものだけど、もし衰退の時代というなら誰にも覆う気分なのかもしれないなあ。
片岡先生によれば、振り返ることで心の輝きを取り戻すこともあり、懐古に耽溺するようでは困るけれど、リフレッシュもできるのだろう。
「3丁目の夕日」「秒速5センチメートル」どちらも甘すぎて、美化されすぎという声もあるけど、美化されない懐古では心の拠り所にはならないのであった。
「続 3丁目の夕日」ではすこし大人ぽくなった堀北真希が各エピソードでもかならず登場し、堀北ファンにも楽しい作品となっています。

【DVD】ALWAYS 続・三丁目の夕日 豪華版
発売日: 2008/05/21  価格:  7,140円
【DVD】劇場アニメーション 秒速5センチメートル (Blu-ray Disc)
発売日: 2008/04/18 定価 5,775円 
2時間ドラマの衰退の向こうに
「土曜ワイド劇場」が1977年、「火曜サスペンス劇場」が1981年にスタートというから、いわゆる2時間ドラマの隆盛はこの頃から始まっている。
30年あまりが過ぎ「土曜ワイド劇場」は続いているけど「火曜サスペンス劇場」は終了してしまった。
もちろん視聴率の低迷が原因だけど、視聴者が長く複雑な物語性(とてもそうとは思えないけど)について行けず、視聴率が低迷したという分析が理由のひとつとしてあった。
確かにいいドラマでも「泣ける」「正義」などシンプルな構造になってきているような気がするし、アニメなども初回の視聴率が悪いともう、なかなか見てくれず第1話のつかみがものすごく重要になって来ています。
でも複層的な構造はかえって感動を妨げたりすることもあるけど、うまくいけば、より感動が深まるものにもなるはずなのだ。
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アニメ映画「パプリカ」などの今敏監督は言ってます。
「僕は、誰にでも理解できるものばかり作ることは、文化の崩壊を招くと信じているんです。 今は、テレビを見ていても、どこで笑えばいいか字幕が教えてくれる。自分の頭で考えない人が 日々製造されているんです。だから、僕の作品で、自分の頭で考えたほうが楽しいということも 感じてもらえたらうれしいですね」
この言葉は池田晶子のテレビ批評「人は考えるためには、一度は必ず映像を離れる必要がある。一方的に映像を受け取る習慣は考えるという人間を人間たらしめている根幹の部分を、気づかず摩滅させるのである」を連想させますね。
映像を受け取る「目の誕生」は生物に劇的な進化をもたらしたとも言われるけど、人を人とたらしめているのはなんだろうか。
まあ選挙なども争点を単純化、二元論にしたほうが盛り上がり、投票率も上がるからなあ。
1980年代頃まではアニメも少なくどんな作品でも見たときがあったけど、1年も見続けてようやく最後に面白くなるというものあるのだ。
まあどんな作品もあきらめず、投げ出さず、見続けることも肝要かと。
流行のレバレッジ・リーディングとは真逆なんだけど。
画像は「土曜ワイド劇場」から生まれた名作「相棒」。
神聖代
いや、まったく宗教の問題は難しい。
宗教が生まれて以来、絶えることなくまた争いも続いているのだから、もう不可分なものなのかもしれない。
「聖なるもの 俗なるもの」(立川武蔵著)は仏教思想を軸に異なる宗教が共存する道はあるのか探るもの。
たとえば一般に日本では葬儀を出した家には「忌中」という紙が張られ、死者の家族は「ケガレ」と考えられているけど、浄土真宗の一派では死者は「浄土に還った存在」ゆえに忌むべきものではない主張する。
「ケガレ」は捉えかた次第で「聖なるもの」にもなるのだ…
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1980年に上梓された「神聖代」(荒巻義雄)も不思議な物語です。
至福千年が終わりを告げようとした時代、至福千年をもたらした聖イジュチュールは最大の異端者ダルコダヒルコその人でもあった。
神聖試験、クララ館、4位一体、南方経典、自動人形、宇宙時計、神聖航路、快楽の園、そしてボッス星。
迷路を歩き回るような感覚にとらわれますが、その事象の地平にあるものとは…
機動戦士ガンダム
1979年には「機動戦士ガンダム」が始まっている。
ぼくもリアルに見た世代だけど、これほど作品になると誰もが熱い思いを語っています。
作家の福井晴敏(「ローレライ」「亡国のイージス」…)なども熱狂的ファンで、冨野監督に仲人までしてもらってるらしい。
ついでにいえば「ローレライ」の樋口監督と映画の趣味が完全一致したベスト3というのも「日本沈没」「新幹線大爆破」「太陽を盗んだ男」で、なるほどなあ。
ガンダム世代とはそういう世代でもあるのだ。
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ぼくは映画館の風景が思い出されるなあ。先着入場者にはセル画が配られたりして徹夜組が出た。
カメラのフラッシュがたかれるという光景もありましたね。
リアルな世界に踏み込んだアニメのさきがけだったわけですが、今やガンダムはさらに現実世界にリンクするような世界までに踏み込みつつあるような感じです。
米国国防省の研究グループでは宇宙で巨大太陽光発電を2050年までに商業化すると報告書が出ているし、報告書には「エネルギー資源を巡る国際紛争を回避、被災地や戦場にも電力を供給でき、戦争の死命を制する」とあるから、「ガンダム00」はかなりリアルな設定なのだ。

防衛省もまた真面目に研究開発を考えるわけで…
防衛省技術研究本部が行う「平成19年度研究発表会?防衛技術シンポジウム2007?」では「ガンダムの実現に向けて」とテーマも掲げられた。
先進個人装備システムとあってさすがに陸上装備であって空中戦、宇宙までとはいきませんが、ほんとうに実用に向かっているような感じですね。 
くわえて、日本機械学会の「技術ロードマップ」では、日本では2030年までに、自分の細胞から臓器を再生することが可能になり、ロボットが町工場で活躍。燃料電池自動車が走り回り、音声翻訳機も身につけられるほど小さくなる――。
交通・物流部門では、乗用車の平均燃費も改善、地球温暖化対策として、50年までに世界の車の4割が燃料電池車と電気自動車になり、残りの大部分がハイブリッド車になるとしている。
まあ、核融合のようにオーバー・ザ・レインボー(虹の彼方にのようにいつまでも届かない)みたいのもあるからわからないけど。