理系・文系を重ねて見る光景は
ローリング・ストーンズ
映画「太陽を盗んだ男」で犯人が要求したのは、「試合終了までのTVナイター中継」と「ローリング・ストーンズ日本公演」。
当時の国民的スポーツだった野球は視聴率も高くその要望も強かったし、ローリング・ストーンズは若者に熱狂的なファンを持っていた。
いずれも実現するものになっていくけど、当時は誰も本気で考えなかった。
夢の実現には科学技術的な裏づけが必要なほんとうに今では不可能なものと、実は可能だけど思い込みというか時間的熟成を待たないと実現しないものがありますね。
心の準備が出来ていないと大絶賛か大批判のどちらかになる可能性が高く、さらにどちらかといえば大批判になるのだろうし、関心事として薄いものであれば無視されるのだろう。
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ローリング・ストーンズの日本公演は1990年になって実現した。
40年を越えてなお現役のロック・バンド。
画像はローリング・ストーンズが1981年に行った全米ツアーの模様を記録したドキュメンタリー映画で、監督はハル・アシュビー。Let's Spend the Night Toghetherとサブタイトルがついている。
今年の第58回ベルリン国際映画祭のオープニング作品は、マーティン・スコセッシ監督によるローリング・ストーンズのライブドキュメント映画「シャイン・ア・ライト」だった。
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睡蓮の教室
今年の北京オリンピックは大丈夫なのだろうか。
環境や食の問題、チベットの人権の問題も出てきてしまった。
ぼくは知らなかったのだが毛沢東の時代には、三大規律八項注意というものがあったらしい。
まあ文化大革命時代のことだから、大半は権力闘争の名目に過ぎなかったのだろう。
ルル・ワン「睡蓮の教室」は中国の文化大革命時代を背景にするもので、小説だからどこまで真実なのかは分からないけど、そんな文革の嘘っぱちを辛辣に批判するものになっています。
でもどんな国でもどんな時代でも疾風する青春と、友情は鮮烈に美しいものがあると思わせる青春小説、少女の成長の物語なのでした。
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ちなみに「三大規律」とは
・命令には服従
・民衆のものは針一本糸一筋もとらぬ
・敵や地主からとったものは公のものにする
 
「八項注意」とは
・言葉はていねいに  ・人に暴力を行使しない
・買い物は公正に    ・農作物を荒らさない
・借りたら返す      ・婦人をからかわず乱暴しない
・壊したら弁償する   ・捕虜をいじめない

3大規律はともかく、八項注意ってあまりに当たり前すぎません?
コンピュータらしからぬ「ボナンザ」の妖しい一手
もう連載が終了してしまったけど、日経新聞に大崎善生「将棋ライバル物語」というのがあった。
将棋においては1970年代は中原誠VS米長邦雄の時代ということになるだろう。
もちろん、その前は大山康晴VS升田幸三であり、そのあとは羽生善治VS谷川浩司になるわけだけど。
やはりライバルとは運命的に出会うものだろうか、読んでいると大山には升田、中原には米長、羽生には谷川という組み合わせがいちばんと思えるのだった。時代を変えて組み合わせるのも面白いだろうけれど。
さてもうひとりというか、ひとつというか割って入って欲しいのが最強の将棋ソフト「ボナンザ」ですね。
去年の3月に将棋ファンには見逃せない対戦があったのは、渡辺明竜王に最強の将棋ソフト「ボナンザ」がハンディキャップなしの平手で挑むというもの。
その観戦記を羽生善治3冠がやはり日経新聞に載せていたのだけど、最近の将棋ソフトの技術は飛躍的に向上し、演算処理能力もすごいらしいのだ。
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「ボナンザ」は東北大学院で理論化学を研究する保木邦仁氏が開発したコンピュータ将棋ソフトで、従来のソフトが高い評価の見込める手だけを読んでいたが、ボナンザは全ての手を読む全幅検索を採用し、2006年5月の「世界コンピュータ将棋選手権」では初出場で優勝した最高のソフト。
将棋は取った駒を再使用出来るなど指し手の選択肢が格段に多いため、チェスなどと比べ遥かに高度なプログラムが必要とされていて、それでも大善戦というからもうなかなかなものなのだ。
コンピュータらしからぬ妖しい手も繰り出すらしいから、これからは質的にも量的にもきっと強くなってくる。
升田幸三と戦ったらどんな怪しい手を繰り広げることになっただろうか。
でもいくら複雑な将棋といってもルールがあって必ず厳然たる勝敗がつくものですね。
人間社会にももちろんルールはあるけれど、ルールも時には変わり、時には破られ、勝者は敗者ともなり、また、地球・宇宙の自然にも翻弄されて、それも抱合しながら進む世界でコンピュータの発展はこれからどう役割を果たすのだろう。
それにしても人間ってやっぱりすごいよ。
画像は「しおんの王」。原作は米長邦雄の内弟子でもあった林葉直子。のち中原誠の不倫でも話題になった。先崎学とは内弟子仲間らしいから将棋界ってほんとうに面白い人が多いなあ。
ちなみに先ちゃんこと先崎学も「3月のライオン」(羽海野チカ、ハチクロの人だよ)で将棋監修をしています。いずれも面白いです。
太陽を盗んだ男
1979年、邦画ではくしくも「カリオストロの城」と並んで、もう一本の傑作「太陽を盗んだ男」が公開されいる。
今ではいささかカルトムービー的傑作の扱いだけど、なんといっても東宝が配給しているし、主演はあの沢田研二なのだ。
カルトと呼ばれるゆえんはそのテーマ性(なにしろプルトニウムを盗み出し、原爆を作り日本政府を脅迫するというアナーキーな作品)であることと、監督が長谷川和彦だったということにつきます。
長谷川和彦は結局、この「太陽を盗んだ男」と「青春の殺人者」の2作しか作らなかった。
待望する人が多かったのにチャンスもあったのに作らなかった。
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作家でタイプも全然違うけど、「赤頭巾ちゃん、気をつけて」など「薫くんシリーズ」4部作など書いて筆を置いた庄司薫に近い頑なさを感じます?
さて、「相棒」の水谷豊はその「青春の殺人者」に主演していて、「太陽を盗んだ男」にもチョイ役で出ています。
ジュリーとともにカルトな人たちに愛される人なのです。

画像は「太陽を盗んだ男」特大ポスター(120×180、拡大できます)。欲しくてたまらなかったのだなあ。
スター・ウォーズ
いちばん繰り返し見た映画といえば「スター・ウォーズ」かもしれない。
映画館でも繰り返し見たし、TV放映でもDVDなどでも繰り返し見ている。
1978年の公開だけど、当時はシネコンみたいなものはなく、入れ替えもなく一日中見ていることも可能だった。まあ、すこしいやな顔をされることもあったかもしれないし、混んでいるときはさすがに遠慮したりはしますけど。やはりダース・ベイダーの存在が深みをもたらしましたね。
そしてあの映像はのっけから夢中にさせてしまうものだった。
ちなみに東海地方は2本立て興行が普通で、一度に2本新作が見られるというお得な土地柄だった。
意外に期待していなかった併映作品がよかったことも多くあって、いまはそういう偶然のめぐり逢いがないのは残念かもしれません。
でなければ「きんぽうげ」など絶対見てないはずだけど、メインだったはずのもう一本の映画は実はもう覚えてなかったりします。
同年では「ディア・ハンター」「ブリキの太鼓」いう名作も見て感動もするけど、ミーハーなぼくは繰り返し見るのは「スター・ウォーズ」などエンタテインメント作品になってしまうのだった。
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もちろん、ポスターなども集め、B全ポスターや看板用のでかいポスターもあったのだがもう見つからない。
東宝の「惑星大戦争」なら看板用のポスターがまだありますが。
新3部作の第1弾「ファントム・メナス」の公開のときもワクワクしたなあ。
このときは劇場にかかっていた超特大(シルクスクリーン?)の布製の垂れ幕ポスターを手に入れたのだけど、もう繰り返し見ることはなかった。
石ノ森章太郎
今週NHKBSで大特集をしているのが、石ノ森章太郎。
時間があれば見たいのだけど、さすがに見れないなあ。
たまたま見たのが「イナズマン」の「バラバンバラはイナズマンの母」.で監督は石森章太郎だった。
なかなか強引な解釈もあったけど、思い入れは分かるような作品です。
昨日は「ポワトリン」マニアックです。
ぼくはやはり「サイボーグ009」「竜神沼」「ミュータント・サブ」かなあ。
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今日は「空飛ぶゆうれい船」「星の子チョビン」「幻魔大戦」とありますね。
「空飛ぶ幽霊船」といえばボアジュース(飲んではいけません、溶けてしまいます。そういえば某アニメでもボアビールが出てきたなあ)。
劇中でCMソングも歌われるのだけど、単純な曲だけどなにかインパクトがあって1回聞いてしまうと繰り返し残りますね。ごっくん、ごっくりこのボアジュース…。
アニソンって今はそうでもないけどもともとは子供向けだから、メロディもシンプルで作曲家もその特性を心得て作っていたから、アニメとともに歌にも夢中になったりします。
それはまた大人になっても抜けきるのもでもないらしい。
先の某アニメのボアビールとは隠すまでもなく「エヴァンゲリオン」のことだけど、コーヒー缶は作られましたね。
コーヒー缶には「飲んじゃダメだ」、オレンジジュースには「LCL注水完了」
さらにBOX箱には、碇指令「飲むなら早くしろ、でなければ帰れ。」
その裏面では、シンジ「中身もわからないのに こんなの、飲めるわけないよ!!」
この時代、もうなかなかジョークも言いづらくなってきたような気もするけど…。
でも思い知らされるのは歌がそうであるように言葉と声の魔力。
マンガ・アニメのような、まず絵ありきの世界においても言葉は、その声とともに僕たちの心に深く残ります。

多部未華子
今シーズンのドラマは昨日の「薔薇のない花屋」で全て終了した。
ぼくがいちばん楽しかったのは以前にも紹介した「鹿男あおによし」でしたね。
やっぱり古都はよくって、ただ見てるだけで和みます。
そんな設定だからでしょうか。
リチャード(児玉清)が「そうです、わたしがねずみの使い番です」と真面目くさって言って、何事もなく普通に会話が続いていく面白さは出色です。
古都奈良では鹿と話そうが、マイ鹿だろうが日常に馴染むのだった。
それにしても大塚寧々をここに持ってきたか。
児玉清って最近はインテリで読書家で役柄もそのままのイメージのものが多いのだけど、久しぶりに小悪党と楽しそうに演じていたなあ。あの目の感じが胡散臭そうでいいです。
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堀田イト(多部未華子)もよいなあ。 凛とした少女ですね。
ボーっとした藤原先生(綾瀬 はるか )もよいけど。
凛としたもの、のどけきものがふつうに混在するのが古都奈良なのか。
そして、たしかに鹿は高貴でなかなかに美しいような。
古都奈良を、その遺跡を守るのは文化庁ではなく、日本を災害から救うのも日本政府ではなく、鹿、狐、鼠、そしてそれぞれ選ばれた使い番、運び番なのだった。

画像は多部未華子のデビュー作映画「HINOKIO」(堀北真希も共演した)。
遺跡続きでこんな話になってしまった。
2000年古代ローマの遺跡を守り続けたカリオストロ公国
さて、その大傑作「カリオストロの城」の最大のお宝は、実は古代ローマの良好に保存されていた遺跡でした(クラリス姫という説もあるけど)。
カリオストロ公国でなくても遺跡の保存は大変らしい。
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湖底ではなく火山灰に埋もれて保存されたのがポンペイ、紀元前1世紀にローマの属国となり、79年8月ヴェスビオス火山の大噴火により壊滅、火山灰に埋もれた。
18世紀になって発掘され、街がまるごと姿を現したのだが、大噴火というあまりに劇的な壊滅だったため、当時の建物はもちろん風俗、逃げ惑い恐怖の様相も鮮やかに残り再現されている。
なかでも壁画は数多く発見され、掘り出した当初は色鮮やかだったが、空気に触れ酸化し、急速に色調が衰えた。
かつては蝋を塗って空気を遮断する方法が採られたけど、実は逆効果だったらしく今はまた別の修復が行なわれている。
日本の高松塚古墳の美しい壁画はこれら海外の修復技術を参考にしながら、無責任な文化庁のお粗末な保管体制でわずか30年で劣化してしまった。
壁画異常の放置、壁画損傷の隠蔽などもあっても文化庁は「保存作業の明らかな失敗はない」ないといっているらしいですね。
今の技術もベストかどうかは分からない。でもその時点での最善の保存・補修続ける気のない文化庁ってなに?
闇を生んでも2000年の長きに渡って遺跡を守り続けたカリオストロ公国のほうがましではないか…とルパンも銭形も嘆くに違いない。
インターポールの出番もないしなあ。日本のクラリス姫はどう思うのだろうか。


カリオストロの城
画像をクリックしてください。でかいですよ、このポスター。
宮崎駿作品のなかでいちばん好きなのはなんだろうと問われれば決めるのは難しいけれど、その思い入れの度合いは具体的に示せるのかもしれない。
「カリオストロの城」(特大ポスターを部屋に飾っていた)、「風の谷のナウシカ」(映画のチラシの裏に広告を入れた岐阜柳ヶ瀬劇場)、「となりのトトロ」(初期のB全ポスターを持っていた、サツキがメイをおぶってなくトトロの横に佇むもの)ですね。
「魔女の宅急便」「天空の城ラピュタ」もなにかしら持っているものなあ。
やっぱり甲乙付けがたいのだった。
この画像の「カリオストロの城」特大ポスターはもうかなりボロボロで焼けてもいるけど、お気に入りで長い間部屋に飾ってあったもの。
1979年の公開だけど、このときでも作品は一部で評価されただけで、のちに大ヒットメーカーとなるとはまだ誰も思わなかったのだった。
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ジブリをずっと支援し続けた徳間書店の徳間康快は筒井康隆の筒井日記にもあるとおり、すこしというかずいぶん怪しい人なのだけど作品は大切にした。
それが最終的に正しかったのは今のアニメの隆盛が示し、実際徳間書店はジブリに救われている。
稲垣足穂 ボーイズラブの原点
ボーイズラブなるものがふつうに書店の書棚にあることを誰が予想しただろうか。
あの少年愛の大家 稲垣足穂も予想しなかったに違いない。
稲垣足穂は特異な文学性もあって文壇から遠く外れたところにいたけど、『少年愛の美学』で第1回日本文学大賞を受賞を得て(三島由紀夫が後押ししたらしい)、一般にもずいぶん知られるようになった。
「一千一秒物語」が有名ですね。
ほかに人間の本質を口から肛門という空洞に見立てた(その周りに骨、肉、血管が取り巻いて皮で覆われたのが人間、つまり人間の中心は空洞なのだ)という「A感覚とV感覚」などの怪作も書いています。
美少女も美少年も形無しだなあ。
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また稲垣足穂は貧乏でも有名で(まあ、当時売れるわけがない)、あるとき黄ばんだ破れ障子見て、「あの障子紙、炙ったら焼き海苔の味にならんだろうか?」と言ったという話があって、ぼくはあまりに突拍子もなく、でもいささかそのような気もして、実は試してみた。
ならんのですね、これは。試してみたから間違いありません。
1977年、稲垣足穂は亡くなって、別冊新評「稲垣足穂の世界」が出ています。

太宰治も表紙を替えて売れているらしいけど、今の時代にこれほどマッチした作家はいないのでは…。
なかでも「一千一秒物語」は題名も素晴らしいけど、めちゃくちゃファンタジーな掌編集なのです。

画像は「タクミくんシリーズ」(ごとうしのぶ著)からついに実写映画化された「そして春風にささやいて」から。
シリーズ15周年、400万部というから、タルホくん生きていたら何というかなあ。

【DVD】タクミくんシリーズ そして春風にささやいて  
2008-04-25  4935円
ぜひ、稲垣足穂の著作も並べておきたいものです。
噂の真相
1978年には、あの「噂の真相」が創刊されています。
もともとは「マスコミ評論」という雑誌の編集長をやっていた岡留安則が発行人ともめて独立した。
読者にも支援を求めるようなことが創刊準備号には書かれていたりした。
事情で今は休刊となってしまったけれど、賛否は山ほどあったけれど、あれほど売れる雑誌になるとは思わなかったなあ。
ぼくはすこし雑誌マニアでもあって、一時いろいろなマイナー系雑誌(東京おとなクラブ、面白半分、話の特集、絶体絶命、やんろーど、ぱふ…)を読んでいたのだった。
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一度だけ、「噂の真相」に寄稿したことがあって、ルポが載ったことがあった。
映画館に勤めているころで、宣伝も兼ねようという気もあったのだろう。
「地方都市2番館事情」というのを日記調でルポしたのだった。
甲斐もなく、その後まもなく閉館してしまったのだけど。
商業原稿など一度も書いたことがないし、確か一度くらいの電話のやり取りで決まって、掲載原稿も修正もなくそのまま載っていたのだった。
いくら「噂の真相」とはいえ、あの頃だったからまかり通ったのだろう。
でも原稿料もまちがいなくいただきましたね。
記事もすごかったけれど、大手雑誌なみの豪華執筆人(筒井康隆、ナンシー関、高橋春男、筑紫哲也、本田靖春、斎藤美奈子 など)を揃えたコラムは雑誌のひとつの正当な評価でもあった。
2番館はなくなってしまったけれど、映画は娯楽としてシネコンという装置とともに復活した。
全日本冷し中華愛好会
ぼくが初めてファンクラブに入ったのは筒井康隆の「筒井倶楽部」だった。
発足からすぐ入ったのだから1976年のことだろうか。
SFの世界では作家とファンの関係性が強く、けっこうサイン会というか、囲む会みたいなものがあったし、ファングッズ(虚構船団の特製本、木箱入り裏小倉かるた、冷中会の会長の頃には中華皿というのもあった)も作られていたのだった。
いつだったか、筒井さんに欠陥大百科という本があるのだけど、たまたまぼくの買った本には奥付の日付に間違いがあって、10年先くらいの年号だった。
未来には埋没してしまう印刷ミスなので、いつでも証明できるようにサインの折に日付を入れてくださいとお願いしたら、「おお、そうだね、今年は鳴門元年だ」と、普通の人にはわけの分からない元号を入れられてしまった。
1977年初代山下洋輔会長に引き続いて筒井康隆は全日本冷し中華愛好会の2代目の会長に就任し、元号も冷中から鳴門に変わっていたのであった。
一体、何人が知っているだろうか。
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そのスポンサー?だったのがヒゲタ醤油。東海地方ではなじみがないけど、初めて知ったのだった。
ヒゲタ醤油、今や伝統の醤油技術は最先端のバイオテクノロジーともなり、羊毛の採毛技術となっている。
もうバリカンで採毛しないらしいのだ。
また筒井さんの囲む会には山下洋輔トリオの坂田明、中村誠一さんが来たこともあった。
ドラムの森山威男さんは岐阜で活躍されていますね。
岐阜には筒井さんも足を運んだジャズ喫茶「GHOST ?」(銭屋の裏にありました)もあったのだった。
「エディプスの恋人」は1978年の代表作。
混沌の王を殺すな「ガリレオ」
顔の造作のない帝王「混沌」は7つの穴(目・耳・鼻・口)を彫ったところ、混沌は死んでしまった。
「目鼻が付かないうちがいちばん面白い」とノーベル賞を受けた湯川秀樹博士が作ったのが「混沌会」で、会では「荒削りでも将来発展しそうなアイデアを大事にした」らしく、理論的不備をつく指摘には、湯川は「ここはアイデアを議論する場だ、つぶすのが目的ではない」と席を蹴って退出した。
「ぼくらは難問に挑んでいるんだ。多少のほころびはあっても志の高さを評価しよう」というのだ。
「物理は一つ、自然は一つ」。これも当時の物理学が素粒子・宇宙論・物性などへの専門化が始まろうとしており、湯川は「自然は(研究領域ごとに)別々に動いているわけではない」と忌み嫌ったという(日経新聞)。
日本のノーベル賞といえばまず物理学、とりわけ1970年代までは5つのノーベル賞のうち3つが物理学賞だった。
あらゆるものが細分化した現代、目鼻をなんでも付けたがる時代、死んでは元も子もないよなあ。
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さて、何度も何作も映画化・ドラマ化される東野圭吾ですが、なかでも待望された人気連作ミステリー「探偵ガリレオ」。
もう小説については面白さは保証付ですが、TVドラマもマニアックで面白かったですね。高視聴率で映画化も決まって、そしてDVD-BOXの発売も決定した。
これは売れそうです、いや絶対に売れますね。
まあ、あまり明確な根拠も示さずに言うとわれらが主人公の物理学科助教授 湯川学に「根拠は?」「物理学的に証明しろ」と言われそうですが…。
すべての事象は物理学的に還元できるのある。湯川秀樹に利根川進が混ざってるような感じです?
理系の方にもオススメの1冊であり、DVD-BOXです。理系、物理学の復活なるか!
各話のゲストも豪華で楽しめます。

「ガリレオ 」DVD-BOX  発売日: 2008/06/13   定価 23,940円
「仁義なき戦い」と目高組
ヤクザ映画の傑作「仁義なき戦い」は1973年に始まり、続々と作られ1974年の完結編まで5作が制作されています。
その後も「新・仁義なき戦い」などくり返し制作され、タランティーノやジョン・ウーなど世界の映画界にも大きな影響を残しました。少し怖くて映画館ではあまり見ることはなかったけれど。
もともと時代劇の頃からヤクザというか任侠道を描く映画は多く、そして人気もあったのは、日本では大衆の世界にもなにかしら多く結びつくものがあったのかもしれない。
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「たかじんのそこまで言って委員会」はよくタブーな世界を取り上げるけど、暴力団の世界もなかなかすごいことになっているらしい。
ゲストの元公安調査庁の部長氏によれば、暴対法は抗争の抑止にはなってるけど、組員が匿名化したことで把握できなくなっており、また表社会にも進出を促したという。
まんざら「セーラー服と機関銃」の任侠道を守った目高組の衰退(昔ながらの祭の仕切りや揉め事の仲裁など、ほぼ真っ当なしのぎも否定されてしまい、生き残るためには他に活路を求めざるを得なくなった?)も嘘ではないらしい。
日本のヤクザにはそういう仁義な面もあり、たとえば神戸の大震災の折、最初に炊き出しを行なったのは山口組で、清水の次郎長以来の伝統がまだ息づいているらしいのだ(日ごろ御迷惑をかけているので、非常時にはお役に立とうという事らしいです)。
その点、中国・中南米・ロシアなどのマフィアは完全なる犯罪組織で…なんていう取りようによってはいささか擁護論もありましたね。
まあ、なんにでも裏表はあるから正義の原則は守らなければならないけど、裏面も認識しつつ進めるべきではあるかもしれません。
ついでにいえばマンガ・アニメなどにも負の側面にばかり目を向ける向きがあるけど、こちらの原則は明確に表(文化・教養)にあります。日本は二元論に縛られることなく、多様性を認める文化だからこそ豊穣な文化・文明を作ってきたのだったはずなのだが…。


口裂け女
大塚英志の著書「怪談前後」は「遠野物語」で知られる民俗学の祖 柳田國男の怪談・奇談をめぐる交遊録ともいうべき本です。
山男、山女、河童、座敷童子などファンタジー、ホラー全盛の今、日本人がふつうに共通認識としてあるのは読んでいようがいまいが柳田民俗学のおかげです。たぶん。
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1978年といえば新たな都市伝説「口裂け女」が登場した年でもありました。
それにしてもこの都市伝説「口裂け女」は、もちろん遠野で生まれたものではなく、ここ岐阜で生まれた伝説といわれていますね。
岐阜も「ひぐらしのなく頃に」の白川郷、泉鏡花の「夜叉が池」など奇談をめぐる場所に事欠きませんが、都市伝説においても「口裂け女」という、世界にまで波及した奇談の発祥地なのだ。
日本のトランシルバニアとして観光立県とならないか。
画像は映画「口裂け女」。水野美紀が怪演している。女優の鑑だなあ。
そういえばドラマ「花村大介」でヒロインを演じていたけど、ビッグマウスならぬビッグスマイルと呼ばれていたのだった。
「女子アナ」などもよかったけれど、最近は「真・女立喰師列伝」 バーボンのミキなどマニアックな世界に回帰しています、さすが。
永作博美
TBSドラマ「青い鳥」で夏川結衣と共演していたのが、今いちばん人気のあるらしい永作博美。
アイドルグループribbonの出身ですね。
去年ポニーキャニオンから発売された「ぼくらのベストSINGLES」シリーズは、主に80年代のアイドルを特集したもので、「田中陽子」「斉藤由貴」「うしろゆびさされ組+うしろ髪ひかれ隊」「木之内みどり」「Babe」『石川ひとみ」「岡田奈々」…、さらに「ribbon」だけでなく「永作博美」まである、その世代にとってはちょっとしたお宝CDなのだった。
でもこうしてみるとribbonの「リトル☆デイト」(アニメ「らんま1/2熱闘編」主題歌)をはじめ、当時のアイドルはけっこうアニソンも歌っていますね。
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永作博美は女優に転じてからもう長いのだけど、映画『人のセックスを笑うな』でデビュー年目でついに初主演。
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』でブルーリボン助演女優賞など4冠など、急に人気が浮上した感じがありますね。共演した松山ケンイチも蒼井 優もファンのような感じでした。
密かに長いファンとしては嬉しいような、寂しいような…。
ドラマ「青い鳥」のあと、仲がよかったのだろうか「永作博美・夏川結衣の魅惑のベトナム滞在記」という番組もあったなあ。
もう一回、ぜひ見たいのであった。
夏川結衣
1978年下半期の直木賞は宮尾登美子『一絃の琴』。
映画「鬼龍院花子の生涯 」、現在放送中のNHK大河ドラマ「天璋院篤姫」 など、波乱に満ちた女を描く物語性は小説はもちろん、テレビ・映画にも向くらしく多くの作品が映像化されています。
夏目雅子の鬼龍院花子にかける思い入れは尋常でなかったともいわれ、確かに鬼気迫るものがあった。
のちに迫る死の予兆があったのかもしれない。
宮尾登美子は女優を選ぶのだろうか。よく宮尾作品に登場するのが、夏川結衣ですね。
イメージはちがうとも思うのだけど、夏川結衣は「夏目雅子物語」で夏目雅子を演じていて、すこし不思議な縁を感じさせますね。
強く印象に残るのはTBSドラマ「青い鳥」。
あの美しさはたしかにそれまでの人生を捨てる価値があると思わせます。
そして宮尾作品「菊亭八百善の人々」でまた全然違う夏川結衣を見たのだった。
「結婚できない男」の女医先生も楽しかったですね。
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また小品好きでもあるのだろうか、思わぬ作品に何気なく出演していたりします。
去年も「天然コケッコー」(夏帆がいいです)を見に行ったら、ふつうに母親役で出ていて妙に気になる女優なのだった。
失われた技術 四則計算機
去年だったか、ギリシャ南部でアンティキチラ島で見つかった紀元前2世紀のものと見られる青銅製の塊が、実は四則計算の出来る世界最古の計算機だったというニュースがあった。
それによれば装置は月食や日食がいつ起きるかや、月と太陽の位置も予測、これを上回るほどの精巧な装置は1000年以上発明されなかったらしい。
SF好きにはオーパーツ、「バビル2世」のような宇宙人の遺物かと連想してしまいますが、やはり人類の発明なのだろう。
でも紀元前2世紀といえば世界史ではハンニバルの頃だなあ。そんなものがすでにあったのだ。
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人間って文化的成熟度は有史以来そう変わるものではないようにも思うけど、文明的には飛躍的な進歩を遂げたはず。
でもこの四則計算機をみるとそうでもないのかもしれず、技術的伝承は一度失われると再び取り戻すことは非常に困難だということを示しますね。
誰かが言っていたのだけど、映画「メリーポピンズ」(1964年制作)でメリーポピンズが空から降りてくるシーンがあって、まあ、よくある特撮と思うけど、実はどう撮影されたのかよくわからないのだといいます。
CG全盛の映画界ですが、古典的な特撮技術はきっと失われますね。
宮大工のように技術伝承の方法を考えないと…。セルアニメも一緒だけど。
桜子、結核に死す
その宮崎あおいが演じたNHK「純情 きらり」の桜子は結核で死んでしまった。
原作がそうなのだから仕方ないけど、朝ドラとしては悲しい結末でした。
結核は20年にストレプトマイシンが出来るまで治療法がない死の病といわれ、怖ろしい病気だった。
でも新撰組の沖田総司や作家樋口一葉、正岡子規、宮沢賢治、立原道造などの文学史残る人々、小説「風立ちぬ」「月よりの死者」のイメージもあるのだろう。
ロマンチックな香りが漂い、美しい響きさえありますね?
コレラとかチフスとか同じ大病で感染病なのに差別的ですらあります。
やはり美少女は結核か白血病で、療養するのは信州のサナトリウムなのだ(今はともに不治の病ではありません)。
コレラでは純愛は難しくパニック小説・映画になってしまいます、たぶん。
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結核は今でもあり、最近でも知人で罹患した人があってやっぱり文化的知識人でした。
全快されていますが、やはり療養期間は長くかかるようです。
映画「リング」でもクラシックな天然痘という病気が出てきますが、ペストだってまだ絶滅されず、HIVのような新しい病気は出てくるし、やはり美しい病気などないのだ。

画像は山口百恵 ・三浦友和 主演の「風立ちぬ」。1976年の公開だった。
ヒロイン
NHK大河ドラマ「篤姫」が好調です。まあ、いろいろ揶揄する声もあるけれど見てて楽しいです。
これからはいよいよ波乱万丈の展開ですね。
NHKの朝ドラ「純情きらり」が朝にふさわしくさわやかだったのは、やはりヒロインが宮崎あおいだったからだろう。
で、思い出されるのが「芋たこなんきん」。ヒロインは藤山直美だった。
まあ、朝ドラに何を求めるかに関わるのだけど…。
演技はもちろん上手い藤山直美、そして国村隼、さらに原作は田辺聖子だし、面白くないはずがないのだけど、あまりさわやかというわけにもいかない。
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大阪制作の朝ドラにはこういうのもあるし、実際、面白いし視聴率だってそんな悪くないのだ。
ところが、そんな「芋たこなんきん」でもまったく変わってしまったことがあった。
少女回想編でまったくテイストが変わってしまっていた。
子供回想編は藤山直美を思わせる子役だったけど、少女回想編は1万光年くらい離れているような可憐な少女となってしまった。
お母さんも楚々とした鈴木杏樹だしね。
ヒロインで景色が雰囲気が見事に変わってしまうという、わかりやすい稀有な例かもしれません。
残念ながら?またいつも通りの景色に戻ってしまったけれど。
命短し 恋せよ乙女、夜は短し歩けよ乙女
黒澤明監督の名作「生きる」で印象的なのは、ブランコに乗って歌われる哀切な「ゴンドラの歌」ですね。

命短し 恋せよ乙女 紅き唇 褪せぬ間に
赤き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日の 無ひものを

森見登見彦の傑作「夜は短し歩けよ乙女」も哀切極まりないものです。
やはりモテない男を描いた傑作「太陽の塔」に連なる恋愛小説の大傑作です。
モテない男はかくもかくも純情なのか、そして限りなく偶然を装い出会いを頻発させる男の不断の努力を見よ。
「ま、たまたま通りかかったもんだから」ちう台詞を喉から血が出るほど繰り返す私に、彼女は天真爛漫な笑みをもって応え続けた。「あ!先輩、奇遇ですねえ」
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(乙女には幸福を、男には試練を)(片想いクサレ大学生、無用の活躍)とは著者の言葉、泣けますねえ。
「星の王子様」ではいちばん大切なものは目に見えないとあって心を打ちますが、モテない男の妄想となると(あまりに純化されていて目に見えない)情けなく笑えてしまうのはいささか不合理です。
マンガ、アニメにかける想いも同じでしょうか?
外部からは見えなかったり、情けなかったり、笑えたりするものかもしれないけど…
僕たちにしか見えない、これは試練なのだ。
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昨日紹介した児童年鑑はすでにありませんが、児童の幅広い教養はなお向学心となり、功罪はあっても戦後の比類ない発展をもたらしました。

「児童年鑑1952」編集だよりから。
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1952年は日本が世界の嵐の中に、独立国として船出する重大な年です。
でもそれはお父様、お母様、お兄様方、大人に任せておきましょう。 
あなたは、少年少女はあなたの道を行くのです。
勉強する賢い丈夫な少年少女、あなた方の日本が、どうして立派な国にならずにいるものですか。
日本の希望であり、祖国のすべてである少年少女、あなたの上に限りない幸福を祈り、輝く前途の栄光を期待します。

1952年はこういう年、こういう風景でもだったのだ。画像はやはりこの年に公開された「生きる」。
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昨日、たまたまテレビを見ていたら、NHK「日本の、これから、<大丈夫ですか?日本人の学力>技術立国の危機…」というスペシャル番組をやっていて大激論を繰り広げていた。
大激論になるくらいだから、つまらないことを含めて教育はいつの時代も難しいのだね。
そろそろ実家を取り壊すことになっているのだけど、貰って来たもののひとつに1952年の野ばら社発行の「児童年鑑」があります。
さすがにぼくのものではなく、叔父や年長の従姉妹のものだったと思うけど、以前にも少し触れたけど内容がすごいのだ。
けっこうカラーページがあったり、もしも星へいけたらというページではこれまた絵付きで子供の興味を引くような作りになっていたり(ちなみに太陽までは汽車で85年4ヶ月、V2号で3年とあります)、地図などには特産品、名勝が描き込まれたり、野菜果実・魚介類出回期など見やすく面白い工夫に溢れていて、児童向きではあるのだけど…。
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かたや、戦後間もないとはいえ、日米安全保障条約・北大西洋条約・国際連合憲章・日本国憲法の条文がざーっと並び、主な法律の要点として皇室典範・教育基本法・地方自治法・民法・刑法・公職選挙法・軽犯罪法まで記載されています(児童年鑑ですよ)。
年表・歳時記・当用漢字一覧、また各種資料の豊富さ、楽しさは編集者の志の高さを感じさせます。
「こころの花園」というページでは万葉・古今他の歌の数々、格言集などは今ではちょっと見ないものも多くあって驚きます。
児童年鑑というのだからもちろん児童向きなのだろうけれど、義務教育だけでも十分な教養・知性を身につけようとする意欲に溢れた時代のような気がしますね。
ぼくたちは先人たちの遺産を食い潰してはいないだろうか…と思ってしまうのであった。
1952年のこの年には月刊少年に「鉄腕アトム」の連載が始まっている。
こちら葛飾区亀有公園前派出所
1976年には今も連載が続く「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(秋本治)が始まっています。
30年以上にわたる長期連載、しかも週刊誌で、一度も休載していないというものすごいマンガです。
けっこう時事ネタ・マニアネタも多く、等身大フィギュアの登場した話もありました。
さすがは「両さん」とみんなで回し読みをしたのでありました。
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去年は「小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所」 というのも出ましたね。 
そしてさすがは「こち亀」、ほんとうに執筆陣が豪華です。

でも警察小説といえば佐々木譲でしょう。「うたう警官」「警察庁から来た男」。
佐々木譲は冒険小説的なイメージも強いけど、最近の警察シリーズは凄いです。
まあ、無理なんだろうけれど入れて欲しかったなあ。
それにしてもSFがいちばん典型だけど、もうジャンルってあまり意味のないものになっています。
エンタテインメント作家が純文学を書いたり、その逆も珍しくないし、マンガ・小説・映画という枠さえ越えるものとなりつつあります。
もっともかつては坂口安吾なども本格推理などジャンルを越えて自由に書いていたし、三島由紀夫も映画に主演してたりしていた。
宮部みゆきもミステリーに加えて時代小説、SF、ファンタジーなど何を書いても上手いです。
同じく高村薫もミステリーから始まったけど進むほどに難解、ドストエフスキー並に今や読むのに決意がいります。

でもこれはきっと間口を広げて小説人口を増やそうということですね。
なにしろ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のコミックスの売り上げは、累計1億3000万部以上にものぼるのだから。
懐かしい動くシールはレンチキュラー
「のだめカンタービレ」のアニメ版のDVDは、ジャケットがすべてレンチキュラーになっていますね。
DVDの前を通るたびに絵が動くようだと思ったら、そのとおり、動いているのであった。
子供の頃のグリコや森永のお菓子のおまけでよく付いていた、厚めの動くシールですね。
不思議だったし、動くことや2種類の絵が楽しめたりで、なんとなくお得のような気がしたおまけです。
最近のお菓子はフィギュアが付いたりするけど、シールというのはあるのだろうか。
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さてこの動くシール、調べてみるとどうやらレンチキュラーというらしい。
旧来の技法だけどなかなかに進化している。こんなに動いたり、綺麗になってるとは知らなかった。
もっとも僕の知っているのはお菓子のおまけだから、いちばん安価な作りのものだったのだろう。
改めてみると懐かしいだけでなく、たしかに販促としての、あるいはなにかしらにおいて可能性の高い技術のような気もしてきますね。
アダルトのパッケージに利用しても面白いけど(下品です)、もうやった人がいるのだろうか?
懐かしいグッズ、旧来の技術にも新しいアイデアに溢れています。
実家には使い棄てられた冷蔵庫があるのだけど、白いドアにペタペタと貼られたシールが思い出を語ります。怒られたなあ。

【DVD】「パリだ!プラハだ!!ぎゃぼー!!! のだめカンタービレ in ヨーロッパ」
5月9日発売 ¥7,980
テレビドラマも傑作でしたね。


「ベルサイユのばら」と「マリー・アントワネット」を繋ぐもの
マンガ・アニメの海外での人気はもう誰もが知るほどなのだけど、少女マンガについても「SHOJO BEAT」が米国で創刊されるなど認知が広まっています。
日本でも少女マンガ的感性は「のだめ」「NANA」「花より男子」などドラマ化をみても、広く一般にも受け入れられるようになっていますね。
米映画「マリー・アントワネット」は米国、文化の拠点ハリウッドでも少女マンガ的感性が浸透しつつあることを示しています。
マリー・アントワネットというとやはり思い出すのは、「ベルサイユのばら」です。
絢爛たる時代を背景に描かれた池田理代子「ベルサイユのばら」は、1972年に連載が始まり、波乱万丈の物語と華麗な絵で少女を熱中させ、さらに宝塚の舞台化、アニメ化でその人気は不動のものとなった。
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「マリー・アントワネット」を監督したソフィア・コッポラは、前作「ロスト・イン・トランスレーション」でも東京を舞台にするなど日本通というか、自らをハローキティ世代というほど日本大好きらしいから、きっと少女マンガも読んでいるのだろう。
カンヌ映画祭のプレス試写ではブーイングで、評価も厳しいけれど、なに気にすることはない。
日本でも市民権を得るには時間がかかっています。
千野帽子の「文藝ガーリッシュ」ではないけれど、ガーリィな「マリー・アントワネット」(14歳で見知らぬ国に、ルイ16世に嫁いだのだ)も悪くないと思う。。
ルイ15世の愛妾で名セリフの多いポンパドール夫人は「私たちのあとは大洪水」とまた無責任でガーリィな言葉を残しています。
あまりに不運な時代に生きた王妃なのだ。
藤沢周平と等身大フィギュアのある風景
映画化、TVドラマ化と作家 藤沢周平の人気は亡くなった今も高いですね。
人気を不動のものにした傑作「用心棒日月抄」は1978年の作品で、なんといっても佐知という、凛とした女の佇まいがいいのだった。
藤沢周平の時代小説は武家を描いても市井に生きる人々を描いても日常の描写が丁寧で、その中で事件や人間の成長があり、美しい物語として心に届くものです。
たとえば藤沢周平の描く風景は江戸の町でも村でも、ぼく達は実際見たこともないけど違和感なくそうだったのだろうなあと思ってしまうものですね。
おそらく本当の江戸そのものとは違うのだけど、僕たちがこうであろうと思う江戸と共感するものを描くものなのだ。
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ところで話は変わって「等身大フィギュア」です。
仮想のキャラクターを立体化するフィギュアも等身大となった時点で、人間そのものとの比較が生じます。
その意味で同じ作り物ではあるけれど何分の一という作り物の世界とは一線を画するものです。
ただそのまま等身大にしたのでは違和感が出るのは、やはり仮想のキャラクターだからだ。
やはり藤沢周平の世界ではないけれど、僕たちがこうであろうと思い描く等身大フィギュアに共感されるものでないと愛されないのだ、たぶん。
実際ではありえないかもしれないけど、違和感を感じさせない自然で美しい風景を描くようなものなのかもしれません。
江戸の風景、等身大のある風景を見比べてみるのもどうでしょう?

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吉高由里子
「あしたの、喜多善男」っていまどき不思議なドラマと思っていたら、原作というか原案は島田雅彦なのだった。誰もが認める、そして挑戦的な実力派の作家ですが、賞には恵まれなかった。
でも桜庭一樹も言ってたように売れないと書けないのだから、芥川賞も取らずに純文学でここまで売れているのはもの凄いことなのだ。
ところでこのドラマで初めて知ったのが、宵町しのぶ役の吉高由里子。
栗山千明(バトルロワイヤル、キル・ビル)、小西真奈美(深く潜れ)と共になかなかに強烈な二人の女優のなかにいるのに個性が際立ちます。
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ずっと小西真奈美を見てる目が強い。そして「どM」と言い切るものなあ、すごいよ。
声もすこし独特ですね、若手女優が多く生まれていますが、ちょっと一線を画しているかも。
さて、その吉高由里子で映画化が決まった金原ひとみの芥川賞受賞作「蛇にピアス」。
主演女優だけでも傑作の予感がしてきます。
佐分利信
ぼくにとって佐分利信はとても怖い俳優だった。
「華麗なる一族」の妻妾同衾は佐分利信ならではこそと子供心にも納得させる迫力、怖さがあった。
小津映画での佐分利信はあまり覚えがないのだけど、小津映画では佐分利信も周りの若者に結婚をせかすようなお節介なおじさんを演じていたのだった。
おそらく「秋日和」のことですね。やはり名優なのだ。
さて、「佐分利信プロジェクト」とはそのイメージから名付けられたお見合いプロジェクト。
発案した神戸女学院大学の内田樹教授によれば、結婚は生きるためのコストやリスクを減らすから、本来弱者のための生存戦略なのに、カネのない者同士が結婚すると下流の再生産になるという言葉を真に受けているという。
見合いに変わるものかと思われる合コンについても、合コンは恋愛市場における勝者総取りシステムと一刀両断。勝つ人間が勝ち続けるから見合いの代わりにはならないというのだ。
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フェミニストにも厳しく、気の合う同性の友人で暮らすことも、「コミュニケーション能力、カネ、人間的魅力にあふれる女性だけで集まり、そうでない人を排除して生活する」のは、やはり強者の論理といいます。
人は最弱の哺乳類だったからこそ、知恵を身につけ共に生きる社会を作ったのだったとすれば、衰退期に向かっているのかもなあ。
ベストパートナーありきではなく、縁あってのベストパートナーなのだ。オタクな人もすこし耳が痛い?

佐分利信は1977年に公開された「獄門島」の和尚も印象的です。
「季ちがいじゃ」という重要なトリックあるのですが、滑舌が悪いというわけでもなかったらしい。
絶対領域
3月になりました。春ですね。
ということで…
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ミニスカートとニーソの素肌の露出した太ももの部分を絶対領域というらしいけど、なかなか見事な言語感覚ですね。
ぼくは領域というと半村良の「不可触領域」を思い出してしまうのだけど、これは異次元空間というか人外魔境というか、まあ3次元の外、人の外のことになりますからね。
まあ、いずれにしてもすこしどきどきしてしまうのでありました。

『広辞苑』が、国語辞典と百科事典を兼ね備えた画期的な辞書として刊行されてから50年余が経ちました。1969年第二版、76年第二版補訂版、83年第三版、91年第四版、98年第五版と改訂を重ねてまいりました。今日では1100万人の読者を持つ国民的辞書に育ち、日本語の規範として、ゆるぎない信頼をいただいております。そしてここに、21世紀に入って初めての全面的な大改訂を施した第六版をお届けします。
  IT時代といわれる現在、社会は大きく変わり、日本語もその影響を受けざるを得ません。言葉は文化です。言葉の移り変わりがきちんと反映され、そのなかで、よるべき本来の語義・用法が示されることが求められます。最新版は、これまでにつちかわれた伝統をいかしながら、新しい時代にふさわしい内容となっています。
  日本語を私たちの手で守りたい――『広辞苑』は生まれたときからそう希ってきました。この最新版が一層広い読者に迎えられることを希ってやみません。 岩波書店

「絶対領域」は収録されたのだろうか?