理系・文系を重ねて見る光景は
桃井かおり
最初からアンニュイだった桃井かおりです。
デビュー作はあの田原総一郎が監督を務めた「あらかじめ失われた恋人たちよ」。
1973年には日活ロマンポルノ「エロスは甘き香り」に出演している。
監督藤田敏八、助監督は長谷川和彦だから出演したのだろうか。
大胆なヌードもあった。
ぼくはドラマ「それぞれの秋」の不良女子高生ぶりが鮮烈な印象がありますね。
独特の存在感でその後も今もトップスターの位置をキープしています。
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映画もドラマもいっぱいあるのでどれが代表作になるのだろうか。
個人的にはドラマ「名門私立女子高校」が好きでしたね。
南野陽子のデビュー作でもあるけど、いわゆる学園ドラマではなく大人の愛の物語でした。
なかでも老先生(原保美)の胸の傷のエピソードが忘れられない。
あれは泣けます。どうしてDVD-BOX出ないのかなあ。
桃井かおりもすこし抑えた感じでよかった。
ラジオでも「桃井かおりのアクロス・ザ・ナイト」などアンニュイな声を楽しんで聞いていたのだった。
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吉永小百合
映画「あいつと私」は1961年の作品。
1973年で取り上げるのはこの年吉永小百合が岡田太郎と結婚したからです。
吉永小百合はまさに団塊の世代の青春でしょう。
この「あいつと私」がアイドル好きには、なかなかに注目されるのは清純派アイドル女優の変遷を示すからです、僕だけかもしれないけど。
主演はやはり石坂洋次郎作品で深窓の令嬢が似合う芦川いずみ、その妹がそれからの日本映画を担った吉永小百合、さらに70年代に人気を集めた酒井和歌子と揃っている作品です。
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原作の石坂洋次郎は当時の映画でもTVでも繰り返し映像化された。
明るい青春群像が人気を集めた。今でも読まれるのだろうか。
どこかで斉藤美奈子も石坂洋次郎「青い山脈」は戦後民主主義の輝いていた時代のベストセラーで、今でも意外に楽しく読めますと言っていたから、機会があればぜひ読んでもらいたいものですね。
当時ヒットした小説・映画・ドラマ・アニメは引き続き鑑賞され、追体験され、懐かしさを醸成する背景にもなっています。
ALWAYS 3丁目の夕日」のヒットが典型ですね。
成人の3人に2人が「昭和レトロ」を志向しているという調査もあり、「家族の絆」「明日への希望」「あふれるほどの生きがい」…など今では薄れた生活価値観を求めているのだろうか。
吉永小百合は来年も主演映画「母べえ」が公開されます。
日本沈没
1973年の大ベストセラー「日本沈没」(小松左京)は、もちろん映画化され、テレビドラマにもなるほどのブームとなった。
マントル対流、プレートテク二クスなど知識も、この作品がなければ知らなかった。
単なるパニック小説・映画ではなく、難民となる日本国民を考えさせるものでもありました。
小松左京はほんとうに巨大な知性だった。
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岐阜では岐阜東宝で上映された。
当時の岐阜東宝支配人に聞いたところによれば、記録的入場数で歴代1位ということだった。
岐阜東宝は2階部分にあり、席数も岐阜ではたぶん最大だったと思う。
床が抜けるかと心配したというからそれはすごかったのだ。
シネコンで育った人は知らないかもしれないけど、人気映画は立ち見があたりまえで、制限なしに入れていたし、入れ替えもなかった。
映画の終了前に入り、終了後開いた席を確保すべく目を凝らすのだった。セリフがそらんじられるほどに何回でも見た映画もあった。
多少マナーは悪くても、あんな熱気のなかで見る映画の楽しさもあるのだった。
映画館側もまだエンドクレジット中だというのに、ドアを開けて清掃を始める映画館も少なくなかった。

エースをねらえ!
ようやくアクセスも数も500を越えました。
まあ、これだけ趣味色が強いうえ、話もいろいろ飛んじゃうものなあ。
自分以外の誰が読むのかと思えば、よくぞ500とも言えますね。
ありがとうございます。
さて時は1973年に入ります。
やはりここは大好きな「エースをねらえ!」(山本鈴美香)から入ることにしましょう。
この年週刊マーガレットに連載され、アニメ化もされたマンガ、アニメともに傑作になりえた稀有な作品です。
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エースをねらえ」がテニスブームを作り、日本テニス界だけではなく、女子スポーツ全般のレベルアップに繋がったのは間違いありません。
当時のマンガでは珍しく魔球に頼ることなく、堂々たる女子テニスを描いたのだった。
もちろん、お蝶夫人、緑川蘭子、藤堂など強力なキャラも挙げればきりがないけど、やはりヒロイン岡ひろみとコーチ宗方仁、この二人の愛の物語だろうか。
宗方コーチは「この一球は無二の一球なり」と言っていましたね。
だからこそ、この一球をこの一日を大切にしなければならないと。
しかしながら人は一瞬を輝かせても、毎日を輝くような日々をおくるのは困難なのだ。
振り返るとそうなのだった。
水の惑星の石油危機
ガソリンをはじめ、食料品など値上がりが激しくなっていますね。
投機的なものもあるけど、レアメタルなど直接には関係なさそうなもの奪い合いが激しくなっていて、これも確実にコスト高に繋がっています。
1973年は第4次中東戦争による深刻な石油危機となって、モノ不足、物価の高騰を招いた。
当時はトイレットペーパーの買いだめなど、まだ分かりやすかったけど、いまや複雑な連鎖なものとなってしまった。
現在放送中の「ガンダム00」などもエネルギー問題など、かなりリアルな問題にも踏み込んでいますね。石油には無機起源説というものもあって、それによれば地殻の底(深さ数十キロ)で岩石と水と反応してメタンガスが出来るのだという。
最初、周期律表で有名なメンデレーフが唱えたが有機説に敗退。でも近年は有機説では説明しにくい地層で天然ガス・石油層が見つかったり、木星の衛星タイタンでNASAの探査機がメタンの痕跡を発見、つまり生物がいなくてもメタンは発生するわけですね(大深度のガスについては微生物説もあるらしいけど)。
もしそうであるなら石油はほぼ無尽蔵となり、ガソリンは常に安価で安定的に供給され、エネルギーの争奪のため戦争はかなり回避されます。
これはこれで「ガンダム00」ではないけど科学・異説・宇宙・未来・過去・体制派・革命派・エコ・自動車・原子力・宗教等が絡む壮大なSF・ハードアクションが出来そうです。
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さて地球温暖化の危機は明確だけど、それでも世界の危機感が薄いのはやはり人間個人にとっては先のことだろうということと、地域や規模を特定した被害予測をすれば、具体的な温暖化対策に踏み込まなければならないからですね。やはり、総論賛成、各論反対になってしまうのだ。
日本では温暖化で海面1メートル上昇すると、東京・大阪沿岸部を中心に約2400平方キロ、410万人が被害を受ける可能性があり、その経済被害はなんと約120兆円に達するらしい(日経新聞)。
世界中で熱波、洪水、水不足、砂漠化、サバンナの消滅、食糧生産の減少が起こり、食糧などの奪い合い、各国のエゴも露呈する。
一方、温暖化対策の一環でもあるガソリンに変わる燃料でもあるエタノールは今のところ、大半はトウモロコシから作られるけど、これは食糧危機を招くものでもあるし、そもそも燃料として必要とするのは基本的に自動車を持つ豊かな層であって、貧しい層から食料をさらに奪う構造なのだ。
また1トンの穀物を作るには1000トンの水が必要で、さらにエタノール化するにもエネルギーは必要で未来の戦争は石油ではなく、穀物を巡る水の奪い合いになる(米アースポリシー研究所所長 レスター・ブラウン)。これらはもう今年の春頃の新聞でも取り上げられていた。
日本は水は豊富ですね(水の輸入大国でもあるけど)。人体も水で出来ているし、地球は水の惑星なのだ。
水の惑星は守られるのだろうか。
諦観のごとき国家・社会の箴言・俚諺・金言・名言
たびたびのコーヒーブレークです。
やっぱり大阪のTVは面白いですね。
なかなかユニークなゲストが出てきたり、同じゲストでも大阪では全然違ったりします。
「たかじんのそこまで言って委員会」もパネラーも面白いけど、ゲストの選択がいいですね。
先日の元防衛庁官僚もすごかったなあ。
論理的にそうかもしれないけど、まあ、あそこまで言い切る人は少ないだろうけれど、官僚にはああいう発想が根底にあるのだろうか。
そうであれば厚生労働省、社保庁の信じられないような怠慢が繰り返されるのもすこしは理解出来るように思いますね。社保庁は官僚に限らず職員もだけど。
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国家、社会に対する箴言・俚諺・金言・名言というのは、実はロクなものがない。
人間社会が作られて以来、ロクな進歩がないことを示すのだろう。
☆「腐敗したる社会には、数多の法律あり」(ジョンソン)
☆「法律多ければ犯すもの多し」(イギリス俚諺)
☆「いかに重い税金でも自分の怠惰、驕慢、愚鈍のために招く損失に比べればはるかに軽い」(フランクリン)
☆「愚かな人たちは、ひとつの極端から解放されると、その反対のいっそう悪質な極端に走ろうとする」(ホレース)
☆「どの時代でも古い誤りを正して、新しい誤りを作っている」(ソクラテス)
☆「政府の中で暴民の政府は最も残忍、軍人の政府は最も冗費多く、法律家の政府は最も煩累である」(ゴルドン)
☆「改革はもっとも必要な場合のおいて、もっとも人気に投合しないものである」
☆「何人も自分の負担を最も重きものと思う」(セネカ)
☆「腕力は議論にあらず」(ドイツ俚諺)

など時代はソクラテスから近代まで様々だけど、諦観のごとき言葉の数々ですね。
まあ、せめて言葉のひとつひとつを胸に秘めて臨んでもらうとすこしはましになるように思いますが。

「NHK少年ドラマシリーズ」の始まり
1972年「タイム・トラベラー」で幕を開け、多くの少年少女達を魅了したのが少年ドラマシリーズですね。まだオープニングのメロディだってわかるのだ。
SFの洗礼はその第1弾だった「タイムトラベラー」で受けた人は僕だけではないだろうし、またこのシリーズはSFばかりでなく、ミステリー、青春、少年少女文学に至るまで幅広くドラマ化されています。
まるで学習雑誌「中一コース・時代」などの 付録小説のようなラインアップでした。
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たとえば「つぶやき岩の秘密」は新田次郎の原作で(最近では子息の藤原正彦の書いた「国家の品格」が有名になってしまったけど、山岳文学の第一人者です)、こんなに瑞々しい少年文学も書いていたのだ。
他にも「星の牧場」「11人いる」きっと最近のSF・ファンタジー・青春…映画、ドラマなどの隆盛の原点、秘密はここにあるのだと思う。
製作する側も見る側もその世代、ぼくたちなのだった。
「狂った果実」ではなく「禁断の果実」のシャア
閑話休題。
ガンダムファンはもちろん知っていると思うけど、12月21日には「機動戦士ガンダム 劇場版メモリアルボックス」が発売されますね。
劇場公開オリジナル音声というのが僕たちにとっては嬉しい?
声優も今ではアイドル並に活躍の場が広がっていたりするけど、この時代は役者の副業みたいな感じもあったのだろうか。
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池田秀一といえば「ガンダム」のシャアということになりますが、子役時代から活躍されている俳優でもありますね。
古いファンでは「次郎物語」で涙した人もいる?
画像は日活映画の「ある少女の告白 禁断の果実」。
中央で呼びかけている青年をご注目ください。
誰あろう、シャア・アズナブル、池田秀一なのであります。池田秀一、若き日のシャア・アズナブルその人ですね。
シャア自身に語らせれば「認めたくないものだな…自分自身の若さ故の過ちというものを…」あるいは「坊やだからさ」なんて感じだろうか?
別に「過ち」「坊や」でもなんでもないけど、シャアのダンディズムから見ればそうなるだろうか?

「機動戦士ガンダム 劇場版メモリアルボックス」 12月21日発売 税込価格¥18,900 詳細はコチラ



「東宝チャンピオンまつり」と「東映まんがまつり」
この頃の夏休み、冬休みには子供向けの映画が作られて、東宝は「チャンピオンまつり」東映は「まんがまつり」と名づけられていました。
どちらも当時の人気TVアニメや子供向けドラマなどをメインの作品に組み合わせて公開されていました。
ゴジラの後半期などは、ぼくは「チャンピオンまつり」でしか見ていないような気がします。
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なぜか東映の映画はあまり見に行ってなくて「東映まんがまつり」もほとんど映画館では見ていなかった。TVシリーズは好きだったんだけどなあ。
映画館では見なかったけど、夏休みのTVの子供劇場などで「空とぶゆうれい船」など繰り返し見たのだった。
このポスターを一見すると「大阪万博」の紹介もあったのかと思うと、そうではなくて、「万博」の宣伝なのだった。
パンダコパンダ
来年公開予定の宮崎駿監督「崖の上のポニョ」の制作は順調だろうか。
「人魚姫」をモチーフとも言われるけど、日本が舞台だから「となりのトトロ」のような感じになるのだろうか。
その「トトロ」の原形とも言われるのが「パンダコパンダ」ですね。
第1作は中国からパンダが寄贈されてパンダブームに沸いた1972年に制作された。
このポスターは翌年に制作された第2作の「雨ふりサーカス」です。
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「崖の上のポニョ」は久しぶりの子供のための漫画映画になるのかなあ。
最近はTVアニメも子供向け作品は少ないから、ワクワクドキドキするものが見たいですね。
それに合わせたわけではないのだろうけれど、来年の1月には「未来少年コナン」、2月には「アルプス少女ハイジ」TVアニメの代表作のDVD-BOXが発売されます。
「未来少年コナン」はのちに映画版と編集されたけど、宮崎駿は一切の関わりを持たなかった。それほどに情熱を傾けた傑作アニメだったのだ。
「女賭博師 壺くらべ」のふたり
NHKの朝ドラ「ちりとてちん」のヒロインの祖母を演じるのは江波杏子で、まあ、やはり只者ではない気配を漂わせるのは、かつて映画できっぷのいいあねさんを演じてきたからだろうか。
しゃんとした佇まいがいいですね。
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江波杏子の「女賭博師 壺くらべ」でダブル主演したのが丸山明宏こと三輪明宏ですね。
今や芸能界だけでなくモンスター(誉め言葉です)のような存在のような気がしますね。
前世などの話はエンタテイメントとしてなら楽しめるけど、ドラマ「ガリレオ」の湯川教授じゃないけどとても信じられない。
ただ三島由紀夫などとの交遊や常人にはうかがい知れぬ人生を送って来ている人なのは確かなので、まあ、普通の人は近づかないほうが無難でしょう。
心配しなくてもそんな機会はないのだけど。
いかん、いかん「女賭博師 壺くらべ」は1970年の映画だった。
「現代思想」「ぴあ」「ロッキング・オン」…
雑誌の創廃刊はいつの時代も珍しくないけど、1972年の創刊雑誌には「現代思想」「ぴあ」「ロードショー」「面白半分」「ロッキング・オン」などがある。
「ぴあ」はもちろん情報誌の先駆け、「ロードショー」は「スクリーン」と併読していた時があった。
「面白半分」は歴代編集長が有名作家が担当し、筒井康隆編集長時代は部数的にもピークとなった。
「現代思想」は知の最前線を見せてくれた。
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この頃は「エピステーメー」「ユリイカ」「現代詩手帖」など学際的研究というか隣接科学的思考が流行していたのだろうか。
この手の専門雑誌に限らず、「面白半分」「ビックリハウス」「絶体絶命」「東京おとな倶楽部」「話の特集」「マスコミ評論」「キネマ旬報」「プガジャ」「ぱふ」などエンタテイメント系雑誌にも、いわゆるエロ雑誌などにも様々な才能が溢れていたのだった。
もう雑誌名も忘れたような、怪しげな雑誌を読んだりしていたのだった。
今は巨大書店も珍しくなく、読書環境はいいのだろうけれど、70年代ほど情熱に溢れた雑誌は見つかるだろうか。
超専門誌は増えているみたいだけど。
札幌オリンピック
1972年は札幌冬季オリンピックも開催されていますね。
日の丸飛行隊といって、スキージャンプ競技で日本勢がメダルを独占したこともあった。
この頃は記録映画も有名監督(監督は篠田正浩))の手で作られたりもした。
もちろん、ちゃんと一般公開もされています。
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画像のポスターは2枚組みで下側の1枚ですね。
大きく微笑んでいるのはスケートのジャネット・リン。
転倒したのだけど、その時のその笑顔は日本中をとりこにしたのだった。
フランスカップは浅田真央が優勝したけど、その技術的進歩は目を瞠ります。
身体的能力はどこまで伸びるのだろうか。
オリンピックのテーマ曲はトワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」。
希望に満ち溢れた美しい曲でしたね。
かたやこの年は連合赤軍浅間山荘事件、テルアビブ空港で自動小銃乱射などいう衝撃的な事件もあるのだけど。
ドラマ「ホタルノヒカリ」でヒモノ女の蛍が、「よっこい、しょういち」というオヤジギャグも、この年グアム島から発見・帰還した元日本兵横井庄一から来ているのであった。
らき☆すた」つかさも言っていたよなあ。
イグノーベル賞バニリンは「夢の香り」
たびたびの閑話休題です。
今年のイグノーベル賞化学賞を受賞したのは、山本麻由さんという26歳と若い女性研究者。
牛のフンからバニラ香料「バニリン」の抽出に成功したというものでした。
牛のフン1グラムに水4ミリリットルを加えて200度で60分間加熱すると、1グラムあたり約50マイクログラムの「バニリン」を抽出できることを発見したのだ。
どんな想像力を持って研究したのだろうか。
においの研究は進んでいて、シカゴ大学のキャサリン・マクリントック博士のグループの研究によれば女性の好む男性のにおいが、HLA(ヒト主要組織適合抗原)というたんぱく質の遺伝子で左右されるらしい。
実験によれば女性は父親から受け継いだHLA遺伝子の型に近いにおいを好ましいとするが、好ましいではなく「その気にさせる」として行なった実験ではHLA型が遠いものとなった。

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ぼくはアル・パチーノの「セント・オブ・ウーマン 夢の香り」が好きだけど、なぜ、あの作品でこのタイトルとなるのかよくわからなかった。
アル・パチーノ演ずる退役軍人のフランクは盲目なこともあり、においに敏感で女性を香水の香りで見分けたりするのだが、美しい女性がタンゴのダンスの求めに応じるのは、セント・オブ・ウーマン 夢の香りではなく、異質な男性フランクの魅力(夢の香り)であったのかもしれない。
やはり映画の話になってしまった。
青年の成長、偏屈な老人の再生を描いた感動傑作です。アル・パチーノはこの映画でようやくアカデミー最優秀主演男優賞を受賞した。
必殺仕掛人
その「木枯し紋次郎」に対抗するように制作されたのが、「必殺仕掛人」だった。
ニューウェイブな「木枯し紋次郎」に対抗しようというのだから既存の時代劇では無理だと思ったのだろう。
著名な時代小説家 池波正太郎の作品の中でも異色の「仕掛人・藤枝梅安」に原作を求めたのだった。仕掛人は正義の名を借りたやはり、悪人なのだから。
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その後、長く続く人気作になったように、「木枯し紋次郎」を抜くほどの人気作になった。
私的な復讐を肯定し、ユニークな殺しのテクニックなど新鮮ではあるけれど、タブーを内包していたはずで、独特の映像の美しさと判官びいきとは少し違うのかもしれないけど、弱きものの代行者として支持され大ヒットとなった。
ぼくも好きだけど、どちらかを選べというなら「木枯し紋次郎」ということになるけど。
もちろん、こちらも映画化された。
「木枯らし紋次郎」と「ガンダム」
生まれは上州新田郡三日月村といえば「木枯らし紋次郎」。
TVドラマだったけど、市川昆がメガホンを取るなど傑作となった。
従来の時代劇とは一線を画し、ヒーロー然とした勧善懲悪とはまるでちがう、他人との関わりを極力避け、ニヒルに生きる紋次郎なのだった。殺陣もリアルで斬るというより叩く、突いたりするもので、刀も人を斬ればすぐ斬れなくなるのだった。
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斬られた方もリアルでしたね。斬られれば転げまわるほど痛く苦しいのだ。今のゲームには表現されないものですね。
人を斬れば自分の身体に返り血を浴びるように、心にも返り血を浴びることを覚悟すべきだろう。
「ガンダム」のモビルスーツは、人の痛みを感じられる兵器で、乗員は人間性を失うことはないのかもしれない。
ガンダム00」は「ソレスタルビーイング」として戦争を根絶させるための武力介入という袋小路に入ってしまったのだろうか。
紋次郎のように「あっしには関わりがねぇこって」というわけにはいかなかったのだろうか。
まあ、どのみち、関わってしまうのだけど。
画像は「無宿人 御子神の丈吉」、なんだよ、それ。
「かぐや」もいつか「惑星ソラリス」の夢を見るか
1972年にはS・キューブリック「2001年宇宙の旅」に比肩されるA・タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」が制作されている。
ポーランドのSF作家スタニスラフ・レムの長編小説「ソラリスの陽のもとに」を映画化したもので、人間の潜在意識を探り出して実体化する“海”が存在する惑星で、極限状況に置かれた人間の姿を描いた思弁的な作品。独特の映像がまた美しい。
ロビー・ザ・ロボットで有名な「禁断の惑星」にも潜在意識の怪物”イド”が出てきたりしますね。
あの頃、宇宙は未知に満ちて憧れだった。
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それにしても月探査衛星「かぐや」がHDTVカメラで月の表面を撮影した映像、月の地平線を越えて地球が徐々に沈む様子などむちゃくちゃ美しいですね。
ちょうどSFアニメ「FREEDOM」に同じようなカットがあって、やはりあれは心が感動で震えます。
また月面撮影もすごく鮮明で、ニュースで解説をしていた教授は…
「ほら、影がすごく鮮明でしょう。一日中、日が当たらない場所です。マイナス200度保たれていて、氷の存在も可能性があります。月面基地を作るならこのあたり、北極で決まりでしょう…」(うろ覚えですが)みたいにすごく楽しそうに解説してたなあ。
想像は果てしなく広がるのであった。宇宙の夢は確実に近づいています。
飛び出せ!青春「レッツ・ビギン Let's begin!」
今も人気の高い学園モノですが、やはり原点は日テレ「青春とはなんだ」から続く青春学園シリーズだろうか。
いろいろな問題を抱えつつもスポーツを通じて、教師の熱い思いが少しずつ生徒に届いていくという構図が、まだ信じられる時代だった。
「レッツ・ビギン Let's begin!」で今はついてくる生徒がどれだけあるのだろうか。
こうした青春学園モノはいつの間にかなくなり、「金八先生」等のリアルでより等身大の学園モノが増えていったのだった。
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ぼくは圧倒的に問題を抱えつつも能天気な学園モノが好きだった。
「金八先生」など一度も見たことがない。なんででしょうね、逃避なのか自分でもよくわからない。
フジドラマ「ライフ」くらいにいじめも突き抜けてしまうと、ファンタジーとして見ることが出来るのだった。
また最近の学園ドラマも形を変えて、能天気・楽観主義に満ちているような気がするなあ。
まあ、ラブコメでもあるのだけど。
しかし、このポスター、村野武範のパンツが見えているのだった。なぜだ。
分からなくても読みたかった、見たかったあの頃
高村薫はエンタテインメントの作家だけど、どんどん難解になりますね。
連載で読んでも出版される時はいつも大幅加筆訂正で、まるで未読だったかのようです。
高村薫の小説が難しくなったという批判もあるようで、それでも「言葉を退化させていく人間社会への異議をこめてあえて書き続ける」と決意を語っています。
確かに小説も映画もドラマも分かりやすくなっていますね。すこし前の円周率のように。
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「日本映画、崩壊」(斉藤守彦著)もそんな邦画の危機を伝えています。
2006年には21年ぶりに邦画が洋画を上回り、活況を呈しているけどバブルに過ぎないという。
テレビ局・広告会社・出版社などが出資する勢作委員会方式はリスクを分散し、各社がその媒体力を生かして大量広告、それゆえのヒットなのだという。
また複数の出資者の同意を得られやすいベストセラーや人気ドラマの映画化などばかりとなり、意欲作、実験的作品などが難しくなって、加えて各メディアの絡むような製作委員会方式はメディアの相互批判も困難となり、ネットの世界も批判は誤解を生みやすく批評的には甘くなった。
ぼくなど見てしまうとたいていは好きになってしまうので、映画通の友人からは相手にもしてもらえなかったのだった。
映画評論家を名のる人も少なくなってしまった。
1970年代映画、邦画は低迷した。角川映画をのぞいて戦略ではなく、作家性で打開を目指したのかもしれない。
より袋小路だったかもしれないけど、製作側も観客側も鍛えられたのだと思う。
画像は「旅の重さ」悩みながらも、傷つきながらも旅を通して自分の生き方を見つける物語だけど、今ならどう作られるのだろう。
ポーの一族
少女マンガに革新をもたらした花の24年組(萩尾望都、竹宮恵子、大島弓子、山岸涼子など)のひとり、萩尾望都の「ポーの一族」の連載が1972年に始まっている。
幻想的で文学の香りも高く、緻密で複雑な光景はそれまでの少女マンガのイメージを大きく変えるものとなった。SF色もあって少女マンガに男性ファンをも引き込む魁となった。
ぼくはその前から少女マンガを読んでいたのだけど、肩身が狭く、いささか堂々と読める大義名分となった。
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のちに「11人いる」という本格SFも描いて、「ポーの一族」と同様に小学館漫画賞を受賞している。
またSF作家光瀬龍の原作で「百億の昼と千億の夜」も描いているのをはじめ、「スターレッド」「銀の三角」では星雲賞、「バルバラ異界」では日本SF大賞も受賞したSF界においても異才で、なお第一線の漫画家なのだった。
画像は「百億の昼と千億の夜」から阿修羅王、かつて販売用のポスターとして発売された。
1972年沖縄返還 「夏の妹」
さて、カウンターもやっと400を越えました。
「るらら科学の子」少数の愛読者の皆様ありがとうございます。
受けも狙いつつ、すこし宣伝もしつつのはずですが、まあ、地味ですからね。
そろそろ1972年に入ります。
この年もやたら大きなニュースがあったりしますね。そして沖縄返還の年でもあります。
それにあわせてどうかは知らないけど、公開されたのが「夏の妹」。
主演が栗田ひろみでアイドル映画かというとそうではなくて、大島渚監督作品であり、いまなお引きずる沖縄の戦中・戦後の憎しみ、悲しみを美しい沖縄を背景に少女を通して描くものです。
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なんでこの頃のアート系の映画って、こうもやるせなくって痛ましいのだろう。
青春というのは痛ましいような通過儀式を伴ってこそ、初めて大人になるというのだろうか。
青春の蹉跌というのもあったなあ。
あんまり、こういうイメージを振りまきすぎて、「大人になんかなりたくない」という世代を作ってしまったじゃないかなあ。
まあ、ぼく達の世代だけど…。よかったのか?
いや、よく考えればイメージをふりまけるほどヒットしてなかったような。
シンシア(南沙織)も出ていた「喜劇 花嫁戦争」
これはおそらく、かなりレアなポスターです。
和田アキ子主演の「喜劇 花嫁戦争」。さすがに見てない。
監督は「旅の重さ」「津軽じょんがら節」「約束」などの映像派の斉藤耕一。
こんな歌謡喜劇?も撮っていたのだ。
誰が見るのだろうと思うかもしれないけど、松竹はけっこうこんな映画もあったりした。
和田アキ子はアイドルではなかったから、すこし不思議な気もするけど、もっとすごい畠山みどりの「歌くらべ満月城」というものさえあったくらいだから驚くには当たらない。。
ゴッド姉ちゃんもデビューの頃はいろんな仕事をしたのだった。
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さて、歌謡映画といったのは和田アキ子だけでなく、これはまさしくアイドル 南沙織の唯一の映画出演作品なのだ。ポスターを拡大して見てください。
当時、小柳ルミ子、南沙織、天地真理の「新・三人娘」がデビューし、のちの女性アイドルの走りとなったけど、ぼくは絶対、南沙織だった。吉田拓郎も彼女に「シンシア」という歌を捧げています。
森高千里「17才」など初期の作品から後期のニューミュージック系楽曲など、カヴァーされたりするのが多いのも彼女の歌の特色ですね。
そういえば、彼女に限って歌謡曲の匂いがしないのだった。
世界のゼフィルス大図鑑とバタフライ効果
閑話休題です。
すこし前「友人の友人がアルカイダ」と言ってしまった鳩山邦夫法務大臣。
この人は蝶のコレクターとして有名で『チョウを飼う日々』という本まで出していて、佐高信に「変質者の代名詞のような蝶のコレクター」といわれなき中傷を受けたこともあるらしい。
まったく蝶のコレクターに失礼です。
蝶のコレクターは変質者の印象を持たれるのだろうか。
映画でも「コレクター」あるいは「羊たちの沈黙」もそうかもしれませんね。
TVドラマ「相棒」でもあったし、知的で純粋だけどちょっと変と思われるのだろうか。
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「友人の友人がアルカイダ」発言で思ったのは、気象学者ローレンツの『予測可能性ーブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』というのですね。
ちなみに動物学者のローレンツではありません。
これを「バタフライ効果」というけど、なんだかそんな感じです。それにしても変わってるなあ。
蝶といわず昆虫好きには、北杜夫、養老孟司、宮崎駿とかいろいろいるけど、みんな変わり者風だからなあ。
ところですごい本が出た。「世界のゼフィルス大図鑑」この図鑑は名前の通り世界のミドリシジミチョウを網羅し、幼虫や卵、生態まで含めて、さまざまな知見を集め、そのため数十年間、著者はアジアの奥地を渉猟して回ったという、蝶のアマチュア研究家小岩屋敏の超労作なのだ。
昆虫の博物学について、日本のアマチュアの水準はきわめて高いらしく、これはまた突出した成果。48300円で高額だけど買うべし。稀覯(きこう)本になります、絶対。オタク心が疼きます。

世界のゼフィルス大図鑑 全2巻』(むし社・2巻セット48300円)
直接注文のみで、残念ながら(ペ)では購入できません。
鳩山邦夫法務大臣は買ったんだろうなあ。
なお、岐阜市には日本でも珍しい昆虫専門の「名和昆虫博物館」があります。
また「チョウたちの時間」(山田正紀著)も読みたくなった。SFです。



「八月の濡れた砂」石川セリ
1971年の映画「八月の濡れた砂」の主題歌「八月の濡れた砂」でレコードデビューしたのは石川セリです。
映画も歌もいたたまれないようなアンニュイ感漂うものだった。たまにフッと口ずさんでしまうときがありますね。
この映画のテレサ野田も衝撃的だった。彼女は少年ドラマシリーズでも必ず不思議な役どころで出てくるのだった。「深く潜れ」の小西真奈美みたいな感じだったかもしれませんね。
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これは題名が秀逸です、「八月の濡れた砂」。なにか?と思うけど映画見ればそうだなあと思わせるタイトルではあるのだ。ドキドキしながら見に行った覚えがあり(まあ、いささか成人映画のようなタイトルでもありますからね)、後年ポスターを手に入れた。
八月と名前のつく映画のタイトルは「八月のクリスマス」「八月の狂詩曲」など意外と多いような気がするのは、やはりイメージしやすいのだろうか。
「皇帝のいない八月」というのもあったなあ。
石川セリのアンニュイな歌声とその世界は好きで、そして美しい人だった。
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天皇、皇后両陛下ヨーロッパご訪問 の旅
1971年9月27日?10月14日、天皇 皇后はヨーロッパ7ヵ国を親善訪問された。
皇室史上初めてのことだった。
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天皇 皇后両陛下ヨーロッパご訪問 の旅」東宝制作の記録映画ですが、映画は見ていない。
当時はオリンピックや万博などもそうですが、歴史的なイベントは映画が作られて公開されていました。アサヒグラフなどの特集号も必ずありましたね。
最近はこういう記録映画は少なくなったような気がするけど、公開しないだけで作られてはいるのだろうか。

仮面ライダー
ウルトラマンと並ぶ日本の誇る特撮ヒーロー「仮面ライダー」もこの年だったのだ。
さすがにもう子供ではなかったので「ヘンシーン」とはやらなかったけど、流行語にもなってカルビーのライダーカードが人気を集めるなど社会現象ともなった。
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あの頃の思いは今も引き継がれて、30000円を越えるライダーベルトもよく売れたのは、みんなこの世代のおかげですね。
今年、人気を集めている「仮面ライダー電王」は最年少、最弱とも言われるけど、子供たちはもちろん若い女性、鉄道ファン、そしてかつての少年たる世代など、あらゆる層を取り込んである意味、最強のライダーかもしれませんね。
それにしても女の子が特撮をともに支える時代が来るとは、当時はとても想像できなかった。
カップヌードル
この年、日清食品から世界初のカップ麺「カップヌードル」が発売されている。ぼくは最初いつ食べたのだろう。
当初は価格も高かったらしく(覚えていないけど、まあ、そうでしょうね)、東京都区内に限定だったらしい。やはり、都会、若者向きだったのだ。
あっという間に人気を呼んでやがて熱狂的に支持されるようになった。
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去年はカップヌードル35周年ということでアニメ「FREEDOM」も作られています。
全6巻シリーズで、現在、月を脱出して地球編に突入し、ぼく達の世代にふさわしいSFのテーマとなっています。面白いですよ。
ちなみにカップヌードルの2006年で250億食、容器を横に並べると月まで3往復できるらしい。
マンガ・アニメも揶揄されながら世界を席捲したけど、カップヌードルも世界を、そして宇宙も席捲するかもしれない。
日本人とユダヤ人
1971年、この年にベストセラーとなったのが、イザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」。
流浪の民ともいうべきユダヤ人と島国で安穏と暮らして来た日本人を比較し、ぼく達日本人に警鐘を鳴らすものでした。
当時のぼく達にはインパクトがあって、日本人は「水と安全」はただで手に入るものと思っているという指摘は辛辣でした。
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たしかに現代は「水も安全」もかなり高コストになりつつあります。グローバル化ということはそういうことでもあるのだ。
ベンダサンの言うとおり、江戸時代の日本は東京から大阪まで女性が一人旅できるような箱庭のような安全な国であり、中世ヨーロッパでそんな安全な国はなかったのだ。
でも、すべてを標準においたら平板でつまらないものになってしまいますね。世界遺産も残らない。
少なくとも「安全」は日本に標準をあわすべきではないかと思うけど、島国の固有種のように外来種に席巻されてしまうのか、オタク的文化力でもってせめて文化などは独自性を保てるのだろうか。
なお、遠藤周作によればイザヤ・ベンダサンは、いざや、便ださんと言ってました。「初春夢の宝船」といい、まあ、なんというか。
好きだったなあ、どくとるマンボウと狐狸庵先生。

魔法少女、鏡は魔法への入り口なのか?
日本アニメの初期から始まる魔法少女ものは、1966年の「魔法使いサリー」から始まって、「ひみつのアッコちゃん」そして1971年には「魔法のマコちゃん」となりますね。
これはアンデルセンの「にんぎょ姫」がモチーフとなっています。
魔法ものといえば変身したり、空を飛んだりするのだけど、これはいろいろなバリエーションが出つつも女の子ものに限っては、やはり鏡ということになります。
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今年の初めに近畿大学などは直径が1mを超える世界最大級の魔鏡を製作し、国立科学博物館で一般公開したというのがありました。
魔鏡とは外見はふつうの鏡だけど光を当てて反射した光を壁に投影すると、裏に刻んだ模様が浮かび上がるという金属製の鏡。
紀元前100年に中国で初めて作られ、江戸時代の日本では隠れキリシタンがキリストの像を魔鏡で映し出し、密かに信仰の対象とした。
現代でも魔鏡がなぜ映るかは完全に解明されていないらしい。
まあ、魔鏡でなくても鏡はあやかしのものなのだ。
ぼくなど未だになぜ左右が逆になるのに、なぜ上下反対にはならないのか、それもよくわからない。
よく家にある母親の3面鏡で無限に続く自分を覗いて不思議だった。
橋の上からゆっくり流れる川面に映った自分を見て落ちそうになったりはしませんでしたか?
「白雪姫」はもとより「魔法使いサリー」「ひみつのアッコちゃん」「プリキュア」など魔法とのつながりが女の子に多いのは鏡が身近にあるからです、たぶん。
男では「ミラーマン」があったけど、身近に鏡がないので変身にも苦労していたような…。

一条ゆかり
現在、日テレで放送されている「有閑倶楽部」の原作はもちろん一条ゆかり。
1968年のデビューで1971年には初期の代表作「風の中のクレオ」をりぼんで連載し、いまだ少女マンガ界のトップにいる女王です。
ぼくは必ずしも原作にこだわらないけど(アニメ版の「時をかける少女」など設定ががらりと変わってもやはりテーマは不変だ)、「有閑倶楽部」はどうなんでしょう。
人それぞれなので別にいいのだけど、原作に思い入れがあるとやはり言いたくなってしまう。
なぜ剣菱悠理ではないのだ。
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思い起こすのは「のだめカンタービレ」。
もともとはTBSで予定されていたけど、いろいろ紆余曲折があってフジに変わることとなった。
のだめは上野樹里で変わらなかったけど、千秋は岡田准一が予定されていた。
岡田准一も悪くないけど、それは主役をのだめから千秋に変えるということらしいのだった。
原作の二ノ宮和子が強く抵抗したらしく、結局フジに移行し、千秋に玉木宏を得て傑作となった。
もっとも急遽「のだめ」を中止としたTBSは「花より男子」(井上真央)となって、ともに大ヒットとなる幸運となった。
一条ゆかりは何も言わなかったのだろうか。
まだ始まったばかりではあるけれど…、幸運となるだろうか。
でもさすがに一条ゆかり。初期の「風の中のクレオ」もまだ書店で手に入るのだった。