理系・文系を重ねて見る光景は
「シベールの日曜日」「君や知るや南の国」「灰色の御花」
すこし話がずれます。
前々回取り上げた「飛べ!フェニックス」の模型飛行機デザイナーのオタクドイツ青年を演じていたハーディ・クリューガーは、もうひとつ象徴的な青年を演じています。
「シベールの日曜日」ですね。戦争で記憶を失った青年と家族に見捨てられた少女との魂の触れ合いとも言うべき美しい物語ですが、周囲の誤解で痛ましい最期となります。
青年ですが記憶をなくし精神退行しているので心は少年のままなのだけど、世間は変質者と見なしてしまう。
何も持たない少女の心からのプレゼントって何だと思いますか?
それは少女の真実の名前シベールだった。
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名前は単なる記号ではなく、自分そのもので大切ものなのだ。
青年と少女のピュアな物語というと、ゲーテの「君や知るや南の国」も思い出しますが、これも悲劇で終わります。
水樹和佳「灰色の御花」でようやく幸せを見つけたのでした。
なお、風見鶏は少女が教会の風見鶏を取ってくれたら、本当の名前を教えてあげると言ったからなのだけど、これもなにかの寓意があるのだろうか。
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ジュニア小説「おさな妻」
小説ジュニアという雑誌があって、連載が終わるとコバルト文庫となった多くのジュニア小説があった。代表格の富島健夫は芥川賞候補でもあったけど、後年は官能小説により接近した。
「おさな妻」などはその富島健夫のジュニア小説の代表作。なかなかドキドキする題名だけど、なあに、今日のその種のライトノベルの過激さとは比較にもなりませんが、意外にクラシックでよろしいかも。
ジュニア小説を読んだ人は少ないかもしれないけど、「おさな妻」は映画にもTVドラマにもなったから知っている人も多いだろう。
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斎藤美奈子が以前、やはり富島健夫の「制服の胸のここには」を読んでなんと健全なジュニア小説といっていたけど、当時の男女交際、不純異性異性交遊といってもこの程度のものだったのですね。
それでも地方の少年、少女は憧れ、ドキドキしたのであった。
意外にクラシックでよろしいかもというのは、斎藤女史、あの大ベストセラー片山恭一『世界の中心で、愛を叫ぶ』を富島健夫も真っ青の古式ゆかしいジュニア小説と断じてます。
ジュニア小説と軽んずるなかれ、青春はいつも恥ずかしい。
今は大女優の関根恵子だけど、「おさな妻」は15歳の時だからほんとうに苦労してきたのだ、たぶん。
「制服の胸のここには」も映画化されて主演は鳥居恵子だった。
これもポスターがあったのだけど、見つかっていない。
彼女は清純派の扱いだった。
閑話休題 航空祭その2
各務原ではときどきグライダーも見かけますね。
映画「華麗なる賭け」でも滑空シーンが美しかったのが印象的です。「かかみがはら航空宇宙科学博物館」にもグライダーが2機展示されています。子供のころは模型も作ったものだけど。
航空機ファンも模型ファンも人間ドラマファンも熱く楽しめる映画が「飛べ!フェニックス」です。
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映画「飛べ!フェニックス」はサハラ砂漠上空で輸送機が、砂嵐に遭遇した上にエンジントラブルを起こして、砂漠のど真ん中に墜落してしまう。
12名が生き残るけど、絶望的な状況に追い込まれていくなかで、一人が思いがけない提案をする。 墜落機のスクラップから飛行機を自作して、砂漠から脱出しようと言うのだ。
機長は反対するがワラにも縋る思いの生存者たちは、この試みに賭けてみる事にする。
かくして、波乱万丈のなか「フェニックス」と名付けられた飛行機が誕生するのだ。
ところで提案した青年は航空機デザイナーと名乗るのだが、ある日、機長は青年の持つカタログを見てしまう。
「そのカタログは君の会社のものか」
「ああ、そうだよ」
そのカタログは模型飛行機のものだった。本物の飛行機の設計などしたことはなかったのだ。
「でも、原理は同じだ」
ドイツ青年のオタクぶりが見事です。

ラストはぜひ映画をご覧ください。
模型メーカーには今でも憧れてしまうなあ。そういえば航空祭でもバンダイのブースがあったのであった。

岐阜基地航空祭で流れるのは「ボレロ」
閑話休題。
10月28日は岐阜基地航空祭で実に久しぶりに行ってきました。
上天気だったとはいえ、それとも岐阜基地開庁50年記念ということなのか、今はこんなに人が来るのだ…と思うくらい多かったなあ。
あれだけの一大イベントなのに入り口の「航空祭」の垂れ幕は、小学校の運動会なみでなかなか微笑ましい。若い親子連れが目立ちます。
コスプレサービスもなどもあるのだなあ。
会場内は音楽も流れていてなぜか、小田和正やラヴェルの「ボレロ」。今日の「たかじんのそこまで言って委員会」の防衛庁関連の映像のバックにも「ボレロ」でなにかお約束でもあるのかしらん。
それにしても今日の「委員会」ゲストの防衛省元官僚すごかったなあ。
すべてフィクションということなのですかね。
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すこし南町奉行だった鳥居耀蔵を思い浮かべてしまった。
鳥居耀蔵は鬼才ともいえる儒学派で洋学派の渡辺崋山など蛮社の獄で徹底的に追い詰めた人で、老中水野忠邦失脚後、同様に失脚、罪にも問われ家は断絶、四国丸亀藩に「お預け」つまり幽閉された。
将軍、老中が変わっても赦免されることなく、明治維新までの23年間幽閉され続けている。
妖怪とも言われた鳥居耀蔵は官吏だった頃の酷薄さと幽閉されてからの慈しみの深さは天と地ほど違ったらしい。
耀蔵の父林述斉は次のように心構えを説いた。「小善は大悪に似て、大善は非情に似たり。目前の気受けなど気にせず、大善実現のために非情に徹せよ」。
真理かもしれないけど人は日々を生きるものなのだ。真理を探るのは人間の特権だけど、囚われると恐ろしいものでもあります。
天文学も何千億年という時系列ばかり考えていると、日々の小事が虚ろになってしまう危険があるけど、一部官僚もこういう考え方をするのかとすこしびっくりしたのだった。
いや、航空祭の話だった。身近で見るほんものはやはりすごいよ。


アイドル
マンガ・アニメは名作なのにこんな徒花のような映画「あしたのジョー」もありましたね。
売り出し中の石橋正次のための映画だったかも。
この時代新しいアイドルも生まれた来たから、青春映画・ドラマも多く作られていて、すこし今に似ているかもしれない。
このころは「奥様は18才」の岡崎友紀、「柔道一直線」の吉沢京子の2大アイドルがいて映画もありましたね。
その後も栗田ひろみ、原田美枝子、秋吉久美子など映画系、演技系の女優も出てきて、このあたりも今を連想させます。
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さてバンダイは今年11月から昭和30年代を中心に活躍した映画俳優や歌手などをプロマイドをシリーズ化する。
50?60代の世代の需要を見込むらしい。懐かしい「マルベル堂」のプロマイドもとに商品化するのだ。まず、吉永小百合など映画俳優シリーズ、美空ひばりなど歌手のシリーズからスタートするとありますね。
1シリーズあたり、非公開の人物を含め21人分。パックの中身は開封するまで分からない。昔の駄菓子屋の感じだなあ。
岡崎友紀派、吉沢京子派の前に酒井和歌子派、内藤洋子派というのがあって、ぼくは内藤洋子派だった。
それにしても「あしたのジョー」、この白木葉子って誰だよ?

モア
「モア」というと「ヤコペッティの残酷大陸」の美しい主題歌を思い出すけど、見たのはミムジー・ファーマー主演の「モア」。
すべてが強烈な映画だった。破滅的・退廃的なセックスとドラッグ、鮮烈な映像とサウンド(ピンク・フロイド)。
クラクラするような映画だった。
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ビートルズにやはり「lucy in the sky with diamonds」という曲がありますね。
頭文字を取ると「LSD」となって「LSDで幻覚を見てる時の歌」とも言われていて、たしかに「マーマレードの空」ってなんだよとって感じなのだった。
サイケデリックな時代でもあったのだ。
バラエティ、アニメ批判は今も昔も
「バラエティー番組は子どもに見せたくない」―。
岐阜県は昨今のテレビ番組をめぐり、県内の無作為に抽出した295小中学校のPTA会長を対象にアンケートを実施した。
6割を超える会長が「見せたくない番組がある」と答え、バラエティー番組を挙げた。「いじめの見本になる」「内容が低俗」などが主な理由。その一方で、「見せたいと思う番組がある」と答えた会長も約7割いた。
見せたくない番組は「ロンドンハーツ」「めちゃ2イケてる!」などバラエティー系が上位に並んだ。
理由は「いじめにつながる」「弱いものをいたぶる」など、学校のいじめの助長を懸念する声が多かったという。これ以上の報道が見当たらないので確実ではないけど、他にはアニメがきっと上げられているのだろう。
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まったく1970年ごろと同じではないか。
「8時だョ!全員集合」「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」などは当時、圧倒的な人気があったがPTAなどからたびたび叩かれた。
永井豪の「ハレンチ学園」(1970年にはドラマ化、映画化もされている)などは最たるもので非常に厳しい批判を浴びた。
今よりずっと激烈な批判だと思うけど、受ける側もタフで、また読者や視聴者の支持も熱かったのだ。安易な放送中止などはなく世論とも戦ったのだった。
筒井康隆も「くたばれPTA」という小説を書いていますね。
それにしてもなんと言われても、低俗呼ばわりされた番組を熱烈支持したぼくたちの世代が今や批判する側に回る皮肉。

「1万年と2千年前から愛してる…」(創星のアクエリオン主題歌
40年くらいでは人間はなにも変わらないのであった。
「戦争を知らない子供たち」 気分はもう反戦
やはり、そういう時代の気分を歌ったのが、おそらく「戦争を知らない子供たち」(ジローズ)です。
作詞はフォークルの北山修。
「気分はもう戦争」ではないけど、「気分はもう反戦」みたいな感じだったのかなあ。
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しかし、映画があったとは全く知らなかった。地方でも公開されたのだろうか。
調べてみると何気に痛そうな気がします。
このポスターを見つけたとき、「さえてる奴ら」という三ツ木清隆主演のさらに痛そうな青春映画のポスターも見つけたのだけど、これも全く知らない。まあ、青春はいつも痛いものでもあるけれど。
お蔵入り作品ってこともあるのだろうなあ、たぶん。
「いちご白書」をもう一度とは思わない
バンバンの「いちご白書をもう一度」(作詞・作曲荒井由美)で有名な映画「いちご白書」の公開も1970年です。薄汚れたリバイバル専門館(2番館)で見た。
学園紛争のなかノンポリの学生が、女子学生に引き連られて闘争に巻き込まれていくのだけど、実際こういうことは日本でもあったのだ。
ぼくの通う地方私大は、当時もう数少ない革マルの拠点校だった。
学生運動はもう下火となっていたけど、それでもまだ入り口前には学費値上げ反対の立て看が掲げられ、講義の前には必ず革マルのオルグがあった。
そしてオルグをするのは「いちご白書」のようになかなか可愛らしい女の子だった。
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デモにも一応誘われたけど、ぼくは結局行かなかった。好奇心旺盛だけど、根はオタクだったのだ。
見込みない男は意味がない、おそらく甘ったるいものじゃなかったのだ。
主題歌「サークル・ゲーム」(バフィ・セントメリー)もヒットしたから、それなりには映画もヒットしたのだろうか。
少なくともぼくは「いちご白書をもう一度」とは思わなかったのだった。
「M*A*S*H」の主題歌「Suicide is painless」
TVシリーズにもなったから知っている人も多いだろう。
映画「M*A*S*H(マッシュ)」はブラック・コメディの傑作です。戦争中(朝鮮戦争)だというのに、まあ、だからこそなのだが実に猥雑なユーモアに溢れた映画です(1970年公開作品)。
ポスターを見てもふざけ具合が分かりますね。
MASHとは、Mobil Army Syrgical Hospital(移動野戦外科病院)のこと。
医師としての腕は確かなのだが、すべてがむちゃくちゃなのだった。
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さてこの「M*A*S*H」の主題歌は映画の喧騒とうって変わって、バラード?の名曲です。
しかし、こんなに皮肉に満ちた歌詞とは知らなかった。

Suicide is painless(自殺は苦しくない)

朝早くの霧ごしに僕は見た、物事のあるべき姿を。僕のために準備されている苦痛を。このことは僕にも分かるし、理解できる。自殺は苦しくない。いろいろ気分転換にもなる。それにやるかやらないかは自分次第。
人生はかなり大変なゲームだ。どっちにせよ僕に勝ち目はない。いつか負けのカードに賭ける羽目になる。だから僕が言うべきことはこれだけだ。自殺は苦しくない。いろいろ気分転換にもなる。それにやるかやらないかは自分次第。
時という剣が僕らを突き刺す。はじめのうち痛みはないが。やがて時とともに効いてきて。歯を食いしばっても痛みは強くなる。自殺は苦しくない。いろいろ気分転換にもなる。それにやるかやらないかは自分次第。
ある時、勇者が僕に訊いた。大切な質問に答えてほしい。生きるべきか死ぬべきか、と。僕は答えた「やれやれ、なぜ僕なんだ?」。自殺は苦しくない。いろいろ気分転換にもなる。それにやるかやらないかは僕次第。
君だって、やるかやらないかは自分次第なんだ。

もちろん、自殺を勧めているわけじゃなくて、どんな状況でも「まあ、がんばれ、やるかやらないかは自分次第なんだ」と皮肉たっぷりに歌っているのであった。
特撮の神様 円谷英二に夢中
この年はまた、いま何かと話題になっている「円谷プロ」の創設者で日本特撮の父、特撮の神様 円谷英二が亡くなっている。
「ウルトラマン」シリーズ、東宝の「ゴジラ」シリーズなど子供達は夢中で見た。
テレビに夢中な世代となった。
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今も日本の子供は世界でいちばん視聴時間が長いともされていているけど、それに取って代わりつつあるのが携帯電話らしい。
NHKと民法でつくる放送倫理・番組向上機構のシンポジウムによれば、よく見る番組はバラエティ、ドラマ、アニメの順で、集中してみるのは30%で「ぼんやり」「ながら」「ちらちら」などの非集中視聴が多く、家族と見ていても番組内容に語り合うなどことはないらしい。
脚本家の岡田惠和 (ちゅらさん、バンビーノ等)は視聴スタイルについて「中高生の子供がいるが、同じように目は携帯で耳はテレビ。ドラマも今の子供は感情移入の度合いは浅く、作り手の感覚で見ている…」
作り手の感覚か、確かにそんな感じがしますね。
もう夢中で見たり、読んだりする感動は生まれないのだろうか。
ぼくは兄に何度も「糸が見えてる」と言われてもさっぱり見えなかった。何度見ても夢中になってしまうのだった。
そういう感覚が熱い作り手にもなっていくはずなのだけど。
オタク的視聴者はもっとも夢中になる人だったけど、時代はオタクにも及び、夢中ではなく批評的になってきています。
批評する機能を持つ消費者はクリティシュマーと呼ばれ(クリティークとコンシューマーを組み合わせた造語)、批評的に作り手に影響を与えるものになりつつあるのかもしれない。
三島由紀夫
1970年の衝撃的なニュースは「三島事件」。
作家の三島由紀夫が「楯の会」会員4人と東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で総監を監禁し、バルコニーで自衛隊員にクーデターを呼びかけたのだ。
賛同者がいないことを知ると、三島は総監室で割腹自殺した。ためらい傷すらなかったという。
三島がバルコニーで演説するシーンはニュースで流れた。
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三島由紀夫はSF作家などとともに「日本空飛ぶ円盤研究会」にも参加したりするように、川端康成とともにノーベル文学賞候補に上げらながら、異端の人でもあった。
ぼくが読んだのは「潮騒」のみ、以前は青春映画として繰り返し映画化され、川端康成の「伊豆の踊り子」と同様に若手女優・アイドル(吉永小百合、山口百恵など)の登竜門的作品となった。
もしかしたらそういうつもりで書いたんじゃないのかなあ。
あなたのとりこ
朝のワイドショーを見ていたら「秋をイメージする歌」ベストをアンケートしていて「誰もいない海」が5位に入っていた。
人それぞれの秋を思わせる名曲だと思うけど、フォークの名曲とナレーションがあって、そうかフォークだったのか。
トワ・エ・モアだし、そんな気分の歌だけど作詞が山口洋子だとなんとなく違和感がありますね。
シルビー・バルタンはフランスのアイドル歌手だったけど、そんな彼女さえ、1970年にはプロテスタントソング「悲しみの兵士」を歌っている。
日本もフランスもそんな気分の時代だったのかもしれない。
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いちばんヒットしたのはやはり「あなたのとりこ」。
テレビドラマやCM、映画でもよく使用されるのをみると、「あなたのとりこ」になったクリエーターも多かったのだね。聞くとなにか元気になるのだった。
あとやはり気にかかるのは「バルタン」という名前ですね。
もちろんバルタン星人とは何も関係なくて小柄で可愛らしい人なのでした。
ETV特集21世紀を夢みた日々・日本のSFの50年を見て
「ETV特集21世紀を夢みた日々・日本のSFの50年」は見ごたえがありましたね。
貴重なフィルム・音源がけっこうあり、小松左京・筒井康隆はもちろん多彩なゲストで星新一夫人、鏡明は初めてテレビで見た。
各エピソードはほぼ知っていたりするから、SF第一世代を間近に見てきた読者層・視聴者層になるだろうか。
あの頃は作家もファンもまだ「認知されない世界観ともいうべきSF」を共有することによる濃密な連帯感があったのだ。
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やはり黎明期だったTV、アニメ、漫画誌、学習誌などともに活躍の場を広げてきた経緯が再確認できました。
でも栗山千明のようなアニメ好きでもSFという感覚がなかったのは意外でした。
SFの浸透と拡散はなお続いていて、ライトノベル「涼宮ハルヒの憂鬱」もそういう下地のなかで、軽やかに生まれて来たのだろう、たぶん。
リアルタイムで見たけど、録画しておいてよかった。
ETV特集21世紀を夢みた日々・日本のSFの50年
1970年に入ったばかりなのに、いきなり原田知世版「時をかける少女」のポスターがあるのは、理由があって今日10月21日の「ETV特集」なのだ。
20世紀を夢みた日本・日本のSF50年とあって、そういえばワールドコンも日本で開かれた。
鉄腕アトム・ウルトラQ・エイトマン SF作家との意外な関係
星新一の幻の映像が
小松左京と大阪万博
筒井康隆の名作秘話
少年ドラマシリーズ
●宇宙戦艦ヤマトほか
夜10から11時30分の大特集です。
まさに「るらら科学の子」にふさわしい特集となっています。
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「星新一がSFという星を見つけ、小松左京がそれをブルドーザーで開拓し、そこを筒井康隆がスポーツカーで口笛ふいてやって来た」と言ったのは石川喬司だったろうか。
もっとも筒井康隆はそんなに気楽にやってきたわけじゃないとも言っていたけど。
文壇的には差別されていたのだ。
NHK「少年ドラマシリーズ」でSFに嵌った人も、ぼくに限らず多いですね。
なかでもその第1作はあの「タイムトラベラー」だったのだ。
その後も「時をかける少女」は繰り返し、映画にドラマにそしてアニメ化もされたのだった。
世界中の若者を魅了するアニメやマンガ、ゲームなどのジャパニーズ・サブカルチャー。
その源流をたどって行くと、戦後独自の発展を遂げた日本のSF文学に突き当たる…、見なければならないではないか。
       ETV特集21世紀を夢みた日々・日本のSFの50年
1970年ビートルズ「レット・イット・ビー」
そろそろ1970年代に入ろう。
もちろん、もっとあとになってだけど実は3年間ほど映画館に勤めていたことがあった。
東宝、松竹などの邦画、洋画系の封切館、名画座も持つ地方の有力興行会社で営業として入社した。
まったくの映画低迷期でとりわけ邦画は入らなかった印象ばかりあるのは、プレイガイドなどのチケット売り場で、前売り券がそのままの枚数で回収することも多かったからだろうか。
ヒット作もあったはずなのだけど。
最後の1年は名画座というか2番館にいた。
そこで定番のようにあったのが「ビートルズ大会」だった。
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「レット・イット・ビー」「HELP!」「ヤア・ヤア・ヤア」の3本立てが多く、ときには「マジカル・ミステリー・ツアー」というのもあった。
2番館もなかなか人は入らず、そのなかでビートルズものは安定的に見込める貴重な定番映画だったのだ。どこでもよく掛けられていたのだろう。
フィルムはつぎはぎだらけのボロボロのも多く、当時よくフィルムが切れてスクリーンが真っ暗になったのだった。
配給会社からの資料で上映時間を組むと、上映時間が5分ほども短いのもあって休憩時間がやたら長くなり、音楽映画だというのに音がそれほどに飛んでいたのだった。
それでもクレームはつくことはなかった。
1970年代後半のことだけど、映画はそんな斜陽な時代だった。
「若草の萌えるころ」ジョアンナ・シムカスに憧れたころ
少し前の「ビストロSMAP」のゲストはアランドロンだった。アラン・ドロンの映画もたくさん見たけれど、もう映画館ではなくテレビの洋画劇場などで見るスターだった。
「太陽がいっぱい」など代表作はいっぱいあるのだろうけれど、やはり映画「冒険者たち」に憧れた人が多いのではないだろうか。
もっともこの映画ではリノ・バンチュラがかっこよく、男の友情を描いた。
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最初に海外女優でファンになったのは、おそらくこの映画のヒロインでもあったジョアンナ・シムカス。「レティシアのテーマ」はまだ口ずさめます。
画像はやはりジョアンナ・シムカス主演の映画「若草の萌えるころ」のポスター。
題名の「萌え」もすこし特別の響きがあったような気がしますね。
彼女がシドニー・ポワチエと結婚した時はいささか呆然とした。
それにしてもアラン・ドロン「若くいるために必要なのは女性です」と言い、格好いい男とはと問われても「格好いい男じゃなくて、素敵な女性が問題なんだ」とはさすがにフランス人。
浮気されて離婚されてしまったサルコジ大統領も、隠し子を公邸に置いていたミッテラン大統領(マスコミに暴かれて大統領は「エ・アロール(それがどうしたの)?」と言った)もフランスの大統領なのだった。
大人の文化のフランス、子供の文化の日本、相性がいいのかもしれない。
1969年周辺の話になってしまった。

ミニチュア特撮は伝統芸能か
ニュースによれば、映像コンテンツ制作のティー・ワイ・オー(TYO)は、10月17日「ウルトラマン」シリーズの制作で知られる円谷プロダクションの株式の68%を4500万円取得し、傘下に収めた。
ウルトラマンシリーズは、スタジオ内にミニチュアの都市などを組み立て、怪獣との戦闘場面撮影する手法で人気を博した。
TYOは「CGを活用すれば映像効果の高いものが短期間、安価で作れる」とし、今後はCGによる背景と人間が演じるヒーローや怪獣とを組み合わせる手法を主体とするらしい。
そして円谷プロが作り上げてきた特撮を伝統芸能と言い切ってしまった。
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たしかに伝統芸能かもしれないけど、であればより残す必要もあって、またそれは営利企業の責任ではないかもしれないのだけど。
「ローレライ」「日本沈没」樋口真嗣監督が言ってたと思うけど、映画「メリーポピンズ」(1964年制作)でメリーポピンズが空から降りてくるシーンがあって、まあ、よくある特撮と思うけど、実はどう撮影されたのかよくわからないのだといいます。
技術的伝承は一度失われると再び取り戻すことは非常に困難だということを示しますね。
CG全盛の映画界ですが、古典的な特撮技術は失われてしまってもいいのだろうか。
宮大工のように技術伝承の方法を考えないと…。セルアニメも一緒だけど。
画像は円谷プロの1969年の名作「怪奇大作戦」。

スパルタ教育とゆとり教育
学力低下の議論が高まる中、約40年ぶりに復活した全国学力テストの結果は基礎知識が70?80%、基礎知識を活用する応用問題が60?70%と応用問題の正答率が低かった。
40年前というから比較もよく出来ないだろうけれど、応用問題に限らず基礎学力にしろ確実に落ちているような気がしますね。
あの頃は小学生でもおおよそ韓国でもブラジルでも世界地図で差し示すことが出来たように思うけど、今や高校生でも怪しい。
ちなみに実家に残されていた1952年の児童年鑑には地理、日本史、世界史の略年譜、当用漢字表、こよみなどから日本国憲法、国連憲章、皇室典範、教育基本法、民法、刑法まで要点の記載があった。
さらには万葉集、深遠なる格言、詩まであった。これ児童年鑑です。
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学校の序列化、自治体間の競争の弊害が言われ、今日の「ゆとり教育」となったけど、江戸時代の寺子屋のほうが教養豊かだったかもしれない。
そんな全国学力テストが中断して間もない1969年、ベストセラーとなった石原慎太郎「スパルタ教育」。のちに石原裕次郎で映画化されている。
個人的な感想でいえば、根拠のない屁理屈をこねているより勉強しておくのだったと思うけど、そうはいかないのが青春。
盛年重ねて来たらず、一日再び晨たなり難し。時に及んで勉励すべし、歳月は人を待たず(児童年鑑より 陶淵明)
「カムイ外伝」変移抜刀霞斬りならぬ位相微塵斬り
2005年に「カムイ伝全集」の刊行が始まったとき、「自由と平等を求めるカムイの夢はテロと戦争にゆれる今こそ新しい」と大きく新聞広告に打たれていた。錚々たる人々が推薦文を書いていた。
ぼくは少し遅れてきた世代だけど、それでもすごく衝撃を受けながら読んでいたのでした。
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1969年にはテレビでも「忍風カムイ外伝」が放送された。
もともとミーハーなぼくはいろいろな忍び技、変移抜刀霞斬り・飯綱落としなどに憧れたりしたのはいうまでもありません。
「眠狂四郎」「素浪人月影兵庫」「燃えよ剣」など時代劇が大好きで、いつもの脳内妄想でたちどころに剣の達人になるのだった。
剣術の流派は一刀流、陰流、霞流、示現流、二天一流、宝蔵院流、新陰流、京八流、柳生新陰流など戦国時代だけでもいっぱいあるのだが、のちにぼくが編み出した秘剣「位相微塵斬り」は、名の通り、見えざるものを斬るという秘剣中の秘剣です。
見えざるものを斬るので、斬れたかどうか確認が出来ないのが利点でもあり、難点です。
探偵ガリレオこと、物理学科助教授 湯川学に解明できるだろうか?
アメリカン・ニューシネマ 「イージー・ライダー」
この年、アメリカン・ニューシネマの代表作「イージー・ライダー」が公開されています。
同じく「明日に向かって撃て」「真夜中のカーボーイ」も1969年だから、やはり映画は時代とリンクしていますね。
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なかでも「イージー・ライダー」は象徴的な作品で、当時のアメリカの風俗や反体制的なにおいが強く感じられますね。
中年オヤジがハーレー・ダビッドソンに憧れるのは、この映画の鮮烈なイメージもあるからです、きっと。
ぼくなどはまだ海外旅行に行ったことがないのだけど、この「イージー・ライダー」と「ミシシッピー・バーニング」を見てアメリカ南部には行きたくないと思ったのだった。
脚本にはテリー・サザーンが参加していて、彼の小説「キャンディ」を読んだのを思い出します。
文庫の表紙は映画のジャケットが使われていて、色は内容にふさわしくショッキングピンクだった。
「サインはV」など不可能技に憧れた頃
「アタックNo1」と共に人気を博したのが「サインはV」。同じマンガ原作だけどこちらは実写化だった。
この頃、流行ったスポ根マンガは根性の果てにたどり着くのは魔球、不可能技だったのだ。
同じ頃に「金メダルへのターン」という水泳ドラマ(原作はマンガ)もやっていたけど、どうみてもふつうのクイックターンを磨いたほうがいいだろうに、空中を飛ぶ「とびうおターン」とか夢というかファンタジーにかけているのだった。
「柔道一直線」も不可能技のオンパレードでしたね。柔道には空気投げというファンタジーな名前の本物の技もあるから、よけい連想したのかもしれない。
でも最大の不可能技は柔道技ではなく、ピアノに飛び乗り足指で弾く「ネコふんじゃった」で、荒唐無稽さも突き抜けていました。
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「サインはV」でもドロップサーブはあるけど、ギザギザに落ちるような「稲妻落とし」はないだろう。
突き抜けるてしまうとかえってリアルに近づくもので、それに些細なデティールが積み重なると、脳内でたちまちの内に天才スポーツ少年が出来上がるのだった。
テニスも全く知らないのにイースタングリップなどラケットの握りの違いも把握し、打点を変えることも、その困難さも脳内的には理解しているのだった。
魔球、不可能技に頼らなかったスポ根は「エースをねらえ!」の岡ひろみを待たなければならない。
ここで基本はまず体を鍛えることと気づいたのであった。
ちなみに「あしたのジョー」はスポ根とはいえず、「ただいまの記録2分20秒5」のヒロイン関根夏美も特別な技はないけど、きっと誰も知らない
「この一球は無二の一球なり」。マンガで学んだことはほんとうに多いのだった。
天才!楳図 かずお
周辺住民が工事差し止めを求めていた楳図 かずおの住宅について、東京地裁は申し立てを却下した。
赤白の縞模様の外観が問題とされたのだけど、「この地域にある建物の色は様々で、特別の景観があるとは言えず、景観の利益が侵害されるとはいえない」とした。
住民側の弁護士によると住民は「心身ともに疲れており、今は正式な裁判で争うことは考えられない。楳図さんは世界中が反対しても建てるんでしょうね」と話しているという。
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楳図かずおは天才だけど、商業漫画家としてやってきたのですよ、世界中が反対するようなことをするわけがなく、なぜ根拠もない極端なことを言ってしまうのだろう。
疲れているというなら楳図さんも同様でしょう。
同じ天才でも岡本太郎なら言われなかったりするのだろうか。
いささか漫画家に対する差別的なにおいを感じがします。
やはり天才建築家、黒川紀章はどのように思ったのだろうか。
画像は1969年「少年サンデー」に連載された楳図 かずおの「おろち」。
天才の生きづらい時代となってしまった。
人類初の月面着陸
人類が初めて別の天体「月」に降り立ったアポロ11号は1969年というから、少し驚きますね。
純然たるたるSFの世界が現実化してきた時代です。
実はアポロ11号以来、月の研究はほとんど進んでおらず、先ほど打ち上げに成功した日本の月探査衛星「かぐや」が、アポロ以来の本格な観測・探査を担います。
月の裏側の美しい画像を送ってきましたね。
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画像のポスターは映画「ミクロの決死圏」。こんなことがとも思ったけどカプセル内視鏡の実用化は確実に現実となりつつありますね。
体内に入った縮小化した医療チームは、危機に陥りながらも何とか任務をなし終え、たしか涙とともに排出されたと思うけど、遠藤周作にパロディ小説があって、こちらはたしか大便とともに排泄されたような。
青春の殺人者
1969年はまた連続ピストル射殺事件の容疑者永山則夫が逮捕されている。
永山は当時まだ少年で、この年はさらに千葉県市原市でも痛ましい事件が起こっている。
さすがにこの事件は記憶にないのだけど。
後にこの事件をもとに芥川賞作家中上健次が『蛇淫』を書き、長谷川和彦監督によって「青春の殺人者」として映画化された。
今も少年の残虐な事件が繰り返されるけど、凄まじいまでの劣悪な家庭環境によるものはもちろん、青春特有の不条理な感覚によるものでもない、葛藤も何もない、人を超えたような凶悪な事件となってしまった。殺人には変わりはないのだけど。
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主演は水谷豊と原田美枝子。長谷川和彦は結局、この「青春の殺人者」と「太陽を盗んだ男」との2作しか作らなかった。待望する人も多いのにチャンスもあるのに作っていない。
水谷豊は「太陽を盗んだ男」にもチョイ役で出ていて、カルトな監督に愛される人なのだった。
「相棒」は久しぶりの主演映画となりますね。映画の話になってしまっている。
お気に入りだった「青春の殺人者」のポスター、写真撮影後に水濡れにあい、悲しい姿になってしまった。


「フランシーヌの場合」そして「二十歳の原点」
この年、ベトナム戦争、ビアフラの飢餓状態に抗議して、パリの女子学生フランシーヌ・ルコントが焼身自殺した。
他にも女子学生は珍しいけど、そういうニュースをたびたび耳にした。
新谷のり子の彼女を歌った暗くて悲しい「フランシーヌの場合」もヒットした。
社会に向けても自分自身に向けてもナイーブな自省が深くある時代でもあったのだった。
そのエネルギーは社会的運動から個人に向かいつつあったのだろうか。
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やはりこの年、立命館大生 高野悦子が自殺し、後に遺稿をもとに「二十歳の原点」が出版され、映画化もされた。
彼女は「一人であること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」といって人生を閉じてしまったのだった。
現代はさらに自殺も多いかもしれないけど、青春の悩みは永遠に変わらないかもしれないけど、1969年このような形而上の問いをもって短い人生を閉じた女子学生がいたのだった。

「ヤングおー!おー!」でジローズは「戦争を知らない子供たち」を歌った
1969年は今のようにお笑いブームの年でもありました。
なかでも関西のMBS「ヤングおー!おー!」は全国ネットされ、桂三枝、明石家さんまなど全国進出を果たしたのだった。
見た人は少ないだろうけれど映画化もされたのだった。
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関西らしい垢抜けないベタなポスターです。
アイドル歌手も登場したりいたけど、お笑いとアイドルの間には少なくとも芸能界的には深くて暗い溝が厳然とあり、今のお笑いが場合によっては優位などという立ち位地はありえなかった(と思う)。
でもポスターを見てもお笑いが今もほぼ現役、あるいはビッグになっているのを見れば一目瞭然。
かくのごとく芸能界はアイドルに厳しいのだった。
まあ、一般的な昭和歌謡アイドルの登場はは70年代になるのだけど。
たしか「戦争を知らない子供たち」をジローズはこの番組でも歌っていたのだった。
画像はクリックすれば大きくなるので出演者が確認できます。
1969年 赤頭巾ちゃん 気をつけて
1969年に芥川賞を受賞したのは庄司薫の「赤頭巾ちゃん 気をつけて」です。
その後も「薫くん」シリーズは4部作として書き継がれた。
背表紙に赤・黒・白(緑)・青の印がついていましたね。
庄司薫は当時若者のバイブルのように読まれ、日本のサリンジャーという人もいたし、現在では村上春樹との相似を指摘する人も多い作家です。比喩の巧みさ、作品名の感じもきっとそうですね。
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映画が作られたのは「赤頭巾ちゃん 気をつけて」「白鳥の歌なんか聞こえない」の2本です。
「赤頭巾…」は見ていないけど「白鳥の歌なんか聞こえない」は岐阜東宝で見た。
上映終了後、映画館でポスターを頼んでもらった。
立て看用の2枚組みで自室に貼っていたのだった。
主演の岡田祐介は後に東映の社長になった人で、お坊っちゃん然とした感じで悪くなかったし、「赤頭巾…」のヒロイン由美の森和代は森本レオと結婚して引退してしまった(「白鳥の歌…」では本田みちことキャストが変わっている)。
季節は秋。「皺寄せて 煙草吸うかや ワレモコウ」
1969年、庄司薫の目にはそう見えたのだろうか。
「フラガール」人生には降りられない舞台がある…
そのNHKBS「日めくりタイムトラベル」と同時間に放送されていたのが、映画「フラガール」でこちらは昭和40年の物語です。去年、小品ながら大ヒットとなり、各映画賞も総なめにした。
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廃れ行く炭鉱の町、炭鉱にしがみつく人、新たな希望を見出そうとする人、その町にやはり挫折を抱えたプロのダンサーがやってくる。
炭鉱会社が炭鉱から出る温泉を利用して巨大レジャー施設ハワイアンセンターを作ろうというのだ。
挫折や屈折を抱えるものがそれぞれを補うことにより、再生を見出す物語はいつも感動をもたらします。
炭鉱の町からの脱出でいえば、先に取り上げた「遠い空の向こうに」があるけど、でもこれは町そのものの再生でもあり、そしてまぎれもなくダンス映画なのだ。
松雪泰子と蒼井優のフラダンスなかなか見事です。
英映画「リトル・ダンサー」も炭鉱の町だったなあ。
あの頃の夢みる設定の場所には相応しいのかもしれない。
「人生には降りられない舞台がある」とはこの映画のコピー。
そして夢の舞台はかなうのだ。
夢は決してあきらめてはいけないのでした。
NHKBS「日めくりタイムトラベル」は昭和43年
1968年はもう終わりにするはずだったけど総括をするように、昨日10月6日のNHKBS「日めくりタイムトラベル」は1968年だった。
あらためて見ると全共闘の時代だったのだ。
ぼく達はまだ地方の子供に過ぎなかったけど、でも時代の雰囲気はあった。
中学2年の時、学級新聞を作ることになってクラスの秀才が「2Bプラウダ」というのを提案し通してしまった。ぼくは新聞だけはよく読んでいたので少しびっくりした。
先生は少し困ったような顔をしていた(と思う)。
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しかし「ねじ式」「フォークル」「サイケ」…面白い1968年だったのだ。
スタジオにいた全共闘世代が、もう一度学生に戻っても「やる」言っていてタフだなあ。
合ハイっていいなあ、分かりますか?