理系・文系を重ねて見る光景は
乃木坂・欅坂、やっぱり青春は坂道
乃木坂46がライバルAKB48を抑えて、日本レコード大賞を初制覇した。今年は、後輩グループの欅坂46もシングルが次々と大ヒットするなど台頭。来年の「坂道シリーズ」の黄金時代到来を予感させた。乃木坂46は充実の時を迎えている。11月に計11万人を動員した東京ドーム初公演は、2日間で応募約55万が殺到した。全国ドームツアーを来年にも開催可能な圧倒的な人気ぶりだ。
デビュー2年目の欅坂46も、既に立ち位置を確立した。今日31日のNHK紅白歌合戦で披露する「不協和音」は、立憲民主党代表の枝野幸男氏も歌うなど、幅広い層から支持された。個々の人気も、センター平手友梨奈(16)だけではなく、今月発売の初写真集「ここから」が発売初週で9・8万部を売り上げた長浜ねる(19)ら急速に伸びている。さらに関連グループ「けやき坂46(ひらがなけやき)」の人気も急上昇中。音楽関係者は「欅坂46とは別グループとして十分デビューできる力がある」と太鼓判を押す。
来年の日本レコード大賞では、乃木坂46と欅坂46による「坂道シリーズ」で受賞を競い合う展開も十分に予想される。(スポニチ)

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そうか、ついに坂道の時代がやって来たか。坂道といってもやはり彼女たち、青春は上り坂ですね。
「にっぽん縦断 こころ旅」の火野正平さんの下り坂大好きというのもありますが。
このあたりのイメージはやはり青春小説の大家 石坂洋次郎の「陽のあたる坂道」あたりから来るのかな。
僕の青春の頃を彩ったドラマ「俺たちの旅」の主題歌でも「♪夢の坂道は木の葉模様の石畳 まばゆく白い長い壁…」と歌われているし、主演の中村雅俊の妹役だった岡田奈々のヒット曲「青春の坂道」などもまさにそれで、彼女のオリジナルエピソードともいえる「少女はせつなく恋を知るのです」でも、この歌は歌われます。

♪青春は長い坂を上るようです 誰でも息をきらし一人立ち止まる
そんなときキミの手の優しさに包まれて 気持ちよく泣けたなら幸せでしょうね…

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画像は岡田奈々主演「青春の構図。原作は曽野綾子。

僕は乃木坂も欅坂も行ったことがないけど、陽のあたる坂道、息の切れるような長い坂なのだろうか。
まあ、僕の乃木坂のイメージはやや完成された清楚で上品、欅坂はまだ未完の荒削りで、まだこれから始まるだろう青春の坂道で、だから叫びたくもなるし、怪我することもあるのだろうなあ。
いつか「ブラタモリ」か「タモリ倶楽部」で「乃木坂」「欅坂」からそれぞれゲストを招いて、坂道見学ツアーでもやらないかなあ。
地形や地質のほかにも意外な発見があるかもしれないぞ。
艱難辛苦が待ち受けていようともやはり上り坂、青春の坂道は越えなければならない。そして、あの耀きは二度と戻らない。
下り坂ともなるとですね。
いつかの正月の「こころ旅」の火野正平の独白より。
大分から宮崎の県境のとてつもなく長い下り坂 下っても下っても ただ降りるだけ。
ようやく10分以上も下った行き止まりにひなびた温泉旅館があり夕暮れも近いので、泊めてもらおうと玄関に入ると「あいにく団体旅行のお客様で満室、ただ特別室が1つ空いているだけ」だという。
思い切って泊まることにしたのだが、部屋に入っても これのどこが特別室 ? と思ってくつろいでいると
「わぁ~ わぁ~  キャ~ キャ~」 と 華やいだ声。ふと表を見るとなんとそこは露天風呂の正面ではないですか !
しかも女風呂 おりしも本日の団体客はAKB48の忘年温泉旅行…
なんて、正平さんの初夢らしいですよ。今年だったら「乃木坂」「欅坂」でしょうかねえ。
まあ、くぐり抜ければこんな楽しい思秋期、老年期もやってくる!?

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画像は「坂の上の雲」より。
彼らは明治という時代人の体質で、前をのみ見つめながら歩く。
登って行く坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて坂を登って行くであろう。
平成の彼女たちは坂の上の何を見つめて登っているのだろう。
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テーマ:乃木坂46 - ジャンル:アイドル・芸能

ツイッギーを探せ。1980年のオタクを探せ
NHKの朝ドラ「ひよっこ」はほんとうに戦後高度成長期の明るい未来を単純に?信じた当時の雰囲気を見事に描きますね。
もちろん、なんにでも負の側面はあるけれど。
まあ、それはさておき(増田明美調で)。

「ツイッギーを探せ」とは昭和的なタイトルがうまいですね。
これはもちろん仏映画「アイドルを探せ」からで、シルビー・バルタンの主題歌も大ヒットになった。
シルビー・バルタンは「アイドルという職業はない」と言ったというけど、まさにこの映画で、この主題歌で日本にアイドルという言葉を根付かせたばかりでなく、「アイドルは見つけ、探し出し、育てる」という今のAKB48に至る日本独自のアイドル文化を「アイドルを探せ」という言葉で意味づけたのだ。
僕もこのアルバムや「あなたのとりこ」などを買って、名古屋市公会堂のコンサートにも行き、その後も続々とアイドルに嵌ることになった。

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ただ、あの頃は歌謡曲はもちろん、洋楽も溢れた時代で、映画も米映画だけでなフランス、イタリア、イギリス、ドイツなどくヨーロッパ系の映画もずいぶん公開されていた。
ちょうど今、シルビー・バルタンと並んで日本でも人気のあったジリオラ・チンウエッティ来日中だけど、サンレモ音楽祭の優勝曲だったのが「夢見る想い」で、「雨」なども大ヒットした。日本でも多くの歌謡祭があったけど、サンレモ音楽祭と同様に今は昔。
ポップス、ロック、シャンソン、カンツォーネ、フォーク、演歌、音頭まで幅広く多くの音楽が楽しまれた時代。
今はどうだろう。細分化することによって多様になっている感じかなあ。
「あまちゃん」でも「春子の部屋」など昭和のアイドルに浸かった部屋が見事に再現されていたけど、「ひよっこ」のみね子の部屋や愛子さんの部屋もあの頃の昭和な感じがよく出ているような気がします。

さあ、1980年ころのアニメ・アイドル・映画オタク青年の部屋がこれですよ。

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だんだん、恥ずかしげもなくなってきたな。
ユニチカガールだった紺野美沙子、薬師丸ひろ子は「野性の証明」に「写真集」のポスター。
「スター・ウォーズ」もありますね。いずれもB全。下にあるのはボンドガールのパネルかな?

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ステレオは兄貴が買ったのは家具調時代ののコロムビアで、僕の時代はスタイリッシュなパイオニアだった。

テーマ:懐かしい歌謡曲 - ジャンル:音楽

最後の「ラジオな日々」
さて、最後の「ラジオ」な日々です?
学生の頃、深夜まで起きていたのは勉強のためではなくラジオを聴くため、あるいは深夜まで起きて勉強していたという言い訳のためだったのが本当のところ。
さすがに「走れ歌謡曲」、または「歌うヘッドライト」が始まる頃にはほぼその目的は達成し、実は馴染みやすい歌謡曲をBGMに眠りにつくのだった。
『ラジオな日々』(藤井青銅著)はそんな時代のラジオ放送の最前線に立ち会った人が描くもので、面白い話が満載ですね。
放送作家(斉藤由貴 ネコの手も借りたいなど)でもあるのだけど、「星新一ショートショートコンテスト」の受賞者でもあったらしい。
やっぱり、古くは永六輔、青島幸男など放送作家は今に至るまで才能豊かな多いのだなあ。
しかし、深夜ラジオといえばやはり「オールナイト・ニッポン」。今振り返ってもすごいメンバーですからね。
画像は雑誌「バラエティ」のオールナイト・ニッポンの広告だけど、豪華でしょう。みんな若いし。

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タモリの「いいときだけのニッポン放送、陰で支える文化放送」という言葉は、言いえて妙。
つボイノリオもやっていたけど、どうだったのかなあ。オールナイト・ニッポンのつボイさんは聴いたことがない。
今や東海地方の朝の顔(CBC つボイノリオの聞けば聞くほど)ともいうべきつボイさんだけど、やっぱり下ネタだったらしい。
しかし、いいときだけ、いいときに変えるとも言われる「オールナイト・ニッポン」の凄さは変えられた人も多いけど、そのままに、あるいは場所を変えて活躍が続く人が多いのもそのタフさに洗われたゆえかもしれない。
また、ラジオはファンがつくと長くやってくれるので、志のある人は手を抜くこともなく、それゆえまた日常に当たり前のように組み込まれ続いていく好循環(マンネリ?)があったけど、最近はラジオといえども難しくなってきたかなあ。

テーマ:ラジオ - ジャンル:テレビ・ラジオ

「もう森へなんか行かない」 ラジオ深夜便
ときどき、ラジオをつけっ放しにして寝てしまうのだけど、やはりNHK「ラジオ深夜便」ですかね。
よく70、80年代の洋楽もかかるから、ふと目が覚めるとそのまま聞いてしまったりする。
あの頃の音楽を聴くと思い浮かぶのは映画やドラマで、けっこう映画音楽なども人気がありました。
ドラマにも洋楽が使われたりして、フランソワーズ・アルディなんかを聴くと、まず山田太一のドラマ「沿線地図」(フランソワーズ・アルディ もう森へなんか行かない)を思い出すものなあ。
しかし「もう森へなんか行かない」ですよ。もう今ならこんな邦題がつくことはないだろうなあ。
山田太一最後の連ドラ「ありふれた奇跡」もエンヤでいかにも山田太一な感じでした。
ちなみに「もう森へなんか行かない」「狼なんかこわくない」「ねこの森には帰れない」が僕の3大「ないシリーズ」ソングです!?  
惜しくも外れたのが「夢見る少女じゃいられない」。
歌にこだわらなければ「俺たちに明日はない」「大人はわかってくれない」「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」「僕は友達が少ない」「僕たちは戦わない」…いかん、キリがなくなってきた。

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いつだったかもシルビー・バルタンとジリオラ・チンクェッテイが特集されていて、このあたりの70、80年代の曲がよく使われているのは視聴者層、購買層が僕たちなのだろうなあ。
当時は音楽も映画も今ほどアメリカ一辺倒ではなくて、ヨーロッパ作品も意外なほど日本で人気があったのだ。
ビートルズは別格としても女優やアイドルとしても日本で人気がありましたね。
シルビー・バルタンなどは「アイドルを探せ」という映画も曲もあるくらいですからね。
ほんとうは気持ちよく眠れるはずだけど、かえって耳を澄まして聞いてしまうのだった。

野島伸司もドラマで上手く懐かしい洋楽を使うけど、山田太一とはまったくちがう選曲です。
NHK「お母さん、娘をやめていいですか?」がいよいよ最終回ですが、エンディングに流れる歌が久しぶりにそんな感じで、誰かなと思ったらサラ・オレイン「Little Doll」という曲だった。

テーマ:AMラジオ - ジャンル:テレビ・ラジオ

洋楽の聖地 名古屋市公会堂
1960年代以降、著名な洋楽アーティストの公演が行われている名古屋市昭和区鶴舞の市公会堂で六日、公演パンフレットやポスターなどで歴史を振り返る展示が初めてあり、多くの音楽ファンが訪れた。
1930年開館の公会堂は、特にロック公演が集中した時期があったが、市に記録や資料は残っておらず、歴史の全容は分かっていなかった。今年四月から改修工事のため2年間、休館するのを機に、多くの公演を主催したCBCテレビが社内外で調査し、資料を集めた。65年のフランスの歌手シルビー・バルタンさん以降、英国のデビッド・ボウイさんやレッド・ツェッペリンなど、舞台に上がった150のアーティストに関する資料が並んだ。(中日新聞)

僕は岐阜の田舎だったから高校の頃まで滅多に街(岐阜市中心部)にも行ったこともなく、ましてや名古屋などはほとんど行ったこともなかったのだが、名古屋市公会堂には数回行ったことがある。
初の洋楽コンサートを見たのはシルビー・バルタンだったのだ。さすがに1965年の時ではない。
興味がよりアニメやマンガ、小説、映画などに向いて行ったのであまり行かなくなってしまったのだけど。
でもまあ、コンサートに行かないまでも音楽をよく聞いたのはこのラジカセ。
カセットテープは久しく回したことはないが、ラジオならまだ何とか聞けます。

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当時としては高性能、高機能でスタイリッシュなデザインもあって未だに持っているのだ。
まだステレオも置いているからなあ。最近はカセットテープの人気も復活しているという。
頭出しも出来ないアナログなところがいいらしいけど、テープが巻きつくなど悲しいこともあり、タイムトラベラーのオープニング曲もあれでなくした気がする。
もっと遡れば、録音なんてテレビやラジオの前で雑音を拾わないように静かにそっと録音していた。
まあ、僕の地元岐阜各務原には航空自衛隊基地があって、あとわずかというところでジェット機の騒音でずいぶん台無しにした。
ついでにLPを探してみるとシルビー・バルタンほか、映画のサントラ、石川セり、山崎ハコ、森田童子などもあって、暗い青春が忍ばれます。
いかん、シルビー・バルタン「あなたのとりこ」でも聴くことにしよう。

テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽