理系・文系を重ねて見る光景は
いなかっぺ大将 「キャット空中三回転だス」に学ぶ
NHK朝ドラのあと、つい見てしまうのは火野正平の「にっぽん縦断 こころ旅」(BS)、もしくは「岩合光昭の 世界ネコ歩き」。
人とネコのちがいはあっても寄せる視線の好奇心は同じ!?
先日はその「岩合光昭の 世界ネコ歩き」を見ていたら、岩合さんがスロモーションで撮るのはネコのジャンプらしい。
たしかにあのしなやかで、美しい驚くべきジャンプはスローだとなおよくわかります。

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「いなかっぺ大将」のニャンコ先生のキャット空中三回転もなるほどと思うような鮮やかさ。
風大左衛門もニャンコ先生のキャット空中三回転を自らの目でスロモーションのように見て、見事その技を習得した。
動物や植物に学ぶ科学の精神は早くアニメにも息づいていたのだ。
僕も「巨人の星」「柔道一直線」「アタックNo1」「サインはV」「美しきチャレンジャー」「スマッシュを決めろ」、あるいは「サスケ」「忍風カムイ外伝」など、魔球や必殺技もアニメに学び、より妄想理論化を試みた。
科学的論理性に学びながら、いつの間にか論理が科学を逸脱、妄想化し、ついには根性の果てにたどり着くのはあり得ぬ魔球、不可能技の幻なのはまさに魔に憑りつかれ、あるべき姿に気づかない魔性のゆえというべきでありましょう。

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僕は文系のインドア少年だったけど、妄想は自由だから、スポーツ・武芸万能にもなれたのだ。
カナヅチだった水泳でも「金メダルへのターン」、不得手の体操でも「フィニッシュをきめろ」なども見て、鮮やかなターン、華麗な大回転などを脳内妄想で決めていた。
それらを経てついに編み出したのが、我が必殺剣、見えざるものを斬るという「位相微塵斬り」で、見えざるものを斬るので証明できないという弱点さえも幻のように合理化・正当化してしまう究極の必殺技です。
あはは、また話がずれて、妄想の話になってしまった。

画像は少女フレンド連載だった「金メダルへのターン」、まあ、トビウオターンはともかく、バサロ泳法などマンガ的発想だったと思うけど、ゆえに王道ではないのか規制されてしまった。
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僕のおたく道2「アイドル・マンガ他」
映画と並んで好きだったのは関連もするけど、マンガ・アニメやドラマやアイドルで大のテレビっ子だった。
以前にも書いたとおり、アイドルは内藤洋子に始まり、南沙織・吉沢京子・木ノ内みどり・浅田美代子・斉藤由貴・富田靖子・原田知世・森高千里などとなり、今もなお、綾瀬はるか・堀北真希・吉高由里子・波瑠…とまだ続いているのだけど、やはりとどめを刺すのは薬師丸ひろ子でありましょうか。
まあ、僕にとっては同時代的でマニア的にも収集しやすい環境(映画館勤務)でもあった時期だ。

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上の画像は主に映画雑誌「バラエティ」からだけど、「GORO」なども欠かせない雑誌だったし、薬師丸関連では映画のポスターやら雑誌などずいぶん集めた。「BOMB!」というのもあったなあ。
マンガは雑誌よりコミックス派でこれも少年マンガから少女マンガまで多種多様にずいぶん読んだ。
そして、もちろんそれは二次元アイドル派でもあったのだ。

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とりわけ少女マンガ好きでもあったのでいわゆる「花の24年組」の萩尾望都・大島弓子・竹宮恵子・山岸涼子…などはもちろん、「マーガレット」や「りぼん」も読んでいた時があった。
なかでも少女フレンドの大和和紀「真由子の日記」が好きであの連載中はずっと買っていた。中2の少女の話なのだが、女の子はかくも大人びているのかとびっくりし、女の子の秘密を覗き見る気分だったのかもしれない。
こんな胸を描いた衝撃のシーンも登場するのだからね。
永井豪の「ハレンチ学園」も衝撃だけど、別次元のものですね。
山岸涼子の線も好きだったなあ。

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あとは本や雑誌かなあ。いろんな雑誌に興味があって社会人になってからはとりあえず買ってみたりした。マイナー誌、創刊号マニアでもあった。
小説はこのブログのハンドルネームのクプクプも北杜夫から取ったものだし、筒井康隆に至ってはファンクラブにも入っている。
装丁やタイトルにも惹かれるところもあって、辻邦生や丸山健二は読むことはなかったけど、作品名に惹かれて本だけは何度も眺めた。
SF、ミステリー、時代小説、冒険小説、青春小説などが好きで、作家では山田風太郎、横溝正史、小松左京、半村良、荒巻義雄、藤沢周平、庄司薫、平井和正、島田荘司、笠井潔、宮部みゆきなどきりがない。今は読書量も減ってしまった。

テーマ:女性タレント - ジャンル:アイドル・芸能

「この声をきみに」、そして「朗読屋」
たびたび、不幸にも放送が順延されるNHKドラマ「この声をきみに」ですが、僕は好きですね。
竹之内豊が優しくも寂しい「心の分からない」変人数学者を演じていてぴったりです。
静かにブームらしい朗読教室を舞台としたなにやら切ないヒューマンコメディー?
しかし、「朗読」ってなんだろうなあ。
以前にやはりNHKプレミアムで山口発 地域ドラマ「朗読屋」というの見たけど、こちらも妻に去られた男が主人公で、やはり「心の分からない男」が似合いそうな吉岡秀隆だった。
ちょっと異空間のような24時間図書館で朗読に巡り合い、変わっていく展開も似たような感じで、「この声をきみに」が谷川俊太郎で、かたや「朗読屋」は中原中也なのは、まあこちらは山口発 地域ドラマですからね。
昔というか今でもあるのだろうけれど、ラジオでは朗読というのがあって短編小説などを聞いていた記憶があるけれど、鮮明なのはロマン・ロランの「ピエールとリュース」。
やはり心に入ったのだろう。すぐに文庫を買った。

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僕が遅ればせながら本好きになったのはラジオ朗読のおかげかもしれない。
しかし、谷川俊太郎、思わずこちらも声に出しちゃうじゃないですか。
たしかに少し心を解放するような。
ちなみに「朗読屋」で吉岡秀隆が読み聞かせる相手は市原悦子だったけど、吉岡秀隆の声もいいけど市原悦子さんこそ、朗読の名手ですね。もう一つついでに言うと24時間図書館の司書は吉岡里帆でW吉岡だった。
読み手のうまさもあるけど、「この声をきみに」の麻生久美子ように「この声」が好きというのもあるからなあ。

テーマ:詩・ことば - ジャンル:小説・文学

時の花、真の花
もう終わってしまったけれど、たびたびの「やすらぎの郷」からです。

姫 九条摂子(八千草薫)はゴンドラの歌が好きだったそうです。
(いのち短し 恋せよ乙女 朱き唇 褪せぬ間に 熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日は ないものを)
姫が秀さん(藤竜也)に言ったそうです。
「秀さん、私、――何だかずうっと死なない気がするのって」
秀次「世阿弥の花伝書に従えば、若い時代の姫の美しさは彼の云ういわゆる“時の花”です。それに対して今の美しさは、幽玄を秘めた“真の花”です。今の方が自分は美しいと思います。」

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まあ、そうかもしれないけど、人は所詮、時の中に生きるものだからなあ。
永遠に生きる者たちさえ、たいてい物語のなかでは若さゆえの美しさに固執する。
やはり“時の花”だからこそ、二度とない一瞬のきらめきだからこその美しさなのだろう。
また、坂口安吾は「堕落論」のなかで、こうも語っている。
数年前に私と極めて親しかった姪(めい)の一人が二十一の年に自殺したとき、美しいうちに死んでくれて良かったような気がした。一見清楚(せいそ)な娘であったが、壊れそうな危なさがあり真逆様(まっさかさま)に地獄へ堕(お)ちる不安を感じさせるところがあって、その一生を正視するに堪えないような気がしていたからであった。
まったく美しいものを美しいままで終らせたいなどと希(ねが)うことは小さな人情で、私の姪の場合にしたところで、自殺などせず生きぬきそして地獄に堕(お)ちて暗黒の曠野(こうや)をさまようことを希うべきであるかも知れぬ。現に私自身が自分に課した文学の道とはかかる曠野の流浪であるが、それにも拘(かかわ)らず美しいものを美しいままで終らせたいという小さな希いを消し去るわけにも行かぬ。未完の美は美ではない。その当然堕ちるべき地獄での遍歴に淪落(りんらく)自体が美でありうる時に始めて美とよびうるのかも知れないが、二十の処女をわざわざ六十の老醜の姿の上で常に見つめなければならぬのか。これは私には分らない。私は二十の美女を好む。

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人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。
…となるのだが。

画像上は三浦友和主演「星と嵐」。友和を挟んで微笑む二人はサラダガールコンテストで1位になった古手川裕子と準ミスだった名取裕子ですね。
古手川裕子16歳、名取裕子18歳の映画デビュー水着写真だけど、まさに“時の花”。
はじけるような笑顔ですね。女性がヌード写真を撮っておきたいって気持ちもわかるような気がする。
秀さんだって、“時の花”をさんざん愛でてのうえでの“真の花”ですからね。
まあ、それでもいつまでも人は“時の花”に惑うというのが「やすらぎの郷」。それが人は生きるということ…なのか。
画像下は映画「雪の断章」。人は惑う。

テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

慎ましく健気な薄幸系女優
ここ最近の話題になった“恋愛ドラマ”といえば、『あなたのことはそれほど』(TBS系)に代表される“ゲス不倫ドラマ”や、『逃げるは恥だが役に立つ』(同)などの“契約恋愛・結婚”といった、現代の恋愛の形を体現するラブコメものが挙げられる。だが、かつては不治の病にかかったヒロイン×それを支える恋人…といった、いわば“薄幸ヒロイン系ドラマ”が恋愛ドラマの“王道”だった時代もあったのだ。しかし今では、薄幸系ドラマはほとんど放送されなくなったし、それに伴い薄幸ヒロインを演じられる“薄幸系女優”も少なくなったようだ。果たしてこのまま薄幸系ドラマは絶滅してしまうのだろうか?(オリコンニュース)

とあって、薄幸系女優は今や木村多江の一人勝ちみたいに書かれていたけど、そんなこともないでしょう。
僕の好きな薄幸系女優はもう少し優しく儚げな奥貫薫さんですかね。
富田靖子さんなどもまさに「さびしんぼう」の薄幸ヒロインから、そのまま薄幸系女優?になってしまったけど、まあ、薄幸、幸薄くても健気に慎ましく生きていく、まさに「さびしんぼう」のイメージだからね。人がどう思おうと薄幸とはちがうのかもしれない。

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一方、最近の木村多江さんは薄幸を逆手にとってたくましく生きていく作品も増えてきた。「就活家族」もけっこう怖かったし、「市長死す」などはそれはもう。

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薄幸ヒロインならいまは蓮仏美沙子かな。
薄幸系女優に限らず、もっと昔は幽霊やお化け系の女優?もいましたね。
木村多江さんも当初は死体女優とも言われていた。
やっぱり、幽霊は日本的な美しい人がたぶん似合うのだろうなあ。「四谷怪談」の小雪や高岡早紀などがその典型で、仲間由紀恵や北川景子も演じればさぞや美しく怖いことでしょう。
さらに若手でいえば波留でしょうか。彼女も「BORDER」「ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」とか「おそろし〜三島屋変調百物語」など生と死のはざまにあるような役柄も多かったからなあ。
この系譜ではないけど、もっと怖ろしいのは未見ながら噂にも聞く新藤兼人監督作品「鬼婆」で、主演は姑の老婆に乙羽信子、若い嫁に吉村実子。いや、ストーリーを読んで想像するだけでも震え上がってしまった。人、女が抱え込む根源の闇というか。
あれ、薄幸系女優の話が幽霊、恐怖映画女優になってしまった。転化しやすいのか。
貧乏系だけど薄幸系ならぬ多幸系のお母さん女優としては石野真子がいます。

テーマ:ドラマ・映画 - ジャンル:テレビ・ラジオ