理系・文系を重ねて見る光景は
「半分、青い。」に始まる美少女のさまざま
少し前に「半分、青い。」に始まる「ベニスに死す」のタジオからの美少年…というの書いたのだけど、ここはやはり美少女も書いたおかないと。
僕はどちらかといえば美少女というよりかわいい感じの子が好きで、最初にファンになったのも内藤洋子で、当時は内藤洋子派と酒井和歌子派とファンを二分したものだが、僕は断然、内藤派だった。

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この「兄貴の恋人」でももちろん演じたのは妹で、だいたい僕のイメージでは日本ではとりわけ、美少女より少し個性的なかわいい子、そして妹キャラが好まれる傾向があるように思う。
「ねらわれた学園」でも生徒会長で美少女な高見沢みちるは長谷川麻砂美、ヒロインは三田村由佳の薬師丸ひろ子というように。
あるいは「みゆき「で鹿島みゆきより若松みゆきというように。
映画版の長谷川麻砂美で分かりにくければ、テレビ版の原田知世に対する伊藤かずえのように。やっぱりわかりにくいか。

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まあ、わかりやすい美少女といえば後藤久美子や観月ありさなどですかねえ。
NHKの少年ドラマシリーズで謎めいた美少女演じたテレサ野田あたりもそうで近づきがたいというか。
夏シーズンドラマでは石原さとみの「高嶺の花」が始まるけど、あまりの美は高嶺の花というか異界感、シールドされたような近づきがたさがあるのだ。
まあ、楽々と突破するやつもいれば、オタク少年のように女の子すべて近づきがたくあることもあるけど。
でも僕は美少女といえば美少年のとき佐藤祐介で紹介した「恋は緑の風の中」で大胆にデビューした原田美枝子ですね。
思わず大人びた裸体にも目が行ってしまうのだが、やはり美少女だったよなあ。そして、今もなお変わらず美しい。

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「半分、青い。」でもヒロインは個性的で妹キャラのすずめの永野芽郁で、清にはならないからね。

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外国人では「テス」のナスターシャ・キンスキーが美しかったなあ。
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出席番号順のいちばんは名探偵・亜愛一郎
少し前だけど、NHK「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!」で出席番号順が早い人というのがあり、名字が相さんという方から僕より早い出席番号の人はいないのか悩みが寄せられたという。
結局、やはり読みは一緒だけど、会一太郎さんがいちばんと思いきや、嫁いで名字が会さんと変わった奥様の「会愛(あいあい)」さんがいちばんとなった。
小説では泡坂妻夫の名探偵・亜愛一郎がいますね。
まあ、電話帳・探偵辞典の索引で絶対いちばん最初に出る為にと考えられたというネーミングですからね。
この番組、ほかにも「なぜか憧れてしまう名字の特集」とかもあって、まあ、漫画や小説などを読んでいるとかっこいいヒーローやかわいいヒロインは名前も推して知るべし。
ちなみにこの特集で第1位に選ばれたのが「西園寺」。以下、第2位「早乙女」、第3位「橘」、第4位「伊集院」、第5位「白鳥」、第6位「綾小路」、第7位「藤堂」、第8位「道明寺」、第9位「二階堂」、第10位「武者小路」という順位で、やっぱり、マンガか小説っぽい。
ちょうど、「執事 西園寺の名推理」というのがあって、主人公のお二人はやはりお公家さんのような品の良さで、早乙女は「愛と誠」、橘はちょっと字が違うけど「立花登青春控え」、伊集院は作家の伊集院静、白鳥は「白鳥麗子でございます!」、綾小路はきみまろか、翔。藤堂は「エースをねらえ!」にして、道明寺は「花より男子」、二階堂は焼酎か、ふみ。武者小路は実篤でしょう。
ユーミンも荒井から松任谷になりたかったらしいし。
でも西園寺という憧れの名字を持ちながら、あえて芸名としたのがテレサ野田。たしかにお公家っぽい西園寺より、謎めいた異界の美少女が似合ったからテレサ野田でよかったのだろう。
「SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜」あたりも名字が凝っていたなあ。

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まあ、僕はやっぱり薬師丸だったりしますけどね。
芸名ではなく本名ですからね。
ちょっと名前の歴史をたどってみたい人ではある。
画像は「野性の証明」の先行告知ポスター。まだ芸名も用意されていなかったらしく名前が本名の薬師丸博子となっています。
「半分、青い」のマグマ大使といつもポケットにショパン
「半分、青い」が面白い。j地元びいきというわけでもなく。
ヒロインの鈴愛(スズメ)というより、一回り上の世代向けエピソードも多くて、まあ「マグマ大使」などが典型で原田知世のゴアの真似とか、そして松雪泰子もまさかゴアに似ているといわれるとは。
でも、あのヘアスタイルとか、似ているような気がしないでもない。

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「半分、青い」と時を同じくして始まった「こころの旅」春編も最終目的地が岐阜だものなあ。
沖縄からスタートして岐阜までと日本列島も半分ということなのか。
「半分、青い」の「恋したい!」の週では律君には原田知世の「時をかける少女」のような弓道美少女、鈴愛ちゃんにはまさかの自転車少年のカセットテープの落とし物、ちょうどこの頃、「こころの旅」でも映画「さびしんぼう」のような自転車少女のエピソードがあったばかりで、いやあ昭和の懐かしさ満載です。
そして、なにより、くらもちふさこ先生の「いつもポケットにショパン」でありましょう。
引っ越しで書棚を整理していたら、マーガレットコミックス版とクイーンコミックスプレミアム版のふたつも出てきたぞ、あはは。

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もう引っ越した各務原市もたまにクレジットに撮影協力と出るけど、どこなんだろうなあ。
しかし、律くん、永久機関はないぞ。
完全無欠なエネルギー源などを考えていると「ジャイアントロボ」のようなシズマドライブのような悲劇を招くかもしれず、ここは「マグマ大使」のアース様に従って地熱発電を再生可能エネルギーを中核としたほうがいいかと。何の話だ!?
日本は火山国というリスクも抱えるけど、それはまた地熱発電という再生エネルギーの宝庫であったりもする。
初期コストこそかかるものの再生エネルギーとしては、コスト・安定性などいちばんの有力エネルギーで、うまくコントロールすればマグマ、火山も少しはコントロールできるかもしれない。アース様もそのほうが喜ばれるでしょう?
おもえば手塚治虫は原子力の「鉄腕アトム」とともに「マグマ大使」も送り出していた。
永井豪の「マジンガーZ」は光子力エネルギーだけど、光子力研究所はやはり富士の裾野にあった。
いざというときの代替エネルギーとしてマグマ(地熱)も用意していたのかもしれない。
「探偵!ナイトスクープ」の30年の道草・モラトリアム
「探偵!ナイトスクープ」が今年で30年らしいですね。
いいことも悪いことも含めて関西のテレビ局というのはある種のアナーキーさがあり、人気番組でも東京で必ずしも受け入れられないのはそういう体質が妨げるのかもしれない。
なかでも「そこまで言って委員会NP」などは関西ローカルを逆手にとってのアナーキーさでもあるけど。
「探偵!ナイトスクープ」の局長も上岡龍太郎から西田敏行に代わり、顧問もキダ・タロー、ざこばなど関西お笑い界の大御所から、最近はずいぶん若い顧問もいたりするようになった。まあ、番宣絡みであったりもするけど。

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以前、顧問に松原隆一郎(東大教授)が登場したこともあった。
本人も今まででいちばん知名度のない顧問と言っていたけど、新聞など学外での露出も比較的多い人ではある。
笑いながら「専門家に尋ねれば1分ですむこと」と喝破していたけど、もちろん探偵が尋ね歩くことで意外な発見があったり、人生の楽しさを知ったり、合理性だけでは見つからないこともじゅうぶん知る人なのだ。
まさに道草の楽しみというか。道草といっても現実には道草に逃げるしかなかったのかもしれないけど、それもまたよし。
僕も高校は工業高校、大学は文学部だったし。いったい何を考えていたんでしょうね。
学生時代にモラトリアム人間(青年期は、知識、技術の研修のために、知的、肉体的、性的な能力の面では一人前になっているにもかかわらず、なお社会人としての義務と責任の支払いを猶予、つまりモラトリアムされている状態)という言葉が流行ったけど、今なお、そんな気分の僕です。
小此木啓吾は「モラトリアム人間の時代 」(中公文庫)のなかで、青年のみならず各年代、階層の現代人の心に、いつまでもモラトリアム状態にいて社会的な自己(アイデンティティ)を確立しない心理構造が一般化している事実を指摘したけど、ほんとうだなあ。
でもマンガもアニメもアイドルも小説も映画も道草のなかで見つけたのだった。
まあ、それがなにって言われたら身も蓋もありませんが。
「パパ活」 花であることを願うこと
「パパ活」というのを深夜ドラマでやっていて、どっかで見たようなテイストだなあと脚本家を見ると野島伸司だった。
かつて、あれほどの人気脚本家だったのに深夜ドラマなのか。
いや、この作家はテーマ性からもやはり本来はマイナーで、こうあるべきだったような気もする。
「パパ活」というのは女性が男性から金銭的支援を受けるため肉体関係のない交際をするというものらしいけど、まあ、実際はさまざまな欲望や事情もあるだろうから、たぶん、そんな単純ともいかないだろう。
ドラマの「パパ活」は野島伸司らしく、娘を失った大学教授が娘の純粋な代償としてのみの若い女性を求めるもので、恋愛感情が少しでもほの見えると関係を解消してしまうというもの(娘から逸脱する)。
一方のヒロインもそんな病んだ心?を理解しながらも交際を始めるのだが…。

子供が大人になる時、無垢なるものからの葛藤に過度に揺れるものがあるけど、大人になってなお無垢・純化を求めれば人は植物のようになってしまうのだろうか。
そんなテーマでもあったのがやはり「美しい人」(田村正和・常盤貴子主演)で、もう、花のような美しい人になるしかない。
月9ドラマだった「薔薇のない花屋」もそんな主人公で、ぎこちなく語られる「世界一長い告白」は、まるで雄しべから雌しべに蜜蜂や蝶が花粉を運ぶような植物的な長い告白だった。

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ギリシャ神話や少女マンガ的世界でもありますね。
水樹和佳「灰色の御花」では自分はピンクの花だと信じて疑わない孤独な少女エリアヌとやはり戦争で心に傷を負った青年ロジェの物語。自分が花でないのは呪いがかけられて人になったというのだ。
少女は過酷な運命に翻弄され、絶望し人として砕かれ、最後に一筋の希望だけを胸に花として眠りについてしまう。
ゲーテの「ミニヨン」も思わせますね。
ずっと野島伸司にもこういうテーマが根底にあり、「パパ活」も今の時代性や深夜枠もイメージしながら、根っこはやはりここにあるような気がします。
さて、どんなファンタジーにと思っていたら、突然、衝撃的な展開に。
やっぱり、これも野島伸司、というか、人というものなのだなあ。

エリアヌはそうして自分が人であることを知り、絶望するだろう。
その時はこうして話してやってほしい。
人は誰のがほんとうはおまえのように生きたいと願っているのだと。
願いながらそうはできない自分を悲しんでいるのだと。
この悲しみが孤独をよび、孤独が愛をよぶ…愛はそれゆえ 自体罪深いが同時にそれゆえ…
罪や悲しみをつつみこみ、とかしてしまえるのだ。
神の愛はもちろんすばらしいのだが人の悲しみを理解できるのは人しかいない…
神は罪をおかしたことがないのだから…

そして、長い、長い冬が終わり、ようやく春の訪れのように少女は大人となり目覚める。

ぼくたちはほんとうにひとなのだ
過ちにみちた悲しい…しかしこうして完全に理解しあい 許しあい
対等に愛し合える唯一の存在なのだ
開かれた灰色の瞳が あの幸福な夢を よみがえらせる
ぼくはとけてゆく罪の音をききながら
綴じた眼の奥に 光を感じていた

「灰色の御花」(水樹和佳)より

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