理系・文系を重ねて見る光景は
「やすらぎの郷」の「空は限りなく」、もしくは「キャプテンウルトラ」
すこし前の「やすらぎの郷」で糸川博士(日本ロケットの父、ペンシルロケットの開発者)のテレビ黎明期のホームドラマのエピソードがあって面白かったですね。
その菊村先生(石坂浩二)と九条さん(八千草薫)との会話から。

生放送の頃の…。あれはなんて言ったかしら?麹町のスタジオで…ほら…ほら…初めて日本のロケットが飛ばされた…。
あっ糸川博士ですね。
そう。その一家の方のホームドラマ。 「空は限りなく」。
それです。
ええとなんて言ったかしら?ラストのシーンで…ロケットが空に上がっていくところ。
ああ!一家が空を見上げてみんなで泣くところ。
その時…。あのシーンで…あの方なんて言ったかしら?ほら…音響の…音響の…。すぐトチる…。
ハハハハハ。トチ坊ですよ。
そうトチ坊さん。
フフフ…。覚えてますよ。
あの時大トチりをして…。
あれからトチ坊トチ坊って呼ばれるようになったんです。
生放送でロケット打ち上げるところはフィルム差し込んで音はサブコンからディスクで出すって…。
ディスクってレコードですよね。
そのディスク、トチ坊が間違えちゃってロケットの音を出さなきゃいけないのにセミの声出しちゃった。
ハハハハ…。
オーシンツクツクオーシンツクツク。
本当にね…。最後のロケットがこう上がっていく感動的なラストなのにそのロケットが…。
オーシンツクツクオーシンツクツク。
姫の一家がもう…見上げて吹き出しそうなのをこらえて泣いてた。
オーシンツクツク…。オーシン…ツクツク…。
よかったですよね、あの頃のテレビは。

さすがは倉本聰。夢と現が交錯するなかで語られるエピソード。上手いなあ。
さて、こちらは僕の虚実ないまぜの妄想エピソード。

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あれはなんて言ったかしら?東映のスタジオで…特撮ドラマが始まったばかりの頃の。
あっ、小林稔侍が変な宇宙人の格好で出てくる…
そう。円谷プロの「ウルトラマン」に対抗するように作られた…
「キャプテンウルトラ」ですね。
それです。
ええとなんて言ったかしら?みんなが乗り込む宇宙船。
ああ!宇宙船シュピーゲル号。
あのシュピーゲル号の発射音…
ハハハハハ。あれですね。
そう、あれ。
フフフ…。覚えてますよ。
あの大迫力の発射音がどうにも見つからなくて。
トイレの水洗の流す音を使ったんです。まだ、紐を引っ張るような水洗トイレ。
いい音でしたわね…。
誰も気づかなかった、まさに発射音でした。
シュゴー、ゴボー、ゴボシュアー…
ハハハハ…。
本当にね…。あのシュピーゲル号の発射音がまさか…。
シュゴー、ゴボー、ゴボシュアー…
わたし、発射音聞くたびにおかしくて吹き出しそうなのをこらえて泣いてた。
僕はトイレでシュピーゲル シュピーゲル シュピーゲル スリー トゥ ワン ゼロと歌って、エイッと水を流したものです。
シュゴー、ゴボー、ゴボシュアー…
よかったですよね、あの頃のテレビは。

ははは、久しぶりのパロディでした。
画像は「スターウルフ」。糸川 英夫博士が監修した。
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テーマ:懐かしドラマ - ジャンル:テレビ・ラジオ

老大家の時代3
老大家の時代」シリーズ3です。
先日のNHK「思い出のメロディ」を見ていたら、なんと浅丘ルリ子、五月みどりなどもいて、まるで「やすらぎの郷」シフトだなあと思っていたら、本命石坂浩二も登場してきた。まあ、歌うわけではなく、作詞家としてだったけど。
しかし、「思い出のメロディ」くらいになると、歌謡界・映画界の大御所・老大家というべく人が続々出てきて、小林旭は自由気ままにしゃべり倒し、浅丘ルリ子は久しぶりの歌に震えるほど緊張して司会の氷川きよし、有働由美子、そして映画のパートナー小林旭に送り出されるも、歌い終わるや否や、かつての映画のパートナー小林旭に寄り添うのかと思ったら、しっかり氷川きよしだった。
「やすらぎの郷」で描かれた向井理や清野菜名に向けられる老人の視線ってリアルなのだなって。

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そして、あれほどに焼付いたはずの戦争や大震災の悲惨さえ、時は風化させることも。時は優しくも残酷でもある。
重いテーマあり、軽妙なやりとりあり、老人のエロありのさすがは老大家 倉本聰のドラマだけど、やはりその眼は衰えない。
手をつなぐことばかりが「絆」と言われるけど、手を放すこともまた「絆」だったように。
倉本聰はこのドラマの主人公のように山田太一と競い旬の若手女優を引き上げたけど、今は松岡茉優と清野菜名なのかな。
倉本聰だけでなく、山田太一も自由に書きだしたら面白いのになあ。
もっとも自由といっても今のテレビ界などのあまりのガチガチのコンプライアンスを気にせずにということだけど、この二人なら風穴を開けれるかもしれない。
それにしても「やすらぎの郷」って、けっこう老人たちを元気にしたのではないかと。これがほんとうの「働き方改革」!?。
老人が元気に働けば人口が減っても労働人口は減らず、健康であれば老人医療費の伸びを抑えられ、好循環になるし。
下手をすれば(上手くすれば?)、マロのように結婚、子供も生まれて少子化対策にも。
なにしろ、あの老大家の世代、すべてにバイテリティがあるからなあ。
画像は若き日の石坂浩二が演じた「花咲ける騎士道」。地で行くようなモテっぷりだった!?

しかし、ハッピーがえらいことに。倉本さんもつらい記憶があるはずなのに、避けることもなく、あえて書くのだな。
やはり、覚悟の作品なのだ。

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日本の夏には怪談を「ハロー張りネズミ」
夏になり、お盆辺りになればレギュラーのテレビドラマでも怪談ものが挟まれたり、2時間ドラマでも怪談ミステリーのひとつくらいはあったものだけど、それも今は昔。
かつての人気ドラマ「ザ・ガードマン」などは毎年、恒例のように怪談仕立てのものがあったような気がするなあ。
これも歳時記というか、季節感がもっと大切にされたころの夏の風物詩だったのだろう。
子供会でも肝試しというものがあり、正味、深夜の自殺体もしばしば出たという河川敷上の雑木林の地蔵を回ってくるというもので、上級生が容赦なくこんにゃくやマジックをもって待ち伏せたりするので怖ろしかったのだが、やれようやく上級生となり、脅す番となったら、中止となってしまった。
今は行われていてももっと安全は確保され、むしろ、お化け屋敷のようにカップルが手を繋いで出てくるような、夏の花火のような甘酸っぱいものさえあるのかもしれない。
肝試しも驚かすことが出来ず、甘酸っぱいこともなかったというのは、団塊でもなく、新人類・バブル世代でもなかったシラケ世代の憂鬱さに通じるような気がするなあ、ほんとうか?
さて、TBSドラマ「ハロー張りネズミ」が面白く、久しぶりに夏の怪談ものを入れてくれたのだけど、なんとまあ、風物詩程度かと思ったら、本気も本気の怪奇ものだった。ゲストも蒼井優で、2週にわたってという本気ぶりだった。
床柱か、やっぱり、家に憑くというのは怖いですね。

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怪談ものはまた画像が美しくあってこそ、映えるものでもあるけれど、BSプレミアムで再放送が始まった「おそろし~三島屋変調百物語」もそうで、やはり監督の金子修介の絵はきれいだなあ。
波瑠はこれがテレビドラマ初主演だったと思うけど、闇を抱えながらも慎ましやかで凛とした姿が美しい。
また、やはり不吉で妖しい彼岸花が美しいのだけど、庭に彼岸花をほんとうに植える家があるのだろうかと思っていたら、山本富士子さんが「徹子の部屋」に出ていて、小津監督の義妹さんが自分の庭に咲く彼岸花の切り花を毎年贈ってくれるのだという。
小津監督の「彼岸花」は山本富士子主演で、これはまだ見ていない。
今年は夏に「ハロー張りネズミ」「おそろし~三島屋変調百物語」と怪談ものが続き、しばらく蒲団から足を出して眠れないなあ。
足を出すとね、つかまれちゃうんだよ。「うわーっ、手が」なんてね。
画像は「怪談残酷物語」。田村正和の主演ですね。怖いんですよ、日本の怪談は。

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壇蜜の宮城県観光PR「見立てのエロス」
タレントの壇蜜さんが出演する、宮城県の観光PR動画が議論を呼んでいる。4日に動画投稿サイトで公開されてから再生回数は115万回を超えたが、性的と受け取れる表現が含まれていることから、批判も起きている。14日には、仙台市議らが動画配信の即時停止を奥山恵美子市長に申し入れた。問題となっているのは宮城県や仙台市、JR東日本でつくる「仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会」が作成した「涼(りょう)・宮城(ぐうじょう)の夏」という動画。先祖が仙台藩に仕えたという壇蜜さんが、2分半にわたって宮城県内の名所を紹介する内容。壇蜜さんの唇のアップや、性的な意味として受け取れるような言葉が多用されており、ネット上でも「面白い」「趣味が悪い」と賛否が分かれている。
村井嘉浩県知事は10日の記者会見で批判について問われ、「賛否両論はあるが、可もなく不可もなくでは関心を呼ばない」などと評価した。一方、公開停止を求めている仙台市議らは「品位が感じられない」と反発している。(朝日デジタル)

ちょっと前にも同じような問題でサントリーのCMが炎上したとあったけど、ジェンダーな話題を下ネタに扱うと難しくなりますね。
万人に向けた観光PRなら女性を敵に回すようなものは少し無謀だけど、それにしても笑いなども含めて、それぞれにちがうであろう人の感性によるものの扱い方はほんとうに難しくなってしまった。
すぐになんでも白黒をはっきりつけたがるからなあ。放っておいたほうが上手くいくことも多いと思うのだけど。
人間は善悪も好悪も、人品も高貴から下卑まで合わせ持つものだから、あまり徹底するのはなあ。
以前に呉智英さんも新聞インタビューで「差別しかない社会はもちろん暗黒社会ですが、差別をまったくなくしてしまっても逆の暗黒社会になってしまう。国民全員がニコニコして歩いていたら不気味でしょう。北朝鮮のパレードと同じです。全てに光が当てられたハイトーンな社会は異常です。顔に陰影があって人間がある。差別もあり差別と戦うこともある社会が人間らしい。さらに続けて「よく共生といわれるけど人間のネガティブな面と共生しなかったら、これはうそ。貧困や病気はなくならないし、差別もそう。差別を無理になくそうとするのは啓蒙の暴力、人間は暗い顔の時もあれば怒りをぶつけたいときだってある。不快感や嫌悪感というネガティブな感情は人間が生身である限りなくなりません。きれいごとだけにしてしまうのは不気味な社会です」とだんだん持論の近代社会批判となっていくのですが、それはともかく、今週のテーマはエロなのだ。
日本は「見立て」の文化も特異に発展したから(?)、エロにも余計そういうことを潜ませることがあったかもしれない。

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あの、吉永小百合さんだって、女優や文士も参加した句会で、「今日はバレ句(色っぽい句)を詠みましょう」というテーマが出されたおりにはあっと驚くような艶っぽい句を詠んだ(僕には書けません)。
川端康成などの文士にも愛されたというから、人間の奥底を見るような眼もあったにちがいなく、またそういう人の奥底を垣間見たり、あるいは清純派とばかりに言われることの反逆もあったかもしれない。
だから『青春の門』や『天国の駅 HEAVEN STATION』のような作品にも挑戦した。
この山口百恵の写真だって、下卑た見立てがあろうともやはり、山口百恵はいいのである。
「ひと夏の経験」など少女にとってはずいぶんな見立ての歌詞だったりしたけど、山口百恵は動じない。
動じちゃうのはこっちだものなあ。
今はまた斉藤由貴の不倫疑惑が騒がしいけど、まあ、プライベートを覗くようなことのほうがよほど趣味が悪い。
しかし、動じるようで動ぜず、のほほんと会見を終えてしまった斉藤由貴。やっぱり、すごいな。
白いワンピースで記者会見に臨んだけど、陰翳礼讃たる優美さです。
だんだん、こっちも意味不明になってきた。
ということで?、次回は僕もちょっとエッチな小説に挑戦です!?

テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

ねらわれた学園、ねらわれた地球
ちょっと前だけど、NHKの探検バクモンは「防犯カメラ」。まあ、監視カメラといってもいいのだが。
「世界最大手のカメラメーカーを探検、最先端の防犯カメラを目撃する! たたいても壊れない、暗闇でも撮れる、さらには“知性”も獲得? 驚くべき進化を目の当たりにする!」
と謳われていたけど、そのとおり。すごいことになっている。
今や犯罪捜査では欠かせぬ追跡アイテムだし、もう街の防犯カメラ程度でも怖ろしく精度が上がっていて、さらには顔認証から群集の正確な人数確認など留まることを知らない。
でもまあ、あの群衆における正確な人数確認は、よく祭りやデモ集会など警察発表と主催者側発表にずいぶん乖離があったことにはケリを付けますね。
セキュリティーカメラが安心・安全のために増えていき、AIにつながることで安心・安全を超えて、今想像がつかないような楽しいこととか面白いこととか、そういったことのエリアがあるのではと思っているなどと開発者たちはいうけど、AIの想像もつかないエリアって、楽しいこととか面白いに限らないだろうからね。

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画像は映画「ねらわれた学園」より。
ジュビナイルSFで時代もあって、かなり管理社会を否定的に描くものだったけど、今は自由のようでプライバシーが守られているようで、実は管理が当たり前のように、すでに慣らされてきているのかもしれませんね。
いかに正義でも、便利なものでも過剰なるものには危険がつきまといます。
最近は商店街には多くの監視カメラが導入され、よくわからないところにもあったりするらしく、また、スマホ、GPSなどがAIにつながれば、プライバシーは奪われそうで、いずれ何らかの意図を持ちそうで怖ろしいけど、目先の安全の声に抗することは難しい。
目先の安全の積み重ねが未来の安全を担保するわけもなく、機械的に守られることに慣れきったヒトって、剥き出しの危機が訪れたとき生き残れるのだろうか。
魔術・呪術が跋扈した時代、人は呪術から逃れるため、真実の名前や血、誕生日などを個にまつわる情報を秘匿した。
不確実なものが一つでもあれば、呪術は完遂できないからだ(SF小説などやマンガの読みすぎかもしれない)。
AIが魔術を代行することはないのだろうか。
すべてをゆだねていいのだろうか。
伝統的な共同体の絆を断ち、自由を得たがゆえに、不安や孤独にさいなまれ、結局は新たな安定を求めて「権威」に縋りつく(「自由からの逃走」エーリッヒ・フロム)。
万人ことごとく自由を愛す、しかも自由を滅ぼすことを好むようなこともよくやる(ヴォルテール)

人ができることは、たとえすべてのことから守れなくても「守ってあげたい♪」という気持ちを大切に持ち続けることなのだ。