理系・文系を重ねて見る光景は
ラジカセ人気はいわば嗜みのある自己表出
音楽をデータで聴く時代になって久しい。CDの売上げは右肩下がりの一方で、2015年にはApple Musicなどの音楽を定額ストリーミングで聴き放題になるサービスが開始した。音楽の脱・モノ化が進む一方で、近年、カセットテープの人気が高まっているという。支持しているのはカセットテープに触れたことのない20代の音楽好きの若者達。レコードショップでの企画展も開催され、2015年夏にはカセットテープ専門店もオープンしたほどだ。時代と逆行するようなこの人気、一体何が魅力なのだろうか。(NIKKEI STAYLE)

これも昭和的なものの復活、人気の一環なのだろうか。
たしかに昔はラジカセでラジオ番組や流れる曲をカセットに熱心に録音した。AMなどはノイズが混じるし、完璧に録音を成し遂げたと思ったら、飛行機の騒音で台無しなることもしばしば。なにしろ、家は航空自衛隊岐阜基地の近くだったのだ。
録音が終わればカセットのインデックスシートに曲名や番組名を書き、雑誌の付録のインデックスカードや切り取ったアイドルなどでカセットケースを作ったりした。
ある意味、ものすごい個性・趣味性の露出であり、気恥ずかしいのだが、まあ、自分の部屋に仕舞っておいて、ときどき取り出して聞くものだからね。
そういう面倒くさい行程を経ること、ささやかであってもそういう自己の肯定・否定の煩悶を繰り返しながら、ようやく自己を再認識するところもあったかもしれないなあ。いわば、嗜みのある自己表出なのだ!?
いまの便利すぎる時代は時間や空間を大いに拡大したけど、その分、そうした内省する時間が奪われているのかもしれない。
考えるまでもなく教えてくれたり、考える間もなく、呟いたり…。
このブログもけっこう時事の話題も多いのだけど、必ずしもタイムリーでないのは、そこそこ寝かしておくことも多いからなあ。
でもやっぱり、人ってかっこよくても悪くても面倒くさいものだと思う。
というわけで、これも公開してしまおう。
脱・モノ化なんてなかった時代は過去の恥ずかしい自分をこんなに強く再認識させてくれます!?

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当時としては高性能、高機能でスタイリッシュなデザインだったソニーのラジカセ。

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斉藤由貴のEPレコード。

平気 涙の乾いた跡には 夢への扉があるの 悩んでちゃいけない
そうよ 優しく友だち迎えるように微笑うわ きっと 約束よ

不意に 悲しみはやってくるけど 仲良くなって見せるわ だって 約束よ

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アイドルの数々。録音内容は様々だけど、ジャケットは雑誌付録のアイドルなどのインデックスカードや切り抜きを利用した。
音の収録、雑誌の購入、写真の選択・切り抜き、曲名の書入れ…すべて手作業が染みついている。
さして、変わらないともいえるけど、手間暇がかかったなあ。
ちなみに上左から岡田奈々、榊原郁恵、浅田美代子、南沙織、山口百恵
下左から大場久美子、石野真子、みゆき、桜田淳子、キャンディーズ

うーむ、これって嗜み、あるんだろうか?
ね、面倒くさいでしょう!?
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テーマ:懐かしい歌謡曲 - ジャンル:音楽

サブカルの上がり方 植草甚一 
僕はスマホを持たないのだけど、今は様々なアプリがあるらしく、何でも教えてくれるらしい。
たとえば散歩しながら、「道端のこの花は?」と思えばスケッチをしたり、摘んで誰かにあげようと思えば、少し花言葉を調べたり、知るという行為にはなにかしらの手間や学びが必要だったけど、今は簡単にアプリが教えてくれるらしいのだ。
僕は高校の時に百科全書派というの知って、ちょっと志したのだが、いくら広く浅く(広く深くは到底無理なので)と言ってもせいぜいオタク系全般(マンガ・アニメ・小説・映画・ドラマ・アイドル等)がやっとで、オタク系でも音楽・美食、ファッションなどには手も足も出なかった。
素養・資質も必要だったし、なにより何度も足を運んだり、調べたりする努力、根気も要したのだ。
以前はそんな雑学でも夥しい労力が必要だったけど、今では簡単に手に入り、雑学もバラエティやクイズなどのお手軽なアイテムになってしまった。
1970年代ごろ、あこがれた植草甚一というなにかかっこいいジイさんがいて、ディレッタントという言われ方もしたけど、その雑学・趣味・教養は半端でなく、いったいどんな生き方、勉強をすればこんな風になれるのかと思っていた。
今はかっこだけはおそらくなれるのだろうけど、植草甚一の本質には程遠いのだろうなあ。
あの頃のサブカル上がりの理想形のひとつは植草甚一で、あんな人も最近は見なくなった。

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そう言えば、植草甚一の膨大なジャズレコードコレクションをを引き取ったのはタモリで、やはりディレッタントを継ぐ人だったのだなあ。
どこかの雑誌でタモリは旦那芸とも評されていて、一般的に旦那芸って批判的にも使われるけど、内田樹教授によれば旦那芸とは芸の達人や学術研究の業や成果にひたすら唸り、己の身の程を知る人のことだといい、こういう半玄人がいて、芸や学術研究のすそ野が広がり、大きな成果の礎となるという。
「ブラタモリ」はまさにそんな役割も果たしていますね。
また吉田豪の「サブカル・スーパースター鬱伝」によれば「サブカルは40歳を超えると鬱になる」らしいけど、スーパースター扱いもされれば居心地も悪くなるでしょう。身の程を知る人たちですからね。サブカルならなおのこと。サブカルのジレンマ。

サブカルはやはり野に置け蓮華草
サブカルは蓮華草のように野にあってこそ美しく、蓮華草のように蜜に緑肥となり、メインカルチャーの花を、実りを付けるのだなあ。

テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

さし旅 文房具 ツバキ文具店
先日のNHKさし旅「文房具マニアと巡る熱狂ツアー」というのがあり、AKB48指原莉乃と文房具マニア(万年筆好きの俳優・木下ほうか、鉛筆マニアのNONSTYLE・石田、文具ソムリエール、鉛筆削りかすマニア、ペン改造マニアなど)と東京・下町を巡るツアー。
僕も店に入ると楽しくてしようがない「シモジマ」も紹介されてマニアでなくても必見の旅。

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TBS「マツコの知らない世界」でたびたび登場した菅未里が文具ソムリエールとして参加し、またNHKではちょうどドラマ「ツバキ文具店」もやっていて、やるなら今でしょというタイミングだったのだ。
しかし、「さし旅」もさることながら、文具のバリエーションでいえば「ツバキ文具店」のほうでありましょう。
物語も美しい心温まるものだけど、登場する代書に必要とされる文具の数々、代書屋も兼ねるとはいえ、また文豪も多かった鎌倉とはいえ、小さな文具店とも思えぬ品揃えなのだ。
万年筆のモンブラン、インクの種類、羊皮紙、原稿用紙、クリームレイドペーパー、ガラスペン、羽ペン、押し花、ロウ引き加工、見知ったボールペンも様々にあり、虫こぶインクなどは聞いたこともない。
それらを依頼者の心に寄り添い、ペン、紙などを選び、ときには鏡文字まで駆使して見事に代書するのだからすごい。
祖母から厳しくしつけられたとはいえ、途中で逃げ出し、8年ぶりに戻った女の子とは思えぬ知識・才能だけど、まあ、そういう体験を経た故ということもあるかもしれない。
手紙が電話に変わり、電話もメールに変わりつつある今、手紙の意味を考えるときかもしれないなあ。

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あなたは常々言っていました。字とは人生そのものであると。
私はまだこんな字しかかけません。でもこれは紛れもなく私の字です。

このブログ、はたして僕の字で書けているだろうか。
近くにあんな代書もしてくれる文具店あったらいいのになあ。

画像上は僕が中学か高校の入学祝いでもらった万年筆・ボールペン・シャープペンのセット。結局、しまい込んで使わずじまいだった。
画像下は児童年鑑より、季節の便りの文例。9月は雁の便りですからね。ちなみに10月は燈下。こんな言葉ももう使わなくなってしまった。

テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

書道 新幹線の旅行
TBS「プレバト!!」やマンガ「とめはねっ! 鈴里高校書道部」などの人気もあって、やはり書道は気になりますね。
「カルテット」で有朱ちゃんを見事に演じていた吉岡里帆もスタジオパークで書道八段という腕前を披露していたけど、いや、字が美しい人はうらやましい。
親の字を見ていて、字なんて大人になれば自然にうまく書けてくるものと子供の頃は思っていたけど、大間違い。
少女マンガも大好きだったせいか、男なのに丸文字風になったりもした。
昔の子供の習い事といえばそろばんか習字だったりしたけれど、今は昔。
ぼくも授業でやったくらいで褒められたことはなかったけど、でも好きだったのだろう。
新聞紙などにいっぱい書いていた覚えがありますね。
俳句の自由句ではないけど、自由に書けるのは楽しい。
でもやはり基本は必要で、その上での自由が楽しく、また美しくなるのだろう。
先日、実家で母と「父さんは字が上手かったよね」などと話していたら、母が何やら箱から大量の習字紙を出してきた。
お稽古ごとの発表会のプログラムの題字やら、なにかと頼まれたらしく、まあ、いろいろとってあること。
聞けば手引書はあったけど習ったことはまったくないという。
僕など「はて、これは?」と浅学菲才で読めもせず意味も分からない。

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こんな分かりやすいのもあった。1回くらいは行ったのだろうか、「新幹線の旅行」。
今ならロクに旅行も出来なかった苦労もわかるけど、時は戻らない。
うーむ、「新幹線の旅行」か。

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さて、書の達人では政治家の宮沢喜一元首相が有名だけど、記者が「政治家では他に誰が」とたずねたら「副島種臣、犬飼木堂、そして岸さんですかね」と答えた。
「いまの政治家、田中角栄、大平正芳さんらは?」、抑揚のない話し方で宮沢氏は「あなた、あれが書だと?」と答えたという。
宮沢喜一元首相は書の達人にして初代財務相でもあったけど、「財務省」の看板の揮毫は断ってしまった。
今の「財務省」の文字はコンピュータ作成によるものらしく、いやあ、達人はかくあるのか。
勝手に載せてしまって、父は怒るだろうか。まあ、母がどうぞってことだったので。

テーマ:習い事 - ジャンル:学校・教育

つくし
ここ岐阜でも桜の開花宣言はあったし、卒業式や入学式など季節感あふれるのは、変化が目に見えて気持ちも切り替わったり、とりわけ春はわくわく心躍る季節ですね。
いつものように母からつくしがあるからとの連絡ももらった。
なぜか僕はつくし好きということになっていて(まあ、たしかに好きではあるのだが、あまり広言はできない!?)、今でも実家の母がこの季節になると、近場で摘んだつくしを袴もきれいに取って用意してくれるのだ。
僕が子供の頃、つくし取りが大好きだった事を覚えているのだ。ただ、つくしの袴取りがなあ。
広げた新聞紙に摘んできたつくしをどさりと置き、袴を取り始めるのだが、のびやかで袴も少なく取りやすいのもあれば、ちんまりとして袴がびっしりついたのもあって、僕たち子供は取りやすいのばかりを選ぶから、母は何も言わずびっしりと突いた袴を取っていた。指と爪の間は真っ黒にもなるしね。
種無しスイカも種無しブドウもいらないけど、袴なしつくしは熱望したな。
そんな袴も取ってくれるのだから、申し訳ないというかありがたいというか。

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しかし、もうつくしくらいではないか。明確に季節感のある野菜(野草ですかね)といえば。
かつては図表のように野菜、果実、魚介類は季節ごとの出回期というものが明確にあって、食卓でも明確に季節が感じられた。
今やいつでもように、さらには日本産以外の知らなかったようなものも山ほど出ていて、1年中変わらないような食生活となってしまった。昨日行ったスーパーにはなんとスイカもおいてあった。
いいんだか悪いんだか。
歳時記も今や言葉だけになりつつあり、季節感のある行事もクリスマス、お正月、ひなまつりなどあるけど、バレンタインデーや節分などはチョコレート、恵方巻きなどビジネス絡みの印象も強くなった。
さて、今日はつくしの卵とじ。春だなあ。
画像の図表は1952年児童年鑑より。