理系・文系を重ねて見る光景は
「赤い影法師」に垣間見る非日常に思うお正月
以前は年末年始にもなるとテレビでも大作の映画が放送されたりもしたけど、最近はそういう特別感も少なくなってしまった。
まあ、いちおう黒澤明映画特集はNHKプレミアムであったり、「ひみつのアッコちゃん」などもありましたけどね。
もう映画自体がお正月映画「男はつらいよ」みたいなものがなくなってしまっている。
古来あったお正月などの「ハレ」たる非日常性が365日の1日に過ぎぬように、また魔物たちも徘徊するような闇、深夜もコンビニなどの24時間営業化で照らされるように、よく悪くも非日常が知らぬ間に追いやられた感がありますね。
クリスマスやハロウィン、バレンタインデーのような日もあるけど、ずいぶん商業的で、本来の儀礼的な意味は失われている。
むしろ、今は日常の中に紛れ、ときおり、ひょっこりと歓喜をもって現れたり、怪物のような悪意で震撼させたりする。
それはともかく。
先日はたまたま映画「赤い影法師」(柴田錬三郎原作 出演 大川橋蔵 木暮実千代 近衛十四郎)を見たのだけど、やっぱり忍法ものはいいなあ。
しかし、やはりあの時代の映画は言葉も映像もどきりとします。
木暮実千代の腕には秘密が隠された刺青があるのだが、そのおり腋毛も見えてどきり。
あの時代の日常性の中のドキリというか、あの時代を切り取って思う昭和のどきりというか。
それぞれの時代の日常性はかくも違うように、また非日常もさらに大きく違うのかもしれない。
かくして、年末年始の非日常性気分を「赤い影法師」で味わったのでありました。

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最近はデパートもコンビニも変わりなく営業しているし、田んぼで凧揚げを子供もあまり見ないし、羽根つき、コマ回し、福笑い、双六、花札、ツイスターゲームもなく、また染之助・染太郎もなく、オールスターかくし芸大会もない。
連獅子なんか必ずあったのになあ。
昭和の正月の風景はすっかりなくなってしまって、せいぜい初詣風景と箱根駅伝くらいで、晴れ着もあまり見かけなくなった。
画像は東宝1979年ポストカードより。
これもまた昭和70年代の伝統的お正月風景の艶やかさ。
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テーマ:邦画 - ジャンル:映画

街コンのうそ 縁あってのベストパートナー
ぼくにとって佐分利信はとても怖い俳優だったけど、佐分利信に限らず昔のおじいさんは怖かった。
なかでも映画「華麗なる一族」の妻妾同衾は佐分利信ならではのこその迫力があり、子供心にも納得させる怖さがあった。
その佐分利信も小津映画では周りの若者に結婚をせかすようなお節介なおじさんを演じている。
「秋日和」ですね。
さて、元神戸女学院大学の内田樹先生が提案したのが「佐分利信プロジェクト」で、小津映画の佐分利信のイメージから名付けられたお見合い大作戦。
内田樹先生によれば、結婚は生きるためのコストやリスクを減らすから、本来弱者のための生存戦略なのに、カネのない者同士が結婚すると下流の再生産になるという言葉を真に受けて、結婚をためらう若者が多いという。
見合いに変わるものかと思われる合コンについても、合コンは恋愛市場における勝者総取りシステムと一刀両断で、勝つ人間が勝ち続けるから見合いの代わりにはならないというのだ。

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最近は街コンなるイベントも増えていて、僕の地元各務原でも「空コン」(場所は今回、航空自衛隊岐阜基地)なるものもあって、こういうイベント、非日常空間の中では少しチャンスもあるのかもしれない。
しかしやはり、それは様々な理由の恋愛弱者を救うものではなく、勝者総取りシステムであり、壁の花、引き立て役に過ぎず、蛮勇をふるって参加したのに心折れて終る人も多く、結局、勝者たちのための装置になっているきらいもないではない。
また内田先生、フェミニストにも厳しく、気の合う同性の友人で暮らすことも、「コミュニケーション能力、カネ、人間的魅力にあふれるだけで集まり、そうでない人を排除して生活する」のは、やはり強者の論理といいます。
人は最弱の哺乳類だったからこそ、知恵を身につけ共に生きる社会を作ったのだったとすれば、衰退期に向かっているのかもなあ。昔から「一人口は食えぬが二人口は食える」のという言葉があったというのに、全く顧みられなくなってしまった。
なにもベストパートナーありきでなくても、縁あってのベストパートナーでもいいのだろう。
まあ、まずは小津映画でも。BSプレミアムでは今週「小津映画」が特集されていたけど、ご覧になりましたか?

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僕のおたく道「集合体」の解体
というわけで、そのほかにいろいろ興味はあったりして、けっこうなオタクの迷い道ともいえるのだが、前にも書いたとおり事情があって本など自分が趣味で集めたものを整理している。
なにも「断捨離」をしているわけでもないのだけど、それでもある程度は整理をしていくわけで、ちょっと自己解体のような気もするのだ。
映画やドラマ、アイドルやマンガ・アニメ、あるいは本など個別でカテゴリーでもわけられるのだが、僕のなかではむろん関連付けられてひとつのものとして存在するのであって、バラバラにされると意味を失ってしまうような気がしないでもない。
このブログでもそうでカテゴリーを絞ったほうがいいらしいのだが、まあ、自分でもいくらなんでもあちこちに飛びすぎで、きっとまずいんだろうとも思うけれど、しかたがない。自由にやりたいのだから。
モノは解体されていっても自分の中で積み重ねられたものはそのままにあるのだ。
まあ、といっても忘れ去られ、放置されていたものを再発見、整理していく作業でもあるのはこのブログでもわかりますね。

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斉藤由貴などが一つのイメージだろうか。
僕のなかでは斉藤由貴を起点として、アイドル(スケバン刑事)・マンガ(漫研出身)・文学(エッセイ連載)・宗教(サブカル)・恋愛(妄想・暴走?)など見事にあらゆるおたく要素にリンクしているようで興味が尽きない存在。
斉藤由貴はあのまま、まるごとで斉藤由貴なのだ。
スキャンダルで、あの壊れやすくしなやかでどこにもない斉藤由貴が解体なぞされませんように。

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斉藤由貴をチェックしていると「月刊カドカワ」まで買っちゃうからなあ。

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書棚はだいぶ整理されてきて、後ろの本も見えるようになった。雑誌がまた大変なんだよなあ。
大本命の映画関連はまたいずれ。

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僕のおたく道「映画」
「ねとらぼ」の記事より。
ハリウッド映画の代表的なキャッチコピー「全米が泣いた」。数多くの作品で使用されている定番のフレーズとして知られており、ここから派生した「全俺が泣いた」などのネットスラングも誕生しています。ところで、誰もが何度も耳にしているこのコピー、いったいいつから存在するのでしょうか。初めて全米を泣かせた映画を突き止めるべく、体当たりで調査してみました。調査にあたって気になったのは、そもそも「全米が泣いた」映画の元祖を知っている人物は存在しないのかという疑問です。
というのも、ネット上では「全米が泣いた」作品として「タイタニック」「ミリオンダラー・ベイビー」「アルマゲドン」「ロング・ウェイ・ホーム」などが紹介。Google検索の「関連する検索キーワード」に「全米 泣きすぎ」が入っていることに、納得してしまうほどの作品数が掲げられています。日本人は、日本人が泣いた映画よりもアメリカ人が泣いた映画に詳しいのではないかと思わざるを得ないくらい、キャッチコピーとして浸透しているのです。しかし、このコピーを使用した最初の作品は何なのかという問題になると、話は別。「とにかく有名で、昔からよく使われている」くらいのぼんやりした情報ばかりで、詳細については分かりません。

大手映画配給会社、映画関連の出版社、映画パンフレット販売店にも取材し、いずれも「分からない」との回答だったらしいけど、映画館そのものにも取材してほしかったなあ。昭和の頃は映画館自体が独自に新聞広告を打ったりしていたのだ。
もちろん配給会社からの宣伝材料をもとに作るのだが独自の文言を入れるところもあった。
映画好きが作るのだからね。
映画配給会社の宣伝部も映画好きが揃っているだろうけれど、あっちは邦題を付けられるという、もっとも魅力的なことができるからなあ。

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画像は当時の夕刊紙にあった各劇場の広告。週末の夕刊にはよく劇場広告があったのだ。
名古屋地区は2本立興行だったから、同時上映に共通する惹句の文言はオリジナルですね。
「黒いジャガー・刑事キャレラ10+1の追撃」の「抜群に面白い!唸る2大アクション!!」や「恋人たちのメロディー・雨のパスポート」の「ヤングのあなたが待っていたおしゃれな2本立!」などがそうですね。
「ラムの大通り・デカメロン」などは「思いっきり豪華で陽気な愛と夢と冒険をエロやかに謳いあげました!」というよくわからないものになったのは、ちょっと無理やりな2本立てだから苦労したのだろう。
余談だけど「白い肌の異常な夜」もとてもクリント・イーストウッドの主演とは思えない。
なかなか映画館に映画を見に行くことはこの頃は出来なかったから、こんなのをスクラップしていたのだね。

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大学卒業後、就職先が見つからなかった僕は地方の映画興行会社に飛込みで入った。
映画館は衰退期で2番館の担当時にはこんな自虐的なシネガイドを作った。
もうほとんど遊んでいて、ウルトラマンからのウルトラスラッシュが劇場名に当たって傾かせている。
このあと、実際閉館したんだけどね。
まあ、それはともかく。
「キネマ旬報」なども駆使して調べた「ねとらぼ」によれば

・1965年に宣伝されていた映画「わかれ道」が、「全米が泣いた」作品の元祖である可能性
・「全○○が○○する」という表現自体は1950年代には存在し、「全米が泣いた」に近いコピーは60年代には使われている。しかし、「全米が泣いた」をそのまま使った映画広告は見つけることができなかった
・大事なことなので2回言いますが、日本人が思っているよりも、全米は泣かない

ということらしい。
僕もスクラップブックをひとあたり見たけど(スクラップブックも多くはなくなってしまったけど)、そういうのはなくて、全米というよりむしろ「ヨーロッパを感動の渦に巻き込んだ」(ベニスの愛)というようにヨーロッパ映画が愛とか感動は多かったのではないかなあ。まだ前売り券が500円で買えた頃。

テーマ:洋画 - ジャンル:映画

薬師丸ひろ子が薬師丸博子だった頃
筒井康隆の鳴門元号サイン本に続くお宝シリーズです!?
まあ、僕個人の思い入れだけなんですけどね。
いや、僕もマンガやアニメからアイドル、映画、ドラマ、切手、雑学など、たいていのオタクだったと自負!?するのだけど、なかでもアイドル女優・歌手ファンとしては内藤洋子に始まり(少し遡って芦川いずみってのもある)、吉沢京子、富田靖子、斉藤由貴、浅田美代子、原田知世、石田ひかりなどと続き、今もなお綾瀬はるか、堀北真希、吉高由里子とキリがなかったりするなあ。
それでも誰か一人というなら、やはり薬師丸ひろ子に止めをさす。
映画やドラマはほとんど見たし、まあ、同時代として動き、集めやすかったということもあるけど。
といっても岐阜を出ることはなかったから限界もあったはずだけど、それでも映画ポスターなどずいぶん収集した。
角川の映画雑誌「バラエティ」も買っていたし、「セーラー服と機関銃」の公開時の一度きりの「オールナイト・ニッポン」も録音したからなあ。
なかでも、いちばんのお宝映画ポスターがこちら。
薬師丸ひろ子のデビュー作「野性の証明」の先行告知ポスターですが、わかりますか?

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ほら、アップでよく見てください。
薬師丸博子とあるでしょう。
そう、まだ芸名も決まっていなかった頃の超先行映画告知ポスターなのだ。
この大人びた表情にやられてしまったのだった。

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追記
今ちょうどBSプレミアム「カバーズ」薬師丸ひろ子を見終わったところです。
デビューの頃は人見知りで挑戦的な写真ばかりと言っていたけど、このポスターもまさにそんな頃。
しかし、高倉健、相米慎二、松田優作、松任谷由美、松本隆、大滝詠一、井上陽水、宮藤官九郎、木皿泉など大物に愛されているなあ。
ゲストに石橋蓮司が出てきたのにはちょっとびっくり。あの石橋蓮司も薬師丸ひろ子の透明感あふれる声に癒されるか。
まあ、強面で気難しそうな印象もある蓮司さんだけど、映画「四十九日のレシピ」(地元岐阜でのロケ作品・タナダユキ監督作品)の岐阜での試写会ではタナダユキ監督と石橋蓮司さんがゲストで、舞台挨拶もあり、試写が終わって会場ロビーで来場者に握手までしてくれたのだった。

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