理系・文系を重ねて見る光景は
ひよっこの時代は青春歌謡映画で
朝ドラ「ひよっこ」がやっぱり面白いですね。
僕にとってはあの時代の青春は少し上の世代で、子供からの視線だけどじゅうぶん理解できる時代です。
映画は大人400円だったか。僕の持っている映画資料もほぼ同時代と思うけど、2番館だったりするので大人200円、学生150円となっていますね。
さらに東映の宣材資料でこの頃の子供のお小遣いを見ると、さすがは高度成長期、お小遣いもなかなかの急上昇ぶりで、「ひよっこ」の時代は1964年前後だったから、中学3年で319円、ちなみに僕は決められたお小遣いはなかった。
映画はちょっと難しいですね。まあ、中学生で映画館に行ったら不良扱いかもしれない。
「ウエストサイド物語」も恋の物語でもあるけど、少年非行グループの抗争の話だったりするからなあ。
見れば、やっぱり愛子さんじゃないけどみんな踊ってしまいますか。

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日本映画のミュージカル映画って滅多にないけど、青春歌謡映画というジャンルがありますね。
「ひよっこ」でも合唱など歌がよく歌われるけど、その頃の歌は青春・希望でもあったのだなあ。
以前に作家の久間十義が青春歌謡映画について新聞コラムを書いていて、久間十義って「世紀末鯨鯢記」などいかにも難しそうな小説というイメージがあるのだが、こういう人に書いてもらうのはいいなあ。
なかなか、声を上げて言うことは出来ませんからね、青春歌謡映画好きだとは。

~何しろ今まで神妙に演技していた人間が突然歌いだすのだ。その種のお約束を知らない者は面食らう。けれどというか、だからこそ、高度成長期の雰囲気満載。いい調子に無根拠な自信に溢れていて気持ちが和む。集団就職があり、中卒の労働力が金の卵と呼ばれた時代の映画である。隠そうとしても隠せぬ当時の貧乏が、画面のそこかしこにそのまま覗く。あの頃、人々はその貧しさのなかから立ち上がり、明日を夢見て、希望に燃えて働いた。つらつら思うに青春歌謡映画では何が素晴らしいって、この貧乏と希望が素晴らしいのだ。当時、人は何もないところで味噌や醤油の貸し借りをした。ないものを分け合い、思いや希望を分かち合った。若者たちは親の苦労を知り、弟妹のために健気に生き抜こうとした。そこには何もなかったが、希望があった。貧乏は希望の代名詞だった(久間十義)。

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最近の映画やドラマは貧乏も描くけど、隠そうとしても隠せぬ日常のあったものはどこにもなく、作られた貧乏ようなものしか映りこんでいないのかもしれない。
「貧乏は今も変わらず至るところに転がっているのに個人主義やらプライバシーやらで見えにくくなり、隠され、本当に見えなくなってしまった。でも貧乏は転がっていて、そこには希望がある。貧乏に気づかぬフリをするうちに、きっと、そこにある希望に気づかなくなっただけだ」と。
画像左は舟木一夫主演「君に幸福を」(1967年公開)。これは未見だけど、見つめあうのではなく、同じ方向を見上げ、そこには希望の明日があるような笑顔ですね。中3のお小遣い319円の「ひよっこ」の時代。
画像右は浅田美代子主演の「しあわせの一番星」。こちらは1974年だから中3のお小遣いも1500円の頃。
同じように希望の「しあわせの一番星」を探していても、それぞれに見るものが違ってきているのかも。
まあ、これは青春歌謡映画というよりアイドル映画だけど。これは見たなあ、「あした輝く」ってのも見た。
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「セイ!ヤング」 深夜ラジオの時代
深夜ラジオは続くよ。どこまでも。
さて、深夜ラジオを熱心に聴き始めたのもこの頃で?、この地方ではやはり「ミッドナイト東海」(アマチン・リコタン・森本レオ)ということになりますが、聴きづらいのを耳をすませて聞こうとしたのは文化放送「セイ!ヤング」だった。
みのもんた、土居まさるなどはともかく、落合恵子(レモンちゃん)には少し憧れた。
テレビ時代となり、衰退に向かうかと思われたラジオが深夜によみがえり若者に支持され、パワーを持った時代。
深夜は未開の自由空間で、ラジオが若者を誘ったのだ。

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ラジオからは局アナも含めてDJというスターも生まれた。
森本レオは俳優となり、落合恵子は作家、児童書のクレヨンハウスの経営でも知られ、今はときどきワイドショーのコメンテーターも務めていますね。
ずいぶん以前に糸山英太郎などとパネラーを務めた番組があって、なかなか違和感のある組み合わせだった。
画像は落合恵子原作の映画「スプーン一杯の幸せ」。
落合恵子はレモンちゃんの呼称がいやだったらしいけど、この映画のキャッチコピーもいやだったろうなあ。

~落合恵子のラブの世界を ひとり歩きする淳子 魅惑の17才~

これじゃ、あんまりだ。
「白鳥の歌なんか聞こえない」(庄司薫)の由美ちゃんなら舌噛んで死んじゃいたいみたいなコピーです(まだ、「ない」シリーズが尾を引いてる!?)。
「怒りの荒野」の ガンマン十戒
最近は様々な事情であまり製作されなくなった西部劇。
今から見ればいろいろ問題もあるけれど、やはり子供の頃は単純に楽しめたし、面白かった。
イタリアで作られたマカロニウエスタン(クリント・イーストウッドも初期の頃、主演していたりする)というのもあり、こちらなどはさすがマフィア発祥の地、より非情、殺伐だったりします。
「怒りの荒野」はジュリアーノ・ジェンマ、リー・ヴァン・クリーフのマカロニウエスタンの2大スター共演の名作で、若いスコット(ジュリアーノ・ジェンマ)が老練で悪党・凄腕のタルビー(リー・ヴァン・クリーフ)から早撃ちのレッスンを受ける「ガンマン十戒」が有名です。
いい教訓もないわけではないけど!?、基本、非情であります。

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ガンマン十戒

一 決して他人にものを頼むな
二 決して他人を信用するな
三 決して銃と標的の間に立つな
四 パンチは弾と同じだ。最初の一発で勝負が決まる。
五 傷を負わせたら殺せ。見逃せば自分が殺される。
六 危険な時ほどよく狙え。
七 縄を解く前には武器を取り上げろ。
八 相手には必要な弾しか渡すな。
九 挑戦されたら逃げるな。全てを失う事になる。
十 殺しは覚えたらやめられない。

まあ、日本の裏柳生などの口伝も空怖ろしいが、こちらは妙にリアルで怖い。
ともに映画のなかだけであってほしいものです。
せめて、字句通りではなくこれくらいの気持ちで臨めということで。

不謹慎かもしれないけど、ちょっと思い浮かべたのは電通の象徴的体質として取り上げられた「鬼十則」(電通の過労死の問題は論外です)。
「鬼十則」にも「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは」などという非情な言葉が語られているけど、字句通りというか、字句以上な言葉で、態度で当たってしまった。
タルビーは悪党を自覚していたけど、自覚もなく言葉だけに踊らされる怖さがもっと怖ろしい。
西の魔女が死んだ
少し前、深夜にやっていたのは映画「西の魔女が死んだ」。
主演はサチ・パーカーで、母はかの名女優シャーリー・マクレーン。
シャーリー・マクレーンが映画「愛と追憶の日々」でアカデミー主演女優賞を受賞したのは1983年で、娘のサチ・パーカーは1956年生まれというから、このとき27歳ということになりますね。
親娘2代にわたっての親日家らしく、サチ・パーカーは幼少時代を日本で過ごした。
だからこの「西の魔女が死んだ」はまさに適役だったのだろう。

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サチ・パーカーによればハリウッドのトップ女優だった母 シャーリー・マクレーンは忙しく、この映画のもうひとりのヒロインの少女にその孤独を重ねたという。
登校拒否だった孤独な少女が魔女に自然にゆっくり癒されていくように、自らも少女時代を重ねることで、もう一度やり直すような気持ちだったと。
実は誰もがそうであるように孤独で寂しかったのだ。
人は一人では生きられない。人は一人では人として生きられないのだろう。
心残りな別れの夏となったけど、こどもの頃はなかなか寛容になれないものなのだ。
でもちゃんと西の魔女は約束どおり、優しいメッセージを残してくれたのだった。

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君の名はたんぽぽ娘
ようやく映画「君の名は。」を見に行った。
いちおう聖地、岐阜でもあるし(高山は遠いけどね)、なにしろ宮崎アニメと伍するような予想外の大ヒットとなってしまった映画だからね。大ヒットというから情緒的で繊細な私小説のような世界から脱け出したエンタテイメントになっているのかと思ったら、いつもとさして変わらぬ新海誠の世界で、びっくりというか安心というか。
なぜ、いきなりこんな大ヒットになってしまったんだろう。
むろん、彗星の落下をはじめ、少年と少女の入れ替わり、時間軸の交差など、「転校生」や「時をかける少女」など名作を連想することも多いから狙ってはいるのだろうけれど、より複雑に絡み合い、決して理解しやすいとはいえないだろうに。
記憶に残るデジャヴのような映像の美しさとひたすら「君の名は」と問うきゅんきゅんする感性に強引にもっていかれてしまう感じなのかなあ。
本来だったらおおごとの過去の改変も記憶の喪失、データの消失で済まされてしまうけど、意外と歴史の改変、記憶の改変って知らず知らずのうちにされているような気もしてきますね。
まあ、だからロマンチックなラストの邂逅ともなるのだけど。

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これはロマンチックSF「たんぽぽ娘」でもありますね。
似たようなエピソードも織り込まれていたし。
しかし、口噛み酒って科学的でもあり宗教的でありエロティックでもあり、すごいのを見つけてきたなあって。
「シン・ゴジラ」が庵野秀明監督の3.11とすれば、これは新海誠監督の3.11でもあるのだろうか。

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