理系・文系を重ねて見る光景は
マイフェニックス
続きです!?
まあ、どうでもいいのだけど、映画のパンフレットの整理をしていたらこんなものが出てきた。
日本大学創立100周年記念映画「マイフェニックス」。

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こんな映画があったんだなあ。
創立100周年記念映画にアメフトを持ってくるくらいだからね。簡単には引き下がれないのだろう。

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タッチダウンって大事なものをつかむって意味もあるんだとパンフには書かれているけど、大事なものを手放したような気が。
この際、どこか、放映するってことはないかな?
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「半分、青い。」に始まる「ベニスに死す」のタジオから美少年のさまざま
「半分、青い。」にまさかのヴィスコンティの「ベニスに死す」です。
なるほど、秋風先生は美少年をタジオと呼ぶのか。
確かに佐藤健は美少年で、古いポスター整理して少し思ったのだけど、若いころの竹脇無我に似ているような気もする。
さて、こちらがかのヴィスコンティの美少年タジオことビョルン・アンドルセンです。

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かつてはアラン・ドロンだったはずなのだが、さすがに年を取ったからなあ。
ヴィスコンティに限らず、様々な巨匠たちには美少年好きがいますが、美少年は映画の変遷から見ることもできます。
「初恋」「早春」で話題となったジョン・モルダーブラウンなんかもそうですね。
あっという間に消えてしまったのも美少年の儚さというか。「画像は「象牙色のアイドル」。

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「小さな恋のメロディ」のマーク・レスターも「楡の木陰の愛」(昔はずいぶん変な題名を付けた)のころには、もう少年ではなく、あまり美青年でもなくなっていた。
画像は映画「卒業旅行」で、「小さな恋のメロディ」で日本での人気が高く、とうとうこんな映画まで作られた。

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「ガラスの部屋」のレイモンド・ラブロックというのもいました。名前がラブロックだものなあ。
「透きとおった夕暮れ」というやはり意味の分からない題名も当時のラブロックのイメージからつけられたのだろうか。

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日本では佐藤祐介はどうでしょう。

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こちらは「恋は緑の風の中」で、まあ、どちらかといえば僕は原田美枝子の裸体に目が行ってしまうのですが。
誰でも美少年や美少女には憧れてしまうけど、恋に落ちるのは必ずしも美少年や美少女向けてばかりではありません。
映画「冒険者たち」ではあのアロン・ドロンを差し置いてヒロインのレティシア(ジョアンナ・シムカス)は武骨なリノ・バンチュラに心惹かれるのですからね。まあ、これも映画の中でのことですが。ということで、レティシアはわが永遠のヒロイン。

と、ようやくポスター整理の成果が。それでも探し出すのは大変で…。
竹脇無我の「姿三四郎」だったかは探し出せなかった。

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よみがえる映画館の一生 岐阜の日本劇場、上映記録展 
いやいや、やっぱり引っ越しというのは大変なことなのだなあ。
整理は終わらないし、手続きもまだ残っているし、慣れないし…ということでなかなか落ち着かない。
しかし、引っ越しで改めて知る映画関連資料というか雑多な収集物の多さです。
岐阜はもちろん、岡崎や江南辺りの映画館も回って集めたからなあ。
さて、そんな折も折、中日新聞にこんな記事が。

かつてJR岐阜駅前にあった映画館「日本劇場」。一九八一(昭和五十六)年の閉館まで、二十八年余で上映したのは二千八百二十六本に上る。当時の支配人と三十数年ぶりに再会した元映画少年(資料館館長)が、新聞広告などから上映記録を調査。浮かび上がった興行の歩みや、時代を紹介する企画展が一日、岐阜県羽島市歴史民俗資料館・映画資料館で始まる。(中日新聞)

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おお、我が「日本劇場」ではないか。28年余で上映したのは2826本なのか、よく調べたなあ。
資料館館長の近藤さんは図書館に通い、新聞などに載った映画広告などから作品名、上映期間などを調査分析、映画館支配人だった矢代さんは当時のノートのメモや写真などを提供したという。
短編やニュース映画もあったからほんとうはもっと多いのかもしれない。
二人の調査分析によれば邦画が目立った第1期1952年~64年、洋画輸入が自由化されるようになった第2期(65年~76年)、テレビなどの普及で観客が減少、特色ある番組編成ができなくなり閉館に至った第3期77年~81年と分けられ、僕はまさに閉館に至る第3期の営業係としていた。

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画像は手元にあるシネガイドより。いちばん古いので1967年のものから。さすがに1964年以前のものはない。
洋画は3本立てでしたね。
僕のいたころでは「もう頬づえはつかない」などは日劇には珍しく若い女性客が詰めかけたこともあったけど、「ウルトラマン」なんてチラシ上でも「日劇」を傾かせている。自虐もここまで来ていたのだ。
まさに「特色ある番組編成ができなくなり閉館に至った第3期」なので、あまりいい映画は組めなかったけど、それでも名画座復活と銘打ったりもしたこともあった。
挙句の果てには「噂の真相」に「地方映画館二番館事情 岐阜編」なる日記ルポまで書いたりしたのだが、あっけなく閉館した。
僕がよく記憶するのは他に「矢沢永吉RUN&RUN」「翼は心につけて」「翔べイカロスの翼」くらいだろうか。
「鯉のいる村」なんてのもあったな。

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矢代さん、今でも映画好きなんだなあ。やっぱり「さびしんぼう」ですか?
「駅前日本劇場の生涯展」は六月七日まで。羽島市歴史民俗資料館・映画資料館にて。

こちらはおまけ、岐阜松竹では演芸会までやっていたのだね。

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もうひとつは名古屋のグランド劇場。1965年のものですね。
週末にもなると夕刊紙に名古屋の劇場広告がよく載ったものだった。

テーマ:映画館 - ジャンル:映画

蒼井優「映画界ってよくないですか?」
『第41回日本アカデミー賞』授賞式が開催され、最優秀主演女優賞には蒼井優が選ばれ、受賞の際のスピーチが話題を呼んでいるという。
白石和彌監督の映画『彼女がその名を知らない鳥たち』で、男の稼ぎに頼り怠惰な日々を過ごす最低な女性を演じ切ったことが高く評価され受賞したのだけど、昔のようにどんな映画でも見に行くような映画体力がやや衰えてしまった僕にはなかなかしんどそうな映画ではある。
さて、そのスピーチ。
「ありがとうございます。びっくりしています。この映画を撮っているときに、本当に映画の現場に入れてよかった、映画界に入れてよかったなって思ったんです。なのに、こんなに大きな賞をいただいてしまって恐縮しています」
続けて、こんな言葉が飛び出した。
「これから新学期が始まりますけど、学校がつらい方、新しい生活どうしようと思っている方はぜひ映画界に来てください。映画界ってよくないですか?私ほんとに好きなんです。みなさんと一緒に映画界を盛り上げていきたいです」
以前にも「自殺を考えるほど悩んだら、学校休んでいらっしゃい」と図書館がツイートして話題になったことがあるけど、映画界というか映画館もまあそうだよなあ。

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図書館はもちろん映画館もいいよなあ。昔は少し不良っぽい香りもしたし。
僕も学生のころずいぶん入り浸ったけど、映画を見ている時だけは何もかも忘れられた。
入れ替えもなかったから1日中、映画を繰り返し見たこともしばしばだった。
図書館にはあまり行かなかったけど、本にものめりこんだ。それほど辛い、苦い青春ではないけど、僕もオタクだったからなあ。
あの言葉は孤独感、寂寥感に苛まれた子がほんとうに映画界に入ってよかったという思いにあふれているような気がする。
まあ、僕も思いのままに映画館に就職し、退職後もそのまま趣味ともいえる仕事となった。
僕の時は誰かが言ってくれたわけじゃないけど、蒼井優の言葉に励まされた人も多いのではないか。
もちろん、誰もが蒼井優になれるわけではないから、少し唐突な印象を覚える人もいるかもしれないけど、映画界でなくても映画館でもいいのだ。
蒼井優の言葉だからより響くということもあるのだろうなあ。

蒼井優 剛力彩芽 松たか子(あおいゆう ごうりきあやめ まつたかこ)
これは以前、僕の作った人名俳句(有名人の名前を連ねるだけの俳句)で、声を上げて詠むと季語もあるし、何気にいい感じじゃないかなあって。
ちなみに僕の勝手な通釈は
儚く壊れそうであっても一途に真面目に生きていれば、美しい花が咲き力強い枝葉となるものだなあ。
映画界だけでなく、「アイドル・女優ってよくないですか?」

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回り道、道草、理不尽すべてのものが生きてくる世界で、大杉漣
映画やドラマで活躍していた俳優の大杉漣さんがきょう午前3時53分、急性心不全のため急逝した。66歳だった。大杉さんは昨日、放送中の連続ドラマ『バイプレイヤーズ』の撮影を終え、ホテルに戻り食事を取った後、自室で具合が悪くなったという。共演者のグループLINEに大杉さんから不調を訴える投稿があり、松重豊さんが付き添って最寄りの病院に行ったが、駆けつけた遠藤憲一さん、田口トモロヲさん、光石研さんに看取られ、息を引き取ったという。(Abema TIMES)

大杉漣さんが亡くなってしまった。
今もテレ東「バイプレイヤーズ」に出演中で映画にドラマに、最近ではバラエティにも欠かせない人だった。
役柄的にもコワモテ、権力者、実直な父親、変質者までさまざまだけど、何でも好奇心旺盛な人なのだろう。
綾瀬はるかの「ひみつのアッコちゃん」では変身シーン(アッコちゃんが会社前社長(大杉漣)に変身する)も楽しそうにやっていた。
まだまだ、これからでもあったのだけど、何が起きるかわからない。
やれることはやっておくべきなのだ。そういうことを体現してきた人なのかもしれない。

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以下は以前のブログからの再掲です(一部修正)。
いや、日活ロマンポルノの話題が続きますが、風間杜夫に続いては大杉漣ですね。
こちらも名バイプレイヤーで、やはり、NHK「ゲゲゲの女房」ではヒロインのお父さんを演じていて、かたや風間杜夫はヒロインの義理の父とは因縁を感じます(僕だけでしょうが)。
こちらの「少女情婦」にも出演しているのが大杉漣。出演者の最後にクレジットされていますね。
大杉漣はブルーリボン賞、ピンクリボン賞の両賞の受賞という偉業も成し遂げている、たぶん唯一の人。
「日本の映画は2つに分けられる。大杉漣が出ているか、出ていないかだ」と誰かが語っていたけど、今の日本映画やドラマにはなくてはならぬ人で、実際、多くの作品に出演した。
連城三紀彦原作「棚の隅」に主演もしていて、この映画、人気作家の原作もので大手、中堅の映画制作のものかと思えば、実はほとんど自主映画ともいえる制作スタッフで、連城さんに直接映画化権を交渉・獲得し、制作費500万、宣伝費などを含めても1000万円という低予算で作られた。ううむ、僕らでも情熱と才能があれば映画も作れるかもしれないなあ。
ギャラも自ずと知れようというもので、いい企画・脚本ならどんな作品にも出演してくれる人なのだ。
まあ、あまりの低予算が逆に話題となって全国10館以上で興行され、2007年のモントリオール世界映画祭に出品された。
そんな姿勢が映画、舞台、音楽、サッカー、大作やインディーズを問わず、役柄も多様で、回り道、道草、理不尽すべてのものが生きてくる世界を豊かで面白く、不条理に、そんな映画人だったのだろうなあ。
二人(風間杜夫・大杉漣)とも過去の芸名を変えたり、隠そうともしない潔さもそういうところにあるのだろう。
ちなみに「少女情婦」の監督は高橋伴明。

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