理系・文系を重ねて見る光景は
薬師丸ひろ子が薬師丸博子だった頃
筒井康隆の鳴門元号サイン本に続くお宝シリーズです!?
まあ、僕個人の思い入れだけなんですけどね。
いや、僕もマンガやアニメからアイドル、映画、ドラマ、切手、雑学など、たいていのオタクだったと自負!?するのだけど、なかでもアイドル女優・歌手ファンとしては内藤洋子に始まり(少し遡って芦川いずみってのもある)、吉沢京子、富田靖子、斉藤由貴、浅田美代子、原田知世、石田ひかりなどと続き、今もなお綾瀬はるか、堀北真希、吉高由里子とキリがなかったりするなあ。
それでも誰か一人というなら、やはり薬師丸ひろ子に止めをさす。
映画やドラマはほとんど見たし、まあ、同時代として動き、集めやすかったということもあるけど。
といっても岐阜を出ることはなかったから限界もあったはずだけど、それでも映画ポスターなどずいぶん収集した。
角川の映画雑誌「バラエティ」も買っていたし、「セーラー服と機関銃」の公開時の一度きりの「オールナイト・ニッポン」も録音したからなあ。
なかでも、いちばんのお宝映画ポスターがこちら。
薬師丸ひろ子のデビュー作「野性の証明」の先行告知ポスターですが、わかりますか?

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ほら、アップでよく見てください。
薬師丸博子とあるでしょう。
そう、まだ芸名も決まっていなかった頃の超先行映画告知ポスターなのだ。
この大人びた表情にやられてしまったのだった。

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追記
今ちょうどBSプレミアム「カバーズ」薬師丸ひろ子を見終わったところです。
デビューの頃は人見知りで挑戦的な写真ばかりと言っていたけど、このポスターもまさにそんな頃。
しかし、高倉健、相米慎二、松田優作、松任谷由美、松本隆、大滝詠一、井上陽水、宮藤官九郎、木皿泉など大物に愛されているなあ。
ゲストに石橋蓮司が出てきたのにはちょっとびっくり。あの石橋蓮司も薬師丸ひろ子の透明感あふれる声に癒されるか。
まあ、強面で気難しそうな印象もある蓮司さんだけど、映画「四十九日のレシピ」(地元岐阜でのロケ作品・タナダユキ監督作品)の岐阜での試写会ではタナダユキ監督と石橋蓮司さんがゲストで、舞台挨拶もあり、試写が終わって会場ロビーで来場者に握手までしてくれたのだった。
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テーマ:俳優・女優 - ジャンル:映画

「若親分」(市川雷蔵)と「兵隊やくざ」(勝新太郎)
さあ、テーマがあちらこちらと飛ぶぞというわけで、今回は映画だよ。まあ、古いんだけどね。
市川雷蔵と勝新太郎というか、「若親分シリーズ」と「兵隊やくざシリーズ」ですね。
市川雷蔵は「眠狂四郎」や「忍びの者」、勝新太郎は「座頭市」「悪名」など、ともに大映の大スターだけど、印象はまるでちがいます。
分かりやすいのは、ほぼ同時期にスタートした市川雷蔵の「若親分シリーズ」、勝新太郎の「兵隊やくざシリーズ」でしょう。
僕はともに好きなのだけど(まあ、テレビで見たのですが)、やはり僕はどちらかといえば雷蔵派というか、いわば「海軍」対「陸軍」、または「スマートでかっこいい」対「汚く泥臭い」という構図でもあったからね。

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明治以来の日本の軍隊の伝統的イメージなのか、たいてい、こんな括りで映画など作られていた感じがしますね。
今でも軍隊ではないけど、陸自より海自や海保などの人気が高いのは(たぶんだけど)、この伝統が引き継がれているのだろうか。
まあ、実際、陸軍や陸自では泥にまみれるのだろうけれど。
最近ではアニメ「ガールズ&パンツァー」「艦隊これくしょん -艦これ-」などがあるけど、まったく別物になってしまったなあ。
「汚く泥臭い」は論外で、「スマートでかっこよく」、さらには「かわいい」ということなのか。
でも、現場は今も変わらず、やはり汚く泥臭く命がけなのだ。
映画もほんとうはこういう作品にこそ、戦争の真実が垣間見えたりするような気がするけどなあ。
まあ、戦争を知らない僕が言うのもなんだけど、時にはこんな作品も作らないと、リアルな現場が見えてこないぞ。
稲田前防衛大臣は映画はどちらも見ていなかったのだろうなあ。
戦争の正面を見据えるような「プライベート・ライアン」「プラトーン」「ディア・ハンター」「シンドラーのリスト」、あるいはエンタメ系の「ランボー」などでもいいけど、意外と「若親分シリーズ」や「兵隊やくざシリーズ」、洋画では「MASH」、「まぼろしの市街戦」といった作品のほうが、核心を突くこともあるんじゃないかなあ。
まあ、「若親分シリーズ」については雷蔵(元海軍士官)がかっこいいだけで、海軍は特に描かれることもないのだけどね。

テーマ:昔の映画 - ジャンル:映画

永遠の妹 内藤洋子
土屋太鳳ちゃんの映画「兄に愛されすぎて困ってます(兄こま)」がテレビドラマに続いて6月30日公開予定だけど、このテーマは少女マンガ定番のテーマでもあります。
まあ、少年漫画でも稀代の名作「みゆき」(あだち充)というのもあり、広く文学全般の普遍のテーマかもしれない。
ここでいつも問題になるのは?「恋人派」なのか「妹派」なのかということであるけど、まあ、日本の伝統から言えば「妹派」ということになるのだろうなあ。
僕の少年時代のアイドル女優は当時の東宝の2大清純派アイドル女優内藤洋子、酒井和歌子になるのだが、二人が共演したこの映画「兄貴の恋人」でもわかるとおり、内藤洋子は妹キャラ、酒井和歌子は恋人キャラで、僕はやはり妹派で、圧倒的に内藤陽子派だった。「みゆき」も若松みゆき派だったし。
あの「男はつらいよ」の寅さんだって、毎回、美女と恋に落ち、振られてしまうけど、あれは振られるというよりはむしろ振られるように振る舞うというか、妹さくらのもとにいつも帰りたいのだろう。
それはなにも日本だけではなくて、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」だって、そうですからね。

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さて、多くの妹キャラは生まれてきたのだが、僕がなかでも内藤洋子を唯一無二の妹キャラと思うのは、妹のときのみに輝き、潔く去ったキャラクターだったからだ。
テレビでは「氷点」「えり子とともに」、映画では「あこがれ」「伊豆の踊子」「育ちざかり」「娘ざかり」。
「娘ざかり」のわずか1年後、吉沢京子主演の「バツグン女子高校生 16才は感じちゃう」 が公開され、内藤洋子はこの映画で教師役となり、妹からの、自らの若き落葉を知るように去って行ってしまった。
永遠の妹たる内藤洋子に世代替わりを知らしめるような「バツグン女子高校生 16才は感じちゃう」 は残酷な映画だった。
いわば映画の内外にあった妹殺しの物語。
なかなか幸せにはなれないんだよ、妹的存在は。「君よ知るや南の国」のミニヨンとかね。
だから「みゆき」やテレビドラマ「青い鳥」のラストにはびっくりした。

ちなみに朝ドラ「ひよっこ」で「内藤洋子ならしかたない」「これだから男どもは…」というような話があったけど、「しかたない」というのは恋人というより、妹的な発想なのだろう。
「妹ならしかたない」でしょう!?

テーマ:邦画 - ジャンル:映画

ひよっこの時代は青春歌謡映画で
朝ドラ「ひよっこ」がやっぱり面白いですね。
僕にとってはあの時代の青春は少し上の世代で、子供からの視線だけどじゅうぶん理解できる時代です。
映画は大人400円だったか。僕の持っている映画資料もほぼ同時代と思うけど、2番館だったりするので大人200円、学生150円となっていますね。
さらに東映の宣材資料でこの頃の子供のお小遣いを見ると、さすがは高度成長期、お小遣いもなかなかの急上昇ぶりで、「ひよっこ」の時代は1964年前後だったから、中学3年で319円、ちなみに僕は決められたお小遣いはなかった。
映画はちょっと難しいですね。まあ、中学生で映画館に行ったら不良扱いかもしれない。
「ウエストサイド物語」も恋の物語でもあるけど、少年非行グループの抗争の話だったりするからなあ。
見れば、やっぱり愛子さんじゃないけどみんな踊ってしまいますか。

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日本映画のミュージカル映画って滅多にないけど、青春歌謡映画というジャンルがありますね。
「ひよっこ」でも合唱など歌がよく歌われるけど、その頃の歌は青春・希望でもあったのだなあ。
以前に作家の久間十義が青春歌謡映画について新聞コラムを書いていて、久間十義って「世紀末鯨鯢記」などいかにも難しそうな小説というイメージがあるのだが、こういう人に書いてもらうのはいいなあ。
なかなか、声を上げて言うことは出来ませんからね、青春歌謡映画好きだとは。

~何しろ今まで神妙に演技していた人間が突然歌いだすのだ。その種のお約束を知らない者は面食らう。けれどというか、だからこそ、高度成長期の雰囲気満載。いい調子に無根拠な自信に溢れていて気持ちが和む。集団就職があり、中卒の労働力が金の卵と呼ばれた時代の映画である。隠そうとしても隠せぬ当時の貧乏が、画面のそこかしこにそのまま覗く。あの頃、人々はその貧しさのなかから立ち上がり、明日を夢見て、希望に燃えて働いた。つらつら思うに青春歌謡映画では何が素晴らしいって、この貧乏と希望が素晴らしいのだ。当時、人は何もないところで味噌や醤油の貸し借りをした。ないものを分け合い、思いや希望を分かち合った。若者たちは親の苦労を知り、弟妹のために健気に生き抜こうとした。そこには何もなかったが、希望があった。貧乏は希望の代名詞だった(久間十義)。

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最近の映画やドラマは貧乏も描くけど、隠そうとしても隠せぬ日常のあったものはどこにもなく、作られた貧乏ようなものしか映りこんでいないのかもしれない。
「貧乏は今も変わらず至るところに転がっているのに個人主義やらプライバシーやらで見えにくくなり、隠され、本当に見えなくなってしまった。でも貧乏は転がっていて、そこには希望がある。貧乏に気づかぬフリをするうちに、きっと、そこにある希望に気づかなくなっただけだ」と。
画像左は舟木一夫主演「君に幸福を」(1967年公開)。これは未見だけど、見つめあうのではなく、同じ方向を見上げ、そこには希望の明日があるような笑顔ですね。中3のお小遣い319円の「ひよっこ」の時代。
画像右は浅田美代子主演の「しあわせの一番星」。こちらは1974年だから中3のお小遣いも1500円の頃。
同じように希望の「しあわせの一番星」を探していても、それぞれに見るものが違ってきているのかも。
まあ、これは青春歌謡映画というよりアイドル映画だけど。これは見たなあ、「あした輝く」ってのも見た。
「セイ!ヤング」 深夜ラジオの時代
深夜ラジオは続くよ。どこまでも。
さて、深夜ラジオを熱心に聴き始めたのもこの頃で?、この地方ではやはり「ミッドナイト東海」(アマチン・リコタン・森本レオ)ということになりますが、聴きづらいのを耳をすませて聞こうとしたのは文化放送「セイ!ヤング」だった。
みのもんた、土居まさるなどはともかく、落合恵子(レモンちゃん)には少し憧れた。
テレビ時代となり、衰退に向かうかと思われたラジオが深夜によみがえり若者に支持され、パワーを持った時代。
深夜は未開の自由空間で、ラジオが若者を誘ったのだ。

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ラジオからは局アナも含めてDJというスターも生まれた。
森本レオは俳優となり、落合恵子は作家、児童書のクレヨンハウスの経営でも知られ、今はときどきワイドショーのコメンテーターも務めていますね。
ずいぶん以前に糸山英太郎などとパネラーを務めた番組があって、なかなか違和感のある組み合わせだった。
画像は落合恵子原作の映画「スプーン一杯の幸せ」。
落合恵子はレモンちゃんの呼称がいやだったらしいけど、この映画のキャッチコピーもいやだったろうなあ。

~落合恵子のラブの世界を ひとり歩きする淳子 魅惑の17才~

これじゃ、あんまりだ。
「白鳥の歌なんか聞こえない」(庄司薫)の由美ちゃんなら舌噛んで死んじゃいたいみたいなコピーです(まだ、「ない」シリーズが尾を引いてる!?)。