理系・文系を重ねて見る光景は
「若親分」(市川雷蔵)と「兵隊やくざ」(勝新太郎)
さあ、テーマがあちらこちらと飛ぶぞというわけで、今回は映画だよ。まあ、古いんだけどね。
市川雷蔵と勝新太郎というか、「若親分シリーズ」と「兵隊やくざシリーズ」ですね。
市川雷蔵は「眠狂四郎」や「忍びの者」、勝新太郎は「座頭市」「悪名」など、ともに大映の大スターだけど、印象はまるでちがいます。
分かりやすいのは、ほぼ同時期にスタートした市川雷蔵の「若親分シリーズ」、勝新太郎の「兵隊やくざシリーズ」でしょう。
僕はともに好きなのだけど(まあ、テレビで見たのですが)、やはり僕はどちらかといえば雷蔵派というか、いわば「海軍」対「陸軍」、または「スマートでかっこいい」対「汚く泥臭い」という構図でもあったからね。

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明治以来の日本の軍隊の伝統的イメージなのか、たいてい、こんな括りで映画など作られていた感じがしますね。
今でも軍隊ではないけど、陸自より海自や海保などの人気が高いのは(たぶんだけど)、この伝統が引き継がれているのだろうか。
まあ、実際、陸軍や陸自では泥にまみれるのだろうけれど。
最近ではアニメ「ガールズ&パンツァー」「艦隊これくしょん -艦これ-」などがあるけど、まったく別物になってしまったなあ。
「汚く泥臭い」は論外で、「スマートでかっこよく」、さらには「かわいい」ということなのか。
でも、現場は今も変わらず、やはり汚く泥臭く命がけなのだ。
映画もほんとうはこういう作品にこそ、戦争の真実が垣間見えたりするような気がするけどなあ。
まあ、戦争を知らない僕が言うのもなんだけど、時にはこんな作品も作らないと、リアルな現場が見えてこないぞ。
稲田前防衛大臣は映画はどちらも見ていなかったのだろうなあ。
戦争の正面を見据えるような「プライベート・ライアン」「プラトーン」「ディア・ハンター」「シンドラーのリスト」、あるいはエンタメ系の「ランボー」などでもいいけど、意外と「若親分シリーズ」や「兵隊やくざシリーズ」、洋画では「MASH」、「まぼろしの市街戦」といった作品のほうが、核心を突くこともあるんじゃないかなあ。
まあ、「若親分シリーズ」については雷蔵(元海軍士官)がかっこいいだけで、海軍は特に描かれることもないのだけどね。
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「ひよっこ」みね子のリンク特異点 オイラーの贈物
NHKの『AIに聞いてみた どうすんのよ !?ニッポン』というのを見ていたのだが、まあ、よくわからないのだけど、あの画像で出てくるリンクポイント?が面白いですね。
さして重要とも思えないポイントから、けっこうなリンクが広がっていたり、しかも意外なものや、重要なものに繋がっている。
以前に、インターネットの地図の点と線を数えると、何百万ものリンクを持つ点がごく少数ある一方でリンクを1.2ヶ所しか持たない点が非常にたくさんある…というのを読んだけど、あんなものだろうか。
これで連想するのがNHK朝ドラの「ひよっこ」ですね。
奥茨城村の多少ドラマチックなことがあっても、普通の女の子みね子が行く先々で(乙女寮、すずふり亭、あかね荘など)、さして目立つわけでもないのに、いつのまにかなにかしら多くを繋げ、特異なリンクポイントになっているような。
まあ、ヒロインだから当然でもあるけど、それでも「みね子」がいなければ大女優も揺らぐことなく、そしてすずふり亭の高子さんも奥茨城村に嫁に行くようなこともなかった。
これは人が考える重要なものばかりではなく、何事もなくある存在が実は何よりも欠かせないものであるというような。
目先や効率はもちろん、どんなに考察を重ねても、なお見落しがあるのかもしれぬということで、AIについて言えば、AIだからできる、いわば全ての可能性を総当たりしてこそ分かるものだろうか。
人間は総当たりできるわけではないけど、直感や何かしらの感情などの変数があって、さらに奥が深いかもしれないなあ!?
また、逆にリンクポイントが多ければ、その存在の意味や価値が高いのかと言えば、それも果たしてそうなのか。
おいらにはさっぱりわからないけど、この手の解析にはオイラーの数学理論は役に立つらしいよ。

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グラフ理論の第一人者秋山仁 東海大教授によれば、「オイラーの素晴らしいところは一筆書きができるかどうかというネットワーク全体に関わる問題を頂点から出る線分の数という部分の性質に置き換えて解いたことだ」といいます(日経新聞)。
7つの橋くらいであればしらみつぶしに調べることが出来るけど、ネットワークが複雑になると総当りは困難で、そんなとき部分を調べたオイラーの発想が役に立つという。

オイラーの贈物
代数、幾何、解析。数学の多くの分野は唯一つの式に合流し、そしてそれを起点に再び奔流となって迸る。ネイピア数、円周率、虚数、指数関数、三角関数が織りなす不思議の環:オイラーの公式。ファインマンは「これは我々の至宝である」と嘆じた。本書はこの公式の理解を目標に、数学の基礎を徹底的に解説する。記述は極めて丁寧かつ平明である為、意欲溢れる中高生の副読本としても好適である。

うーむ、さっぱりわからん。だけど、なんか楽しい。これが変数かしらん!?

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老大家の時代3
老大家の時代」シリーズ3です。
先日のNHK「思い出のメロディ」を見ていたら、なんと浅丘ルリ子、五月みどりなどもいて、まるで「やすらぎの郷」シフトだなあと思っていたら、本命石坂浩二も登場してきた。まあ、歌うわけではなく、作詞家としてだったけど。
しかし、「思い出のメロディ」くらいになると、歌謡界・映画界の大御所・老大家というべく人が続々出てきて、小林旭は自由気ままにしゃべり倒し、浅丘ルリ子は久しぶりの歌に震えるほど緊張して司会の氷川きよし、有働由美子、そして映画のパートナー小林旭に送り出されるも、歌い終わるや否や、かつての映画のパートナー小林旭に寄り添うのかと思ったら、しっかり氷川きよしだった。
「やすらぎの郷」で描かれた向井理や清野菜名に向けられる老人の視線ってリアルなのだなって。

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そして、あれほどに焼付いたはずの戦争や大震災の悲惨さえ、時は風化させることも。時は優しくも残酷でもある。
重いテーマあり、軽妙なやりとりあり、老人のエロありのさすがは老大家 倉本聰のドラマだけど、やはりその眼は衰えない。
手をつなぐことばかりが「絆」と言われるけど、手を放すこともまた「絆」だったように。
倉本聰はこのドラマの主人公のように山田太一と競い旬の若手女優を引き上げたけど、今は松岡茉優と清野菜名なのかな。
倉本聰だけでなく、山田太一も自由に書きだしたら面白いのになあ。
もっとも自由といっても今のテレビ界などのあまりのガチガチのコンプライアンスを気にせずにということだけど、この二人なら風穴を開けれるかもしれない。
それにしても「やすらぎの郷」って、けっこう老人たちを元気にしたのではないかと。これがほんとうの「働き方改革」!?。
老人が元気に働けば人口が減っても労働人口は減らず、健康であれば老人医療費の伸びを抑えられ、好循環になるし。
下手をすれば(上手くすれば?)、マロのように結婚、子供も生まれて少子化対策にも。
なにしろ、あの老大家の世代、すべてにバイテリティがあるからなあ。
画像は若き日の石坂浩二が演じた「花咲ける騎士道」。地で行くようなモテっぷりだった!?

しかし、ハッピーがえらいことに。倉本さんもつらい記憶があるはずなのに、避けることもなく、あえて書くのだな。
やはり、覚悟の作品なのだ。

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日本の夏には怪談を「ハロー張りネズミ」
夏になり、お盆辺りになればレギュラーのテレビドラマでも怪談ものが挟まれたり、2時間ドラマでも怪談ミステリーのひとつくらいはあったものだけど、それも今は昔。
かつての人気ドラマ「ザ・ガードマン」などは毎年、恒例のように怪談仕立てのものがあったような気がするなあ。
これも歳時記というか、季節感がもっと大切にされたころの夏の風物詩だったのだろう。
子供会でも肝試しというものがあり、正味、深夜の自殺体もしばしば出たという河川敷上の雑木林の地蔵を回ってくるというもので、上級生が容赦なくこんにゃくやマジックをもって待ち伏せたりするので怖ろしかったのだが、やれようやく上級生となり、脅す番となったら、中止となってしまった。
今は行われていてももっと安全は確保され、むしろ、お化け屋敷のようにカップルが手を繋いで出てくるような、夏の花火のような甘酸っぱいものさえあるのかもしれない。
肝試しも驚かすことが出来ず、甘酸っぱいこともなかったというのは、団塊でもなく、新人類・バブル世代でもなかったシラケ世代の憂鬱さに通じるような気がするなあ、ほんとうか?
さて、TBSドラマ「ハロー張りネズミ」が面白く、久しぶりに夏の怪談ものを入れてくれたのだけど、なんとまあ、風物詩程度かと思ったら、本気も本気の怪奇ものだった。ゲストも蒼井優で、2週にわたってという本気ぶりだった。
床柱か、やっぱり、家に憑くというのは怖いですね。

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怪談ものはまた画像が美しくあってこそ、映えるものでもあるけれど、BSプレミアムで再放送が始まった「おそろし~三島屋変調百物語」もそうで、やはり監督の金子修介の絵はきれいだなあ。
波瑠はこれがテレビドラマ初主演だったと思うけど、闇を抱えながらも慎ましやかで凛とした姿が美しい。
また、やはり不吉で妖しい彼岸花が美しいのだけど、庭に彼岸花をほんとうに植える家があるのだろうかと思っていたら、山本富士子さんが「徹子の部屋」に出ていて、小津監督の義妹さんが自分の庭に咲く彼岸花の切り花を毎年贈ってくれるのだという。
小津監督の「彼岸花」は山本富士子主演で、これはまだ見ていない。
今年は夏に「ハロー張りネズミ」「おそろし~三島屋変調百物語」と怪談ものが続き、しばらく蒲団から足を出して眠れないなあ。
足を出すとね、つかまれちゃうんだよ。「うわーっ、手が」なんてね。
画像は「怪談残酷物語」。田村正和の主演ですね。怖いんですよ、日本の怪談は。

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人外は微睡に潜む
   人外は微睡に潜む

富島健夫のジュニア小説をずいぶん読んだ時がある。芥川賞候補にもなり、また一般的には青春小説、官能小説家としても有名だ。だからジュニア小説でもずいぶんシニカルな視線をもって、少年少女の性を書いている。
どんなに正義感に満ちていても、どんなに真面目であっても悪に少しでも隙を見せれば、結局そのまま戻れず堕ちてしまう少年少女が物語のなかに必ずいた。性質の悪いクラスメートから友だちを助けようと真面目な子が知らず知らずのうちに少しずつ堕ちていくのだから胸が苦しくなる。優しい気持ちに悪は平然と、ほくそ笑むように遠慮なく付け込むのだ。ジュニア小説にさえ潜む容赦のない冷笑的な視線はゾクゾクとさせた。
ともに堕ちてしまうほどの覚悟がなければ悪に近づくべきではないと、富島健夫はあの頃から少年少女たちに言っていたのだ。
某元清純派アイドルが薬に堕ちた時、「覚せい剤でもタバコ・酒でも、あるいはあんな亭主でも、すべての中毒者は意志の弱い人間」と言った大学教授がいたけど、僕は清純、そして正義や真面目さにこそ悪は惹かれ、そして付け込むのだと思った。そして一切を撥ねつけるような純粋さ、意志の強さに悪はほくそ笑むのだ。

「この人はわたしがいないとだめになる」
「気持ちを強く持てば自分は大丈夫」

誰にも負けないような優しさ、純粋さはもう悪を呼び寄せずにはおかないものなのだ。       
果てのない波のように寄せて、少しずつ内面をむしばみ、あとはゲームのようにじっくり楽しむ。悪は一色のみだ。少しでも沁み入られ、魅入られたら逃れる術はない。逃れたようでもその沁みは消えるわけではなく眠りにつくだけだ。
そして平和な日常に悪は保護色をまとって、そこここに転がっている。
人は神でも悪魔でもない。
誰も純白ではなく漆黒でもない。誰もわが身に沁みはある。人の外に、人の中に人知れず置かれている。

誰からも祝福される女性がいた。
裕福な家庭に生まれ、文字通りの才色兼備で、奢ることない真っ当で楽しい青春も過ごした。大学時代の友人と結婚し、幸せな家庭を築いていた。
彼女が三五歳の時、二人の子供に恵まれ、仕事にも家庭的にも申し分のない夫がいた。
夫は有能で人望も高く、その幸せな家庭環境に憧れて多くの同僚などが家にも集まった。夫も妻任せにはしなかったし、同僚たちもわきまえた人たちだったから、彼女にとってもそれは楽しいことだった。
一人、冗談のようにいつも来ると誘いかける男がいた。夫の後輩だった。
「一度でいいからあなたのような人とお食事、デートしたいなあ」と。
大勢の前でも夫の前でも来ればいつでも言っている。困惑して夫には何度も聞いている。
「あの人はなんなの?」
「気のおけない後輩だよ。あれぐらいになると、もうただの口癖だな」
たしかにいやらしいニュアンスはなかったし、そんな視線も一切なかった。だから夫は言ったのだ。
「一度、デートでもしてやるか?」

冗談からこんなこともあるのだ。食事をすることになった。一度きりのデート。
都合で会うのは夕刻の時間となった。ディナーということになる。
彼は車で家まで迎えに来ると、少し緊張して夫と話している。
「ママを子供たちが待ってるからあまり遅くなっちゃだめだぞ」と夫が笑いながら妻を送り出した。
ディナーはなんとファミレスだった。
「すみません、あんなこと言ってもなれていないんです」
彼女は微笑んだ。学生時代に戻ってしまうようで、思わず微笑みが出てしまった。
まるで子供のようなデート、学生のようなたわいのないを話しながら食事はあっという間に終わった。
名残惜しそうに彼が言った。
「この近くに公園があるんです、少し歩けませんか?」
彼女はうなづいた。まだ話足らないぐらいだった。学生時代の思い出を語り合うのは久しぶりだ。夫の知らない少女時代まで彼は憧れるように聞いてくる。わたしは少女のようにはしゃいでいた。
外に出ると、もう日は落ち暗くなり始めていた。外灯が公園を明るく照らし出している。人は少なくはなかった。
歩きながらも話が弾んだ。
公園を進むにつれて外灯がまばらとなり、辺りは暗くなってくる。彼女は言葉少なくなっていた。少し怖かったのかもしれない。彼は変わらず楽しく話している。
出口に近づくと公園はまた明るくなった。
彼女も元気を取り戻したように言葉も増え、声も弾んだ。
彼が言った。「わあ、もう出口だ」
「そうね」
「終わりかあ」その言い方がまるで子供みたいでかわいかった。
「残念ね」
「あの、手をつないでもらってもいいですか?」彼はおずおずと言う。
彼女は笑った。ほんとうに子供みたいだ。
「しようがないわね」彼女は手を出した。二人は少年少女のような初々しさで、手をつないで公園を出た。
車に乗ると、また彼はあとわずかばかりのデートを惜しむようにまだ話している。彼女にとっても彼にとっても楽しいデートだった。
彼は家の少し手前の駐車場で車を止めた。
「着いちゃった」
「そうね、ありがとう」
わたしは彼のほうを向いて言った。
目が合い、時間が止まるような沈黙があった。
彼は止めた時間をかいくぐるようにゆっくりと顔を近づけ、さらにスローモーションのように唇を重ねてきた。いきなりだったら反射的に撥ね付けていたはずなのに、ゆっくり近づいてきたキスは避けることができなかった。彼の唇が優しく触れ、また強く押し付けられる。
(なぜなの?)
彼女は呆然とそのままキスを受けていた。やがてキスは陶然とするような情熱的なものと変わっていく。強く吸われ、彼女もかすかに応じていた。
(どうしたの、わたし?)
彼の手が胸におかれた。
「いや」ようやく彼女は撥ね付けた。
(わたしはそんな女じゃない)
彼も撥ね付けられて我に返ったのだろう。子供のように彼も素直に謝った。
「ごめんなさい」
そう、彼も一時の感情に流されそうになっても最後は節度が守れる優しい青年なのだ。
「デートは終わりよ」彼女は言った。
終わりにすべきだ。
「ごめんなさい、せっかくのデートを最後で間違えてしまった」
彼は恐縮している。
「もう一度やり直させてくれませんか?いい思い出にしたいんです、間違ったままにしたくないんです。僕にとってもあなたにとっても」彼は真剣だった。
「だめよ、デートは一度だけの約束」
彼女は気丈だ。

「また、あいつがデートさせてくれって言ってる」夫が言った。
「よっぽどあいつにとっては楽しかったのかな?」
「彼、少し子供みたいところあるのよ」
彼女は落ちついて言った。
「僕はかまわないけど、どうする?」
夫はまったく気にもとめていなかった。彼女だって同じだ。彼女は家族を愛しているし、きちんと立ち止まることも出来る。彼も少し感情に押されることがあっても節度はわきまえている。大丈夫だった。
「ほんとうのデートのシュミレーションにされているのかもしれないわ。食事もファミレスだったのよ」
「そうだったな、それが心残りだったのかな、あいつは」

二度目のデートが設けられた。やり直しならしかたがない。
「今度は高級レストランなのね」
フレンチだった。彼女は落ち着いていた。ふたりとも前よりは慎重な会話になっている。周りも大人たちの大人の会話だ。食事は静かに終わり、公園デートは省かれ、彼女は彼の車に乗った。
(危ないことはない、今日はきちんとやり直すのだから。わたしも彼も)
車の中の会話も慎重になっていた。
彼は家の少し前の駐車場で車を止めた。少し沈黙があった。互いに声をかけようと顔を向けた。目が合った。また時間が止まるほどに緩やかに流れている。彼がゆっくりと顔を近づけ、いつでも止められるほどゆっくり唇を重ねてくる。デジャブだ。
いつでも止めていいよとばかりにゆっくり近づいてくるキスを避けることができなかった。
(なにをしているんだろう?)
彼女はまた陶然とそのままキスを受け入れている。彼の手が胸におかれた。
「いや」
声は小さく、よけようとする手にも力が入らない。手は胸におかれたままだ。彼は強く優しく揉んできた。彼女の身体にまだ知らなかった未知の快感が走っていた。情熱的なキスと変わり、彼女もいつのまにか激しく応えていた。
彼の舌が入り込み、唾液が押し込まれる。また見知らぬ快感が押し寄せた。彼の手はブラウスのボタンを外しはじめている。
(ああ、脱がされている、私は止められるはずなのに)
力が入らなかった。ブラのホックが外される。露わになった乳房が優しく激しく揉まれた。
「ああ」
(こんな場所で、わたし)
しがみついていた。彼の手がスカートに差し込まれた。
「お願い、それだけはやめて」呆然としながらもつぶやく。
彼は手を止めた。彼はなおも自制が利くのだ。
「ごめん、やり直しはずだったのに」彼は冷静さを取り戻したように詫びた。

彼女はなにも答えず衣服を整え、無事、家についた。早く帰りたかった。
(無事?無事といえるの?私はキスされ、胸を揉まれるままに快感に身を任せた)
彼女は強く恥じた。
彼女は今まで以上に夫を、子供たちを愛した。愛してる。
くつろぎに優しさに毎日がつつまれる。彼女にまた曇りのない幸せが訪れる。

しばらくして。
また彼が会社の同僚とやってきた。彼は何事もないようにふるまった。もう、誘うような冗談も言わなかった。ただすれ違った時、そっと手渡されたメモだけが心臓を突き動かした。そっと開いたメモにはこうあった。
(あの場所、あの時間。いつでも僕は待ってる。あなたの唇、あなたの乳房。僕の唇が、僕の手があなたを覚えている。あなたも覚えているでしょう?)
彼女は怖ろしさに震えた。
彼女は行かなかった。明日も明後日も行かなかった。彼女は幸せな妻で、優しい母なのだ。彼女は気丈だ。
でも何かが燻っている。身悶えた彼女がどこかにいた。彼女は恥じた。

ある日の夕刻、彼女は覚束ない足どりで歩いている。
(覗いてみるだけよ、彼だっているはずがない。もう何日も何日も経っている)
車があった。彼はいた。

と、もう少し続くのだけど、まあ、ここまでですね。ちょっと長いし、これ以上は危ないかもしれない。
下手な小説に付きあわせておいてなんだという方もあるかもしれませんが、申し訳ありません。
次回からはまた通常な?穏やかな日々に戻ります。

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