理系・文系を重ねて見る光景は
『半分以上、青い。』岐阜県
女優の永野芽郁(17)が20日、2018年春から放送されるNHK連続テレビ小説第98作『半分、青い。』(月~土 前8:00 総合ほか)のヒロイン・楡野鈴愛(にれの・すずめ)役に決定した。ヒロイン役が発表されると、会見場からは「オー!」というどよめきが起こったが、一番目を丸くしていたのは永野本人だった。(中略)舞台となる岐阜県の印象についても「すごくのどかな街のイメージがあって、木が多くてマイナスイオンが多そうみたいな…あっ、決して悪いイメージではないですよ。これからもっと勉強します」と茶目っ気たっぷりに打ち明けた。(オリコンニュース)

そうか。やはり今でも岐阜は木、山のイメージであったか。
「岐阜県民の歌」でもすぐ出てくるフレーズは♪岐阜は木の国山の国♪だから、都会の女の子であれば、まあそうでしょう。
今でもというのは画像の左が1952年の児童年鑑、右が今年の6月22日の中日新聞の広報記事で、おお、岐阜は今も山の中。
木の国、そして水の国なのだ。

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でもまあ、日本そのものが木の国山の国、木の文化だからね。
古来からの森を守り継いで土壌も豊かに、多様な生物も慈しみ、水を貯え浄化し、マイナスイオンはよくわからんけど、二酸化炭素も吸収してくれるからね。
また日本が誇る荘厳・華麗な城や寺社仏閣から我ら庶民の家屋も多くは木造なのだ。
中国や韓国もやはり木造りだけど、楠や松だったらしく、日本は檜だった。
この木の違いは道具の発展にも変化をもたらし、楠、松は材が固く、中国や韓国ではのこぎりやカンナも押すものとなり、材の柔らかい日本は引くものとなった。
押しの文化と引きの文化とは牽強付会に過ぎるだろうか。
最近は引いてもダメなら押してみようって感じもあるけれど、まあ、基本は引きだからなあ。
日本も少子化問題など経済も引きの時代に向かうけど、引きの文化だから、それにふさわしい対応も自ずと持ち合わせているのかもしれない。
国土は青い(若い)のだし。
日本のしなやかな伝統美の根幹は木であり、檜だったのだよ、ね、芽郁ちゃん。
ちなみに岐阜の森林面積は『半分、青い。』どころか約80%で全国第2位。
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「警視庁いきもの係 」千載具眼を持って見よ
フジ「警視庁いきもの係 」って、なかなか上手いタイトルだなと思っていたら、オープニングのタイトルバックはさらに見事だった。
超絶技巧と言われた伊藤若冲の「鳥獣花木図屏風」 を使っているのだ。
昨今の伊藤若冲ブームでテレビでもあまた特集されていて、どうも見覚えのある絵だなあとと思ったら、まさしく若冲。
やはり伊藤若冲の超絶技巧、精神性、奇想性はオタク的シンパシーがあるのだな。
宇多田ヒカルの「サクラドロップス」のビデオクリップ(キャシャーンの紀里谷和明監督)も若冲へのオマージュでもあったし、「警視庁いきもの係 」もてっきりアイドル橋本環奈のためのドラマかと思いきや、若冲を持ってきたのは実はアイドルオタクの感性に向けられた挑戦、あるいは何かしらの決意なのかもしれないぞ。
まあ、若冲もいきものはいっぱい描いているし、犯罪捜査に意外な視点から真相を解明するアイドルいきもの係巡査(橋本環奈)は若冲の「千載具眼の徒を俟つ」というところの、千載具眼の徒をイメージしたのかもしれぬ。

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その超絶技巧とも言われる若冲だけど「今の画というものは、みな手本をもとに描くばかりで、いまだ物を描けたのを見たことがない、そして技術によって売れることばかりを求めていて、技術以上に進むことが出来ない」と述べていたというからね。
技術以上に進むとは何かということになるのだけど、いよいよフジも一見売れ線のアイドル路線と見せかけて、実はなにかしら技術以上に進もうとする奥深い意図を秘めたオタクが躍動しているのかもしれないなあ。
僕はオタクの上りは「だんな芸」ではないかとも思うけど、すなわち、うんちくは語るけど芸は極めない、玄人はだしになっても、玄人にはならない、いつまでもなんでも面白がる精神…、というところから、このドラマは始まっているのかもしれない。
「警視庁いきもの係 」ってアイドルドラマには違いないけど、さまざまな秘められた「だんな芸」も楽しめるドラマなのかもしれない。
「侮るな、千載具眼を持って見よ」なんてね。
そして、テレビマンはプロだから「だんな芸」も越えて、技術も越えて…。

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

「ひよっこ」のビートルズがやってくる
NHK朝ドラ「ひよっこ」のビートルズの宗男さんのエピソードは泣かせますが、戦争下の極限での状況の不意の出会いであれば絶句するのみで、あんな状況もあり得るのではないかとも思えます。それはともかく。
それにしても当時(1966年)のビートルズファンが300万というのほんとうだろうか。シングルで一番売れたのは「レット・イット・ビー」だと思うけど、発売されたのは1970年でそれでも累計138万枚というからなあ。
たしかにちょっとかっこつけた中高年は誰もビートルズファン(当時は不良呼ばわりされた)のような顔をするけど、実際は渋谷陽一の言うようにほんとうは当時クラスに1人くらいしかいなかったはずなのに、十数年経ったらみんな「俺たちビートルズ世代」とは…、お前ら本当は「橋幸夫世代だろう」なんてこともありそうな数字のような気がする。
事実、生真面目な僕の兄は橋幸夫ファンで、対抗上?、僕は舟木一夫ということなってしまった。
田舎の孤高なるビートルズファン宗男というのがほんとうのところじゃないかなあ。

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まあ、僕はビートルズ世代に少し遅れるけど、映画館でビートルズ映画大会も何回も組んだりしたので…。
僕は大学卒業後映画興行会社に就職していて、最後の1年は名画座というか2番館にいた。
そこで定番のようにあったのが「ビートルズ大会」だった。
「レット・イット・ビー」「HELP!」「ヤア・ヤア・ヤア」の3本立てが多く、ときには「マジカル・ミステリー・ツアー」というのもあった。
2番館もなかなか人は入らず、そのなかでビートルズものは安定的に見込める貴重な定番映画だったのだ。
どこの名画座でもよく上映されていたのだろう、あるいはフィルムが少なかったのか、上映するフィルムはけっこうぼろぼろでよく切れたりした。今では信じられないようなことだけど、フィルムが切れてスクリーンに何も映ってないということが昔はあったのだ。
繋ぐには切れた部分をきれいにカットしてテープで貼るのだけど、ビートルズの「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」などはよく繰り返し上映されていたからほんとうにぼろぼろで、テープで何箇所も貼りなおされていた。
上映してみると配給会社から来る資料の本来の上映時間より数分近く短くなっているほど、切れまくっていたのもあった。
映像が飛ぶということはもちろん、音も飛ぶのだ。ましてや音楽映画なのに。
それでもクレームはつくことはなかった。
映像も音も悪くても見られるだけで、聴くことが出来るだけで幸せだった。
まさに宗男の境地のようにも思うけど、ビートルズが偉大なのか、音楽そのものが偉大なのか、その当時の日本人が偉大なのか。
それが今ではずいぶん些細なことでも目くじらを立てるようになってしまったけど、どうなのかなあ。

テーマ:THE BEATLES - ジャンル:音楽

キトラ天文図の現場100回
もう七夕も終わってしまったけれど、部屋の整理をしているとこんな星座表が出てきた。
最近はゆっくり空を見上げることも少なくなったけど、やっぱり、宇宙はロマンに満ちているなあ。
夜の空にはまだ無限の星があり、有限の星が輝いている。
ロマンを誘うといえば、奈良県明日香村の国特別史跡・キトラ古墳(7世紀末~8世紀初頭)の石室天井に描かれていた天文図もそうですね。
以前に文化庁などは星の位置関係を調べた結果、紀元前1世紀半ばと、紀元後4世紀に中国で観測された星が共に描かれている可能性があると発表していて、キトラ天文図の星の配置は独特で、原図に該当する星図は見当たらないという。
星の位置は年々変化しており、発表した中村元教授は天文図に描かれた20個以上の星宿(せいしゅく)(星座)の位置から年代を推測し、その結果、紀元前1世紀半ばごろの観測と判断した。紀元前の星の位置を記録したとされる古代中国の「石氏星経(せきしせいきょう)」とも整合したという。

驚くべき古代のロマン。
僕は哲学や宗教などの一部はもしかしたら古代のほうがレベルが高かったのではないかと思っていたのだけど、天文学もそうだったのかもしれないなあ。
今より圧倒的に夜は長く暗く、親しむものであって、星はそれこそ美しく降るように見えたに違いなく、誰もがロマンや科学、興味の対象だったのだろう。すそ野が広ければ学術的な知見も高いに違いない。
キトラ天文図の作成には惑星研究、あるいはそのための観測機械など現代にも匹敵するような知識、科学技術基盤を要するはずで、一人の天才ではなく発見・発明を生むべく社会全体の関心・成熟があると思う。

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昔の天文学者ってピタゴラス、ケプラーのように哲学や数学はむろん、音楽、あるいは日本の安倍晴明の陰陽道、「天地明察」で知られる渋川春海の囲碁、日本全国を測量し、精密な日本地図を完成させた伊能忠敬など、幅広い教養の上に立ち、現代の科学に及ばぬ部分もカバーし、凌駕するところもあったのではないだろうか。
なぜ石室天井に天文図を描いたのか。死者の帰る場所なのか。死者が見るのか、生者も見るのか。
案外、星座盤のように天文図を背景にこんな星座表を回していたりしてね。
そして石室では宇宙から届く雑音の省かれた天上の音楽が聞こえたりして。
一度、石室に一人入って、一日中寝転んでいたいものだなあとも思うけど、やっぱりちょっと怖いか。
刑事の現場100回じゃないけど、そういう研究のあり方もありはしないだろうか。
人類の起源は30万年前
【AFP=時事】(更新)現生人類ホモ・サピエンスは、30万年前にアフリカに生息し、現代の人々とそう変わらない顔つきをしていたとする論文が7日、発表された。人類の起源が定説より10万年早かったことを示す研究結果だ。
ホモ・サピエンスは約20万年前にアフリカ東部に現れたというのが20年来の通説だったが、英科学誌ネイチャー(Nature)に掲載された2件の論文によれば、これを覆す画期的な化石がモロッコで見つかった。
この発見により人類の進化の系統図が書き換えられ、既に絶滅したホモ属の一部が人類の祖先としての候補から除外される可能性もある。

いや、人類の誕生はどんどん遡るなあ。
現生人類の定義や過去の発見が覆されたり、中高生時代(ピテカントロプス、北京原人など)の知識で留まっている僕にはもうさっぱりわからない。

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現世人類はともかく、今では霊長類の進化は8500万年くらい前まで遡れるらしいから、さらに研究が進めばマンガ「原始少年リュウ」(石森章太郎)のようにティラノサウルスと旧人類が共存していてもとも思うけど、霊長類の祖先ならともかく旧人類でもさすがに無理。
もっとも「原始少年リュウ」ではマンモス狩りもしていて、このあたりは地球史に沿うもので、そういえばギャラクシーのCMでもタイムスリップしてマンモスの時代まで漂着するといのがあるけど、ああいう出会いはあるかもしれない。
マンモスの絶滅については気候変動説のほか、人間の狩猟による絶滅説もあるのだ。
まあ、いずれも地球史は有史以後でも覆ることは多くあり、有史以前であればまだまだ藪の中。
「原始少年リュウ」でティラノサウルスが時代の生き残りとして登場したように、マンモスだって大いに怪しいけど現代の目撃情報がありますからね。
いかん、だんだんオカルトになってきた。
まあ、この画像の児童年鑑(年長の従兄妹からの貰ったもので、宝物のように熟読した)などは戦後間もなくということもあって、進取の精神に富みすぎたか、最新情報を取り入れすぎてピルトダウン人の発見(のちに捏造と判明)が載っていたり、火星の記述には緑生が認められたみたいなことも書いてあって、まるで昔の少年漫画誌の怪しげな特集記事みたいなところもあるけど、あちらこちらと大いなる好奇心はもたらしてくれた。