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理系・文系を重ねて見る光景は
パンフレットと半券 凱旋門 旅愁
パンフレットの紹介が続きます。
パンフレットをパラパラめくって読んでいると挟み込まれていたのが「凱旋門」「旅愁」の映画の半券。
パンレットに書かれた鑑賞日の日付けといい、几帳面な人だったのだろうなあ。
映画館はいずれも岐阜柳ヶ瀬にあった衆楽館と自由映画劇場。
僕の学生の頃にも衆楽70ミリ劇場とニュー衆楽を改名した自由劇場があったけど、昭和20年代とあってはさすがに改装したりして別ものだったりするのだろうな。
 
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パンフレットの日付けを見ると月に3、4回も映画を見てる月もあって、毎回パンフレットを買うわけでもないだろうから、相当な映画マニアで、ある程度、経済的余裕もあったのだろうなあ。
そして、なかなか映画の趣味もいいし、どんな映画青年だったのでしょうね。

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前売り券も渋い。
けっこう公開日数が短かったりもするけど、当時は映画館も十数軒はあったはずで、そんなに溢れるほどに映画の本数があり、溢れるほどの観客がいて、映画は多様な文化などの学びの場でもあった。
学業以外にこういう雑多な学びの場があったことが、今の老人のパワフルさに繋がっているのかもしれない。
机上だけでない現場感覚というか。
今では映画も心地よく鑑賞することを最優先することが当たり前だけど、前にも書いた通り、僕の頃でもザーザーと雨が降るような、ときおり真っ黒に落ちてしまうスクリーン、上映終了間際からドアを開け放って清掃を始めるおばさん、愛想もなく値段の高い売店、立ち見客、入れ替えもなく終了間際の次の座席を確保しようと立ち見やロビーから押し寄せる人々、煙草の煙、壊れた座席、首が痛くなり、字幕も読めないようなところまで置かれていた座席、傾斜もなくフラットな映画館、座席の間に柱のあった映画館、暗くなるとすっと女性客に忍び寄る痴漢、オールナイト上映での喧嘩、アニメファンのセル画サービスの深夜の行列など、これらだってまだ昭和40、50年の頃だ。
ましてや昭和20年代だからね。そんな中で繊細な感性を、荒々しい生き方を共に学んだのだ。
今の映画館の環境って、昔で言えば映画愛好家、評論家を集めた試写会のような好環境だものな。
「やすらぎの郷」の老人たちのやることなすこと、すごいものがあるけど、豊臣軍団ごときがしっぽ巻いて逃げるのもしようがない。
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「白い恐怖」 「にがい米」の映画解説は植草甚一 
これもパンフレットの紹介になるけど、解説などは僕も知っているような著名な大黒東洋士 淀川長治 河盛好蔵 双葉十三郎 南部圭之助などが書いていて、なかにはこのブログでも取り上げた僕の敬愛する植草甚一も書いていますね。
ミステリーなどの欧米文学、映画、ジャズはもちろんファッションなどまで造詣が深く、とりわけ映画ではヒチコックの「白い恐怖」などは好きだったのだろうなあ。

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とにかくイングリット・バーグマンが気品もあって美しい。
植草甚一によれば
ヒチコックはスリラー作家であるが、ユーモアを巧く利かせる点で他の監督のスリラーとは一線を画すという。
まあ、例によって本人も映画にちょい役で登場するのもそんなセンスのひとつなのかもしれない。
三谷幸喜はユーモア作家であるが、毒を巧く利かせる点で他の監督のユーモアとは一線を画す。
まあ、例によって本人も映画の番宣にひたすら登場するのもそんなセンスのひとつなのかもしれない。
ちょっと違うか。

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「にがい米」は未見。植草甚一絶賛の監督ジュゼッペ・デ・サントスも僕は知らない。
田植えか収穫なのかよくわからないけど、外国女性のこんなシーンはじめて見ますね。
たくましい野性美とあるけど、いやあ、日本の早乙女と全然違うなあ。
シルヴァーナ・マンガーノは原爆女優と日本では呼ばれたらしいけど、当時はこういう比喩も大丈夫だった!?
ジュゼッペ・デ・サントスはネオリアリズムの旗手だそうです。
外国も日本でもあらゆるものがパワーと才気に溢れ、いささか乱暴でも映画で学び、楽しむ時代だったんだなあ。

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ジェニーの肖像 
友人からもらった映画コレクションからパンプレットの紹介です。
こちらは友人が映画好きのおじさんからもらい受けたというパンフレットから「ジェニーの肖像」。友人は5回は見たという。
まず、このジェニーの肖像画が美しい。
表紙にたぶん鑑賞したであろう日付が入っていて、昭和26年8月17日となっていますね。
友人は5回は見たというのも無理もない、ロマンチックSFファンタジー。
僕も何となく記憶はあるのだけど、おそらく一度きりしか見たことはなく、似たようなテーマのドラマや映画とごっちゃになってしまっているのだろう。
もともと夢見ているような作品だし、記憶も幻想化しているのかもしれない。

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最初は少女、姿を現すたびに大人びて美しくなっていくジェニー、果たして主人公アダムズの前に現れたジェニーとは…。

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キャストはジョセフ・コットン、ジェニファー・ジョーンズ。
ドビュッシーの曲は演劇でも映画でも使用許可されたことはなく、初めて「ジェニーの肖像」で使用されたという。使用された曲は「亜麻色の髪の毛の女」「アラベスク第1番、2番」「雲」「牧神の午後」パンフレットより。

似た題名にアニメで「コゼットの肖像」というのがあるけど、こちらはゴシックホラー。
やはり子供の頃、「少年ジェット」という探偵・怪奇趣味的少年向けドラマがあり、なかでも「狂った画家編」は「コゼットの肖像」と少し被ったりするけど、「ジェニーの肖像」の幻想的な美しさとも合わさって、肖像画というものに妙な妖しさを僕に覚えさせた。
「少年ジェット 狂った画家編」の記憶も確かではないのだけど、少女の全身像の肖像画を画家は描くのだが、その完成には少女の真紅の唇を本物の血で描かなければならないと狂気の画家は考えます。はたして、その血は…。
そしていよいよ完成された怨念の肖像画の少女は夜、絵から抜け出してさまよい歩く…。
よくもまあ、子供向け番組にそんなテーマを持ち込むなあとも思うけど、昭和30年前後は夢野久作・江戸川乱歩・稲垣足穂・城昌幸・久生十蘭 ・香山滋などミステリアスでSFチックな中にもけだるい毒を盛ったような妖しい作家に溢れていたから、少年ドラマにもそんな気配が漂ったのかもしれない。
「シンデレラ」「白雪姫」など童話などにも意外に残酷な部分もあるから、子供(ピュア)のひとつの本質でもあるのだろう。
のちの1970年代のNHK「少年ドラマシリーズ」もそんな気分が少し残り、SF、青春、名作のなかにも、たとえば久生十蘭の「霧の湖」というのもあったからなあ。
まあ、「ジェニーの肖像」はそんなおどろおどろしい物語ではなく、ロマンチックSFファンタジーなのでご安心を。
「ある日どこかで」や「たんぽぽ娘」「ピグマリオン」のような感じですかね。
「ジェニーの肖像」から話がそれてしまった。

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1970年頃、岐阜柳ヶ瀬映画館事情
先日、高校時代の友人から映画のパンフレット、割引券、映画関連記事の新聞のスクラップ、映画館のシネガイドなど貰った。
彼のおじさんからもらったという、貴重な昭和20年代のパンフレットも少しあって、「本当にいいの」とも聞いたのだけど、こんまりを実践中ということで、僕がもらうことになってしまった。
単に自分のコレクションに加えるだけで死蔵してしまっては羽島映画資料館に寄贈するかどうかを迷った友人に申し訳なく、せめて一部紹介だけでもということで、このブログもしばらくは友人からの映画コレクションから。
だんだん、「るらら科学の子」から「るらら映画の子」になってるなあ。
彼もやはり高校時代は熱心な映画ファンで新聞のスクラップなどぼくと似たようなことをやっている。
でもさすがは街(岐阜市)の子で、僕など田舎の子は大学生になってからやっと繁華街の映画館に通うようになったのだが、彼はもう中学生くらいから行っていたらしい。
画像(画像は拡大できます)のシネガイドなどは見たこともなかったのだが、彼によると新聞の折り込みに入っていたという。
周辺の郡部ではおそらく入らないからね。
日付を見ると週替わりで入っているから当時の岐阜柳ヶ瀬の映画館の隆盛ぶりが分かります。

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東映は高倉健の任侠もの、オールナイト、東宝チャンピオン祭りや東映まんがまつりは朝9時からの上映、日劇は夕陽のガンマンなどマカロニウエスタンやビートルズ大会、地下劇場(のちの松竹)はローズマリーの赤ちゃん、吸血鬼のホラーものやティファニーで朝食を、ひまわりの名作、スカラ座はディズニーや007シリーズ、70ミリの大劇場だった7衆楽はマイク・ニコルズやリア王などの名作とバラエティに富んでいる。ニュー衆楽などは座頭市やらすこし妖しいのまで上映していますね。

さらにすごいのはこの地方映画興行会社の発行となっている「土地興映画新聞」というもので、ちゃんと新聞仕立てになっていて、広告も「丸物」「やまかつ」などのデパートからも取っている。まあ、デパートのプレイガイドでは前売り券も売っている絡みもあるけど。もう両デパートともとうにありませんが(丸物は近鉄百貨店に変わってその後撤退。やまかつは岐阜パルコに変わって、その後撤退)。
いずれにしても当時、岐阜柳ヶ瀬の隆盛を物語ります。
「飲むか、見るかの街やった」とは今や柳ヶ瀬ただ一人の映写技師のH氏の言葉だけど、まさに当時を言いえて妙です。
多少、ハチャメチャであっても映画全盛ならではの、映画作りの、役者の、街の、映画館の、観客のエネルギー満ち溢れたあの頃の映画を取り巻く空気感が思い出されますね。
ザーザーと雨が降るようなスクリーン、ときおり真っ黒に落ちてしまうスクリーン、上映終了間際からドアを開け放って清掃を始めるおばさん、愛想のない売店のおばさん、値段の高い飲み物、立ち見客、やはり入れ替えもなかったから終了間際の次の座席を確保しようと立ち見やロビーから押し寄せる人々、煙草の煙、壊れた座席、首が痛くなり、字幕も読めないようなところまで置かれていた座席、傾斜もなくフラットな映画館、座席の間に柱のあった映画館、暗くなるとすっと女性客に忍び寄る痴漢、オールナイト上映での喧嘩、殴られた東映系映画館支配人、アニメファンのセル画サービスの深夜の行列など、ちょっと思うだけでもいっぱいありますからね。
西柳ヶ瀬まで行くとこれまたまったく別の夜の一大歓楽街だけど、これは僕はわからない。

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1970年新春1月発行。東宝は「若大将シリーズ」に三船敏郎の「新選組」、松竹は「男はつらいよ」「ドリフターズ」。鶴田浩二・高倉健で「渡世人列伝」洋画は「空軍大戦略」「賭けの報酬」、子供向けには「ラブ・バッグ」「怪盗大旋風」、東宝のチャンピオン祭りもあって「巨人の星」「オール怪獣大進撃」など。
関連会社のスケートリンクの紹介もあって、1月6日には人気絶頂、東海ラジオのミッドナイト東海」から天チン、リコタン、森本レオを迎えてファンの集い岐阜大会も開催とあったりする。

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こちらは1971年新春1月発行。東映高倉健「新・網走番外地」藤純子「女渡世人」ほか、東宝チャンピオン祭り「モスラ対ゴジラ」「アタックNO1」、植木等「日本一のワルノリ男」「若大将対青大将」、アニメでは「クレオパトラ」、洋画はソフィア・ローレン「ひまわり」、「シシリアン」、戦争大作「バルジ大作戦」というのもありますね。
そして、この年もスケートリンクで東海ラジオのミッドナイト東海」ファンの集い岐阜大会とあるから毎年のように開かれていたのだろうか。

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さて、次回は映画「ジェニーの肖像」のパンフレットから。

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レモン月夜のセーラームーンとラグビー戦士たち
【AFP=時事】月は完全な球形からはかけ離れており、地球に面している側とその反対側が高く出っ張った奇妙な形状をしている。だが理論上では、約44億年前に形成されて以降、回転力によって完全な球形に成形されているはずであり、科学者らは数十年間、この謎に頭を悩ませてきた。満月時に見える月の丸い形は、地球上にいるわれわれには非常になじみ深い光景だ。だが天文学者らによると、別の角度から見れば、極めてわずかにレモン形をしていることが分かるという。月の地形上にあるこの2つの巨大な出っ張り部分は、地球方向の軸上に並ぶこぶだらけの頂点を形成している。
では、この出っ張りはどのようにして形成されたのだろうか。
その答えは、月が超高温状態だった形成初期に地球から及ぼされた強力な重力にあるとする研究論文が30日、英科学誌ネイチャー(Nature)に掲載された。

月の重力が海の満ち干を起こすのと同様に月の6倍の質量を持つ地球は、新たに誕生した衛星である月の状態が遷移しているこの時期(まだ溶岩のような半流動体だった月が固形化する)に強力な潮汐力を月に及ぼし、わずかばかりではあるけど不均一な形状となったというのだね。
いや、丸いと思っていた。たいていの歌にも歌われるように、まあるい、まあるい、まんまるい、お盆のような月だと。
「レモン月夜の散歩道」という歌があって、
恋の小道を ゆれて ゆら ゆら ゆきましょう
と歌詞があるけど、恋に浮遊する二人は月の潮汐力にも影響されて「ゆれて ゆら ゆら」となって、またレモン月夜というのも月の色のイメージだけではなく、形状、さらには潮汐力も予言していたのかもしれないなあ。恋をうたう詩人の観察力・想像力は科学を凌駕する!?

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月の光に導かれ 何度も巡り合う 
同じ地球に生まれたの ミラクルロマンス
こちらは「美少女戦士セーラームーン」の「ムーンライト伝説」の歌詞だけど、やっぱり戦う戦士に月は欠かせない。
さて、レモン形状のラグビーにもミラクルは来ますか?
サモアにも勝って決勝トーナメントまであと一歩。
それにしてもラグビー盛り上がってるなあ。「スクールウォーズ」がやはり有名なのだが、僕は「青春とはなんだ」ですね。
あの時代によくラグビーを持ってきたものだけど、まあ、あの頃だからこその熱いスポーツなのかもしれない。
僕の高校にはラグビー部があって、体育の授業でも何度か経験したけど、たまたま離れてボーっとしている僕のところにボールが回ってきて独走してトライしたこともあった。
いちおう足は速いほうでラグビー部の奴からもギリギリ逃げきって気持ちよかったな。
昔のドラマやラグビー中継では倒れた選手が出ると控え選手が魔法のやかんの水をかけたりして、立ちどころに元気回復みたいなことがあったけど、最近は聞かないなあ。
女子マネージャーがかけてくれればさらに元気にもなりそうで、お湯をかける少女というのもあって、まあ、以前から地道に人気はあったのだ。