理系・文系を重ねて見る光景は
洋楽の聖地 名古屋市公会堂
1960年代以降、著名な洋楽アーティストの公演が行われている名古屋市昭和区鶴舞の市公会堂で六日、公演パンフレットやポスターなどで歴史を振り返る展示が初めてあり、多くの音楽ファンが訪れた。
1930年開館の公会堂は、特にロック公演が集中した時期があったが、市に記録や資料は残っておらず、歴史の全容は分かっていなかった。今年四月から改修工事のため2年間、休館するのを機に、多くの公演を主催したCBCテレビが社内外で調査し、資料を集めた。65年のフランスの歌手シルビー・バルタンさん以降、英国のデビッド・ボウイさんやレッド・ツェッペリンなど、舞台に上がった150のアーティストに関する資料が並んだ。(中日新聞)

僕は岐阜の田舎だったから高校の頃まで滅多に街(岐阜市中心部)にも行ったこともなく、ましてや名古屋などはほとんど行ったこともなかったのだが、名古屋市公会堂には数回行ったことがある。
初の洋楽コンサートを見たのはシルビー・バルタンだったのだ。さすがに1965年の時ではない。
興味がよりアニメやマンガ、小説、映画などに向いて行ったのであまり行かなくなってしまったのだけど。
でもまあ、コンサートに行かないまでも音楽をよく聞いたのはこのラジカセ。
カセットテープは久しく回したことはないが、ラジオならまだ何とか聞けます。

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当時としては高性能、高機能でスタイリッシュなデザインもあって未だに持っているのだ。
まだステレオも置いているからなあ。最近はカセットテープの人気も復活しているという。
頭出しも出来ないアナログなところがいいらしいけど、テープが巻きつくなど悲しいこともあり、タイムトラベラーのオープニング曲もあれでなくした気がする。
もっと遡れば、録音なんてテレビやラジオの前で雑音を拾わないように静かにそっと録音していた。
まあ、僕の地元岐阜各務原には航空自衛隊基地があって、あとわずかというところでジェット機の騒音でずいぶん台無しにした。
ついでにLPを探してみるとシルビー・バルタンほか、映画のサントラ、石川セり、山崎ハコ、森田童子などもあって、暗い青春が忍ばれます。
いかん、シルビー・バルタン「あなたのとりこ」でも聴くことにしよう。
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テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

森高千里 「この街」の風に吹かれて
自ら作詞を手掛けるのはフォークシンガー、ロックシンガーばかりではなく、最近はアイドルだって書きますね。
まあ、西野カナ、アイコ、家入レオなどはアイドルでもなく評価は様々かもしれないけど、独自ではあります。
人によってはほんとうに書いてるのかなあという人もいないではないから、独自であることはオリジナルの大いなる証明。
しかし、その独自性、作家性というなら、そのさきがけ性も含めて、やはり森高千里にとどめを刺す。
ヒットした「渡良瀬橋」や「雨」などもいいけど、やっぱり「この街」「青い海」あたりの歌詞が好きだなあ。

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森高千里は「非実力派宣言」でミニスカなどのアイドルのコンセプトに徹底していくけど、やはり森高の本質はこちらにあって、この「非実力派宣言」、本人にとっても隠された意味があったのかも。

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もちろん、「ミーハー」や「私がオバさんになっても」なんてのも森高ならではだけど。
いや、ボブ・ディランがノーベル文学賞なら、森高千里はなんだろうって気がしてしまった。
様々なアイドル、アーティストも登場したけれど、やはり、今に至るまで唯一無二の存在ではないだろうか。

青い海

海の見下ろせる さびれた街で
小さな本を 営む彼は
今年65 一人暮らしをしている…

最後の「海がとても青い」がいいなあ。

画像は「月刊ヴューズ」特集記事から。
ボブ・ディラン 最後はきっとうまくいく
やっぱり、ノーベル賞文学賞受賞となったアメリカのシンガー・ソングライター、ボブ・ディランにはびっくりした。
グラミー賞やアカデミー賞はともかく、ノーベル賞文学賞とは。
ノーベル賞文学賞って、経済学賞・平和賞と並んで、ちょっと危うい感じで、そこがいいのか悪いのか、まさに答えは風の中。
まあ、文学とはかくも幅広く、奥深いものかという証明なのかもしれない。
しかし、さすがはボブ・ディラン、受賞はしても授賞式には出席しなかった。
フォークシンガー(ロックシンガーでもあるけど)は永遠のさすらい人ですからね。(なぎらけんいち)
来る者は拒まず、ただ「風に吹かれて」さすらうのみなのだ。

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書店やCD店では毎回受賞の期待のある村上春樹作品を取り下げて、ボブ・ディランのアルバムを並べたらしいけど、あまり売れたという話は聞かなかった。そういうものでもないからなあ。
と思っていたら、意外なところでボブ・ディランを思わせるものが。ドラマ「就活家族」ですね。
題名のあとに 「~きっと、うまくいく~」と続いていて、あれはたぶん「心のままに進んで行け、最後はきっとうまくいく」というボブ・ディランの名言から。
家族それぞれに降りかかる災難に~きっと、うまくいく~との希望の言葉が添えられたように、ディランの望みでもある平凡で幸せな家庭を取り戻せるのだろうか。
主演の三浦友和はロック歌手の忌野清志郎の同級生で友人でもあったけど、その忌野清志郎も「風に吹かれて」を訳詞、カバーをしていた。全ての答えは風の中。
「校閲ガール」の河野悦子もびっくり 「岐阜信長歴史読本」
出版大手「KADOKAWA」(東京)が出版した「岐阜信長歴史読本」に、岐阜市が三重県、岐阜県笠松町が愛知県と記された地図など、明らかな事実関係の誤りを含んだ誤記、誤植が少なくとも三十カ所あることが分かった。編集に協力した岐阜市教委は「大変遺憾。(出版社に)適切な対応を申し入れしていく」としている。 (中日新聞)

しかもこの本、今年、信長が岐阜城に入城して450年の節目で、「KADOKAWA」からの提案を受けて編集に協力、広告料も460万円支払い、また市教委は地元への関心を高めてもらおうと240冊を購入し、市内のすべての小中学校や市立図書館に置く予定だったという。
市教委の担当者は事前に原稿に目を通していたが地図などは乗っていなかっため、気づかなかったらといい、誤記、誤植に対して同社は正誤表で対応する…ってなあ。
「校閲ガール」の河野悦子なら「信じられない」とあきれそうな話なのだが、この「校閲ガール」の出版元もなんと「KADOKAWA」であった。
「校閲ガール」の校閲部のモデルって「KADOKAWA」校閲部じゃなかったのだね。
ネット情報だけでなく、紙媒体もずいぶんと劣化してきた。

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誤記、誤植ではないけど、文部科学省は次期学習指導要領の改定案で小中学校の社会科で「鎖国」の表記をやめ、「幕府の対外政策」に改め、中学歴史でも「聖徳太子」を没後100年以上たって付いた呼称だとして「厩戸王」に変えるという。
そんなことを言い出したらきりがなくなってしまうんじゃないだろうか。出島などで一部交易あったにしろ、事実上の鎖国で独自文化などが花開いたのは間違いなく、「幕府の対外政策」などという分かりにくい言葉より、「鎖国」のほうが分かりやすく政策の本質も表すものだと思うのだけどなあ。グローバルな時代に都合よく過去も寄り添わせようということなのか。
厩戸王も山岸涼子の傑作「日出処の天子」の愛読者にはなじみのある名前ではあるけれど、長く親しまれた聖徳太子を変える必要はあるのだろうか。先人の知恵を失うようなことにならないか。
こちらも妙な換骨奪胎で劣化しなければいいけど。いずれ、校閲でももめそうな案件になりそうだし。

追記
全国のニュースでも大きく取り上げられたせいか、KADOKAWAはすぐさま三宅明ビジネス・教育部長が岐阜市役所を訪れて市教委の担当者らに謝罪、校閲作業をした上で、雑誌自体を作り直すとした。出荷分は回収し、既に購入した人には交換に応じるという。なお、岐阜市が購入した冊数はその後の報道によれば、240冊ではなく、約1000冊で、発行部数は1万冊というから1割に達し、岐阜市だけでなく岐阜県や県内市町村も期待で来そうだからおいしい商売!?別途広告料もあったのだからね。
歴史読本はシリーズもので「岐阜信長」が最新刊で9巻目。今後のこともあるからきちんと見直すことにしたのだろうなあ。
まあ、あまり後ろ向きになってもいけないので、双方、転じれば大きな話題になって、市教委の地元への関心を高めてもらうことも部数もかえって伸びそうな気もするし、校閲の大切さも再認識されそうだし(KADOKAWAでは組織的なチェック体制が機能していなかったとし、対策チーム立ち上げた)、やっぱり「校閲ガール」が利いたのかもしれない。

離さないよ君を もう二度と 校閲ガール…、あ、高気圧ガールだった。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

「怒りの荒野」の ガンマン十戒
最近は様々な事情であまり製作されなくなった西部劇。
今から見ればいろいろ問題もあるけれど、やはり子供の頃は単純に楽しめたし、面白かった。
イタリアで作られたマカロニウエスタン(クリント・イーストウッドも初期の頃、主演していたりする)というのもあり、こちらなどはさすがマフィア発祥の地、より非情、殺伐だったりします。
「怒りの荒野」はジュリアーノ・ジェンマ、リー・ヴァン・クリーフのマカロニウエスタンの2大スター共演の名作で、若いスコット(ジュリアーノ・ジェンマ)が老練で悪党・凄腕のタルビー(リー・ヴァン・クリーフ)から早撃ちのレッスンを受ける「ガンマン十戒」が有名です。
いい教訓もないわけではないけど!?、基本、非情であります。

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ガンマン十戒

一 決して他人にものを頼むな
二 決して他人を信用するな
三 決して銃と標的の間に立つな
四 パンチは弾と同じだ。最初の一発で勝負が決まる。
五 傷を負わせたら殺せ。見逃せば自分が殺される。
六 危険な時ほどよく狙え。
七 縄を解く前には武器を取り上げろ。
八 相手には必要な弾しか渡すな。
九 挑戦されたら逃げるな。全てを失う事になる。
十 殺しは覚えたらやめられない。

まあ、日本の裏柳生などの口伝も空怖ろしいが、こちらは妙にリアルで怖い。
ともに映画のなかだけであってほしいものです。
せめて、字句通りではなくこれくらいの気持ちで臨めということで。

不謹慎かもしれないけど、ちょっと思い浮かべたのは電通の象徴的体質として取り上げられた「鬼十則」(電通の過労死の問題は論外です)。
「鬼十則」にも「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは」などという非情な言葉が語られているけど、字句通りというか、字句以上な言葉で、態度で当たってしまった。
タルビーは悪党を自覚していたけど、自覚もなく言葉だけに踊らされる怖さがもっと怖ろしい。