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理系・文系を重ねて見る光景は
「大恋愛〜僕を忘れる君と」の脳みそとアップルパイ
いよいよ最終回を迎える話題のドラマ「大恋愛〜僕を忘れる君と」ですが、僕がひとつ気になるのは間宮真司のベストセラー本「脳みそとアップルパイ」ですね。このタイトルでパッと思い出すものに「美季とアップルパイ」というのあって、昔、少女マンガで読んだ記憶があるのだ。
あの頃、僕は少女マンガに嵌っていて、「少女フレンド」「マーガレット」「りぼん」などを買っていたことがあり、引っ越しの折り整理しながらも、懐かしくて残しておいたマンガ雑誌を探してみると、ありました。収録されていたのは「りぼん」。
いやあ、あの頃、男子でいわゆる少女マンガを読む奴はほとんどいなくて、肩身が狭かったなあ。
もちろん、のちに男性からも評価の高い「花の24年組」を中心とする萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、木原敏江、山岸凉子等も好きでコミックスの所蔵はほとんどこれらだけど、雑誌を買っていたのはこちらだったりするのだよ。
まあ、アニメや映画なども含めてオタクっぽい趣味、傾向ばかりでマイナー一直線!?

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さて、「りぼん」を広げてみると田淵由美子、一条ゆかり、大矢ちき、陸奥A子などと並んで、なんと水樹和佳などの名前が。
しかもなんとデビュー作「かもめたちへ…」だった。
いや、気になったことはすぐに調べてみるものだね。デビュー作があったとは。
水樹和佳はのちに「樹魔・伝説」で星雲賞も受賞したSFマンガで有名だけど、「灰色の御花」など切なく心優しいマンガの名手でもあって、デビュー作「かもめたちへ…」もそんな思い溢れるもの…などと、つい読み返してしまった。

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いや、「美季とアップルパイ」だった。
作者の山本優子は当時の人気少女マンガ家で、この号でも田淵由美子、一条ゆかり、大矢ちきと並んでカラーページの仕様、まあ、この機会なので主だったページを紹介しておきましょう。
ちなみに「美季とアップルパイ」はいわゆる「りぼん」の乙女ちっくライン(田淵由美子、陸奥A子、太刀掛秀子等)ではなく、ラブコメ・ドタバタギャグで、「大恋愛」の「脳みそとアップルパイ」とはまったく違います。

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当時の雰囲気を伝えるこんなページも。いずれ、機会があれば「少女フレンド」「マーガレット」も紹介しようっと。
いつ、記憶を失うようになるかもわかりませんからね。連想記憶も記したほうが予防になるかもしれない。

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さて、明日は「大恋愛〜僕を忘れる君と」も最終回ですが、どんなラストになりますか?
いつもながらだけど!?、今回はいちだんと全然関係ない話になってしまった。
大丈夫ですかね、井原先生。
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テーマ:漫画 - ジャンル:アニメ・コミック

「中学聖日記」と「青い鳥」と「禁断の惑星」
「中学聖日記」を見ていると設定はまるで違うけど、やはりTBSドラマだった「青い鳥」を思い出す。
教師と生徒の似たような設定では「魔女の条件」や「高校教師」ということになるのだろうけれど、生徒はいずれも高校生で、「中学聖日記」のこのテイストはむしろ「青い鳥」ような感じがする。
「青い鳥」ではヒロインが夏川結衣(「中学聖日記」黒岩晶の母親役)で、今はすっかりたくましいお母さん役となってしまったけど、「青い鳥」のヒロインだった頃はトヨエツが罪に落ちても助け出したいほどの美しさだった。まあ、今もきれいなんですけどね。
「青い鳥」は美しい母と幼い娘(鈴木杏)を夫の異常なDVから救うため、それを知った駅長さん(豊川悦司、駅員なのだが親しくなったヒロインの幼い娘が駅長さんと呼んでいた)との逃避行を続けるもので、事情があるとはいえ不倫となるし、また、ヒロインの死後(なんとヒロインは夫に追い詰められて海へ身を投じる)、主人公の駅長さんは真相を語ることなく自らその責を負うように逮捕される。時は経ち、仮出所となった駅長さんのもとに真相を尋ねるべく中学生となった娘が訪れ、真相が明らかになるうちに今度はこのまま母の遺骨を思い出の地に埋めてあげようという娘の願いをかなえるべく、娘との逃避行となって…。滅びへのヒロインとの北への逃避行、再生への娘との南へとの逃避行は美しいロードムービーとして描かれた。
禁断の物語は良くも悪くもおそらく美しく描いてこそ際立つし、「中学聖日記」もまた然り。
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映画にも「禁断の惑星」というのがあって、これがなかなか良くできたSF映画(ロボットのロビーが有名、刑事コロンボにも登場したことがある)で、精神分析学的な潜在意識、自我などを大胆に扱い、宇宙の物語でありながら押し隠された暴力も内包する人間の内的宇宙も描こうとしたSFの先駆的名作映画なのだ。
遥か未来、アンドロメダ号は20年前に宇宙移民し連絡の途絶えた惑星アルテアの捜索のため惑星に着陸する。そこには生き残りのモービアス博士と、アルテアで生まれた娘であるアルティラとロボットのロビーだけがいた。博士によればアルテアにはかつて極限までに発達した科学を持つ先住者が存在し、すでに何かの理由で突如滅亡したが遺跡は残っており、博士はその遺跡の科学を分析、活用してロビーも作り上げたという。
しかし、博士の移民団の仲間も突然現れた怪物に襲われ壊滅、先住者たちもおそらく同様にして絶滅したと。
だから君たちも襲われない前にすぐ立ち去るべきだと忠告する。アンドロメダ船長は娘と恋に落ちたことあって連れて行こうとするが怪物が現れ、襲いかかる。実は怪物の正体は博士の潜在意識に潜む憎悪(イド)であり、遺跡の装置はその能力の極大化を図るものだった。悪意・憎悪も併せ潜む潜在意識も極大化させ、高度な科学・精神文明を持つ先住民を自壊させ、また博士の仲間たちも壊滅させたのだ。ロボットのロビーも怪物を攻撃することはできない。怪物は博士そのものでもあるからだ。
真実を突き付けられた博士は自らの怪物と対峙して…。
父と娘の世界、いわば二人だけの惑星に娘を奪おうとする男が侵入することの違和感は、極大化することによって異物を取り除こうとする歪んだ愛、潜在意識は憎悪に変質し、あるいは生理学的な免疫抗体のようなものが、異物を排除するようにイドの怪物を作り上げるという作品は忘れられない衝撃だった。
行き過ぎた科学、文明に警鐘を鳴らす作品ともいえ、まあ、たしかに今のSNSなどの発達は人間のコミュニケーション能力を極大化して、露悪・憎悪を促し、自壊しつつあるのかもしれないなあ。過ぎたるは及ばざるがごとし。
フロイトやユングにも興味を持たせてくれた、純愛にもSFにもなる「禁断」であった。
なお、「青い鳥」の脚本を書いたのは野沢尚で大好きな脚本家、作家だったけど、自殺してしまった。44歳の若さだった。
高度成長期の「二人で胸を張れ」
ちょっと前だけど「サワコの朝」のゲストは安藤和津で、母親の介護が大変でいわゆる介護鬱、介護後鬱を患ったのだが、その頃は姿勢も前かがみで呼吸もじゅうぶんではなかったらしい。
「胸を張って生きろって言葉があるじゃない。あれって本当に正しいと思った。胸を張ってると目線が下じゃなく、まっすぐか上にいって視界が開けるわけ。息もいっぱいできるの。胸を開けるから。そうすると気持ちも元気になる」
と言っていて、なるほどなあ。
こういうのは時代の雰囲気にもあって例えば昭和の高度成長期、いわば日本の青年期みたいな頃はあからさまな貧乏がまだあちこちにあるわけだけど、それでもみんな前向きで希望に向かって胸を張って生きていたような気分がありますね。
そのままに「二人で胸を張れ」って映画もあるくらいですからね。

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その後は鬱屈してくるのだが、バブル期後の失われた20年あたりは鬱期でもあったろうか。前かがみになって下ばかりを見てネガティブな気分に覆われたあのころ。そして、今。
もう日本は青年期のようにはいかなくても、安藤和津さんのように胸を張って生きるようになれば、周りの少子化だの、高齢化社会だの、人手不足、年金破綻だのブルーな景色もまったく違って見えてくるのかもしれない。
事象そのものは変わらないけど、視点を変えれば逆転もあって強みに転じるかもしれない。
ということで、とりあえずは「二人で胸を張れ」。
画像は松竹映画の「二人で胸を張れ」のポスター。勝呂誉・倍賞千恵子のサニー・カップル主演。サニーカップルってなんだ?
大阪桐蔭の根尾選手の「思考の整理学」
今年のドラフトの目玉、大阪桐蔭の根尾選手は地元岐阜の出身で(といっても飛騨川合町)、投打の二刀流だけでなく文武の二刀流も話題で、大の本好きでもあるらしい。またその本が紹介され、またまた売れているのが「思考の整理学」。
発売当初から繰り返しベストセラーとなっている超ロングセラー本なのだ。
僕もたしかに以前に読んだはずだけど、根尾選手とはずいぶん違うのだろうなあ。
前にも書いたのだが、この「思考の整理学」を思い出したのはタモリの「ボキャブラ天国」のときだった。
初期の「ボキャブラ天国」は視聴者の投稿作品で構成され、文学や歌詞をパロディ化し、映像で見せるものだったけど、古典ともいうべき伊藤左千夫の純愛小説「野菊の墓」ネタが不謹慎ながら傑作だったのだ。
なにやら男女が合体しているらしく、下になっている民さんが3.5センチ、3.8センチとなにかしら小声でつぶやいている…。そこでナレーション、「民さんはノギスのような人だ」。
あまりの馬鹿馬鹿しさに大笑い。可憐な野菊をあろうことかメタリックなノギスとは。
たしか山田五郎だったと思うけど、文学趣味と理系の知識とエロスが結びついてユーモアを醸し出したような傑作と言っていた通り、伊藤左千夫の古色蒼然たる純愛小説「野菊の墓」(何度も若手、アイドル女優でも映画化、ドラマ化されている名作)を読み、理系というほどじゃないけどマニアックな工業計測器「ノギス」を組み合わせる発想と、エロスに対する寛容さがないと成立しないかもしれませんね。

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まさに「新しいことを考えるのに、すべて自分の頭の中から絞りだせると思ってはならない。無から有を生ずるような思考などめったにおこるものではない。すでに存在するものを結びつけることによって、新しいものが生まれる」(思考の整理学)より。
結びつけるなら意外なもの、多様なものがあったほうが驚くようなもにちがいないと百科全書派になるべく励んだのであった。
ぼくの「思考の整理学」はこんな楽しみのために使われたのだった。
パソコンの変換ミスもときどき傑作を生み出すけど、やはり人間の生み出す「バカ」はすごいです。
槙原敬之「もう恋なんてしない」なんてのも忘れられないなあ。
さてさて、根尾選手の投打・文武の二刀流はプロでも、さらなる思考の整理学的な何かを生み出してくれるのかと楽しみにしていたら打者一本で行くらしいですね。いや、ちょっと堅実すぎて残念。まあ、文武の二刀流は残っていますが。
ボヘミアン・ラプソディ クイーン
話題の映画「ボヘミアン・ラプソディ」(クイーン)を見に行った。
小さめなスクリーンだったけど、結構人は入っていてやはりというか、同世代風の年配の人も多かった。
僕はそんなにロックを聴くわけでもなかったけど、さすがにクイーンは日本で人気を誇っていたから否が応でも耳になじむし、今でもイベント、CM、ドラマでもよく使われたりするからね。
熱心なファンというわけではないから多くは語れないけど、ライブシーンは圧巻で、胸が熱くなります。
まだ記憶も新しいし、バイセクシャル、エイズなどデリケートな問題も絡むから、映画としての描き方は難しいところもあるのだろうけれど、クイーンの魅力はじゅうぶんに伝えられたのではないかなあ。
しかし、フレディ・マーキュリーといい、マイケル・ジャクソンなど天才の魂は孤独だなあ。
天才ゆえのその巨大な虚無に囚われてしまうことも多いのだろうか。
また、フレディ・マーキュリーがゾロアスター教徒だったというのもちょっとびっくり。
ゾロアスター教って、世界史や松本清張の歴史ミステリーに出てくるような失われた古代宗教かと思っていたら、今なお信仰が続いているのだった。

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クイーンは日本での人気がとりわけ高く、1975年の初来日以来、繰り返し来日、ツアーを行っている。
画像は1979年のジャパンツアー名古屋公演のチラシ。3度目のツアーですね。
僕は行ったわけじゃないけど、まあ、興味はあったのだろう。チラシが残っているくらいだからね。
ちなみに僕はコンサートなどの類にはシルビー・バルタンしか行ったことがない、おそらく。
シルビー・バルタンはたしか名古屋市公会堂で、こちらクイーンは名古屋市国際展示場となっています。
クイーンファンでなくても十分楽しめると思うから、若い人も見てくださいね。
ちなみにものまね界のフレディ・マーキュリー?、神奈月は地元岐阜出身です。
We Will Rock You

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